それから——毎晩、リトが来るようになった。
夜の十一時過ぎ。姉上が寝て、美柑が寝て、家中が静かになった頃。
あたしの部屋のドアが、かちゃ、と開く。
「——来たぞ」
リトは——いつも、それだけ言って入ってくる。
返事なんか待たない。当然みたいな顔で。
部屋の電気はつけない。廊下の明かりが、細い長方形になって床に差し込んで——ドアが閉まると、消える。
暗闇の中で——リトの足音だけが聞こえる。
最初の夜は——あたしは、布団を頭まで被って震えていた。
「好きにしろ」って言ったのは——あたしだ。
自分で言った。自分の口で。自暴自棄だったけど、言ったのは事実だ。
だから——撤回はしない。撤回する気力もなかった。
リトが——布団をめくった。
冷たい空気が、裸の肩に触れた。
キャミソールは着てなかった。あの日から——上半身は裸で寝るようになっていた。
リトに見せたんだ。いまさら布一枚隠しても、意味がない。
「……やるのかよ」
「やるっていうか。揉むだけ」
揉む——って。何を。この、何もない胸を。
リトが——ベッドに座った。
ぎし、とスプリングが軋む。いつもの音。
暗闇の中で、リトの体温が近づいてくる。
そして——手が、あたしの胸に触れた。
「——っ」
冷たかった。リトの指先が。
あたしの平坦な胸の上を、掌がゆっくりと滑る。
肋骨の凹凸を撫でるように。
「……なんにもないだろ」
「まあな」
あっさりしていた。
事実を確認しただけみたいな声で——リトの手は、止まらなかった。
掌が——乳首に触れた。
くにっ。
小さな突起を、指の腹で押す。
「——っ、ん……」
変な声が——出た。
自分でつまんだ時とは——違った。
他人の手は——温度が違う。圧が違う。角度が違う。
リトの人差し指が、乳首の先端をくるりと一周した。
薄いピンク色の突起が、指の腹に押されて、くにくにと形を変える。
「痛いか?」
「……痛くない」
「じゃ、続ける」
それだけ。
それだけの会話で——リトは、あたしの乳首を弄り続けた。
*
三日目。
リトの指が——変わった。
いつもと同じように部屋に来て、いつもと同じようにベッドに座って、いつもと同じように手を伸ばしてきた。
でも——指先の感触が違った。
ざりっ。
「——っ⁉」
痛い——のとは違う。ぴりっとした、細かい刺激が、乳首の先端を擦る。
リトの指に——何かが巻いてあった。
暗くて見えない。でも感触でわかる。ざらざらした、薄い——紙みたいな。
「なに——それ——」
「ヤスリ」
あっさりと、リトは言った。
「目の細かいやつ。皮膚を薄くする」
「皮膚を——薄く?」
「乳首の皮が厚いと、感度が鈍い。薄くすれば——もっと感じるようになる」
何を——言ってるんだ、こいつは。
あたしの乳首を——ヤスリで削る? 皮膚を薄くする? なんのために?
