全てに救いはありません
あの日
学校で授業を受けていた俺は休み時間にスマホを見ると鬼のような量の着信履歴がならんでいた
急いで折り返すと
「もしもし母さん?え、コト姉が?」
母から電話で彼女の陣痛が始まったことを聞く
「そう!だから早く!!」
「ああ…」
「なに呆けているの!!さっさと支度を済ませるのよ!!」
そういうと母は電話を切る
「…」
産まれるのか
男の子って言ってたな
行かないとな
頭は動く事を強いてくるが身体が追いつかない
足が動かない
「あれ?」
立ちあがろうとするが足に力を入れる事ができない
そうこうしているうちに授業が始まる
今すぐ動かないといけないし早退しなきゃいけないが
(まぁ、授業受けてからでも何とかなるか…)
と心の中で言い訳をしてそのまま動かずに静かに授業を受ける
そんな事を数回繰り返すと慌ただしい様子で担任が教室に入ってきて俺を呼び出す
どうやら母が学校にも電話をしたらしく先生からも行くように言われる
「…」
「おい、矢凪!!急げ!!車乗せてやるから」
「…そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
足は動かないのに口は勝手に動く
「は?何言って––」
「――俺の子じゃないですから」
ついポロッと
「…は???」
「生まれてくるの俺の子じゃないんです」
「????」
理解の追いつかない様子の先生は頭を掻きむしりながら
「だーー!!意味わからん!とりあえず病院いくぞ!!」
そういうと俺を引きずり車にぶち込み車を出す
車内では地獄のような空気が流れるが何とも思えない
ただひたすら現実とは思えないふわふわとした感覚に包まれている
そうして十数分ほど車を走らせてくれた先生は病院に着くなり
「とりあえず!行くぞ!!」
引きずって連れて行ってくれる
病院の入り口には明らかにイライラしている父の姿が見えた
「おい暁人!!!」
「…うん」
「何してんださっさと!!」
首根っこを掴もうとする父に対して
「お父さん、一旦落ち着いて下さい。暁人君も混乱が強いようなので」
先生が宥めてくれる
「む」
勢いを削がれた父は
「後ここは病院です、周りの迷惑ですから」
先生の言葉に落ち着きを取り戻し「こっちだ」と背を向け急足でコト姉の待つ場所へ向かう
そんな姿を見ても何とも思えない俺は
「…矢凪、行くぞ」
先生に支えられながら無理矢理足を動かす
部屋に着くとおじさんとおばさんと母さん達が勢揃いしていた
ようやく姿を現した俺に安堵と怒りの視線を向けるも部外者と言える先生がいるので堪えているようだった
――ここまできても俺はどこか他人事だった
「――と!暁人!!」
ぼーっとしている俺を大きな声で呼ぶ母さん
「来なさい!」
引っ張られるままに足を動かし滅菌された服を見に纏わされコト姉のいる部屋に入った
「――――――――」
声というか奇声というかが響くその部屋に入ると医師や看護師さん達が忙しなく動いていた
(うるさいなぁ)
聞き慣れた好きだったはずの人の声を不愉快としか認識できなかった
「暁人!何ぼーっとしてんの!!琴音ちゃんの手を握ってやんなさい!!」
「…え?」
「早く!」
無理矢理背を押され椅子に近づくとそこには涙でぐしゃぐしゃな汚い顔をした何かがいた
「よかったですね真津さん!!旦那さん来てくれましたよ!」
看護師さんの声でそれが琴音であったことにようやく気が付く
「あきと...」
それは俺の名前を呼ぶそれは震える手で俺の手を取り力一杯握りしめ
「来てくれたんだ…」
琴音の加減を知らない馬鹿みたいに強い力で握られて痛みが来るが何とも思えない
「...」
苦しそうな顔を見ても涙で濡れた目を見ても心が動かない
(俺は何でここにいるんだろう?)
