※この作品はR-18です。

ヤリチンリトに寝取られるお話   作:大軍

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籾岡里紗の場合(1)

 放課後の特別教室棟は、いつも薄暗い。

 

昼間の喧騒が嘘のように静まり返って、廊下には誰の足音もない。

窓から差し込む西日だけが、リノリウムの床にオレンジ色の長方形を落としている。

 

唯は風紀委員の巡回報告書を抱えて、特別教室棟の二階を歩いていた。

放課後の見回り。火気の確認、窓の施錠チェック、不良のたまり場になっていないかの巡回。

風紀委員の仕事は地味だが、唯はこの時間が嫌いではなかった。

一人で歩ける。一人で考えられる。誰にも邪魔されない。

 

——邪魔されない、はずだった。

 

足音に合わせて、制服のスカートが揺れる。

歩くたびに太腿の裏でスカートの裾が揺れ、ヒップのラインに布地が張り付く。

朝もそうだった。鏡の前で確認する度に、お尻の形がスカートの上からくっきり分かってしまう。

いくら引っ張ってもどうにもならない。育ったのはお尻だけじゃない。胸も。

ブラウスの第一ボタンまでしっかり留めているのに、88センチの膨らみが布地を内側から押し上げて、ボタンの隙間から肌色がちらりと覗く。

最近、体育の着替えの時に——「古手川さんって本当にスタイルいいよね」と言われた。

褒め言葉のつもりだろう。だが唯にとっては、自分の身体が目立っていることの証明でしかない。

 

(……べつに。こんな身体、望んだわけじゃないのに)

 

唯は報告書に目を落とした。

三階の施錠確認。異常なし。二階の空き教室チェック。これで残りは——。

 

特別教室棟の二階。一番奥の教室の前を通り過ぎる。

使われていない教室。机と椅子が壁際に寄せられたまま、埃を被っている。

ドアは施錠されていた。異常なし。

 

報告書に記入しながら——唯の思考は、別のところにあった。

 

結城リト。

 

(……また、考えてる)

 

唯は小さく舌打ちした。

最近、油断するとあの男のことを考えている自分がいる。

監視対象だから——当然だ。風紀委員として、学園の秩序を乱す可能性のある人物を、常に意識しておくのは当然のことだ。

 

当然のこと。

 

なのに——考える内容が、最近おかしい。

 

結城くんは確かに、顔は整っている。

——いや、顔が整っているかどうかは風紀と関係がない。関係ないのに思い浮かぶ。

あの爽やかな笑顔。少し癖のある髪。制服の上からでも分かる、均整の取れた——。

 

(やめなさい!)

 

唯は頭を振った。

報告書のペンを握る指に力が入る。

 

あの男は危険だ。

複数の女性と関係を持っている——かもしれない——という噂がある。

モモの変化。ヤミさんの目の変化。御門先生の声のトーン。

全部——あの男に繋がっている。

 

あの男が、女を落とす時——どうするのだろう。

 

唯の足が止まった。

 

(……何を考えているの、私は)

 

あの男が女を「落とす」。

その具体的な手段を——想像してしまった。

 

笑顔で近づいて。自然な距離感で。

パーソナルスペースに入り込んで——。

 

たとえば。

 

突然、手首を掴まれたら——唯ならどうするだろう。

 

「何をするの!」と叫んで、振り払う。当然だ。風紀委員として。

振り払って——でも、結城くんの指は、きっと強い。握力がある。振り払えないかもしれない。

 

壁に押し付けられたら。

背中が冷たい壁に当たって、前には結城くんの身体。

顔が近くて——吐息がかかる距離で——。

 

唯は自分の頬が熱くなっていることに気づいた。

 

(ち、違う。これはシミュレーションよ。風紀委員として、危険なシチュエーションを事前に想定しておくのは当然のこと——!)