「……意味わかんないんだけど」
「わかんなくていい。じっとしてろ」
リトの指が——ヤスリを巻いたまま、あたしの左の乳首を挟んだ。
ざりっ——ざりっ——ざりっ——。
細かいヤスリの粒子が、乳首の薄い皮膚を擦る。
痛い——のとは少し違う。ひりひりする。皮膚の表面が、一枚ずつ剥がれていくような。
「っ——ぁ……」
声が——漏れた。
痛みとも違う。くすぐったさとも違う。
皮膚が薄くなっていくのが——わかる。乳首の表面が、じりじりと、むき出しになっていく。
空気に触れるだけで——ぴりぴりする。
「——もう片方も」
リトの手が——右の乳首に移った。
ざりっ——ざりっ——ざりっ——。
同じように削られる。
あたしは——仰向けのまま、天井を見ていた。
暗い天井の、何もない面。
リトの手が、あたしの乳首を削っている。
なんで——こんなことしてるんだろう。
こんな——つまらない身体に。何もない胸に。
乳首しかないんだ。膨らみもない。谷間もない。揉むところもない。
なのに——こいつは、わざわざ毎晩来て、この乳首だけを——。
意味が——わからなかった。
ヤスリが離れた。
リトの指が——素手に戻って、削られたばかりの乳首に触れた。
「ひっ——⁉」
全然——違った。
さっきまでと同じ指なのに——感覚が、全然違う。
皮膚が薄くなった乳首が、リトの指先の温度を、体温を、指紋の凹凸すら——全部、拾っている。
くにっ——と、指の腹で押されただけで——電気が走った。
「や——っ、な、なんだよ、これ——」
「効いてるな」
リトの声が——少しだけ、嬉しそうだった。
指が——乳首をゆっくり転がす。こりこり。きゅっ。くにくに。
ひとつひとつの動きが——皮膚の薄くなった乳首に、直接響く。
「あ——っ、ま、待——」
待てと言ったのに——リトの指は止まらなかった。
親指と人差し指で乳首を挟んで、軽く引っ張る。
にゅっ——。
「ひぁっ——⁉」
薄い皮膚が伸びて、神経がむき出しになったみたいな感覚。
指を離した瞬間——ぱちん、と乳首が元に戻って、その振動だけで——背筋にぞくぞくと、何かが駆け上がった。
「——よし。今日はここまで」
リトが——手を離した。
あたしは——息を荒くしたまま、天井を見ていた。
胸が——乳首が——じんじんと、熱い。
何もない胸なのに。何もないはずなのに。
乳首だけが——存在を主張していた。
*
五日目。
ヤスリは——三回目だった。
同じ場所を、入念に、丁寧に、リトは削っていく。
最初のざりざりした痛みは——もう慣れていた。
慣れたのが——怖かった。こんなことに慣れるあたしが。
削り終わった後の乳首は——もう、前とは別物だった。
リトの指が触れるだけで——鳥肌が全身に広がる。
息が止まる。腰が、反射的に浮く。
「あっ——あ——っ、やぁ——」
自分の口から出てる声が——信じられなかった。
こんな声、聞いたことない。あたしの声じゃない。
リトの指が——両方の乳首をそれぞれの手で、同時につまんだ。
こりっ——こりっ——。
「ひゃっ——❤ やっ——あ——❤」
何かが——胸の奥から、湧き上がってくる。
熱い。苦しい。でも——苦しいのに、止めてほしくない。
止めてほしくないと思っている自分が——気持ち悪い。
「——ナナ。感じてるだろ」
「感じて——ない……っ❤ こんなの——っ❤」
嘘だった。
感じてた。胸——じゃない。乳首。乳首だけが。この何もない胸の上に乳首だけが乗っていて、そこだけが——狂ったみたいに、信号を送ってくる。
リトの指が——乳首を弾いた。
ぱちんっ。
「——❤❤❤ っ⁉」
視界が——白くなった。
一瞬。ほんの一瞬だけ。
目の前が真っ白になって、腰がびくんと跳ねて——ベッドのシーツを、両手でぐしゃっと掴んでいた。
「……っ、は……っ、は……っ」
息が——戻ってこない。
心臓が暴れている。太ももの内側が、かすかに震えている。
「——今の、イったか?」
リトの声が——冷静だった。観察しているみたいな、あの声。
「イ——って……? な、何言って——」
「乳首でイったんだよ、お前」
「——は?」
意味が——わからなかった。
イクって。あの——女がするっていう、あの——?
