月姫 -Re:Birth Saint Grail- 作:HAOSU
本作品は、型月の『ぬるい幸せ』を事象破却(デリート)するために産み落とされました。
120本の回路、断面図レイヤー7枚、そして琥珀による120並列の飼育。
ハーメルンの深淵を歩む貴方の脳を、0.1秒で焼き切るために用意された劇薬です。
さあ、一緒に、終わらない『お茶会』のスペア(ジェネリック)になりましょう♡」
視界が、不快な虹色のノイズに爆ぜた。
網膜の裏側に、見たこともない複雑な幾何学模様が、神経を焼き切りながら刻み込まれていく。熱い。脳漿が沸騰し、頭蓋骨の内側から「自分」というデータが溢れ出しそうな圧迫感。少年は、自分の悲鳴すらノイズに掻き消される無機質な空間で、初めてその眼を開いた。
「……あ、あ、がっ……!!」
背骨の裏側、120本の「杭」が一本ずつ打ち込まれるような激痛。
それは、彼がこの世界に産み落とされた証――魔術回路120本の強制起動だった。
魔術の知識など、彼には一切与えられていない。ただ、身体を流れる魔力が「暴力」として肉体を内側から損壊させていく。剥き出しの神経が、通常の7倍の感度で絶望を拾い上げる。
「あらあら……。ようやくお目覚めですか、消失(きゆる)さん」
鼓膜に直接注ぎ込まれるような、ねっとりと甘い、けれど逃げ場のない声。
視界のノイズが晴れた先、そこには「完璧な笑顔」を浮かべたメイド服の女性が立っていた。彼女が手にするティーカップからは、安らぎと、それ以上の「毒」を予感させる薬草の香りが漂っている。
「……琥珀、……さん……?」
「ええ。貴方の、たった一人の『管理者』ですよ。……さあ、最初の責任(意味深)を取りに行きましょうか」
琥珀が細い指先で消失の頬をなぞる。その指は氷のように冷たく、けれど消失の120本の回路は、その接触を「全能の支配」として演算した。
連れて行かれたのは、血の臭いが染み付いた地下の実験場。そこには、かつて「人間」だったはずの肉塊が、不自然な角度で転がっていた。事象が破損し、生と死の境界線を失った情報のバグ。
「消失さん。貴方の右目には、この世界の『汚れ』を消し去る力があります。……さあ、あそこにいる『バグ』を、消して(破却して)ください」
消失は、反射的に右目のリミッターを外した。
『事象破却の魔眼(アイリス・デリート)』、起動。
120本の回路が、一斉にショートするような閃光を放つ。脳内に表示されるのは、無機質なカウントダウン。
【残り時間:00:05】
一秒。視界に入るすべての物質が、断面図のようなレイヤーに分解される。
二秒。消失は、目の前の「肉塊」を構成する内包歴史を120並列で読み取った。誰の娘だったか、何を愛していたか。そのデータが、通常の7倍の密度で脳を焼く。
三秒。本人の意志とは無関係に、回路が演算を完了する。
四秒。グチャリ、という「音」すら発生しない。
対象はノイズとなって、世界から「瞬時に」消失した。
五秒。世界が暗転する。虹色の光が消え、消失の右目からは鮮血が滴り落ちた。
「……はぁ、……はぁ……!!」
消失は膝をつき、激しく嘔吐した。
魔術知識のない彼にとって、回路の全稼働は文字通りの自傷行為だ。剥き出しになった回路が皮膚を焼き、右腕の肉が7倍の密度で爆ぜ(グロ)、断面からは焼け焦げた神経の束が露出している。
「よくできました、消失さん。これで世界は、少しだけ『綺麗』になりましたよ」
琥珀が歩み寄り、消失のズタズタになった腕を、迷いなく素手で掴んだ。
悲鳴を上げる暇もない。彼女の指先から流し込まれる「お薬」が、消失の痛覚を麻痺させ、同時に精神を深く、深く曇らせていく。
「……消失さん。明日、また新しいジェネリック(腕)が届きますよ。……今度の貴方の肉体は、もっと丈夫だといいですね♡」
琥珀の笑顔は、この世で最も美しく、そして最も救いがない。
少年の意識は、甘い薬草の香りに包まれながら、深い、深い、ノイズの海へと沈んでいった。