 

当然のこと。

当然のことだから、もう少しだけ具体的に想定しておくべきだ。

もし——もし結城くんに胸を触られたら。

この、自分でも持て余しているB88の胸を、あの男の手で——。

 

掴まれたら。

88センチの膨らみを、大きな手で鷲掴みにされたら。

ブラウスの上から、ボタンの隙間に指を滑り込まされて——。

 

「っ——」

 

唯は報告書を落としかけた。

慌てて抱え直す。

 

心臓が速い。

太腿の奥が——じんわりと、熱い。

 

(違う違う違う! これは想定であって妄想ではないし破廉恥でもない!)

 

頭の中で全力で否定した。

だが身体は——正直だった。

ブラウスの下で、乳首がきゅっと硬くなっている。

ブラジャーの布地に擦れて——ぴりっとした刺激が走る。

 

(やめて……)

 

唯は唇を噛んだ。

自分の身体が裏切っている。想像しただけで。あの男のことを想像しただけで。

 

もし——もし、お尻を叩かれたら。

スカートの上から、ぱんっと平手で。

あの男に、風紀委員として正しくあろうとしている自分のお尻を——。

 

(やめなさいってば!!)

 

唯は壁に背中を預けて、深呼吸した。

顔が真っ赤になっているのが、触れなくても分かった。

 

(私は……何を……)

 

誰にも言えない。

風紀委員の古手川唯が、放課後の廊下で、結城リトに身体を触られる想像をして——身体が反応していたなんて。

 

唯は報告書を胸に押し付けた。

高鳴る心臓を——報告書で隠すように。

 

(あり得ない。絶対にあり得ない。私があんな男に——)

 

唯は呼吸を整えて、歩き始めた。

特別教室棟から本校舎に戻る渡り廊下。

 

今の妄想——いや、シミュレーションは忘れよう。

忘れる。完全に。全部。

 

渡り廊下を抜ける。

本校舎の一階、理科室のある廊下に出た。

 

足が——止まった。

 

廊下の向こうから、誰かが歩いてくる。

金色のロングヘア。黒のスカートスーツ。白いブラウス。

ティアーユ先生だった。

 

ティアーユ先生は、少し急いでいるように見えた。

歩幅がいつもより大きい。あのおっとりした先生にしては、珍しく足が速い。

 

「ティアーユ先生」

 

唯が声をかけると、ティアーユ先生はびくっと身体を震わせた。

 

「あ——こ、古手川さん……」

 

声が——少し上ずっている。

 

「こんなところで、どうしたの?」

 

ティアーユ先生が唯を見た。

緑色の目が——僅かに潤んでいる。

汗——なのだろう。額にも、うっすらと汗が滲んでいた。

 

唯は一瞬だけ、ティアーユ先生の身体を視界に捉えた。

スーツの上からでも分かる——Iカップの膨らみ。ジャケットのボタンが弾けそうに張っている。

スカートは膝上丈で、黒いストッキングに包まれた長い脚が伸びている。

いつも通り——のはずだが。

 

ティアーユ先生の膝が、微かに内股になっていた。

太腿をきゅっと閉じるように。

 

(……?)

 

「風紀活動です。放課後の巡回で」

 

唯は報告書を見せた。

 

「そうなの……お疲れ様……」

 

ティアーユ先生の声が、妙に途切れ途切れだった。

語尾の息が——荒い。

 

唯は、風紀委員としての使命感と、教師への敬意との間で一瞬だけ迷い——そして、口を開いた。

 

「先生、最近——結城くんのことで、何かありませんでしたか?」

 

聞いてしまった。

直球すぎたかもしれない。でも唯は遠回しが苦手だ。

 

ティアーユ先生の身体が——びくっと震えた。

 

明確に。

隠しようがないほど明確に。

 

「ゆ——結城、くん?」

 

声が裏返った。

甘い顔に——動揺の色が走った。

右手が、無意識にスカートの裾を掴んでいる。

 

唯の中で、警報が鳴った。

 

「ええ。結城くんは——その、困り者というか……風紀委員としても、目をつけざるを得ない生徒なんです」

 