「う、嘘だろ……だって——胸、ないのに——」
「胸は関係ない。乳首だ。お前の乳首は——相当、敏感だ」
リトが——指先で、あたしの左の乳首を、ちょん、と突いた。
びくっ❤
身体が——勝手に反応した。
「やめ——っ❤ いま——触るなっ❤」
あたしは——両手で胸を——乳首を隠した。
手のひらが胸に触れた瞬間——自分の手の温度すら、乳首に響いて、じんじんと熱い。
何が起きてるんだ。
あたしの身体に——何が起きてるんだ。
胸がないのに。何もないのに。
乳首だけで——イったと。こいつは——そう言ったのか。
リトは——ベッドの縁に座ったまま、あたしを見ていた。
暗闇の中で——こいつの目が、薄く光っている気がした。
何を考えているのか——やっぱり、読めなかった。
「……明日も来る」
それだけ言って——リトは、部屋を出ていった。
*
七日目の夜。
リトが——いつもと違うものを持ってきた。
片手に——小さな機械。ピンク色の、卵みたいな形。コードの先に——リモコンがついている。
もう片方の手に——布っぽいもの。紐? リボン? 暗くてよく見えない。
「……なに、それ」
「電マ」
「でん——ま?」
「知らないか。振動するやつだ」
リトは——ベッドの横に、ぽん、と電マを置いた。
それから——あたしの右手首を、するっと掴んだ。
「——っ、なに——」
「じっとしてろ」
布の紐が——あたしの手首に巻かれた。
きゅっと結ばれて——ベッドの柵に、括りつけられる。
「ちょ——おい——っ」
左手も——同じように。
あたしは——両手首を、ベッドの両端に括りつけられた。
仰向けの姿勢のまま——腕がYの字に開いて、動かせない。
裸の上半身が——完全に、無防備に晒された。
何もない胸。ヤスリで皮膚を薄くされた、敏感な乳首。
それが——リトの目の前に、隠すこともできない状態で、さらけ出されている。
「なんで——縛るんだよ——」
「手で隠すから」
「隠して——何が悪いんだよ——」
「隠されると、やりにくい」
リトの声が——全然緊張していなかった。
準備をしてるだけって感じの。事務的な。
あたしは——手首を引っ張ってみた。紐が食い込んだ。解けない。
力を入れれば——デビルーク星人の腕力で、こんな紐くらい引きちぎれる。
でも——引きちぎらなかった。
なぜだか——わからない。
わからないけど——引きちぎる気になれなかった。
「好きにしろ」って——あたしが言ったから。
あの日、自分で——言ったから。
リトが——電マを手に取った。
かちっ、とスイッチが入る音。
ヴヴヴヴヴ……——。
低い振動音が、暗い部屋に響いた。
リトの手の中で——ピンク色の卵が、ぶるぶると震えている。
「——あたし、なんでこんなことされてんだろ」
ぽつりと——声が出た。
疑問だった。本気の。
こんなつまらない身体に。何もない胸に。わざわざ七日間も通って、乳首を削って、感度を上げて——今度は拘束して電マ?
意味がわからない。
御門先生のHカップを揉んでた方が、百倍楽しいだろうに。
モモだって、姉上だって、コテ川だって——揉みごたえのある胸が、いくらでもあるのに。
なんで——あたしなんだ。
「お前の身体が面白いからだよ」
リトが——あっさり言った。
面白い。
面白い——って。
あたしの——このコンプレックスの塊みたいな胸が——面白い、と。
何を言ってるんだ——と思った瞬間。
ヴヴヴヴヴ……——。
電マが——あたしの左の乳首に、押し当てられた。
「————❤❤❤⁉」
声にならなかった。
振動が——乳首に、直接来た。
ヤスリで薄くされた皮膚を貫いて、神経を直接揺さぶるみたいな——とんでもない刺激が、乳首から胸全体に——胸全体って言っても何もないのに——背骨を通って、脳に——直接——
「あ❤ あ❤ やっ——❤ なにこれ——❤❤ なにこれ——❤❤❤」
腰が——跳ねた。
身体がベッドの上で弓なりに反って——手首を引っ張った。紐がきゅっと食い込む。解けない。逃げられない。
