fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
エーデルフェルト別邸、地下の防音結界が張られた通信室。
アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、純白のドレスに身を包み、背筋をピンと伸ばして水晶球の前に立っていた。
その背後には、同じくメイド服を整えたセラとリーゼリットが控えている。
水晶球の向こうに映し出されたのは、アインツベルンの長、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン(アハト翁)の、冷たく刻まれた皺だらけの顔だった。
『……定期報告の時間だ。アイリスフィール、そしてホムンクルスども。エーデルフェルトの犬どもに飼われて、随分と弛んだ顔になったものだな』
アハト翁の皮肉に満ちた声が、通信室に響く。
「お久しぶりです、お義父様(アハト翁)。……弛んでいるのではありません。これが、血を通わせた『人間』の表情というものですわ」
アイリスフィールは、かつての無機質な平坦な声ではなく、自信と、内側から溢れ出るような女の艶を帯びた声で堂々と答え返した。
その変化に、アハト翁の眉がピクリと動いた。
『……人間、だと? たかが魔術の産物であるお前が、男一匹に誑かされただけで人間になったつもりか。大聖杯の悲願を忘れ、快楽に溺れるだけの不良品になり下がったと、自ら証明するようなものだ』
翁の冷酷な罵倒。
かつてのアイリスフィールなら、その言葉にプログラム通りの恐怖や罪悪感を覚えていたかもしれない。
しかし今の彼女の胸の奥には、彼――アストルフォから毎日欠かさず注ぎ込まれている、火傷しそうなほどの熱と、絶対的な愛情が満ち溢れていた。
「不良品ではありません。私は、あの方に愛されることで、一人の『女』として完成したのです」
アイリスフィールは、ふわりと優雅に微笑んだ。
「お義父様。貴方のその雪に閉ざされた冷たい城では、大聖杯など永遠に満たされることはありません。……魔術の奥底に至るには、ただ冷徹に計算を回すだけでは足りないのです。他者と肌を重ね、熱を分け合い、心をドロドロに溶かすほどの情動を知らなければ」
『戯言を……ッ!』
「戯言ではありませんわ。……セラ、リーゼリット。貴女たちもそうでしょう?」
アイリスフィールが振り返ると、二人のメイドも深く頷いた。
「はい。私たちはもう、アインツベルンの人形ではありません。アイリスフィール様と、アストルフォ様にお仕えする家族です」
セラの言葉には、確固たる忠誠と、隠しきれない情欲の火照りが滲んでいた。
アハト翁が激怒の声を上げようとした、そのまさに瞬間だった。
「やあやあ! アイリ、まだお話し中? ご飯できたよ!」
ガチャリと扉が開き、アストルフォがひょっこりと顔を出した。
「あ、アストルフォ様……」
アイリスフィールが振り返るより早く、アストルフォは彼女の背後に回り込み、その細い腰を両手でがっしりと抱き寄せた。
『貴様ァ……ッ!!』
水晶球の向こうで、アハト翁が血走った目で叫ぶ。自分の最高傑作が、憎きはぐれ英霊の腕の中に無防備に収まっている光景を見せつけられたのだ。
「誰とお話ししてるの? あ、雪のお城のおじいちゃんだ!」
アストルフォは水晶球に向かって無邪気に手を振り、そのままアイリスフィールの白い首筋に、ちゅっ、と音を立てて熱い口付けを落とした。
「あっ……んっ……」
通信中であるにも関わらず、アイリスフィールの口から、抑えきれない甘い吐息が漏れる。
彼に触れられた瞬間、彼女の毅然としていた態度は一瞬で崩れ、赤い瞳は情欲に濁り、頬は極限まで紅潮した。
「アイリ、今日もすっごくいい匂い。……早くお部屋に戻って、続きしよっか?」
アストルフォの低く甘い声が、通信機越しにアハト翁の耳にも届く。
「はい……っ、アストルフォ、様……。私、も……早く、貴方の熱で、満たされたいです……っ」
アイリスフィールは、完全に理性を溶かされた女の顔でアストルフォの胸にすがりつき、そして、最後に一度だけ水晶球の方へ視線を流した。
「お義父様。……これが、私の見つけた『奇跡』です。貴方の冷たい悲願よりも、私はこの熱の中で溶けていくことだけを望みます。……もう、二度と連絡はしてこないでくださいませ」
プツン、と。
アイリスフィールの手によって、通信は一方的に、そして永遠に切断された。
水晶球の光が消えた地下室。
アインツベルンという重い呪縛を自らの手で完全に断ち切った彼女は、深い安堵の溜息を吐き、そのままアストルフォの腕の中へと崩れ落ちた。
「アイリ、えらかったね! ボクのお姫様は、世界で一番強いよ!」
「あぁっ……アストルフォ様……っ! 私を、抱いて……っ、今すぐ、貴方の腕で……っ」
「うん、いっぱいいっぱいヨシヨシしてあげる!」
かつての冷徹な人形は、過去の因縁を笑って振り払い、愛する男がもたらす極上の快楽と愛情の波の中へ、ただの一人の女として、自ら深く、深く沈み込んでいったのだった――。