※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

8 / 181
蒼崎青子編②

南欧の太陽が完全に海へと沈み、港町はオレンジ色の街灯と、酒場から漏れる陽気な音楽に包まれていた。

 

潮風が吹き抜ける、石造りの古びた酒場。

木製の丸テーブルを挟んで、蒼崎青子は呆れたような、けれどどこか毒気を抜かれたような瞳で、向かいの席に座る桜色の騎士を見つめていた。

 

「……で? 本当についてきちゃったわけ。あんた、ヒポグリフだっけ? あのデカいのはどうしたのよ」

「街外れの森で休ませてるよ! あいつ、今日は飛びっぱなしだったからね。それに……ボクは今、青子と一緒にいたいんだ!」

 

アストルフォは、テーブルに並べられた地元の海鮮料理を嬉しそうに頬張りながら、満面の笑みで答えた。

そのあまりにも裏表のないストレートな言葉に、青子は手にしていた赤ワインのグラスを僅かに揺らした。深紅の液体が波立ち、彼女の複雑な内心を映し出すように揺らめく。

 

「あのねぇ。私、これでも結構な賞金首なのよ。魔術協会やら聖堂教会やら、世界中の厄介な連中から常に命と『首から下の神秘』を狙われてるの。あんたみたいな目立つ英霊と一緒にいたら、余計な虫が集まってくるだけなんだけど」

「虫が来たら、ボクが全部蹴散らしてあげる! それに、青子はすごく強いけど、ずっと一人で戦ってきたんでしょ? たまには、誰かと一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりする時間だって必要だよ!」

 

アストルフォの紫水晶の瞳が、真っ直ぐに青子を射抜く。

『理性蒸発』のスキルを持つ彼は、魔術世界における「蒼崎青子」という名前の重さも、第五魔法の恐ろしさも、おそらく全く理解していない。ただ純粋に、目の前にいる強がりで不器用な一人の女性が、ひどく孤独に見えたから。だから放っておけないという、ただそれだけの理屈だった。

 

(……調子が狂うわね、本当に)

 

青子は小さくため息をつき、ワインを煽った。

誰もが彼女を『魔法使い』として畏怖するか、利用しようとする。彼女に近づく者は、例外なく何らかの打算や殺意を抱いていた。

けれど、このアストルフォという英霊からは、そういった泥臭い感情が一切感じられない。彼の好意は、あまりにも純度が高すぎて、青子が長年かけて築き上げてきた鉄壁の精神防壁を、いとも容易くすり抜けてくるのだ。

 

「……あんたのおごりだからね。好きなだけ飲み食いしなさい」

「やったー! 青子、大好き!!」

 

無邪気に笑うアストルフォを眺めながら、青子は不思議と、張り詰めていた肩の力が抜けていくのを感じていた。

 

***

 

夜も更け、酒場を出た二人は、石畳の坂道を並んで歩いていた。

海から吹く夜風が、火照った頬を心地よく冷ましていく。青子が定宿としている海沿いの小さなホテルまでは、あと少しの距離だった。

 

「ふふっ、なんだか久しぶり。こんな風に、誰かと並んで夜の街を歩くなんて」

 

月明かりの下、青子はふとそんな言葉をこぼした。

アルコールのせいだけではない。アストルフォが隣にいるという事実が、彼女に「普通の人間」としての時間を錯覚させていた。

 

「青子は、ずっと旅をしてるの?」

「ええ。ひと所に留まると、ロクなことにならないから。私の背負ってるものは、ちょっとばかり重すぎるのよ」

 

自嘲気味に笑う青子の横顔を、アストルフォは静かに見つめた。

酒場で見せていた無邪気な少年の顔ではない。一人の女性の深淵を覗き込むような、真摯で、ひどく大人びた『オス』の表情だった。

 

「……着いたわ。ここが私の部屋」

 

ホテルの最上階、角部屋。

青子が鍵を開け、重い木扉を押し開ける。部屋の中は薄暗く、窓の外からは静かな波の音だけが聞こえてきた。

 

「じゃあ、あんたは適当にその辺のソファで……」

 

青子が振り返りざまに言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。

ガチャリ、と。

背後で扉が閉まり、鍵がかけられる音がした。

 

「え……?」

 

振り返った青子の視界を、アストルフォの真っ直ぐな瞳が塞いだ。

彼は音もなく距離を詰め、青子の退路を断つように、扉と彼自身の身体の間に彼女を閉じ込めていた。

 

「ちょっと、アストルフォ……? なに、急に……」

 

青子の声が、微かに上ずった。

至近距離。彼から漂う、甘く野生的な香りが鼻腔を満たす。月明かりに照らされた彼の顔は、ぞっとするほど美しく、そして抗いがたい引力を持っていた。

 

「青子」

 

鼓膜を直接震わせるような、低く甘い声。

アストルフォの大きな手が、ゆっくりと青子の頬に添えられた。

ビクッ、と青子の肩が跳ねる。魔術的な攻撃なら即座に反撃できる彼女だが、この純粋な『熱』を帯びた接触には、どう対処していいのかわからなかった。

 

