※この作品はR-18です。

ヤリチンリトに寝取られるお話   作:大軍

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モモ・ベリア・デビルークの場合(1)

 放課後の校舎は、まだ部活動の喧騒が残っている。

 

古手川唯は腕章を正し、廊下を歩いていた。

白いブラウスの上から「風紀委員」の文字が光る。

ヒールの低いローファーが、磨かれたリノリウムの床を規則正しく叩く。

 

スカートの裾が太腿の上で揺れるたびに、すれ違う男子生徒の視線が一瞬だけ下がるのを、唯は感じ取っていた。

──見ないでほしい。

胸元のリボンを整える仕草で、さりげなく腕を交差させて胸の膨らみを隠す。

この制服はどうにも身体のラインが出すぎる。

特に胸と、お尻。

自分では地味に着こなしているつもりなのに、鏡を見ればスカートの下で丸く張ったヒップラインが否応なく主張している。

 

(……まったく、なんでこんな体型に生まれたのかしら)

 

唯はため息をひとつ吐いて、東棟の階段を上がった。

 

         *

 

三階の渡り廊下に差しかかった時、女子の囁き声が耳に入った。

 

「──ねえ、結城くんってさ」

「あー、ヤリチンリトでしょ?」

「そうそう。またなんかあったらしいよ」

 

唯の足が止まる。

背筋に冷たいものが走った。

 

結城リト。

同学年の男子生徒。

唯が風紀委員として最も警戒している人物。

 

一見すると、爽やかで人当たりの良い好青年だ。

笑顔は柔らかく、誰に対しても分け隔てなく接する。

転入してきた宇宙人の少女──ララ・サタリン・デビルークの婚約者という、突飛な肩書きを持ちながらも、不思議と学園に馴染んでいる。

 

だが、彼の周囲には常に女の影がある。

 

「結城くんって何人と付き合ってるの?」

「付き合ってるっていうか……もう、そういうレベルじゃないって話」

「えっ、マジ? じゃあ本当にヤッてるってこと?」

「ララちゃんだけじゃないらしいよ。モモちゃんとか、ナナちゃんとか──」

「ええっ……姉妹全員?」

「ヤバくない? しかもあいつ、めっちゃ上手いらしいよ」

 

唯の拳が、スカートの布地を握りしめた。

 

──最低。

 

あの男は最低だ。

婚約者がいながら他の女に手を出す。しかも複数。

それも相手の弱みにつけ込むような、卑劣なやり方で。

 

噂は以前から耳にしていた。

最初は「まさか」と思った。

あの爽やかな笑顔の裏に、そんな下劣な本性が隠れているなんて。

だが噂は消えるどころか、日を追うごとに具体性を増していく。

誰と。どこで。どうやって。

聞きたくもない詳細が、まるで汚水のように唯の耳に流れ込んでくる。

 

「先輩が言ってたんだけどさ、結城くんってキスがめちゃくちゃ上手いらしくて──」

「キス?」

「うん。なんか、一回されたら頭真っ白になるくらい──」

 

唯は足を踏み出した。

このまま聞いていたら、風紀委員として注意しなければならなくなる。

そう──注意しなければならないから、離れるのだ。

聞きたくないから、ではない。

断じて。

 

だが。

 

唯の脳裏に、一瞬だけ像が浮かんだ。

廊下の角で、壁に押し付けられた女子生徒。

その顔は見えない。

見えないけれど、相手の男の顔だけがはっきりと──。

 

結城リトが、その女子の唇に自分の唇を重ねている。

柔らかく、でも逃がさないように。

片手が腰に回り、もう片方の手が顎を持ち上げて──。

 

「──っ」

 

唯は首を振った。

頬が熱い。

心臓が跳ねている。

 

(な、何を考えてるの私は……!)

 

ありえない。

あんな男の、あんな行為を、想像するなんて。

風紀委員として許されない。人として許されない。

唯は自分の頬を両手で叩いた。

ぱちん、と小気味よい音が廊下に響く。

 

「……よし」

 

気を取り直す。

そう、今の私の仕事は風紀の巡回。

あの男の噂に振り回されている場合じゃない。

 

唯は背筋を伸ばし、歩みを再開した。

ローファーの音が、再び規則正しいリズムを刻む。

 

         *

 

──結城リトの「ヤリチン」という評判が、いつ頃から広まったのか。

 

唯の記憶を辿れば、それは半年ほど前に遡る。

 

最初は些細な変化だった。

ララが結城くんの隣で、以前にも増して幸せそうに笑うようになった。

それ自体は微笑ましいことだと、唯も思っていた。

婚約者同士なのだから、仲が良いのは当然だ。

 

だが、おかしなことに気づいた。

 

ララだけじゃない。

結城くんの周りにいる女子が、一人、また一人と──変わっていく。

 

モモ。

あの腹黒いお嬢様が、結城くんの前でだけ妙に素直になった。

「リトさんには気をつけた方がいいですわ」──そう他の女子に忠告していた本人が、今では結城くんの隣で頬を染めている。

 

