fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
澄み切った青空の下、はちみつ色の石造りの家々が遠くに見える、コッツウォルズのなだらかな緑の丘。
かつてアイリスフィールがアストルフォの圧倒的な熱に触れ、初めて「感情」と「女としての情欲」を知ったその思い出の場所に、今日は豪奢なピクニックシートが広げられていた。
「……ふふっ。何度来ても、ここは本当に美しい場所ですわね。ロンドンの屋敷で桜様たちとお茶会をするのも好きですが、たまにはこうして、四人だけであの方を独占するのも……悪くありませんわ」
純白のワンピースに身を包んだアイリスフィールは、芝生の上にゆったりと横座りし、自らの膝の上にアストルフォの頭を乗せて、愛おしそうにその桜色の髪を撫でていた。
彼女の赤い瞳は、兵器としての冷たさなど微塵も残っていない。ただ愛する男の温もりを全身で感じ、その幸せにドロドロに浸りきった、極上の妻の顔だった。
「 アイリスフィールの膝枕、すっごく柔らかくていい匂いがする! 太陽の下でお昼寝なんて最高だね!」
アストルフォは、アイリスフィールの豊かな太ももに頬をすり寄せ、無邪気な笑顔で目を細めている。
その顔が動くたびに、彼の熱い吐息がアイリスフィールの薄いワンピース越しに太ももの内側へと吹きかかり、彼女の魔術回路の芯を直接くすぐった。
「んっ……ぁ……っ。アストルフォ様……っ。そんな風に、お顔を動かされたら……私、こんな明るいお外なのに、お腹の奥が……きゅって、疼いてしまいますわ……っ」
アイリスフィールは、頬をほんのりと桜色に染め、堪えきれない甘い吐息を漏らした。
「ア、アイリスフィール様っ! いくら私たちしかいないとはいえ、お外でそのような……っ、はしたないお声は……っ!」
少し離れた場所で、サンドイッチの入ったバスケットを開けていたセラが、顔から火が出るほど赤面して抗議する。
しかし、彼女自身の声も、どこか上擦って熱を帯びていた。
「セラ、お顔が真っ赤だよ。お日様に当たって暑いの? こっちおいで、ボクが汗拭いてあげる!」
アストルフォが、アイリスフィールの膝から身体を起こし、セラに向かって両手を広げた。
「ひゃうっ……!? い、いえ、私はお世話係ですから、そのような……っ!」
セラは慌てて後ずさろうとしたが、その背中を、いつの間にか後ろに立っていたリーゼリットがドンと押した。
「……セラ、素直じゃない。アストルフォ、私も。ぽかぽか、ほしい」
リーゼリットは、セラをアストルフォの胸の中へと突き飛ばすと、自分もごく自然な動作でアストルフォの背中側に回り込み、コアラのようにぴたりと抱きついた。
「わぷっ! リズ、ナイスキャッチ! セラも、おいで!」
アストルフォは、胸の中に飛び込んできたセラの細い腰をがっしりと抱き留め、背中のリーゼリットごと、三人を一つの熱の塊に巻き込んでしまった。
「あぁっ……! アストルフォ、様……っ」
ドン、と胸板にぶつかった瞬間、セラのエプロンドレス越しに、彼の火傷しそうなほどの圧倒的な体温が流れ込んでくる。
鼻腔を犯す、むせ返るような薔薇の香りと、濃密なオスのフェロモン。
「セラ、いつも真面目にお世話してくれてありがとう。……でも、ボクの前では、ただの可愛いセラでいいんだよ」
至近距離で交差する視線。彼のアメジストの瞳に見つめられ、甘い声で全肯定された瞬間、セラの「メイドとしての良心」は音を立てて崩れ去った。
「あ……ぅ……っ。私……っ、貴方の、その熱がないと……もう、夜も眠れないくらい、おかしくなってしまって……っ」
セラは完全に足の力を失い、自ら彼の首に腕を絡ませて、情欲に潤んだ瞳で彼の唇を求めた。
「うん! セラの冷たいところ、ボクがいっぱいいっぱい温めてあげる!」
青空の下、アストルフォの熱い唇が、セラの震える唇を深く塞ぐ。
「んんっ……!! ぁ……っ、んちゅ……っ」
「……アストルフォ、私にも。熱いお口、して」
背中のリーゼリットも、甘い声で彼におねだりをし、アイリスフィールはそんな彼らを、自らも胸の奥を激しく疼かせながら、最高に幸せそうな笑顔で見つめていた。
