※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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本作品では沙条姉妹たちは氷室の天地 Fate/school lifeを基軸に設定しています。
玲瓏館美沙夜も同年代として扱います。


外伝 沙条愛歌&沙条綾香編①

冬木での大旅行から数ヶ月が過ぎた頃。

ルーマニア・トリファス近郊にある最高級ホテルのスイートルームで、一人の少女が退屈そうにマカロンを齧っていた。

 

沙条愛歌。

生まれながらにして『根源』に接続し、この世のすべての事象を理解し、操作できる全能の天才。

本来であれば、世界そのものを書き換えるほどの脅威となり得る彼女だが、この世界の歴史において、彼女は奇妙なほど無害な存在として落ち着いていた。

 

理由はただ一つ。

「……つまらないわ、綾香。素敵な王子様なんて、この世界にはどこにもいないのね」

 

愛歌は、ふかふかのベッドに寝転がったまま、美しい金糸のような髪を散らしてため息をついた。

全能ゆえに、すべてが見透かせてしまう。どんなに優れた魔術師も、権力者も、彼女の目には取るに足らない凡人にしか映らない。彼女が夢見た『絵本の中の白馬の王子様』など、この泥臭い現実世界のどこを探しても存在しなかったのだ。

結果として、彼女は全能性を持て余したまま、世界に絶望(という名の強烈な飽き)を抱き、ただ高級ホテルを引きこもり部屋にして甘いお菓子を貪る『天才ダメ人間(バカお姉ちゃん)』へと変貌していた。

 

「お姉ちゃん、またそんなこと言って……。王子様がいないからって、一日中パジャマでゴロゴロしてたらダメだよ。ほら、せっかくルーマニアまで観光に来たんだから、お着替えして」

 

妹の沙条綾香が、丸い眼鏡を押し上げながら、呆れたように散らかった洋服を片付けている。

穂群原学園の生徒であり、魔女術(ウィッチクラフト)の使い手である彼女は、姉の異常性には遠く及ばないものの、この世の誰よりも姉を恐れ、同時に誰よりも心配し、甲斐甲斐しく尻拭い(世話)を焼く苦労性の妹だった。

 

「だって、外に出ても何も面白くないもの。……私を心の底から震わせてくれるような、熱くて、キラキラした王子様が迎えに来てくれないなら、私はここで一生マカロンを食べてるわ」

「もう……っ、そんなワガママばかり言ってると、本当に誰にもお嫁に行けなくなるわよ」

 

綾香が姉の頭をポカポカと軽く叩こうとした、まさにその時。

『根源』に繋がっている愛歌の脳裏に、強烈なノイズが走った。

 

「……え?」

 

ノイズではない。それは、彼女の全能の計算式(予測)を完全に無視して突如として現れた、圧倒的な『光』と『熱』の塊だった。

 

「お姉ちゃん? どうしたの?」

「……いる。……すぐ下に」

 

愛歌は、ベッドから弾かれたように起き上がった。

パジャマ姿のまま、裸足でスイートルームの扉へと向かう。

 

「ちょっと、バカお姉ちゃん! どこ行くの!?」

 

綾香が慌てて後を追う。

 

***

 

同じホテルの、一階のVIP専用ラウンジ。

 

かつて聖杯大戦の舞台となったこの地へ、戦後の霊脈処理の視察に訪れていたフィオレとオルガマリー、そして彼女たちをエスコートするアストルフォの姿があった。

 

「ふぅ。現地の魔術協会との折衝も、これでひと段落ですね。フィオレ様、お疲れ様です」

 

オルガマリーが、優雅に紅茶のカップを置く。彼女は既に父に見捨てられた過去を乗り越え、天体科の令嬢らしい気品を身につけようと背伸びをしている。

 

「ええ、オルガマリー様も。……でも、今回はアストルフォが一緒に来てくれたから、全然疲れていないわ。むしろ、彼が隣にいるだけで身体の芯から温かくて……」

 

車椅子に座るフィオレが、アストルフォの腕に自らの腕を絡め、幸せそうに頬をすり寄せる。

 

「やあやあ! ボクはただ、フィオレとオルガマリーのお供をしただけだよ! 二人ともすっごく頑張ってて、かっこよかった!」

 

アストルフォは極上の笑顔で、フィオレとオルガマリーの頭を交互に撫でた。

 

「もう……お兄ちゃんったら。子供扱いしないでくださいな。今の私は、いつか貴方に相応しいお嫁さんになるために、レディの修行中なのですから……っ」

 

オルガマリーが、顔を赤くしながらも彼の手のひらに自らの小さな頬をすり寄せ、おませに背伸びをした甘い視線を送る。

 

そんな、極限まで甘く蕩けた空気が漂うラウンジの入り口に、パジャマ姿の愛歌と、慌てて追いかけてきた綾香が駆け込んできた。

 

「お、お姉ちゃん! こんな格好でラウンジに来たら恥ずかしいよ! ほら、他のお客さんも……」

 

綾香がアストルフォたちのテーブルに気づき、頭を下げようとした瞬間。

 

アストルフォと、愛歌の視線が、真っ直ぐに交差した。

 

「――――っ」

 

愛歌の呼吸が、完全に停止した。

全能の瞳が、目の前の青年の本質を一瞬で読み取る。

圧倒的な肯定感。底なしの愛情。そして何より、彼がシャルルマーニュ十二勇士の一人にして、正真正銘の『イングランドの王子』であるという揺るぎない事実。

 

(嘘……。本当に、いたの……? 私の、王子様……っ)

 