電マの振動が——止まらない。
ぶるぶるぶるぶる——と、一定のリズムで、あたしの左の乳首を——震わせ続ける。
「あ——❤ あ——❤❤ だめ——❤ やば——❤❤」
右の乳首に——リトの指が触れた。
こりっ——と、つまむ。
「ひぁ❤❤❤」
左は電マ。右はリトの指。
両方の乳首が——同時に刺激されて——あたしの頭の中が、ぐちゃぐちゃに溶けていく。
「やっ——❤ やめ——❤ イく——❤ イっちゃう——❤」
自分で——何を言ってるのかわからなかった。
イクって。さっきも言われた。乳首でイクって。
でも——止められない。身体が勝手に——乳首からの信号だけで——全身が、震えて——
リトの指が——右の乳首をきゅっとつまんだまま、くるくると回した。
こりこり❤こりこり❤
電マが——ヴヴヴヴヴ——と、左の乳首を震わせ続ける。
「あ❤ あ❤❤ あ❤❤❤ だめ❤ だめだめだめ❤❤」
腰が——がくがくと痙攣していた。
太ももが閉じたり開いたりしている。ホットパンツの中が——わからない。わからないけど——何か、変な感じがする。
嫌だ。嫌だ。こんなの——知らない。
あたしの身体が——あたしの知らない反応をしている。
リトが——電マの出力を上げた。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ——❤
振動が——一段、強くなった。
「————❤❤❤❤❤」
視界が——飛んだ。
真っ白。
音が消えて——振動だけが残って——あたしの乳首から全身に、びくっ❤びくっ❤と波が走って——手首が紐を引っ張って——背中がベッドから浮いて——
「——っ❤❤❤ ❤ ……っ……❤」
長い——長い、痙攣の後。
身体が——ベッドに崩れ落ちた。
ばたん、と。糸の切れた人形みたいに。
「は——❤ は——❤ はぁ——❤……」
息が——戻ってこない。
全身が——汗で濡れていた。首筋も。腹も。額も。ツインテールの生え際も。
シーツが——あたしの汗で、じっとりと湿っている。
乳首が——じんじんと、熱い。
左の乳首。電マを当てられていた場所。
ぴりぴりと——余韻が、まだ続いている。
空気に触れるだけで——びくっ、と身体が跳ねる。
「……二回目」
リトの声が——聞こえた。
「——は?」
「二回目、いくぞ」
「ま、待——まだ——」
電マが——今度は、右の乳首に押し当てられた。
ヴヴヴヴヴ——❤
「ひあ❤❤❤ やっ——❤❤ いま——だめ——❤❤ さっき——イったばっかり——❤❤❤」
声が——涙声になっていた。
目尻から——涙が、つうっと流れた。
痛いんじゃない。苦しいんじゃない。
わからないんだ。
あたしの身体が——あたしの胸が——何もないはずの、この胸が——なんでこんなに反応しているのか。
わからない。わからないのが——怖い。
「——ナナ。泣いてるのか」
「泣いてない——っ❤」
泣いてた。
涙が——ぼろぼろ出てた。
でも——嫌なんじゃなかった。嫌だったら、この紐を引きちぎっている。
デビルーク星人の力で——こんな紐、一瞬だ。
引きちぎって——ない。
それが——一番、怖かった。
あたしの身体は——何もないはずだ。
胸もない。膨らみもない。女としての価値なんか——ないはずだ。
なのに——この乳首だけが。ヤスリで削られて、指で弄られて、電マで震わされた——この乳首だけが。
あたしの知らない場所に——あたしを、連れていこうとしている。
リトの手が——左の乳首もつまんだ。
電マは右。指は左。
こりっ❤——ヴヴヴヴヴ❤——こりこり❤——ヴヴヴヴヴヴ❤❤——
「あ❤ あ❤❤ やめ——❤ もう——❤ あたし——❤❤」
——おかしくなる。
その言葉が——喉の奥まで上がってきて。
飲み込もうとしたのに——飲み込めなかった。
「あたし——❤ おかしく——なっちゃう——❤❤」
リトが——何も答えなかった。
ただ——手を、動かし続けた。