fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
極東の魔術の要衝たる冬木での大旅行から数ヶ月。
季節が再び巡り始めた頃、アストルフォと三人の美しい令嬢たちは、日本の首都・東京のど真ん中――銀座の超高級ホテル、その最上階にあるVIP専用エグゼクティブラウンジに滞在していた。
「……ふぅ。これで極東の魔術協会支部との『霊地管理における協定』の更新は完了ね。まったく、どこの国の魔術師も、建前と腹の探り合いばかりで肩が凝るわ」
遠坂凛は、シックな黒のタイトスーツの首元を少しだけ緩め、ふかふかの革張りソファに深く背中を預けた。
冬木の管理者(セカンドオーナー)としての顔と、時計塔の若きエリートとしての顔。数時間に及ぶ息の詰まるような会談を終え、彼女の青い瞳には隠しきれない疲労が滲んでいる。
「お疲れ様、遠坂。ですが、わたくしたちエーデルフェルトの威光と、貴女の交渉術をもってすれば、極東の狸どもを黙らせるなど造作もないことですわ」
ルヴィアゼリッタが、優雅に足を組み替えながらシャンパングラスを傾ける。彼女もまた、豪奢なパンツスーツを完璧に着こなしているが、その声には微かな気怠さが混じっていた。
「お姉ちゃん、ルヴィアお姉様、本当にお疲れ様でした。……温かいお茶を淹れましたから、少し休んでくださいな」
桜が、秘書のように控えめで品のあるワンピース姿で、二人の前にティーカップを並べる。
表向きは、時計塔からの使者としての厳格なビジネス。
しかし、分厚い防音扉に守られたこのプライベートラウンジから、現地の魔術師たちが完全に立ち去ったことを確認した瞬間――。
「凛! ルヴィア! 桜! みんな、すっごくお仕事頑張っててかっこよかったよ!」
「ひゃうっ……!」
凛の背後から、がっしりとした熱い腕が伸び、彼女の細い腰とタイトスーツ越しのお腹をすっぽりと包み込んだ。
「ア、アストルフォ……っ。もう、急に後ろから抱きつかないでって……」
凛は口では文句を言いながらも、彼のがっしりとした胸板から伝わってくる圧倒的なオスの体温に、一瞬で全身の力が抜け、自ら深く寄りかかってしまった。
「凛の肩、すっごくガチガチだね。……ボクがいっぱいいっぱい、解してあげる」
アストルフォの顔が、凛の首筋へと沈み込む。
「あ……っ、んっ……」
彼の熱い吐息が、うなじの産毛を直接撫でる。タイトスーツの上からだというのに、彼の太い指が肩甲骨から腰のラインへと滑り落ちるたび、凛の魔術回路の芯がドロドロに溶かされ、疲労が強烈な『情欲の甘い痺れ』へと強制的に書き換えられていく。
「ずるいですわよ、アストルフォ。わたくしも、退屈な会談のせいで身体が冷え切ってしまいましたわ。……ほら、わたくしにも貴方の熱を注ぎなさいな」
ルヴィアが、グラスを置いてアストルフォのもう片方の腕を引き寄せ、自らの豊かな胸の膨らみを遠慮なく押し付ける。
「わあ! ルヴィアもすっごくいい匂い! 桜も、こっちおいで!」
「はい……っ、アストルフォさん……っ。貴方の熱がないと、私……もう、立っているのも辛いくらいですわ……っ」
桜もまた、アストルフォの足元に跪くようにして彼の太ももに身を寄せ、その熱を全身で貪るように目を細めた。
さっきまで冷徹な魔術師としての仮面を被っていた三大お嬢様たちは、今や完全に一人のオスのフェロモンに支配され、ただ愛と快楽を乞うだけの艶めかしい雌へと成り下がっていた。
重厚なビジネスラウンジが、むせ返るような薔薇の香りと、彼女たちの甘い嬌声で満たされていく。
「みんな、偉い偉い! お仕事終わったから、今日はいーっぱい、トウキョウの街で遊ぼうね!」
アストルフォは、完全に骨抜きになった三人の頭を優しく撫でながら、無邪気な笑顔で東京見物を提案した。
***
数時間後。午後の中央通り(銀座)。
ビジネススーツから、最高級ブランドの洗練された私服(デート服)へと着替えた彼女たちは、東京のど真ん中を歩いていた。
「へえー! 冬木の街もすごかったけど、東京はもっとビルがいっぱいだね! あそこ、すっごくキラキラしてる!」
アストルフォは、凛と桜の手を両手に握り、ルヴィアを隣に従えながら、目を輝かせてショーウィンドウを覗き込んでいる。
周囲の歩行者たちは、この異質すぎる集団に次々と足を止め、振り返っていた。
息を呑むほど美しい外国人(ルヴィア)と、対照的な美しさを持つ二人の大和撫子(凛と桜)。そして、その三人の絶世の美女たちから、隠しきれない情愛と熱視線を向けられている、桜色の髪の美青年。
彼らが歩くたびに、周囲の空気がそこだけ映画のワンシーンのように華やぎ、むせ返るような甘い匂いが漂うのだ。
「……ちょっと、アストルフォ。あんまり急に引っ張らないでよ。ヒールなんだから」
