fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
冬木市、新都の中心部。
初冬の冷たい風がビル風となって吹き抜ける中、休日の買い物を楽しむ人々で賑わうアーケード街に、突如として『異質極まりない集団』が現れた。
「……ちょっと、あんたたち。いくらなんでも目立ちすぎじゃないの」
遠坂凛は、隣を歩く桜色の騎士――アストルフォの腕に自らの腕を絡ませながら、周囲から突き刺さる無数の視線に小さく溜息をついた。
無理もない。金髪縦ロールで豪奢なドレスコートを着こなすルヴィア、神秘的な銀髪と純白の装いのアイリスフィール、そして青子やライネスといった、歩いているだけで周囲の空気を圧倒するような世界最高峰の美女たちが、総勢十名以上も連れ立って歩いているのだ。
そして何より、その美女たちの中心で、底抜けに明るい笑顔を振りまいているアストルフォ。
彼が歩くたびに、むせ返るような薔薇の香りと、冬の冷気を完全に塗り潰すほどの『圧倒的なオスの熱気』が街中に撒き散らされ、すれ違う一般の女性たちが次々と頬を赤くして振り返っている。
「目立って当然ですわ。世界で最も気高く、そして世界で一番この方に愛されているわたくしたちエーデルフェルトが、極東の田舎町を歩いて差し上げているのですから」
ルヴィアが扇子を揺らし、アストルフォの反対側の腕にぴたりとすがりつく。
「わあーっ! クレープ屋さんだ! 凛、ボクあれ食べたい!」
アストルフォは周囲の視線など全く意に介さず、アーケードの角にあるクレープの屋台を指差して目を輝かせた。
「はいはい。もう、子供みたいなんだから。……どれがいいの? 私が買ってあげるわよ」
凛は呆れたように言いながらも、その声は砂糖よりも甘く蕩けていた。彼女の表情には、かつて冬木で「氷の優等生」と呼ばれていた頃の冷たい仮面は欠片も残っていない。ただ愛する男を甘やかすことの喜びに満たされた、極上の女の顔だった。
凛がクレープをいくつか買い求め、アストルフォに手渡そうとした、まさにその時。
「――えっ? うそ、遠坂!?」
聞き覚えのある、しかしおよそ魔術世界には縁のない快活な声が響いた。
ハッとして凛が振り向くと、そこにはクレープ屋の列に並ぼうとしていた三人の女子生徒と、スポーツバッグを肩にかけた凛々しい少女の姿があった。
穂群原学園における凛のクラスメイトである蒔寺楓、氷室鐘、三枝由紀香の三人娘。
そして、弓道部の主将・美綴綾子だった。
「み、美綴……それに蒔寺まで……っ」
凛の肩がビクンと跳ねた。ロンドンに留学したはずの自分が、なぜか大量の外国人美女を引き連れて、しかも見知らぬイケメンの腕にすがりついている。その状況を説明する言葉が見つからない。
「遠坂、あんた……留学したんじゃなかったの!? っていうか、そのものすっごいフェロモン出してるピンク髪の男の人は誰よ!?」
美綴が、目を丸くしてアストルフォを指差す。
氷室が眼鏡を押し上げながら、鋭い観察眼で凛の全身を舐め回すように見た。
「……驚きだな。あの触れる者すべてを凍らせるようだった遠坂が、まるで熟れ切った果実のように甘い匂いを漂わせている。それに、その首元から微かに覗く赤い痕は……」
「ひゃうっ!?」
氷室の冷静にして的確な指摘に、凛は顔から火が出るほど赤面し、慌ててタートルネックの襟を引き上げた。
「やあやあ! キミたち、凛のお友達?」
アストルフォは、完全にフリーズしている美綴たちの前へ、無邪気な笑顔で一歩踏み出した。
「ボクはアストルフォ! 凛の彼氏だよ! いつも凛と仲良くしてくれてありがとう!」
「「「か、彼氏ぃぃぃっ!?」」」
三人娘の絶叫が、アーケードに響き渡る。
「あ、あの……遠坂さんの彼氏さん、すごく、かっこいいですネ……。それに、なんだか、すごく温かい感じがして……」
三枝が、アストルフォから放たれる圧倒的な肯定感と熱に当てられ、ぽーっと頬を赤らめて呟いた。