純粋に疑問に思ってしまった
「真津さん」
「「「え?」」」
鉄火場にもかかわらずその場が静寂に包まれる
何を言ってるかわからないという周りの顔
「ああそっか、みんな猛と俺を間違えてるんですね?」
「え?」
「何で俺が呼ばれたのかわかんなかったんだけどそういうことか」
みんなの反応がおかしいがようやく状況が理解できた
「あなたの大好きなご主人様を呼んできます。その方が嬉しいでしょ?」
そうだ、そもそも俺じゃなくて真津さんが愛していて生まれてくる子の父親であるアイツがここにいないとダメじゃないか
「何…言って」
「急いで猛を呼ばないと!生まれてくる子が可哀そうだし」
それが何故か呆けた顔をした真津さんから手を抜き取り
「じゃすみません!猛呼んでこないといけないので失礼します」
足早に部屋を出ていく
母や真津さんが大きな声を出しているが無視して、部屋をでてすぐに猛に電話をかけようとすると慌てた様子で俺の手を掴む母さん
「あんた何言ってんの!!??琴音ちゃんの大変な時に!!」
焦る母に首を傾げ
「?だから猛を呼ぶんだよ?」
「何い––」
「だから産まれてくるのアイツの子供だから。本当の父親呼んであげないと子供が可哀想でしょ?」
何を当たり前のことを言ってるんだろう
「「「「」」」」
絶句する周りの人たちを無視して猛を呼び出すがあいにく繋がらない
「アイツ、なにやってんだ?」
「あ、暁人?」
「?なに?」
猛に繋がらない電話にイライラしながら母さんに振り返る
「あき――」
「??」
俺の目を見て何を思ったのだろう母さんは言葉を失った様子で崩れ落ちる
阿鼻叫喚に包まれる場
余りにも大きな声で騒ぐ両親たちの金切り声に耳を塞ぎたくなるが猛に電話をしなければならないのでそうもいかない
大騒ぎする両親達を病院の人たちは止める気配がなかった
あまりにも異様な光景に萎縮してしまっているのだろう
そして真津さんのいた部屋からは奇声が聞こえる
連れてきてくれた先生は一足早くここから離れたらしい
羨ましい限りだ
そんな中でも何とか無事に産まれたらしい赤ちゃん
重苦しい気まずい空気の中で「元気な男の子です」と看護師さんが連れてきてくれた
真津さんは命に別状は無いらしいがあの後失神してしまい上手くお産が行えなくなり母子の安全確保するために緊急で帝王切開となったらしい
何とか無事産まれたらしいことと真津さんが一先ず無事であることに対しても何も言わない親達
一旦落ち着くためにと看護師さんや医師の先生の提案で半ば無理矢理その場で解散をした俺は家で詰められた
何があったのか俺の知る限りで淡々と話した
振り返るたびに後悔してあれほど辛かったはずなのに俺の心は動かなかった
そんな俺の様子と話しにみるみるうちに顔色の変わる両親
――そこからは早かった
大人に詰められあっさりゲロったらしい猛は死ぬほどの折檻を受けた上で警察に突き出したらしい
余罪もわんさか出てきたらしく少年院送りは免れないようだ
そして俺と真津さんの婚約の約束も解消された
そもそも婚約の約束をしたのも長女である弓月ができたからだ
その弓月が俺の子ではないのならそもそも婚約をしている意味がない
悲しむべきことなのだろうけど何も感じなかった
おじさんとおばさんから土下座で謝罪をされたし、少なくないお金をせめてものお詫びと渡されてしまい逆に何だか申し訳ない気持ちになった
弓月も新しく産まれた子もあっちがしっかり引き取ってくれるらしいので一安心か
ただ一つ嫌なことが残った
「はぁ、またか」
スマホに残る大量のメッセージと着信履歴
「あ、また来た」
確認してる間にもくる着信面倒だが出ると
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
永遠にループする謝罪の言葉
呪いの電話としか思えないそれを流しているだけで気が滅入る
「はぁ...前にも言いましたが、俺にこんな事してるより先に猛を探したらどうですか?愛してる人を探すのが優先するべきことではないですか?」
「後、弓月達の面倒ちゃんと見ないと真津さんと猛との愛の結晶なのですよね?愛の証明なのだから1番大事にしてあげないと」
そう言うとまた発狂した声が聞こえる
うるさくて反射的には通話を切り
また来ても面倒なので着信拒否に入れる
すると少しの間止まるが謎技術ですぐにまたメッセージが送られてきてスマホが鳴る
「無駄な高スペック発揮してるなぁ」
言うまでもなくコト姉からくるその電話はただひたすらに謝り続けるだけのものだった
最初のうちは聞き流すことにしていたが延々に続くコレにに流石に嫌気が差し着信拒否をしておいたがどうやっているのか何度でもかかってくる電話にうんざりはするがどうでも良くなっていた
全てに対して無気力になっている俺を見かねて精神科医に連れていかれ何ちゃらという病名と診断書と薬の処方と月数回のカウンセリングが決められた
無理矢理連れていかれたがただ話を聞いてくれるだけのカウンセリングでも心が少し穏やかになれた
また電話やメッセージのことを先生に話すと法的処置の話もでてきており最終判断が任されてしまっている
「どうしたもんかなぁ」
と呑気にベッドの上から天井を見上げ振動を続けるケータイを傍目にため息をつく
あの日から何日たったのだろう?