「あんた……自分が何してるか、わかってるの? 私は、蒼崎青子よ。私にこんな真似をして、タダで済むと……」

「わかってるよ。キミは、強くて、綺麗で、でも……すごく不器用で、一人ぼっちの女の子だ」

 

アストルフォの親指が、青子の唇をそっと撫でた。

その優しすぎる感触に、青子が長年かけて作り上げてきた『魔法使い』としての強固な壁に、決定的な亀裂が走る。

 

「……っ」

「キミがどれだけ強い魔術を使えても、どれだけ世界中から狙われていても、ボクには関係ない。ボクは、キミのその重たい鎧を脱がせてあげたいんだ。……今夜くらい、ただの『青子』になって、ボクに甘えてよ」

 

その言葉は、青子が心のずっと奥底で、誰かに言ってほしかった言葉そのものだった。

終わりのない逃避行。常に張り詰めた神経。誰にも弱みを見せられない孤独。

それらすべてを肯定し、包み込もうとする彼の途方もない愛情に、青子の理性が音を立てて崩れ去っていく。

 

「……馬鹿ね。あんた、本当に……大馬鹿よ」

 

強がりの言葉とは裏腹に、青子の瞳からは、彼女自身すら気づいていなかった一筋の涙がこぼれ落ちていた。

それを合図にするように、アストルフォの唇が、青子の唇を深く塞いだ。

 

「んっ……!」

 

赤ワインの仄かな香りと、アストルフォ自身の甘い熱が交じり合う。

最初は、青子の涙を拭うような優しい口付けだった。しかし、青子がたまらず小さく唇を開いた瞬間、アストルフォの舌が滑らかに口腔へと侵入し、彼女のすべてを味わい尽くすような貪欲なキスへと変わった。

 

「んんっ……ふぁ……ぁ……アストル、フォ……っ」

 

扉に背中を押し付けられたまま、青子の身体からみるみるうちに力が抜けていく。

幾度となく死線を潜り抜けてきた彼女の強靭な肉体が、たった一人の騎士の口付けによって、ドロドロに溶かされていく。息を継ぐ暇も与えられない濃密な舌の絡み合いに、青子の頭の中は真っ白に染まった。

 

「はぁっ、んちゅ……あっ、だめ……息が……っ」

「青子……キミ、すごく熱い。心音も、こんなにドキドキしてる……」

 

唇がわずかに離れ、銀の糸が艶かしく引かれる。

アストルフォの熱を帯びた吐息が、青子の首筋にかかる。彼の手が、青子の白いシャツのボタンを一つ、また一つと外していく。

露わになった白い鎖骨に、彼が吸い付くように熱いキスを落とした瞬間、青子の口から、自分でも信じられないほど甘く高い嬌声が漏れた。

 

「ああっ……! そ、こは……んんっ……!」

 

「すごく綺麗だよ、青子。……キミの全部、ボクに見せて?」

 

アストルフォは青子を軽々と抱き上げると、月明かりが差し込むベッドへとゆっくりと彼女を横たえた。

シーツに沈み込む青子を見下ろすアストルフォの瞳には、もう微塵の迷いもない。ただ目の前の愛しい女を、限界まで愛し尽くすという本能だけが輝いていた。

 

「……あんたに、私の全部……背負いきれるの……?」

 

潤んだ青い瞳で、青子は彼を真っ直ぐに見つめ返した。それは、魔法使いとしての最後の抵抗であり、一人の女としての切実な問いかけだった。

 

アストルフォは、青子の栗色の髪を優しく撫でながら、極上の微笑みを浮かべて答えた。

 

「もちろん。ボクは、シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォだよ? 愛する女の子の荷物くらい、月までだって運んでみせるさ」

 

その言葉に、青子はついに完全に降伏した。

彼女は自らアストルフォの首に腕を回し、彼をベッドへと引きずり込んだ。

 

「……言ったわね。なら、朝まで一睡もさせないわよ……っ」

「望むところだっ!」

 

二人の影が、ベッドの上で激しく重なり合う。

シャツが脱ぎ捨てられ、月明かりの下に、数々の死闘をくぐり抜けてきた青子のしなやかで美しい裸身が曝け出される。

アストルフォの手が、彼女の肌の熱を確かめるように、胸元から腰のラインへと滑っていく。触れられるたびに、青子はシーツを強く握りしめ、甘い喘ぎ声を部屋中に響かせた。

 

「あっ、はぁっ……! アストルフォ……! もっと、私を……っ、あんたの熱で……!」

「青子……好きだよ。ボクの青子……っ」

 

孤独な魔法使いの少女が、重い運命の鎧を完全に脱ぎ捨て、ただの『一人の女』として騎士の愛に溺れていく。南欧の静かな夜の海辺で、二人の狂おしいほどに熱く、そして甘美な営みは、途切れることなく続いていった――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。