愛歌の胸の奥で、長年凍りついていた時計の針が、狂ったような勢いで回り始めた。

 

「やあやあ! キミたち、どうしたの? パジャマで走ってきたら、風邪ひいちゃうよ!」

 

アストルフォは、見知らぬ少女たちに対しても一切の警戒を抱くことなく、立ち上がって愛歌の目の前へと歩み寄った。

 

「あ、あの、すみません! バカ姉が急に走り出してしまって……っ!」

 

綾香が慌てて姉の前に出て誤魔化そうとしたが、アストルフォの顔が近づいた瞬間、綾香自身もその強烈な存在感に言葉を失った。

 

彼の身体から放たれる、むせ返るような薔薇の香りと、常軌を逸したオスの熱量。

至近距離で紫水晶の瞳に見つめられた綾香の背筋に、今まで感じたことのない甘い痺れが走った。

 

「キミ、すっごくいい匂いがするね! ボクはアストルフォ! キミたちのお名前は?」

 

アストルフォは、無防備に綾香の手を取り、両手で優しく包み込んだ。

 

「ひゃうっ……!?」

 

綾香の顔が、一瞬にして爆発したように赤く染まる。

彼のがっしりとした大きな手から、火傷しそうなほどの熱が直接流れ込んでくる。魔女術の使い手としての知識など関係ない、ただの『一人の女の子』としての本能が、彼の熱に激しく反応してしまったのだ。

 

「あ、綾香、です……っ。さ、沙条綾香……っ。あの、手が、熱い……です……っ」

「アヤカっていうんだね! 可愛い名前! 指先冷たかったから、ボクが温めてあげるね!」

 

「……だめ」

 

不意に、愛歌がアストルフォと綾香の間に割って入り、アストルフォの胸板にペタリと両手を当てた。

 

「えっ?」

「あなたは、私の王子様でしょう? ……私より先に、他の女の子を温めるなんて、だめ」

 

愛歌は、かつての退屈しきったダメ人間の顔を完全に捨て去り、頬を極限まで紅潮させ、トロンと濁った水気のある瞳でアストルフォを見上げていた。

 

彼女の全能の力をもってすれば、アストルフォの周囲にいるフィオレやオルガマリー、さらにはロンドンにいる十名以上の女たちの存在(ハーレム)など、一瞬で把握できる。

本来の愛歌であれば、自らの王子様に群がる他の女など、即座に消し去っていただろう。

しかし、彼女の思考は、アストルフォの圧倒的な熱に直接触れたことで、全く別の方向へとドロドロに溶け出していた。

 

(……ああ、なんて素晴らしいの。本物の王子様だもの、世界中の女の子から愛されて当然だわ。他の女たちは、私の王子様の価値を高めるための、ただの『箔付け(デコレーション)』……)

 

愛歌は、アストルフォの首に自ら腕を回し、背伸びをしてその耳元に唇を寄せた。

 

「私ね、愛歌っていうの。……ずっとずっと、あなたを待ってたわ。私の、たった一人の王子様」

「マナカっていうんだ! キミもすっごく綺麗だね! おとぎ話のお姫様みたいだ!」

アストルフォは、全く動じることなく、愛歌の細い腰をがっしりと抱き寄せた。

 

「あぁっ……」

 

愛歌の口から、全能の魔術師らしからぬ、ひどく艶めかしく無防備な嬌声が漏れた。

彼の腕の力強さと、服越しに伝わってくる規格外の体温。

『根源』に接続している彼女の脳は、この「未知の情動」と「圧倒的なオスの快楽」を処理しきれず、完全にショートしてしまったのだ。

 

「お、お姉ちゃん!? なに、いきなり初対面の人に抱きついて……っ、離れなさいよ!」

 

綾香がパニックになり、不思議系キャラの仮面をかなぐり捨てて姉を引き剥がそうとアストルフォの腕に触れる。

 

しかし、その瞬間。

 

「アヤカも、一緒にボクの胸においでよ!」

 

アストルフォのもう片方の腕が、綾香の腰をも引き寄せ、二人まとめて自らの広い胸板の中へと閉じ込めてしまった。

 

「ひゃああっ!?」

「んんっ……あ……っ、王子様……もっと、私を、強く……っ」

 

左右から、不思議系眼鏡ッ娘の妹と全能の姉を抱きしめる桜色の騎士。

愛歌はすでに完全に理性を手放し、アストルフォの胸に頬をすり寄せて甘い吐息を漏らし続けている。

綾香は必死に抵抗しようとするが、アストルフォの胸板から放たれる熱気と、彼の甘い声の前に、抗う気力は急速に奪われ、子宮の奥底から込み上げてくる熱い疼きに涙目になっていた。

 

「あらあら。うちのお兄ちゃんは、本当に少し目を離すとすぐに新しいお姫様を捕まえてしまうのですね。……私という将来のお嫁さんがいながら」

 

オルガマリーが、席を立って少し頬を膨らませて見せた。幼いながらも、すでに一人前の「彼を独占したい女」の顔だった。

 

「でも、あの子たちも……彼の熱を知ってしまったら、もう元の退屈な世界には戻れないわ。……ようこそ、私たちの甘く狂ったお城へ」

 

フィオレもまた、車椅子を進め、沙条姉妹に向けて極上の「共犯者」の笑みを向けた。

 

ルーマニアの高級ホテル。

退屈を持て余していた全能の少女と、その尻拭いに追われていた苦労人の妹は、突然現れた本物の王子様の圧倒的な熱量に為す術もなく巻き込まれ、誰も逃れられない底なしの愛の沼へと、今まさにその身を沈めようとしていたのだった――。

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