(裏)シュガーケージ ─愚者は己の鎖を編む─ 作:hl_be2
画面の中で3つの横並びの点が明滅する。これを眺めて待つ時間がいじらしい。
待ちきれずにスクロールしても、自分の吹き出しが一番下にあるままで、白ヤギさんの気持ちを理解する。
何度か繰り返して相手からの吹き出しが届くと、左手を汗ばんだ太ももの間に運んで、自分の中のスイッチを入れる。
「……っ、ン……。ヒュージ様、やだそれ……っ」
敬愛すべき恋人、ヒュージの名を口の中に溜め、こぼす。
混濁したインターネットに漂う、多くのヒュージから選んだ「私のヒュージ様」であり、自分を「ライカ」として選んでくれた方。
このチャットの中でライカとなりきったラコは、ヒュージと秘密の肉体関係を持っている。本来は交わることのない、妄執の果てに死別するはずの二人だったが、画面の向こうの共犯者とともに、この二人の心だけでなく、胸元も、股も、すべて開いて曝け出しあう運命を書き紡いだ。
ライカはいま、ヒュージに両腕を掴み取られ、後ろから激しく突き上げられていた。そのシーンを頭の中に思い描くために、目を閉じながら、ぶつけられる腰の激しさを再現するように、自らの中をまさぐる折り曲げた指を激しく前後させた。
「ンぐ……、ふっ……イ、きそう……」
自然と顎があがってきて、達する寸前だった。震える体をなんとか制御しながら椅子から落ちないようにひじ掛けに体重を預けなおした。絶頂を迎えるための最後のスパイスが欲しくて、もう一度ヒュージ様からのメッセージに目線を落とす。
まるで見透かされているように、絶頂を指示するセリフが添えられていて、それに従う背徳が胎の中にドロリと滲み出た。
「はい……、イキます……っ! い、いぐっ、いぐう……!」
ぷしゃ、と音を立てて指に感じる温度が上がった。全身を預けた椅子がガタガタと軋み、伸ばしたつま先がデスクの下に置いた大きなパソコンを軽く蹴った。
大きく肩で息をして、それを整えながら、青白い光を放つ画面が見えるよう体をずり上げる。やや遠いマウスに手を伸ばし、相手のメッセージにハートマークのリアクションをつけた。それは二人で決めた合図。このメッセージで絶頂したという官能的な報告だった。
このやり取りは、表面的にかぶったキャラクター同士の会話と行為の中で、内側にいる自分たちの心同士を繋げてくれていると感じさせた。
「はぁ……、はぁ……っ、へ、返信……考えられない……」
合皮の座面に汗で張り付くお尻を剝がしながら、もう一度椅子によじ登りなおしてチャット画面に戻る。相手の文章をもう一度眺めながら、次の展開をどうしようかと考えるも、達したばかりの酸欠の脳はうまく働いてくれなかった。惚けっぱなしの顔を揺らしながら余韻に浸っていると、重い瞼をくぐらせていた視線が相手からの追加のメッセージを捉えた。
『簡単にイクじゃん』
ヒュージ様からではなかった。名も知らぬ、心でつながったお相手からのメッセージだ。
『はい。上手すぎて、興奮しちゃいました……』
『返信遅いから盛り上がってんだろうなと思った』
『言わないで……』
アバターを脱ぎ捨てた生身のやり取り。いつからか、「ラコ」として会話する時間の方が長くなっていた。少ない理性で自分の名を明かすことだけは避けていたが、それ以外はほとんど自分自身を開示してしまっていた。好きなゲーム、好きなキャラクター。家族のこと、SNSのこと、ニュースのこと。相手も名前以外はよく話してくれていて、ちゃんと信頼しあっていると思っていた。
『まだシたいだろ?』
『したい』
続きを考えることを放棄して、羞恥心と闘いながらも素直に返事をする。そうすれば、また脳髄と子宮を直接撫でられるような、官能的なファンタジーに浸らせてもらえると期待した。
