あたしの名前は、ナナ・アスタ・デビルーク。
デビルーク星の第二王女で、動物と話せる能力を持っている。
地球の高校に通っていて、姉上——ララ・サタリン・デビルークの婚約者である結城リトの家に、姉上やモモと一緒に居候している。
あたしは——正直に言って、地球が好きだ。
朝起きると、窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。
名前はまだ覚えてないけど、茶色い小さなやつと、灰色の丸っこいやつ。
あたしが窓を開けると、茶色いのが「おはよう、ツインテールのお姉ちゃん」って言ってくれる。
灰色のは恥ずかしがり屋で、電線の上からこっちをちらちら見てるだけ。
動物たちは——嘘をつかない。
お腹が空いたら「空いた」って言うし、嬉しい時は全身で嬉しいって伝えてくる。
怒ってる時も、悲しい時も、全部まっすぐ。
あたしは——そういうのが、好きだ。
人間は——ちょっと、わからない。
*
姉上は——すごい人だ。
デビルーク星の第一王女。天才発明家。戦闘力も、あたしやモモなんか比べものにならないくらい強い。
なのに——すっごく天然で、すっごくお人好しで、すっごく——バカ。
褒めてるんだぞ。一応。
姉上は何でも発明で解決しようとするし、大体それが暴走して大惨事になるし、でも最後には笑ってるし、周りもなんだかんだ許しちゃう。
あたしは——そんな姉上が、大好きだ。
だから——姉上の婚約者が、あのリトだっていうのが、あたしにはどうしても納得いかない。
結城リト。
あいつは——ヤリチンだ。
学校中でそう噂されてるし、実際にいろんな女の子と怪しい関係を持ってるらしい。
コテ川が毎日のように「あの男は危険よ」って言ってるし、あたしだって見張ってればわかる。
あいつの周りには——いつも、女がいる。
モモ。御門先生。籾岡。ティアーユ先生。
名前を挙げればキリがないくらい、あいつの周りにはいつも誰かがいて——そいつらの目が、なんか、変なんだ。
なんて言えばいいのかわからないけど——目が、とろんとしてるっていうか。
動物で言えば、飼い主に撫でられた後の犬みたいな。あの、全部預けますっていう目。
あたしは——あの目が、嫌いだ。
あんな目をさせるやつが、姉上の隣にいていいはずがない。
「姉上を裏切るような男、あたしが絶対に許さないからな」
あたしは——毎朝、そう心の中で誓ってから学校に行く。
*
モモのことも——話しておかなきゃ。
モモ・ベリア・デビルーク。あたしの双子の妹。デビルーク星の第三王女。
植物を操る能力を持っていて、頭が良くて、料理がうまくて、誰にでも愛想がよくて——腹黒い。
あたしとモモは、双子だけど全然似てない。
モモは——お嬢様みたいな喋り方をする。「~ですわ」とか「わたくし」とか。
あたしは——こんな感じだ。ガサツだって言われる。別にいいけど。
モモは——胸がある。
あたしより身長は同じくらいなのに、モモの胸は——Bカップ以上はある。制服のブラウスが、ちゃんと膨らんでる。
あたしは——A。
Aカップ。
ブラウスは余ってる。何も押し上げない。
……別に。気にしてないぞ。
モモのことは——好きだ。大事な妹だ。
喧嘩もするけど、いざって時は一緒に戦えるし、あたしのことをバカにしながらもちゃんと心配してくれる。
はず——だった。
*
放課後。結城家のリビング。
姉上は自室で発明に没頭していて、リトはまだ学校から帰ってきてなかった。
美柑は買い物に出ている。
あたしとモモ、二人きり。
ソファに座って、テレビを見ていた。
地球のバラエティ番組。芸人が熱々のおでんを食べさせられて叫んでいる。意味がわからないけど、なんか面白い。
「——なあ、モモ」
「なんですか?」
「リトのことなんだけどさ」
モモが——テレビから目を離さないまま、ふうん、と相槌を打った。
「最近さ、あいつまた帰り遅くないか? 昨日も七時過ぎだったぞ」
「部活の手伝いだって言ってたわ」
「部活? あいつ、どこの部にも入ってないだろ」
「手伝いよ。手伝い。頼まれたらしいわ」
モモの声が——少しだけ、硬い。
テレビを見ているフリをしているけど、目が画面を追っていない。
「あたしは信じてないからな。あいつ、絶対また女のところに——」
「ナナ」
モモが——テレビのリモコンを、ことん、とテーブルに置いた。
「リトさんのことを、そうやって決めつけるの——やめてなさい?」
声が——冷たかった。
いつものお嬢様口調なのに、中身が違う。
「決めつけ? 事実だろ。学校中が知ってるぞ、あいつがヤリチンだって」
「噂よ。噂と事実は違うの」
「じゃあモモは信じてるのかよ。あいつが清廉潔白だって」
「そうは言ってないわ。ただ——証拠もなく人を悪く言うのは、品がないと言ってるのよ」
品がない——って。
あたしは——カチンときた。
「品とか関係ないだろ! 姉上の婚約者だぞ? 姉上を裏切ってるかもしれないやつを、なんでお前は庇うんだよ!」
「庇ってるんじゃないわ。冷静になれって言ってるの」
「あたしは冷静だ!」
「冷静な人は声を荒げないのよ」
ソファから立ち上がった。
モモは座ったまま、あたしを見上げている。
緑色の目が——冷めている。
あたしを見ているのに、あたしを見ていないような目。
「——モモ。お前、まさかリトのこと——」
「わたしがリトさんをどう思っているかは、この話と関係ないわ」
「関係あるだろ! お前があいつに甘いから——」
「甘い?」
モモが——ふっ、と笑った。