美綴でさえ、アストルフォの紫水晶の瞳に見つめられた瞬間、自身の胸の奥がドクンと大きく跳ねるのを感じ、スポーツバッグを握る手に力が入ってしまっていた。
(なんだ、この男……。目が合っただけで、腰の奥が痺れるような……っ。遠坂、あんたこんな規格外のバケモノに捕まってたの……っ)
美綴が内心で戦慄していることなど露知らず、アストルフォは買いたてのクレープを手に持ち、凛の顔のすぐ近くへと持ち上げた。
「リン、これすっごく甘くて美味しいよ! ほら、あーん!」
「ちょ、アストルフォ……っ! 今、学校の友達が見て……っ」
凛は恥ずかしさから後退りしようとしたが、アストルフォのがっしりとした腕が彼女の腰をぐっと引き寄せた。
逃げ場はない。至近距離で交差する視線。彼の熱い吐息が、凛の鼻先を直接撫でる。
「お友達が見てるから、ボクが凛のこといっぱいいっぱい愛してるってこと、教えてあげなきゃね」
「あ……っ、んっ……」
凛の青い瞳が、瞬時にして情欲の水気を帯び、とろとろに濁っていく。
アストルフォの手が、凛の口元へとクレープを運ぶ。凛はもう抗うことをやめ、自ら小さく口を開いてそれを頬張った。
「んんっ……美味しい、わ……」
「あはは、凛、口の端にクリームついてるよ」
アストルフォの太い親指が、凛の桜色の唇の端に触れ、そこについた生クリームをゆっくりと拭い取る。
ただそれだけの行為。しかし、彼の指先から伝わる火傷しそうなほどの熱が、凛の唇の粘膜を通じて直接脳髄へと流れ込んでくる。
「あぁっ……」
凛の口から、隠しきれない甘い吐息が漏れた。
彼女は無意識のうちに、彼の手のひらに自らの頬をすり寄せ、その熱にもっと深く触れてほしいと強請るように目を細めた。
学校では決して見せることのない、一人のオスに完全に身も心も支配され、骨抜きにされた雌の顔。
「……ウソォ!? あの遠坂が、男の人の前であんな、蕩けきった顔するなんて……ッ!?」
蒔寺が、信じられないものを見るように口をパクパクさせている。
「アストルフォさん。お姉ちゃんだけずるいです。私にも、貴方の熱を分けてください」
そこへ、美しい黒髪を揺らしながら、桜――エーデルフェルトの令嬢が、ゆったりとした足取りでアストルフォの背中から抱きついた。
「わあ、桜! もちろんいいよ! はい、あーん!」
「んっ……ふふっ。甘いです。でも、アストルフォさんの匂いの方が、ずっと深くて、私を狂わせてしまいます……」
桜は、アストルフォからクレープを食べさせてもらいながら、その紫の瞳でじっとりと美綴たちを見つめ返した。
彼女から放たれる、気品に満ちた令嬢のオーラと、それに反比例するようなむせ返るような愛欲の匂いに、美綴たちは完全に圧倒され、一歩後ずさった。
「な、何よあの超絶美少女……!? しかも『お姉ちゃん』って……遠坂のこと!? あんた、妹なんていたの!?」
「ボクのお姫様たち、みんなすっごく仲良しなんだ! 毎日一緒のベッドで寝てるんだよ!」
アストルフォの追撃(という名の事実の暴露)に、美綴たちの論理回路は完全にショートし、その場に石像のように固まってしまった。
「……はぁ。もう、あんたたち、本当にいい加減にしなさいよ。美綴、蒔寺、氷室、三枝、そういうわけだから。私、今すごく幸せだから心配しないでね! じゃあ!」
凛は、顔を真っ赤にしながらも、最後に最高の「恋する乙女」のドヤ顔を友人たちに向け、アストルフォの腕を引いてアーケードの奥へと歩き出した。
ルヴィアやアイリスフィール、そしてライネスたちも、クスクスと妖艶な笑い声を残しながら、その後を追う。
冬木の一般人たちに強烈すぎる爪痕(とフェロモンの残り香)を残した一行は、その後も冬木大橋や未遠川の河川敷などを巡り、アストルフォの無邪気な好奇心と、ヒロインたちの尽きることのない愛情の交換を繰り広げながら、賑やかで甘い観光を満喫し続けるのだった――