ティアーユ先生の反応が——異常だったから。

リトの名前を出しただけで、ここまで動揺する理由が——。

 

「結城くんの行動で、先生が何か困っていることがあれば——風紀委員として対応しますから」

 

ティアーユ先生が——一瞬、唯の目を見た。

その目に浮かんでいたものを、唯は読み取ろうとした。

恐怖? 不安? それとも——。

 

ティアーユ先生は視線を逸らした。

そして——微笑んだ。

 

「結城くんは……真面目で、いい生徒よ」

 

声が——震えていた。

微笑みのはずなのに、声が震えている。

 

「授業の質問にもよく来てくれるし……熱心な子だと思うわ」

 

リトを——褒めている。

モモと同じだ。あの時と同じだ。

リトの名前を口にする時だけ、声が——変わる。

 

だがモモの時は、声が「甘く」なっていた。

ティアーユ先生の声は——「甘い」のとは少し違う。

それは——。

 

震えていた。恐怖でも不安でもない。

もっと切迫した、生々しい何かで——震えていた。

 

「困っていることは——ないわ。大丈夫」

 

ティアーユ先生がそう言った。

「大丈夫」という言葉が——あまりに必死だった。

自分に言い聞かせているように聞こえた。

 

「あの——ごめんなさい、古手川さん。わたし、ちょっと急いでいて——」

 

「急いで? これから何かあるんですか?」

 

風紀委員の癖だ。引っかかったら聞く。確認する。

 

ティアーユ先生の口が——開きかけた。

 

「あ——えっと、その……待って、もらってるから……」

 

「待って? 誰かと約束が?」

 

「っ——」

 

ティアーユ先生が言葉を詰まらせた。

目が泳いでいる。金色の睫毛が小刻みに震えている。

 

「ち、違うの……約束っていうか……でも、遅れると……」

 

「遅れると?」

 

唯の問いかけに——ティアーユ先生の頬が、ぱっと赤くなった。

紅潮。明らかな紅潮。

耳の先まで赤い。

 

「お……」

 

声が——零れかけた。

唇が動いた。ほんの一瞬、形を作った。

「お」の次に続くはずだった音を——ティアーユ先生は飲み込んだ。

 

口を片手で覆って、目を逸らした。

 

(今……何を言いかけたの?)

 

唯は見逃さなかった。

「お」で始まる単語。「遅れると」の続き。

遅れると——何?

 

叱られる? 怒られる?

それとも——。

 

ティアーユ先生の太腿が、きゅっと閉じ直された。

スカートの裾を掴む指が、白くなるほど力が入っている。

額に浮かんだ汗が——こめかみを伝って流れていく。

 

ティアーユ先生が——無理やり笑顔を作った。

 

「な、なんでもないの……実験器具の……片付けが残っていて……遅くなると、その……管理上よくないから……」

 

嘘だ。

実験器具の片付けで、こんなに頬を赤らめる人間がいるだろうか。

実験器具の片付けで、太腿をきゅっと閉じて、額に汗をかく人間がいるだろうか。

 

「ほ、本当にごめんなさい、行かないと……」

 

ティアーユ先生の声が——最後の方は、ほとんど懇願するような声だった。

焦っている。焦点の合わない目。呼吸が浅い。

何か——何かに急き立てられている。

 

「先生——」

 

唯が呼び止めようとした時には、ティアーユ先生はもう背中を向けていた。

ほとんど小走りに——廊下の奥へ。

 

その後ろ姿を、唯は見つめていた。

 

スーツのスカートが——歩くたびに太腿にまとわりつく。

内股気味の歩き方。きゅっと閉じた膝。

汗ばんだ額。震えていた声。裏返った「お」の音。

リトの名前に対する——過剰な反応。

 

(「遅れると」——何?)

 

ティアーユ先生の唇が作りかけた形を、唯は反芻した。

「お」。

お叱り? お説教? それなら赤面する理由がない。

もっと——もっと別の何かだ。

あの顔は、怖がっている顔じゃなかった。

あれは——。

 

(……期待、している?)