相手がメッセージを打っていることを知らせる明滅をみて、期待で頬が緩んだ。しかし、想像よりも早く、そして短い文章が送られてきた。
『ライカのを見ながらシたいんだが』
一瞬、思考が停止したが、すぐに理解が追い付いた。ライカではなく、ラコとしての、肉体の写真を望まれていた。
それはできない。理解した直後に芽生えた意思はそう言っていた。しかし、内容の是非を問わないのであれば、彼に応えたい気持ちが強かったし、関係を失いたくもなかった。断りを入れたあとの返信を想像すると喪失と非難への恐怖が勝った。
『……恥ずかしい』
やんわりと肯定をはぐらかすも、すぐに次の返信があった。
『もっと気持ちよくしてあげる』
その言葉に、快楽に対する期待など抱くわけはなく、馬鹿にするなとさえ思った。プライバシーや羞恥心を安くみられていると感じもした。だが、非難されなかったことの安心感が勝っていて、このままやんわりと終わらせようとした。
『見せるとこがない……』
『どゆこと?』
『胸もないし……』
『なくてもかわいい』
はっきりも言えず、断り切れもしない。疲労もあったせいだろう、頭の中は徐々に、どうやったら見せられるだろうと考え始めてしまっていた。
『おねがい。絶対にかわいいし、見せていいところだけでいいから』
見せてよいところ……。先端だけ見えないように……、少しだけ膨らみのある胸を接写で……。少し試してみるだけで見せるつもりはなかったが、アプリを立ち上げてレンズを自分に向ける。油断なくシャッター音のならないアプリを選んで、家族になにも問われないようにしなければいけなかった。
そして、もう一つだけ注意を払った。かつて自身の手首、腕、太腿を走った鋭い刃の痕。撫で触れるとぼこぼこと感触を返す、愚かで浅はかな肉体の記憶。蝉が鳴こうとも冬の装いをしてひた隠す秘密をもっとも隠したい相手だった。
傷と乳首が写らないように何枚か撮影してみる。……自分の貧相な体がそこに写っているだけで、こんなもので興奮できるわけがない。この程度のものを送って満足してくれるなら……。
映り込んでしまった乳首を編集して掻き消し、スマホからメッセージアプリを立ち上げた。
十数秒悩んだが、頭が回らずなにを悩んでいたかもわからなかった。悩むことも、断ることも、相手の要求もすべてが面倒に感じてしまい、半ば自棄になって送信を押した。
『かわいい!!』
3秒も経たないうちに返信がきた。さらに連続で吹き出しが重なっていく。
『最高過ぎ』『えっろ』『女神か』、
という軽薄な賞賛が、思考を放棄した脳に積みあがっていく。見せたくないという意思は変わっていないはずなのに、悪い気はしなかった。
まだ乳首を隠す加工していなかった写真も送ってみた。小さな胸、コンプレックスでもあるその部位を褒めてほしいという欲求が芽生えていた。
そして、もしかしたらいつか、この取り返しのつかない痕をも受け入れてもらえるのではないかと。
*
毛布に包まりながら、闇の中で顔だけを明るく照らす。
ヒュージとライカ、そう呼び合う関係は続いていたが、お互いにヒュージとライカとして振舞うことはなくなっていた。
何気ない日常の出来事や、ゲームの運営会社に対する愚痴、好きな漫画をアニメ化する企業の評判などを夜遅くまで共有しあった。
些細なことまで考え方がそっくりで、ヒュージと会話するのが一番の趣味にまでなっていたし、写真を送っても悪用された形跡はなく、信頼すら感じていた。
そしていつしか当たり前に、音声通話で直接会話するほどになっていた。
「ぁ……、っ……」
もぞ、と体をよじりながら自らの股を弄る。ヒュージとは音声を繋げないまま、チャットでやり取りをしている夜だったが、話題にしていたゲームキャラクターの性的な魅力がきっかけになり、そのキャラクターの淫靡なイラストを探しながら、眠りにつく前に火照る体を慰めようとしていた。