ヤミさん。

あの無口で近寄りがたい元暗殺者が、結城くんと一緒にたい焼きを食べている時だけ、ほんの僅かに目元が緩む。

唯はそれに気づいた。

他の誰も気づかないような、微かな変化に。

 

御門先生。

保健室の妖艶な美人教師。

最近、結城くんが保健室から出てくる頻度が増えた。

それだけなら気にしない。

だが先生が結城くんの名前を口にする時、一瞬だけ声のトーンが変わるのを、唯の耳は捉えていた。

 

ナナ。

「あんなスケベ男、姉上に近づけるわけにはいかないだろ!」と激怒していたあの子が、最近おとなしい。

結城くんの近くにいる時、あの生意気な態度が消えて、視線を伏せている。

 

──全員が、変わっている。

 

結城リトという男を中心に、まるで花びらが開くように、一人ずつ。

 

その変化は美しいとすら言えた。

堕ちたヒロインたちは不幸そうには見えない。

むしろ以前より生き生きとしていて、肌が綺麗になって、笑顔が増えて──。

 

(……っ)

 

それが、唯にとって最も苛立たしいことだった。

 

なぜ。

なぜあんな男に堕ちて、幸せそうなの。

おかしいでしょう。間違っているでしょう。

あの男は最低のヤリチンで、女を弄んでいるだけで、誰のことも本気で愛してなんかいなくて──。

 

なのに。

 

彼女たちの顔を見ると、そう言い切れない自分がいる。

 

唯は唇を噛んだ。

 

         *

 

西棟の角を曲がった時、唯の身体がびくりと跳ねた。

 

廊下の奥──夕陽が差し込む窓際に、結城リトが立っていた。

 

制服のシャツを少しだけ着崩して、窓枠に寄りかかっている。

西日が逆光になって、輪郭だけが金色に縁取られている。

風が吹いて、前髪が揺れた。

 

──嫌な男。

 

唯はそう思った。

思ったのに、足が動かない。

 

結城リトが、誰かと話している。

女子生徒だ。

距離が近い。

あの男特有の、相手のパーソナルスペースに自然と入り込む距離感。

女子生徒が頬を染めて俯いている。

 

唯の胸の奥で、何かがぎゅっと絞られた。

 

(──また、だ)

 

またあの男が、誰かを──。

 

注意しなければ。

風紀委員として。

そう、これは義務だ。

 

唯は一歩を踏み出そうとした。

 

その瞬間、結城リトが顔を上げた。

視線が交差する。

 

あの、爽やかな笑顔。

だが唯には分かる。

あの笑顔の奥に、計算があることを。

女の弱いところを見抜く、鷹のような目があることを。

 

「あ、古手川」

 

結城リトが軽く手を挙げた。

まるで何でもないことのように。

 

唯の心臓が、ドクンと跳ねた。

大きく。不規則に。

 

「──結城くん」

 

声が震えなかったことだけが、唯のささやかな勝利だった。

 

唯は顎を上げ、腕を組んだ。

胸の膨らみが腕の上に乗って、形が強調されてしまうのは分かっている。

分かっているけれど、これは威嚇のポーズなのだから仕方がない。

 

「放課後の廊下で女子生徒と密着するのは、風紀違反よ」

 

冷たく、鋭く。

完璧な風紀委員の口調。

 

結城リトは、困ったように頭をかいた。

 

「いや、ちょっと相談に乗ってただけで──」

 

「相談?」

 

唯の眉が吊り上がる。

 

「あなたの"相談"がどういうものか、私は知っているわ」

 

知っている。

噂で。

噂、だけで。

実際に見たことは、ない。

見たいわけでも、ない。

 

──ない、はず。

 

結城リトの唇が、小さく弧を描いた。

困り顔から、ほんの少しだけ──挑むような。

 

唯の背筋を、電流のようなものが走った。

 

「古手川は厳しいな」

 

その声は、穏やかで。

でも、どこか──唯の奥に届く、妙な重さがあった。

 

「厳しいんじゃないわ。当然のことを言っているだけよ」

 

唯は踵を返した。

これ以上この男と向き合っていると、何かが──何かが、まずい。

 

背中に視線を感じる。

結城リトの視線。

背中から、腰に、そしてスカートの下のヒップラインに──。

 

(見てるでしょう、この……っ!)

 

唯は歩幅を広げた。

スカートが太腿に張り付く。

心臓が、まだ暴れている。

 

──あの男は、危険だ。

 

それだけは、はっきりと分かる。

彼女たちが堕ちた理由を、唯は頭では理解できない。

だが身体が──この身体が、ほんの僅かに反応してしまったことが。

 

唯は廊下の角を曲がり、壁に背中を預けた。

ブラウス越しに、心臓の鼓動が手のひらに伝わる。

 

「……最低」

 

呟いた言葉が、結城リトに向けたものなのか。

それとも、頬を紅潮させている自分に向けたものなのか。

 

古手川唯には、まだ分からなかった。

 




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