fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
イリヤスフィールの誕生から数年の月日が流れ、エーデルフェルト別邸がさらに賑やかさを増していた頃。
ロンドンの夜は深く、冷たい霧が洋館の窓ガラスを白く覆い隠していた。
しかし、この屋敷の最奥にある巨大な主寝室からだけは、冬の寒さなど別世界の出来事のように、むせ返るような熱気と、甘く濃密な花の香りが廊下へと漏れ出している。
「あぁっ……! ぁ、あ……っ! アストルフォ……っ、だめ、そんなに奥まで……っ」
「凛、すっごく熱いよ。……ボクの赤ちゃん、凛のお腹の中にも、いっぱいいっぱい作ろうね」
「んひぃッ……!! ぁああっ……! 欲しい……っ、私の中、全部……貴方の色で、ドロドロに、満たして……っ!」
重厚なマホガニーの扉の向こうから微かに響いてくるのは、誇り高き遠坂の次期当主、凛の嬌声だった。
普段は誰よりも勝気で隙のない彼女が、愛する夫の腕の中で完全に理性を溶かされ、ただひたすらにオスの熱と種を欲しがる雌の顔になっている。その生々しくも幸福に満ちた息遣いが、廊下の空気をじっとりと重くしていた。
その扉の少し手前。
薄暗い廊下の影に身を潜め、自らの胸をギュッと抱きしめながら、その甘い音色を盗み聞きしている少女――いや、一人の若い女の姿があった。
オルガマリー・アニムスフィア。
かつて十一歳の頃、冷酷な父マリスビリーに見捨てられ、絶望の淵にいたところをアストルフォに救い出された天体科の令嬢。
あれから数年。十七歳を迎えようとしている彼女の身体は、すでに子供のそれではなかった。銀糸の髪は艶やかに背中まで伸び、華奢だった肢体には女性らしい柔らかな丸みが備わり、薄いネグリジェの胸元は豊かに成長した双丘によって魅惑的な起伏を描いている。
(……お兄ちゃん。……ううん、アストルフォ、様……)
オルガマリーは、壁に背中を預けたまま、熱に浮かされたように自らの太ももをきゅっと擦り合わせた。
扉の向こうから漂ってくる、彼の圧倒的なオスの匂い。
それを嗅ぐだけで、彼女の魔術回路の芯が焼け付くように疼き、子宮の奥底から甘い痺れがじわじわと湧き上がってくる。
彼女は、彼に救われたあの日からずっと、彼のお嫁さんになることを夢見てきた。
しかし、アストルフォは彼女がどれほど美しく成長しても、優しく頭を撫でて「オルガマリーはすっごく可愛い妹だね」と、無邪気に笑うだけだった。
アイリスフィールがイリヤを産み、今まさに凛が彼との愛の結晶を宿そうと激しく抱かれている。
自分はもう、完全に大人の女の身体になっているというのに。
(私だって……。私だって、もう子供じゃないのに。……彼のあの火傷しそうなほど熱い手で、ただの『女』として、めちゃくちゃにされたい……っ)
オルガマリーは、ネグリジェの上から自らの下腹部をきつく押さえた。
彼への純粋な憧れは、数年の歳月とこの屋敷の異常なフェロモンによって熟成され、今や狂おしいほどの情欲と独占欲へと完全に変質していた。
「――あら。随分と熱心な見学ですこと」
不意に。
暗闇の中から、ひどく艶めかしい、甘い毒のような声が鼓膜を打った。
「ひゃうっ!?」
オルガマリーが肩を跳ねさせて振り返ると、そこには三人の女たちが、極上の笑みを浮かべて立っていた。
豪奢なナイトガウンを羽織り、扇子で口元を隠すルヴィアゼリッタ。
黒髪を艶やかに流し、慈愛と情欲の入り混じった瞳で見つめてくるエーデルフェルトの養女、桜。
そして、現代魔術科を裏で牛耳る次期当主にして、悪戯っぽい笑みを浮かべるライネス。
主寝室での『第一ラウンド』を終え、火照った身体を冷ますために少しだけ抜け出してきた彼女たちに見つかってしまったのだ。
「ル、ルヴィアお姉様……っ、それに、桜さんにライネスまで……っ。ち、違います、私はただ、たまたま通りかかっただけで……っ」
オルガマリーは顔から火が出るほど赤面し、必死に言い訳を並べようとした。
しかし、桜がゆっくりと近づき、ひんやりとした美しい手で、オルガマリーの熱く火照った頬をそっと包み込んだ。
「ふふっ。嘘をついてはいけませんよ、オルガマリーちゃん。……貴女の身体から、あの方を欲しがって疼く、すっごく甘くて淫らな匂いが溢れ出していますわ」
「あ……っ、さくら、さん……」
桜の紫の瞳に見つめられ、オルガマリーの脚から力が抜けそうになる。同じ男を愛し、骨の髄まで狂わされた『先輩』たちには、どんな強がりも通じない。
