放課後の校舎裏。
風紀委員の仕事は——多岐にわたる。
教室の見回り。遅刻者のチェック。服装の乱れの指導。校則違反の報告書作成。
そして——人気のない場所の巡回と清掃。
私は——ゴミ袋を片手に、校舎裏の植え込みの中を歩いていた。
誰も来ない場所だ。
体育館と旧校舎の間。日当たりが悪くて、じめっとした空気が淀んでいる。
植え込みの茂みが背丈ほどに伸びて、外からは見えない死角。
こういう場所に——いつも、ゴミが落ちている。
「まったく……」
溜め息をつきながら、植え込みの下に手を突っ込んだ。
空き缶。ペットボトル。お菓子の袋。タバコの吸い殻。
高校生がこんなところで喫煙するなんて——風紀委員として見過ごせないわ。後で報告しないと。
さらに奥を探ると——手にぬるっとした感触が当たった。
引っ張り出す。
銀色の——小さな正方形のパッケージ。
コンドーム。
「……っ」
破廉恥な。こんなところで——何をしているの、まったく。
顔が——熱くなった。
風紀委員として冷静に対処しなければ。ゴミはゴミだ。回収するだけ。
ビニール手袋を嵌めて、ゴミ袋に入れた。
さらに奥——茂みの根元に、雑誌が一冊。
表紙が雨で波打って、色褪せている。
グラビア雑誌。
水着の女性が——豊満な胸を寄せて、カメラに向かって笑っている。
「……破廉恥」
もう一度呟いて——ゴミ袋に入れた。
こういうものが落ちている場所。こういうことが行われている場所。
校舎裏の死角。誰も来ない、誰にも見えない場所。
私が守っている風紀の外側で——こういうことが、起きている。
*
掃除を終えて、校舎に戻る途中。
渡り廊下で——同じクラスの女子二人が、ひそひそ話をしているのが聞こえた。
「——ねえ、聞いた? 結城くんの新しい噂」
足が——止まった。
結城くん。
私は——柱の影で、足を止めた。聞き耳を立てるつもりはなかった。なかったけど——足が、動かなかった。
「なんか——小さい子の胸を叩いてたとか」
「えっ……叩いてた?」
「うん。なんか、胸が小さい子の——胸を叩いたり、弄ったりしてたって」
「やば……さすがヤリチンっていうか——胸が小さい子にまで手出すんだ」
「しかも——その子、最初すごい落ち込んでたのに、最近なんか元気になったらしくて」
「こわ……洗脳?」
「わかんない。でも——結城くんだし、何してもおかしくないよね」
二人の声が——遠ざかっていった。
私は——柱に背中を預けたまま、眉を寄せていた。
小さい子の胸を叩いていた。
噂だ。噂にすぎない。
この学校では——結城くんに関する噂が、毎週のように生産される。
その大半は尾ひれがついた嘘か、誇張された半真実。
でも——「小さい子」「胸が小さい」「落ち込んでいた」「最近元気になった」。
私の頭に——一人の顔が浮かんだ。
ナナさん。
ララさんの妹。ツインテールで、元気で、生意気で——胸が、小さい女の子。
最近——確かに、ナナさんの様子がおかしかった。
一時期、学校を休んでいた。ご飯も食べていないと聞いた。
モモさんが心配そうな顔をしていたのを——私も見ている。
それが——ある時期を境に、急に元気になった。
表情が変わった。
前は——どこか棘があって、いつも怒っているような顔だったのに。最近は——少し柔らかくなった。丸くなった、というか。
結城くんが——何かしたのかしら。
まさか。まさか——あの子にまで。
私は——想像しないようにした。
でも——頭の中に、映像が浮かんでしまう。
ナナさんの——薄い胸。あの子は確かAカップもないはず。制服のブラウスが余っている。
結城くんが——その胸を。あの大きな手で。
叩いた? 弄った?
あの子は——泣いたのかしら。嫌がったのかしら。
それとも——噂通り、最初は落ち込んで、でも今は——。
「——やめなさい」
自分に——言い聞かせた。
妄想するのは——風紀委員として不適切だわ。
証拠もないのに——人の私生活を想像するなんて。
でも——胸の奥が、ざわざわした。
いつもの——あの、嫌な感触。結城くんの噂を聞くたびに、お腹の底に沈む、重たい石。
嫌悪——のはずだ。
嫌悪。嫌悪でしかないはず。
*
教室に戻って——鞄を持って帰ろうとした時。
ふと——思い出した。
結城くんには——妹がいる。
結城美柑ちゃん。小学生。確か——五年生か六年生。
料理が上手で、しっかり者で、お兄ちゃん大好きな——普通の女の子。
小学生。
さっきの噂——「小さい子」。
まさか——美柑ちゃんのことじゃ、ないわよね。
ナナさんは高校生だ。「小さい子」と呼ぶには違和感がある。
でも——美柑ちゃんなら。小学生なら——「小さい子」という表現は、自然だ。
私は——鞄を持つ手に、力が入った。
妹に——手を出す?
実の妹に?
いくら結城くんでも——いくらヤリチンでも——実の妹には。
でも——美柑ちゃんの顔を思い浮かべた。
あの子は——お兄ちゃんが大好きだ。
結城くんの周りに女の子が増えるたびに、寂しそうな顔をしている。
独占欲が強くて、甘えたがりで——お兄ちゃんに構ってもらえないと、不機嫌になる。
もし——結城くんが、あの子に何かしたら。
美柑ちゃんは——拒否できるのかしら。大好きなお兄ちゃんに。
小学生の身体。まだ成長途中の——華奢な身体。
私は——その先を、想像しそうになって——ぶんぶんと首を振った。
「何を考えているの、私は……」
ありえない。ありえないわ。
実の妹に手を出すなんて——さすがの結城くんでも、そんなことは——。
「……そんなわけないか」
呟いて——鞄を肩にかけた。
教室を出て、廊下を歩く。
夕日が——窓からオレンジ色に差し込んでいた。
ないわよね。
ありえないわよね。
結城くんは——ヤリチンかもしれない。
御門先生にも、モモさんにも、ナナさんにも——手を出しているのかもしれない。
でも——妹だけは。実の妹だけは——そんなこと、しないわよね。
私は——そう自分に言い聞かせて、校門を出た。
帰り道。いつもの道。
夕焼けが——綺麗だった。
なのに——胸の奥の、ざわざわした感触だけが——消えなかった。
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