感情を持たなかったアインツベルンのホムンクルスたちが、一人のオスの熱量によって、完全に理性を溶かされた雌として快楽と愛情を貪り合う。
それは、コッツウォルズの美しい自然の中で咲き誇る、極限まで甘く、淫らな光景だった。
***
「はぁーっ、お弁当すっごく美味しかった! 桜たちが作ってくれたサンドイッチ、最高だったね!」
ピクニックシートの上で、アストルフォが満腹のお腹をさすりながら大の字に寝転がる。
アイリスフィールたちも、彼の匂いと熱に存分に満たされ、乱れた服を直しながら柔らかな微笑みを浮かべていた。
その時だった。
アストルフォが、ふと寝転がったまま、小首を傾げて風の匂いを嗅いだ。
「……ん? なんだろう、この匂い」
彼はむくりと起き上がり、丘の下の方――風上に向かって紫水晶の瞳を細めた。
「どうなさいました、アストルフォ様?」
アイリスフィールが不思議そうに尋ねる。
「……なんかすっごく、冷たくて、寂しい匂いがする。お花の匂いじゃない。……誰か、泣いてるみたいな……」
野生の直感、あるいは、助けを求める者を絶対に見逃さないシャルルマーニュの騎士としての本能。
アストルフォは、立ち上がると、迷うことなく風が吹いてくる丘の斜面へと駆け出した。
「アストルフォ様!? 急にどうされたのですか!」
「待って、アストルフォ! 私たちも行く!」
アイリスフィールたちも慌てて立ち上がり、彼を追って緑の草原を駆け下りる。
丘の斜面を少し下り、背の高い草花が生い茂るくぼみに出たところで、アストルフォはピタリと足を止めた。
「……あ」
後から追いついたアイリスフィールたちが、彼に重なるようにしてその視線の先を見た瞬間、全員の息がハッと詰まった。
そこには、緑の草花に埋もれるようにして、一人の少女が倒れ伏していたのだ。
土に汚れた白い衣服。土気色に青ざめ、ピクリとも動かない華奢な身体。
そして何より、その色素の薄い髪と、魔力枯渇によって極限まで冷え切った生体反応は、アイリスフィールたちにとって、あまりにも見覚えのあるものだった。
「嘘……。あの子、まさか……私たちと同じ、アインツベルンの……!?」
セラが、信じられないものを見たように口元を両手で覆う。
「……魔力、ほとんどない。すごく、冷たくなってる」
リーゼリットが、倒れている少女(フィリア)の側に駆け寄り、その手首に触れて青ざめた。
ホムンクルスが、アインツベルンの城外で魔力枯渇を起こす。それはすなわち、機能停止(死)を意味している。
なぜ彼女がこんな異国の地に一人で倒れているのか。疑問は尽きなかったが、アイリスフィールの脳裏には「冷たい城の掟」が過った。
(城から逃げ出した不良品……? アハト翁なら、絶対に見捨てて放置するはず……)
だが、彼らはもう、そんな冷酷な掟に縛られた人形ではない。
「アストルフォ様! この子、早くしないと魔術回路が完全に死滅してしまいますわ!」
アイリスフィールが叫ぶより早く。
「大丈夫! ボクが絶対に助ける!」
アストルフォは、躊躇うことなくフィリアの冷え切った身体を抱き起こし、自らの広い胸板の中へとすっぽりと包み込んだ。
「あ……」
かすかに、フィリアの口から乾いた吐息が漏れた。
「キミ、すっごく冷たいね。一人で、いっぱい怖い思いしたんでしょ? もう大丈夫だよ。ボクが、キミのこと温めてあげる」
アストルフォは、自らの魔術回路を全開にし、彼が持つ「規格外の生命力」と「火傷しそうなほどの圧倒的なオスの熱量」を、フィリアの冷え切った身体へと直接、大量に流し込み始めた。
それは、枯れ果てた大地に、激しく、甘い熱帯のスコールを降らせるような行為。
「んっ……ぁ……ぁあ……っ」
意識を失っていたはずのフィリアの身体が、ビクンッと大きく跳ねた。
彼女の停止しかけていた魔術回路のコアに、アストルフォの純度百パーセントの熱とフェロモンが叩き込まれ、強制的に再起動させられていく。
孤独と虚無の中で冷たく死んでいくはずだった少女の心に、絶対的な太陽の光が、容赦なく、そしてとてつもない優しさで差し込み始めていた――。