実際には一か月程度なのだろうが永遠にも感じる地獄の日々だった
ご主――猛の子を産んでしまったあの日
弓月のときは喜んでくれていた暁人
あんなことをしていても暁人なら私が苦しんでいたら何よりも優先してくれていた
それを馬鹿にしながら猛との快楽におぼれていた私は当然のように2人目を妊娠し念願だった男の子だと判明して喜んでいた
あの日あの子が生まれた日
最近暁人の様子が少しおかしい気はしていたがどうでもよく気にしていなかった
何故なら猛の代わりに表向きの父親をさせているだけの存在だった
ただいざ陣痛が始まり自分の命の危機を自覚したとき真っ先に頼ったのは暁人だった
暁人が部屋に入ってきた時自分でも不思議なくらい痛みも心も落ち着いた
近づいてきてくれた時その手を握った時心の底から安心できた
そう思った時だった
「真津さん」
何度聞いても聞き飽きることのないその声で
「ああ、みんな猛と俺を間違えてるんですね?」
余りにも他人行儀な反応をする暁人
「何で俺が呼ばれたのかわかんなかったんだけどそういうことか」
「...え?」
唖然としてしまった私は状況も忘れ暁人の顔を見る
久しぶりにまともに見る暁人は無表情で透明な目をしていた
「あなたの大好きなご主人様を呼んできます。その方が嬉しいでしょ?」
見たことも聞いたこともないなんの感情も感じないその声と表情でとんでもないことを善意のみで提案してくる
「猛を呼んであげないと!生まれてくる子が可哀そうだし」
なにを言っているの?
握っていた手をするりと抜け出し部屋から足早に去っていきつつスマホを取り出していた暁人
今何が起きたのか、何が起きているのかわからない
「――――――――――――――――」
声にならない悲鳴を上げ失神してしまった私
――ただ事実なのは暁人が私から離れていってしまったことだけだった
それからのことは聞いた話になる
失神し意識を失ったことで母子の安全のため手術室で緊急の帝王切開となったこと
赤ちゃんは無事であったこと
そしてその日のうちにDNA鑑定が行われていたこと
結果が届く前に暁人からすべてを聞いた両家の両親に猛は折檻を受けかつ少年院に入ってしまうことになりそうだということ
そして弓月のDNA鑑定も進んでいるとのことだった
目が覚めてその話を聞いた時、起きたはずなのに目の前が真っ暗になった
あれよあれよという間に暁人と婚約破棄となり私は勘当され、弓月と赤ちゃんは実家に引き取られることとなった
ここまで来てようやく自分のやったことの重さをようやく理解した
暁人をただ裏切っただけでなくこれまで積み重ねてきたすべてを裏切っていたこと
その代償を払うには私のもっていたすべてでもって償ってもまだ足りないということを今この時になって身をもって理解させられた
縋れるものも頼れるものも自ら手放していた私は記憶を頼りに最愛の人へ謝罪を繰り返す
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――――」
意味もないそれを繰り返しただ自己憐憫に浸ってしまう
そしてたまに返ってくる
「はぁ...前にも言いましたが、俺にこんな事してるより先に猛を探したらどうですか?愛してる人を探すのが優先するべきことではないですか?」
「後、弓月達の面倒ちゃんと見ないと真津さんと猛との愛の結晶ですよね?愛の証明なのだか1番大事にしてあげないと」
容赦もなにもないただ単に事実と正論のみを投げてくる暁人
「いやあああああああああああああああああああああ捨てないで捨てないで捨てないで捨てないで暁人暁人暁人暁人暁人暁人」
通話が切れてもうわごとのように繰り返す暁人への執着の言葉
なんであんなことになったのだろう
なんであんなことをしてしまったのだろう
なんでなんでなんでなんで