ヒュージとの返信を脇に置いて自慰に耽っていると、チャットが届いた通知があった。自慰の途中ではあったが、盛り上がりきっていない指は、ようやく手触りの変わってきたばかりの下着の中心を離れてスマートフォンの画面に映った。
『シてるでしょ』
大きく心臓が跳ねた。見透かされていた。羞恥心が一気に脳を支配したが、まだ可愛い爽やかささえ孕むその感情が徐々に濾され、ドロリとした被虐心が取り出されていく。
『……してる』
通話を求める調子のいい振動で手が震える。ほんの少し躊躇って通話を繋げる。くぐもった声が聞こえてきたが、それに答えないままベッドを離れてイヤホンを取り出し頭の上の耳に差し込んだ。
「ごめん、イヤホンとってた」
『ああ、うん。……いまどんな格好?』
「え? シャツとスウェット」
相手が求めている答えなど分かっているが、わざととぼけてみせた。スウェットなどはベッドの端で丸くなっていたが、見えないことをいいことに、羞恥もあって少しの嘘を混ぜた。その罪悪感さえ、この後の躾の盛り上がりを期待してしまい、胎の奥がじゅんと盛り上がった。先ほどより汗ばみ湿った股の隙間に、再び指が偲びこんだ。
『邪魔でしょ、脱げ』
「ええ……、恥ずい……。……っ」
抵抗のポーズ。お互い言葉に出して確認をしたことはないが、このやり取りを楽しんでいた。声を聴きながらもぞりとシーツにお尻を擦り付けながら、下着を脱ぎ去ってTシャツ一枚の姿になった。
『ほら、早く』
「……ン、もう脱いだ……。直接さわってる……」
『いい子。音聞かせな』
いつもの指示。マイクに毛布をくぐらせるごそごそとした音を聞かせながら足の間にスマートフォンをぽとんと置いた。
左手で陰唇を押し開き、右手で敏感な突起を押し込む。
『ンく……っ、はっ……』
くちゅ、という粘る水音を聞かせるため、指は突起から膣の入口に這い降りた。指の腹を使って惜し撫でるように刺激していく。
『指奥まで挿れろ』
「んん……、あ、あ、気持ちいっ……」
耳孔に直接注ぎ込まれる指示に従い、人差し指を第二関節まで滑り込ませる。もはやなにも抵抗はなくぬるりと飲み込んだ指を折り曲げてお腹側の媚肉を惜し撫でると、腰の跳ねも声も制御ができなくなっていく。腰が浮き上がり、お尻から背中へ体重が移動すると、自分の尾が邪魔で仕方なかった。体を横にして尾を逃がすと、下品に片足を持ち上げながら股間を弄り続けた。
指を奥までという指示は、激しく音を立たせろという意味だと理解していた。ぐじゅぐじゅという音がくぐもった毛布の中に充満するように激しく前後させ、自らも快楽で追い詰めていく。
「これだめっ……! イッちゃう……」
『まだ。勝手にイクな』
「ンああ……、いじ、わる……っ、あ、あ、は、はあ、ああ!」
遠くから笑い声が届く。絶頂までたどり着こうと追い込んだというのに、それを禁じられて悶える姿を想像され、楽しまれている。羞恥のスパイスがさらに追加され、粘膜の坩堝が指を激しく締め付けた。
「イキたい……ぃ、おね、がいしま……、ああ、んううう」
笑われようと嘲られようと、指を止めてよいという指示はない。緩めてよいということもない。びちゃびちゃと体液を飛び散らせながら激しく搔きまわし続け、迫る絶頂を歯を食いしばって耐える。
無言の指示が届いた。
「やああっ……! もうイキたい! んいいイク! イキます!!」
『だめだ』
「やだあああっ! む、りい……! んうううっ」
いつの間にか口から遠いはずの端末越しの会話が成立するほど、大きな声で赦しを求めていた。自分では気が付かないまま、声量も指の速度もエスカレートしていく。
『イキたい?』
「いぎたいっ」
『言うこと聞けるか?』