笑ったのに——目が、笑ってなかった。
「ナナ。あなた——リトさんのことを語る割に、リトさんのこと、何もわかってないわよね」
「は?」
「リトさんがどんな人で、何を考えていて、何に悩んでいるか——あなた、考えたことある?」
「あいつが何考えてるかなんて知るか! スケベなことしか考えてないに決まってる——」
「ほら。それよ」
モモが——ため息をついた。
大人が子供を見るような、あの目。あたしが一番嫌いな、あの目。
「ナナは——いつもそう。表面だけ見て、わかった気になって、大声で騒ぐだけ」
「っ——」
「リトさんのことだけじゃないわ。何事も——深く考えない。考えられない。子供なのよ、あなたは」
「子供って——あたしとお前は同い年だろ!」
「年齢の話をしているんじゃないわ」
モモが——立ち上がった。
あたしより一センチだけ背が低いはずなのに、見下ろされている気がした。
「身体を見ればわかるでしょ?」
——え。
モモの緑色の目が——あたしの胸元を、舐めるように見下ろした。
それから——自分の胸元に、ちらりと視線を落とす。
制服のブラウスが、ふっくらと膨らんでいる。Bカップ以上の、ちゃんとした膨らみ。
そして——もう一度、あたしの胸。
ブラウスが——余っている。
何も押し上げていない、ぺたんこの、あたしの胸。
その視線の往復だけで——もう、十分だった。
十分だったのに——モモは、止まらなかった。
「ナナは————」
————————————————。
モモが——言った。
あたしの身体のことを。あたしの胸のことを。あたしが女として——どれだけ——。
————————————————。
一語一語が——刃物だった。
双子の妹の口から出てきたとは思えないくらい、正確に、あたしの一番柔らかいところを抉る言葉だった。
「——っ」
口が——開かなかった。
反論しようとした。声が出なかった。
頭の中が——真っ白になって、モモの声だけが、遠くで鳴っている。
「————だから————なのよ。ナナは————」
まだ——言ってる。
あたしが一番触れてほしくないことを——一番知っているはずのモモが——一番残酷なやり方で、全部、全部、剥がしていく。
胸が小さいことは——知ってる。
鏡を見るたびに思う。お風呂に入るたびに思う。姉上やモモの身体を見るたびに——自分の平坦な胸板を見て、思う。
でも——それは、あたしだけの痛みだったはずだ。
あたしが一人で抱えて、一人で我慢して、誰にも見せないようにしてきた痛みだったはずだ。
それを——モモが。
双子の、妹が。あたしの——大切な家族が。
「……っ」
目の奥が——じわっと、熱くなった。
泣くな。泣くな。こんなことで泣くな。泣いたら——本当に子供だ。
「…………勝手にしろ」
それだけ言って——あたしは、リビングを出た。
足音を立てないように。涙を見られないように。
階段を駆け上がって、自分の部屋に入って、ドアを閉めた。
ベッドに——倒れ込んだ。
枕に顔を埋めた。
声は——出さなかった。
出さなかったけど、枕が——濡れた。
ツインテールが、ばさっとベッドに広がった。
小さな肩が、震えていた。
——あたしだって、わかってる。
胸がないことくらい、わかってる。
女として未熟だってことも、子供っぽいってことも、全部わかってる。
でも——モモに言われたくなかった。
あたしの妹に。あたしの——大切な家族に。
部屋の窓の外から、鳥の声が聞こえた。
さっきの茶色いやつが、「ツインテールのお姉ちゃん、どうしたの?」と聞いている。
あたしは——答えられなかった。
*
次の日の夜。
あたしは——まだ、部屋にいた。
学校にも行かなかった。ご飯も食べなかった。
姉上が二回、ドアをノックした。美柑が一回。
全部——無視した。
布団の中で丸まって、天井を見て、また丸まって。
ツインテールは昨日のまま。崩れかけて、毛先が絡まっている。
でも——直す気にならなかった。
何もかもが——どうでもよかった。
コンコン。
またノックの音。姉上か、美柑だろう。無視すればいい。
「ナナ。——俺だ、リト」
——リト。
あいつの声が、ドアの向こうから聞こえた。
「飯食ってないんだろ。ララもモモも美柑も心配してる。——入るぞ」
ドアが——開いた。
あたしは——布団を被ったまま、動かなかった。
動けなかったんじゃない。動く意味がわからなかった。
「ナナ?」
リトの足音が近づいてきて、ベッドの横で止まった。
「……おい、大丈夫か」
布団の隙間から——リトの顔が見えた。
眉が下がっている。心配してるっぽい顔。
あたしは——その顔をぼんやりと見て、口を開いた。
「……リト」
「おう」
「あたしってさ」
声が——自分でも気持ち悪いくらい、平坦だった。
「——子供、だよな」
「……は?」
「胸もないし。ぺたんこだし。女として——なんていうか——足りてないんだよ、全部」
布団からのろのろと手を出して、自分の胸の上をぺたぺたと触った。
キャミソールの上から——何もない平坦な胸を。
「ほら。——何もないだろ」
「な、ナナ——?」
リトが——戸惑った声を出した。
いつものあたしなら「見るなスケベ!」と叫んでぶっ飛ばしてるところだ。
でも——そんな気力は、もうなかった。
「モモにはあるのにな。姉上にも。コテ川にも。ティアーユ先生にも」
指折り数えるみたいに名前を挙げて——最後に、自分の胸に手を置いた。
「あたしだけ——ない」
声が——震えなかった。
泣いてもいなかった。
昨日の涙は全部枕に吸われて、もう出てこなかった。
空っぽだった。