凛が、恥ずかしそうに頬を染めながらも、彼と繋いだ手を絶対に離そうとしない。
「ふふっ。お姉ちゃん、お顔が真っ赤ですよ。……アストルフォさん、あそこのカフェ、とても美味しそうなケーキがありますよ」
桜が、アストルフォの腕に自らの柔らかな胸を押し付けながら、甘く囁く。
そんな、世界で一番幸せで、周囲の視線など意に介さない甘い空間。
それを、少し離れた高級ブティックの入り口から、冷徹な氷のような瞳で観察している少女がいた。
玲瓏館美沙夜。
東京を拠点とする名門・玲瓏館家の誇り高き令嬢であり、次期当主。
艶やかな黒髪を揺らし、完璧な姿勢で立つ彼女の目には、時計塔の若きエリートたちが、ただの男に現(うつつ)を抜かしている光景が、ひどく滑稽で、そして『利用価値のあるもの』として映っていた。
(……あれが、エーデルフェルトの次期当主と、極東の冬木を管理する遠坂の娘。そして、噂に聞く『規格外のはぐれ英霊』……)
美沙夜は、ふっと薄い唇の端を吊り上げた。
事前の情報では、あの英霊は強大な力を持つが、精神性は純真で愚直。女の計算など見抜けない「馬鹿な騎士」だという。
(時計塔の阿呆どもは、あのような男一人に骨抜きにされて、魔術師としての矜持を忘れたのかしら。……いいわ。あの男の持つ特異な魔力と、エーデルフェルトたちとのパイプ。私なら、もっと賢く、玲瓏館のために利用してあげる)
美沙夜は、自らの美貌と「完璧な令嬢としての立ち振る舞い」には絶対の自信を持っていた。
偶然を装い、彼らに接触し、あの単純そうな騎士を魅了して自らの手駒(あるいは交渉の切り札)に引きずり込む。彼女の優秀な脳内では、すでに完璧なシナリオが完成していた。
美沙夜は、優雅な足取りでブティックを出ると、人混みを縫って彼らの進行方向へと先回りした。
そして、アストルフォがショーウィンドウのディスプレイに気を取られ、振り返った、まさにそのタイミングを見計らって――。
「あ……っ」
わざと、しかしごく自然な軌道で、彼らの歩く動線へと踏み出し、自らの肩をアストルフォの広い胸板へと軽くぶつけた。
計算通り、彼女の持っていた小さなブランドの紙袋が手から滑り落ちる。
「おっと! ごめんね、大丈夫!?」
アストルフォが、反射的に美沙夜の細い腕を掴み、彼女の身体が倒れないように支えた。
「申し訳ありません、わたくしの不注意で……」
美沙夜は、計算し尽くされた『気高くも可憐な令嬢の表情』を作り、顔を上げた。
そして、彼に魅了の魔術を微弱に乗せた視線を送ろうとした、その瞬間だった。
「――――っ!?」
美沙夜の呼吸が、完全に停止した。
腕を掴まれた部分から、彼女の冷たく研ぎ澄まされていた魔術回路へと、信じられないほどの『暴力的なまでの熱』が、一瞬にして叩き込まれたのだ。
「怪我はない? 荷物、拾うね」
至近距離。アストルフォの紫水晶の瞳が、美沙夜の黒い瞳を真っ直ぐに射抜く。
彼の顔が近づいた瞬間、美沙夜の鼻腔を、むせ返るような薔薇の香りと、彼女の人生で一度も嗅いだことのない『純度百パーセントのオスのフェロモン』が容赦なく犯した。
(な、に……これ……っ。熱い……っ! 私の身体が、勝手に……っ)
計算など、一瞬で吹き飛んだ。
アストルフォが微笑んだだけで、美沙夜の子宮の奥底が、ズンッと重く、甘く痺れたのだ。
「気をつけてね。キミもすっごく綺麗なお洋服着てるんだから、汚れたらもったいないよ!」
アストルフォは、屈託のない極上の笑顔で紙袋を拾い上げ、美沙夜の手に握らせた。
その際、彼の指先が美沙夜の指に触れる。
「ひゃうっ……」
美沙夜の口から、彼女の人生で一度も出したことのない、艶めかしく無防備な声が漏れた。
「あら。貴女……確か、東京の玲瓏館の……」
凛が、少し警戒したように眉をひそめて美沙夜を見る。
「……っ。し、失礼いたしました……。わたくしは、玲瓏館、美沙夜……。お見苦しいところを……っ」
美沙夜は、全身を襲う未知の熱と震えを必死に気力で抑え込み、なんとか令嬢としての仮面を貼り直して一歩後ずさった。
(おかしい……。私が、こんな男に、触れられただけで……腰が、抜けそうになるなんて……っ)
「ミサヤっていうんだね! ボクはアストルフォ! 気をつけて帰ってね!」
アストルフォは無邪気に手を振り、凛たちに促されて再び歩き出した。
残された美沙夜は、自分の掴まれた腕をもう片方の手でギュッと握りしめていた。
そこには、まだ彼の火傷しそうなほどの熱が、はっきりと刻み込まれている。
利用するつもりで近づいた。罠に掛けるつもりだった。
しかし、彼女が踏み入れたのは、浅い水たまりなどではない。一度触れれば骨の髄までドロドロに溶かされる、絶対的な『愛の沼』だったのだ。
「……アストルフォ……」
美沙夜は、遠ざかる彼の広い背中を、黒い瞳に深い情欲の色を滲ませて、ただじっと見つめ続けることしかできなかったのだった――。