「きくっ……ぅ! きいでる……がらぁ!」
もう耐えられなかった。胎内をむさぼる指を指示もなく2本に増やし、ばちゃばちゃと部屋中に響かせた。はやく、はやくと願いながら、限界を迎える寸前、救いの声が届いた。
『イけ』
「んっああああああっ!!」
息の根を止めるようにさらに指を奥まで飲み込ませ、体をねじり腰を跳ね上げながら毛布を蹴り飛ばし、数秒の痙攣を経て、ぬるいシーツに落ちた。
息を吸って吐く一往復に数秒かかるほどの酸欠で、胸が大きく膨らんでは沈んでを繰り返した。イヤホン越しに満足げな笑いが聞こえる。同じ満足感を共有していた。
普段であれば、このあとささやかなピロートークを経て一日が終わるはずだった。呼吸を口から鼻に切り替えつつ、体液にまみれた手のひらを天井に向けたまま力ない姿勢で従順な飼い猫を褒めてくれる優しい声を待っていた。それがいつも安らかな眠りをくれていた。
『ライカ、なにを休んでるんだ?』
「……はぁ、……? はっぁ……」
ヒュージの言葉が理解できず、どういうことか聞こうと口を開くが乾いた空気しか出なかった。
『ほら、続き。終わっていいなんて言ってないぞ』
「も……っ、むり……ぃ……」
甘い賞賛とは真逆の、冷たい声色の命令だった。
限界の悲鳴をあげる心臓をなんとか宥めながら本能の拒否を小さく零すが、それを取り合う声が届かなかった。意思を持つことを棄却された。
「はっ……、はっ……、はぁっ……。もう、イッた……って……」
『言うことを聞くんだろ?』
「はぁ……ふっ……、んうう……、はい……」
拒絶を許されず、しかしすぐに決意もできず、中途半端に自分の状態を伝えて訴えてみたもののすべては無駄だった。
冷たい一言で、愛玩動物としての役割がまだ終わらないことと、自らそれを約束したことを突き付けられた。
「んああ……っ、あ、あ、あ、あっ」
『えらいぞ、ライカ』
「はああっ、んやああっ」
まったく乾くことのない腫れた粘膜を再び蹂躙し始めたことを、甘い声と洪水の飛沫を響かせて伝えると、待ちわびた甘い賞賛をいただいてますます指は盛り上がった。
感度が上昇したままのそこは、触れるなり絶頂を突き付けてくる。脳に電撃が走り、息の吸い方を忘れて幼い嬌声を吐き出し続けた。
「いくいくいくいく……」
『もうか? いいぞ、イけ』
「いくいくいくいくいくいくっ……! いぐっっ!!」
高温とともにじょわという感触が手のひらに伝わる。あっけなく達してしまい、力の抜けた指が自然と抜け落ちそうになったときだった。
『もう一度。ほら』
玩具で遊ぶ幼児のような容赦のなさに、拒否を唱えながら指は自らを犯し続けた。
「むりい! んあああっ……! いぐいぐいぐ! もういぐう!! いぐがらあ!!」
ぶしょ、ぶしゃとたっぷりと重い体液が手のひらを押しのけようとする。相変わらず楽し気な笑い声が三半規管を駆け回っていた。
『見せろ』
「み、み……? んうううっっ! あああっ、い、いまむりいっ……!」
『見せるまでイキ続けろ、ライカ』
「んひいいっっ!! て、手ぇとめて! いぎだくないっ、もっいげないっっ! いぐっっ」
口を出る言葉はもう脳を通過していなかった。子宮と膣が喉も腕も支配していた。首とかかとだけで体を持ち上げながら部屋の壁を汚した。
『いいぞ、ほら。休憩だ。カメラつけるまで手を止めていい』
「うあっ……、は、はあ、あ、ありが……ましゅ……」
救いを与えられ、名残惜しむ壺肉を気絶するほどの快楽を伴いながら引き抜き、浅く早い呼吸とともに舌を口からこぼしながら、這うようにスマートフォンを探す。
解放してくれた飼い主に忠義で応えるため、体とほとんど切り離された脳で指示だけを反芻した。
「はっ、はっ、ひ、ひい……、ひ……、みえま……か? はあ、あ……」
