※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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外伝 フィリア編①

ロンドン郊外、エーデルフェルト別邸。

柔らかな春の陽光が差し込む美しいサンルームで、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、自らの銀色の髪を優しく梳いてくれる桜色の騎士――アストルフォの太ももに頭を預け、至福の吐息を漏らしていた。

 

「……アストルフォ様。貴方の指先は、本当に……不思議な魔法のようですわ。こうして触れていただいているだけで、私の身体の冷たい部分が、すべて甘く溶けていってしまいます」

 

アイリスフィールの赤い瞳は、情欲と安心感でトロンと濁り、彼女は彼のがっしりとした手首に自らの白い手を重ねて頬をすり寄せた。

かつて北の雪城で、感情を持たない人形として生み出された彼女。しかし今、彼女の首筋から覗く柔らかな素肌には、彼が毎晩のように刻み込んだ無数の赤い痕が、誇らしげに、そしてひどく艶めかしく咲き乱れている。

 

「アイリスフィールの髪、すっごくサラサラで、雪みたいに綺麗だもん。ボク、ずっと撫でていたいな」

 

アストルフォの顔が近づき、彼女の敏感な耳たぶに直接、甘く熱い吐息が吹きかけられる。

 

「んんっ……ぁ……っ」

 

至近距離で交差する視線。彼の紫水晶の瞳の奥にある、底なしの肯定感と愛情。

ただそれだけで、アイリスフィールの魔術回路の芯がドロドロに融解し、子宮の奥底から込み上げてくる熱い疼きに、彼女は身をよじらせた。

 

「あのね、アストルフォ様。私……一つ、お願いがあるのですけれど」

 

アイリスフィールは、自らの豊かな胸の膨らみを彼の手のひらにそっと押し付けながら、甘く囁いた。

 

「お願い? なになに、ボクにできることなら何でも言って!」

「久しぶりに……行きたいのです。私たちが初めて出会って、私が、本当の意味で『貴方の女の子』になった、あの思い出の場所へ」

 

その言葉に、少し離れた場所で紅茶の準備をしていたセラとリーゼリットも、顔を真っ赤にして反応した。

 

「コッツウォルズ……ですね。私たちも、あの場所で初めて、アストルフォ様の……圧倒的な熱を、知って……っ」

 

セラが、モジモジとエプロンの裾を握りしめながら、自身の火照った頬を隠すように俯く。

 

「……リズも、行きたい。あそこで、アストルフォにいっぱいヨシヨシされた。また、ぽかぽかしたい」

 

リーゼリットは素直にアストルフォの元へと歩み寄り、彼の手を引いて自身の頭へと乗せた。

 

「コッツウォルズ! もちろんいいよ! あそこは景色もすっごく綺麗だし、お外でピクニックなんて最高じゃないか!」

 

アストルフォは極上の笑顔で頷き、リーゼリットの頭を撫でながら、アイリスフィールの頬にちゅっ、と音を立てて口付けを落とした。

 

「ありがとうございます……っ。あぁっ、嬉しい……っ。私、貴方と一緒に、またあの綺麗な丘を歩きたい……っ」

 

アイリスフィールは自らアストルフォの首に腕を絡ませ、その火傷しそうなほどの体温を全身で貪るように密着した。

 

「じゃあ、明日さっそくお出かけしよう! 桜たちにはお留守番お願いして、四人で水入らずのピクニックだ!」

 

サンルームは、彼から放たれるむせ返るようなオスのフェロモンと、三人のホムンクルスたちが溢れさせる甘い愛欲の匂いで完全に満たされ、極上の熱帯へと変わっていく。

彼女たちはまだ知らない。

その思い出の地で、かつての自分たちと同じように「冷たい使命」に縛られ、すべてを投げ出して放浪している孤独な同胞と遭遇することになるなどとは――。

 

***

 

同時刻。

はちみつ色の石造りの家々が並び、緑豊かな丘陵地帯が広がる、イングランドで最も美しい村々――コッツウォルズ近郊の田舎道。

 

そこを、一人の少女が重い足取りで歩いていた。

フィリア。

アインツベルンによって鋳造された、聖杯戦争の器としての使命を帯びたホムンクルス。

しかし彼女は、その冷徹で無機質な運命に抗うように、北の城から一人で逃亡し、あてどなくヨーロッパを放浪していた。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

フィリアの呼吸は荒く、その美しい顔立ちは土気色に青ざめていた。

当然だ。魔力供給の基盤を持たないホムンクルスが、アインツベルンの設備から離れて単独で活動し続けることなど、本来不可能なのだから。

彼女の魔術回路は干上がりかけ、肉体は悲鳴を上げている。靴底はすり減り、着の身着のままの服は汚れ、かつての気高さなど見る影もない。

 

(……どこへ、行けばいいのかしら。私には、帰る場所も、生きる目的も、何もない……っ)

 

フィリアの瞳は、底なしの虚無に沈んでいた。

魔術師たちの欲望の道具として作られた命。逃げ出したところで、人間のように温かい家族が待っているわけでも、恋人と愛し合う未来が約束されているわけでもない。

ただ、冷たい城で人形として終わるのが嫌だった。それだけの理由で飛び出したものの、世界は彼女にとって、あまりにも広く、冷たく、そして無関心だった。

 

「……綺麗な、場所……」

 

ふと、フィリアは立ち止まり、目の前に広がる景色を見上げた。

澄み切った青空の下、柔らかな風が吹き抜ける小高い丘。色鮮やかな野花が咲き乱れ、まるで絵本の中から抜け出してきたような、美しいコッツウォルズの風景。

 

だが、その温かい景色は、フィリアの冷え切った心を癒やすどころか、逆に彼女の絶対的な『孤独』を浮き彫りにした。

 

(私には……こんな綺麗な景色、ふさわしくないわね。私の身体は、泥にまみれて、ただ朽ちていくだけの……っ)

 

ドクンッ、と。

心臓――魔術回路のコアが不吉な音を立てて軋んだ。

限界だった。逃亡の疲労と魔力枯渇が、彼女の足を完全に止めた。

 

「あ……っ」

 

フィリアの膝から力が抜け、彼女はそのまま、美しい緑の草原の中へと糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

視界が急速に黒く塗り潰されていく。冷たい土の感触が、頬に伝わる。

 

(……これで、終わるのね。……冷たい……すごく、寒い……)

 

誰にも見つけられず、誰にも愛されず、ただ一人で消えていく。

薄れゆく意識の中で、彼女は自らの運命を呪うことすら諦め、静かに目を閉じた。

 

――彼女のすぐそばまで、太陽のような肯定感と、世界のすべてを狂わせるほどの熱量を持った騎士の足音が、甘い香りを漂わせて近づいてきていることなど、まだ知る由もなく。

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