 

その発想が浮かんだ瞬間、唯は自分で自分の思考にぞっとした。

 

そして——ティアーユ先生が向かった先は。

特別教室棟の方だった。

 

唯がたった今巡回してきた——あの棟。

 

唯は廊下に一人残された。

 

(……先生、何を急いでいるの?)

 

特別教室棟には、放課後は誰もいないはずだ。

唯がさっき確認した。異常なし——と書いた。

 

なのにティアーユ先生は、そこに向かっている。

急いで。汗をかいて。内股で。声を震わせて。

 

偶然だ。きっと。

忘れ物を取りに行くのかもしれない。準備の確認かもしれない。

 

(……でも、あの様子は——)

 

唯は唇を噛んだ。

 

モモが変わった。

ヤミさんの目が変わった。

御門先生の空気が変わった。

そして今——ティアーユ先生の声が、震えていた。

 

全部——結城リトに繋がっている。

全部が結城リトに繋がっていて、全部が「それだけのこと」で、全部に「証拠はない」。

 

唯は報告書を胸に抱えた。

さっき書いた「異常なし」の三文字が、目の前でぼやけた。

 

異常なし。

本当に?

 

——そしてさっき。

唯自身も、あの男のことを想像して——身体を反応させてしまった。

廊下で。一人で。結城リトに触られる想像をして。

 

(あれは……シミュレーション。シミュレーションだから——)

 

唯は目を擦って、歩き始めた。

ローファーはリノリウムの上を規則正しく叩く。

 

         *

 

本校舎一階の廊下に戻った時——また、声が聞こえた。

 

唯の耳は、拾いたくないものほどよく拾う。

 

昇降口の近く。女子の二人組が、靴を履き替えながら話している。

声は一応絞っているのだろうが——唯の耳には、筒抜けだった。

 

「——ねえ、籾岡さんって最近ちょっとヤバくない?」

「え、何が?」

「なんかさ、男遊びすごいって。一年の子が言ってたんだけど」

「あー。ギャルだもんね、あの子」

「でもさ、なんかさ——結城くんと似てるよねって話になって」

「結城くん?」

「うん。なんていうか——男女関係が軽いっていうか。あの二人、タイプが近いよねって」

 

唯の足が止まった。

 

結城くんと——似ている。

 

籾岡里紗。

二年のギャルだ。制服はいつも着崩していて、スカートは短く、胸元は開いている。

唯が何度注意しても直らない常連の問題児。

性格は明るく、友達も多い。だが——噂は決していいものばかりではない。

 

「男遊び」が派手だという話は、前にも聞いたことがある。

だが——結城くんと並べて語られるのは初めてだった。

 

(似ている? あの男と?)

 

唯は眉を寄せた。

似ているというのは——何が?

男女関係の軽さ?

それとも——。

 

考えても仕方がない。噂は噂だ。

だが——風紀委員として、噂の中心人物の様子くらいは確認しておくべきだろう。

 

唯は昇降口を抜けた。

 

校門に向かう道。桜の葉が風に揺れている。

夕方の帰宅ラッシュはほぼ終わっていて、まばらに生徒が歩いているだけだ。

 

その中に——見つけた。

 

籾岡里紗。

 

校門の脇の石壁にもたれかかって、スマホをいじっていた。

明るい茶色のセミロングヘア。少し生意気そうな顔。

制服は——いつも通り、いや、いつも以上に乱れていた。

 

スカートは規定より明らかに短い。太腿の半ばまで見えている。

ブラウスの胸元はボタンが二つ外れていて、Dカップの谷間がちらりと覗いている。

リボンは緩く結んだまま首から垂れ下がっていて、ブレザーは片方の肩からずり落ちかけている。

しかも——ブラウスの裾がスカートから半分はみ出していた。

 

唯は足を速めた。

 

「籾岡さん」

 