情けない体液にまみれた陰部をレンズに捧げる。感情は混濁し、賛辞と酸素だけを必死に手繰り寄せようと半目でもがいていた。
『もっと近づけろ。そうだ、ああ、よく見える。ははは、真っ赤だな、ライカ』
「も、もうい……ですかあ……、はあ」
『よし、イクところを見せろ』
「あ、あ、あ、あ、あああっ! もうむりなのにいいいっっ」
暗い部屋でカメラのレンズに舐陰させながら、腕も従順さを忘れない。
熟れきった蓮の花を散らすように指を押し込めて、しかし腰が浮き上がらないように胎に力を籠め、代わりに首を振り回し悶えた。
「んぎいいいいいっっ! いぐっいぐういぐいぐいぐいぐ!!! あああああああ!!」
上体が大きく跳ね、はじかれる様にベッドに叩き付けられた。
喝采のような笑い声が通り過ぎていく中、ついに意識を手放した。
*
翌朝、ぐったりとした体を必死で起こす。冷え切った体に、嫌な乾燥を纏う指と股間。鼻孔を突く饐えた体臭。充電切れの端末。
ほんの一瞬で、この世の悪い予感をコンプリートした気分だった。思い出したくもないが、なにを隠滅すべきか考えるため必死に記憶をたどる。
ウェットティッシュを取って手足を拭い、壁もふき取る。シーツを剥がし、ここでようやく時計を見て、まだ日が昇り始めたばかりの時間と知り少し安堵した。
スマートフォンに充電コードを差し込んで、行方不明のスウェットを捜索した。あらゆる洗濯物をいつ持ち出そうか悩みながらも、ひとまずベッドの下に押し隠した。週末まできっとこのままだと頭を抱えた。
少しずつ頭がさえてくるほど、鮮明な記憶を取り戻してしまい、のぼせてしまいそうだった。振り払うように頭を振って冷却しながらクローゼットを開け、衣類用の消臭スプレーをとって部屋中に吹きかけた。トラのアマルの嗅覚だってモコクンに敵わない程度にはあるのだ。
スマートフォンから気の抜けた電子音が聞こえ、画面を光らせる程度には目を覚ました。恐る恐るメッセージアプリを開く。限界を迎えたとはいえ、了解を得ぬまま事を終わらせたことを咎められていないか心配だった。
案の定チャットには何通かのメッセージが届いていた。恐る恐る開封する。
1通のチャットと1枚の画像が表示された。背筋が温度を失った。
「う……そ。な、なんで……」
ラコの写真だった。一糸まとわず、明るい部屋で陰部を弄るあられもない自分の姿。手首や腕に残る痕まではっきりと記録されていた。
だが、おかしい。こんな写真が存在するわけがない。乳房や陰部は見せたことは確かにあったが、顔や腕の傷跡が写らぬよう細心の注意を払っていた。
それに昨晩を思い返しても、おぼつかない信用のない記憶ではあったが、通話を始めたときにはすでに部屋の明かりは消えていた。こんな写真を撮って送っているわけがなかった。
もう一度写真を見る。違和感はあった。髪型、目、体つき、傷の位置。自身が知る自分の姿とほんのわずかにズレがあった。
(き、聞く……? これがなんなのか……)
自身でも名状しがたい感情に支配されながら、写真の上にある読み忘れていたメッセージに気が付き、自分の愚かさを呪った。
『かわいい顔してるな。これで本当のペットだ』
心地よい共感も、需要も、賛美も。ただただ油断と隙を誘い出すため、檻に置かれた砂糖菓子に過ぎなかった。成り切っていた電子の役割を脱ぎ去り、心の繋がりを得たと思っていたのは自分だけで、距離の縮まっていく感覚は、ただただ仕掛けられた落とし穴に向かって導かれていただけだったのだ。いつかの未来に赦してほしいと願った傷跡さえ、真実を捻じ曲げる偽りの証明書として利用されていた。
間違いなく人生で最悪の朝だった。だが、最悪という言葉はそれほど甘くはないということを、夜を迎えるたびに思い知らされることになった。