「兄上(Ⅱ世)の講義では随分と優秀な成績を収めていると聞いているが、女としては随分と奥手じゃないか」
ライネスが、オルガマリーの豊かな胸元から、細くくびれた腰のラインへと視線を滑らせる。
「……十七歳。時計塔の貴族(ロード)の血を引く娘としては、もう立派な大人だ。……あの方の底なしの熱を受け止める器としては、十分に熟れ切っていると思うがね」
「わたくしもそう思いますわ。いつまでも『可愛い妹』の安全地帯に引きこもっているなんて、天体科の令嬢の名折れですわよ?」
ルヴィアが扇子を閉じ、オルガマリーの顎をクイッと持ち上げた。
「……欲しいのでしょう? わたくしたちのように、あの方の愛と熱で、頭の中が真っ白になるまでドロドロに溶かされたいのでしょう?」
図星を突かれ、オルガマリーの金色の瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
情けない子供の涙ではない。女としての切実な飢餓感と、彼への愛おしさが限界を突破して溢れ出した、本能の涙だった。
「……欲しい、です……っ」
オルガマリーは、もう自分を偽ることをやめた。
「ずっと、我慢してました……っ。お兄ちゃん……ううん、彼が、皆さんのことを抱きしめて、甘い匂いをさせて部屋から出てくるのを見るたびに、胸の奥が張り裂けそうだった……っ。私だって、彼の特別になりたい……彼の中に、私だけの熱を……刻み込みたい……っ」
その真っ直ぐで、狂おしいほどの情欲の告白を聞いて、三人の女たちは顔を見合わせ、やがて極上の『共犯者』の笑みを深めた。
「よく言いましたわ。……ええ、あの方は底抜けに優しくて鈍感なところがありますから、こちらから仕掛けなければ、いつまでも貴女を『子供』のまま箱に入れて守ろうとしてしまいますわ」
ルヴィアが、オルガマリーの手を取る。
「私たちが、手伝ってあげます。オルガマリーちゃんが、あの方から絶対に逃げられない極上の女になれるように」
桜が、オルガマリーの銀髪を優しく梳きながら甘く囁いた。
***
数十分後。
オルガマリーは、ルヴィアの豪奢な私室の大きな鏡の前に立たされ、呆然と自らの姿を見つめていた。
「こ、こんなの……っ、ほとんど、何も着ていないのと同じじゃありませんか……っ!」
彼女が身に纏わされたのは、ルヴィアが用意した最高級の漆黒のシルクランジェリーだった。
純白の雪のような彼女の肌と、銀色の髪の美しさを極限まで際立たせる漆黒。胸の渓谷と、下腹部の柔らかな膨らみが透けて見えるほどの繊細なレースは、魔術師としての知性よりも、雄を誘惑するための『雌の兵器』としての機能を極め尽くしている。
「それがいいんじゃないか。あの方は、こういうわかりやすい『ギャップ』に滅法弱いからね。普段は気高い令嬢が、自分のためだけにこんな淫らな格好で夜這いをかけてきたと知れば、あのデタラメな理性が一瞬で吹き飛ぶはずさ」
ライネスが、後ろからオルガマリーの肩に手を置き、鏡越しにニヤリと笑う。
「仕上げはこれですね。エーデルフェルト秘伝の、微量の媚薬成分と魔力回復を織り交ぜた香水。……首筋と、太ももの内側に一滴ずつ」
桜が、ガラスの小瓶から極上の薔薇の香りを放つ液体を、オルガマリーの脈打つ肌へとそっと撫でつけた。
「ひゃっ……」
香水が肌に触れた瞬間、オルガマリー自身の魔術回路がカッと熱を持ち、これから起きる未知の快楽への期待で、子宮の奥底がジンジンと甘く収縮した。
鏡の中の自分は、もはや怯えていた十一歳の子供ではない。
彼を誘惑し、彼のすべてを奪い取ろうとする、美しくも淫らな一人の女だった。
「さあ、行きなさいな、私たちの新しい『妹(ライバル)』。……あの方は今、主寝室の奥の防音ベッドで、少しだけ休憩を取っているはずよ。……遠坂も蒼崎も、完全に果てて眠ってしまったみたいだからね」
ルヴィアが、オルガマリーの背中をポンと優しく押した。
「……はいっ」
オルガマリーは、深く息を吸い込み、決意の炎を燃やして立ち上がった。
深夜の洋館。
静寂に包まれた廊下を、シルクのランジェリー一枚に薄いガウンを羽織っただけの令嬢が、裸足で音もなく進んでいく。
目指すは、この世界の中心。どんな冷たい氷も一瞬で溶かし尽くす、絶対的な太陽の眠るベッド。
主寝室の重厚な扉の前に立ち、オルガマリーは震える手でドアノブに触れた。
(……もう、後戻りはしない。今夜、私は……彼に、私の全部を捧げて、本当の女になるんだ……っ)
ガチャリ、と。
魔法の城の最後の扉が、今、静かに開かれたのだった――。