声は——自然と、風紀委員の声になった。

ティアーユ先生の前では出せなかった、ぴしっとした声。

 

籾岡がスマホから顔を上げた。

 

「あー、ユイじゃん。お疲れー」

 

軽い。あまりにも軽い。

風紀委員に声をかけられて、この態度。

にへら、と笑っている。目が細くなって、馴れ馴れしい笑顔。

 

「お疲れ、じゃなくて。その格好、何?」

 

唯は籾岡の全身を見下ろした。

 

「何って? 制服だけど」

 

「それは制服とは呼べないわ。ボタンが外れてるし、リボンも乱れてるし、ブラウスもはみ出してる。あと、スカートが短すぎるわよ」

 

指を折りながら指摘した。一つ、二つ、三つ、四つ。

 

籾岡はぽかんとした顔で自分の身体を見下ろした。

 

「あー、ほんとだ。ボタン取れてる」

 

反省の色が——まったくない。

 

「取れてるじゃないでしょう。直しなさい」

 

「えー、もう帰るとこなんだけどー」

 

「帰る前に直して。校門を出るまでは学校の生徒よ」

 

唯が睨むと、籾岡はしぶしぶブラウスのボタンに手をかけた。

だが——留め方が雑だ。胸元のボタンを一つ留めただけで、まだ谷間は見えている。

 

「もう一つ」

 

「えー、きっつ。胸がさー、入んないんだよね、このブラウス」

 

「入らなくても留めなさい」

 

「ユイだって胸でかいくせに。ブラウスパツパツじゃん」

 

「っ——私の話はしてないわ!」

 

唯の頬が一瞬だけ赤くなった。

籾岡は——唯の胸元をにやにやと見ている。

 

「アタシとユイって、体型の悩み似てるよね。親近感ー」

 

「似てないわよ。私はちゃんと着こなしてるもの」

 

「着こなすっていうか、パンパンだけどね」

 

「……籾岡さん」

 

唯の声が低くなった。本気のトーン。

 

籾岡はへらっと笑って、もう一つボタンを留めた。

 

「はいはい、直した直した。これでいい?」

 

まだリボンは乱れているし、スカートは短いし、ブラウスの裾ははみ出している。

だが——籾岡のこの態度では、これ以上追及してもいたちごっこだ。

 

「リボンも直して。ブラウスも中に入れて。明日から気をつけてね」

 

「りょーかい、ユイ先輩!」

 

先輩じゃない、同級生だ——と言いかけて、やめた。

籾岡は完全にふざけている。

 

籾岡がブラウスの裾をだらだらとスカートに押し込みながら、校門に向かって歩いていく。

ぺたぺたとした歩き方。ローファーの踵を踏んでいる。

 

「あ、ユイー」

 

振り返った。

 

「何?」

 

「巡回ご苦労さま。大変だよねー、真面目って」

 

にへっ、と笑った。

悪意はない。たぶん、悪意はない。ただ——軽い。あまりにも軽い。

 

籾岡の後ろ姿が校門の向こうに消えていった。

セミロングの茶髪が、夕風に揺れている。

 

唯は校門の前に立ったまま、深く息を吐いた。

 

結城くんと——似ている。

さっきの噂が、頭の中で反響していた。

 

籾岡里紗と、結城リト。

男女関係が軽い。噂が多い。だが本人たちは平然としている。

 

——本当にそれだけだろうか。

 

唯は首を振った。

考えすぎだ。今日は——考えすぎる日だ。

ティアーユ先生のことも。リトの妄——シミュレーションも。籾岡の噂も。

 

全部忘れて、帰ろう。

 

唯は背筋を伸ばして、校門を出た。

夕焼けが、通学路のアスファルトをオレンジに染めていた。

 

明日も——結城リトは爽やかに笑うのだろう。

そしてまた——誰かの何かが、少しだけ変わるのだろう。

 

唯はまだ、その「誰か」が自分になる可能性を——考えることさえ拒否していた。

 

 




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