結城家の台所は——私の城だ。
朝ご飯の後片付けを終えて、流し台を拭いて、三角コーナーの生ゴミをまとめて、床を掃いた。
コンロの五徳を外して、油汚れを落として、乾かしてから戻す。
冷蔵庫の中身を確認して、買い足すものをメモ帳に書き出した。卵、牛乳、豆腐、鶏もも肉。
お父さんとお母さんは——ほとんど家にいない。
漫画家のお父さんは仕事場に籠もりっきりだし、お母さんはモデルの仕事で海外を飛び回っている。月に一度、連絡があるかないか。
だから——この家の家事は、全部私がやっている。
料理。洗濯。掃除。買い物。ゴミ出し。お風呂掃除。
小学生がやることじゃないって——友達に言われたことがある。
でも——別に、嫌じゃない。
だって——リトが、教えてくれたから。
リトが——最初に卵焼きの作り方を教えてくれた。
私が五歳くらいの時。踏み台に立って、リトの隣でフライパンを見つめていた。
リトの手が——私の手を包んで、フライパンの上で卵を返す動きを教えてくれた。
あの手の温度を——今でも覚えている。
「美柑、上手じゃん」
そう言って笑った、リトの顔も。
リトに褒められるのが——嬉しかった。
もっと上手になりたかった。
だから——料理を覚えた。掃除を覚えた。洗濯の畳み方も、アイロンのかけ方も。全部。
リトに「ありがとう」って言ってもらうために。
リトに——必要だと思ってもらうために。
今では——リトより私の方が、家事が上手い。
料理の腕も。掃除の丁寧さも。全部——私の方が上だ、たぶん。
でも——それは、リトが教えてくれたからだ。
原点は——全部、リト。
私は——リトに、感謝している。
感謝——だけじゃ、ないけど。
*
午前中。家には私一人。
リトは学校。ララさんたちも。今日は土曜日で、私の小学校は休み。
台所の片付けを終えて——私は、トイレに入った。
鍵を閉める。便座に座る。
スカートを捲り上げて——下着を膝まで下ろした。
……別に。用を足すだけ。
嘘。
私は——目を閉じた。
リトの顔を——思い浮かべた。
朝、「いってきまーす」って出ていく時の顔。
帰ってきて「ただいま」って言う時の顔。
私のご飯を食べて「うまい」って笑う時の顔。
リトの手。大きくて、温かくて、私の頭を撫でてくれる手。
右手が——自分の下腹部に、降りていった。
指先が——割れ目に触れた。
「……ん」
小さく——声が漏れた。
リトのことを考えると——ここが、じわっとしてくる。
いつからだろう。たぶん——去年くらいから。
お風呂でリトの背中を流している時に、リトの身体を見て——お腹の奥が、きゅっとなった。あの時から。
指が——クリトリスに触れた。
くにっ。
「っ……ん……」
リトの手を——想像する。
私のここに——リトの手が。私の代わりに——触ってくれたら。
指が——小さく動く。くるくると、小さな円を描くように。
「リト……」
声に出して——呼んだ。
誰もいないトイレの中で、兄の名前を。
指の動きが——速くなっていく。
リトが——私の後ろに。私のお尻に——。
私は——もう一方の手で、お尻の方に指を回した。
肛門に——指先が、触れた。
きゅっと——反射的に、穴が締まった。
「……ん……っ」
リトが——ここに入ってくる想像。
私のお尻の穴に——リトのが。
私の性感帯は——ここだと、なんとなくわかっている。
お風呂で洗う時——この場所だけ、妙に敏感だから。
指先で——そっと押す。
くにっ……。
入口が——少しだけ、開いた。
「あっ……」
びくっと——身体が跳ねた。
リトがここに——入ってきたら。私の中を——いっぱいにしてくれたら。
指の動きが——激しくなって。
「リト……リトぉ……」
兄の名前を呼びながら——私は、トイレの中で、高い場所に登っていった。
びくっ——びくっ——。
小さな痙攣が——下腹部から全身に広がって。
「……っ」
唇を噛んで——声を殺した。
しばらく——息を整えた。
それから——洗面台の下の棚を開けた。
奥に——小さな箱が隠してある。
浣腸器。薬局で買った、小さなやつ。
私は——いつも、これで洗っている。
いつか——リトが、私のお尻を使う日のために。
いつ来てもいいように。いつでも——綺麗にしておくために。
ぬるま湯を入れて——ノズルを、そっと入れた。
「……ん」
慣れた手つき。もう——何十回とやっている。
中に水が入っていく感覚が——少しだけ、気持ちよかった。
終わって——全部出して——もう一度、綺麗に洗った。
「……よし」
便座から立ち上がって、下着を上げて、スカートを直した。
手を洗って、鏡を見た。
丸っこい頬。大きめの茶色い目。茶色のロングストレート。
小学生の——普通の顔。
頬が——少し赤かった。
*
リビングのソファに——横になった。
テレビはつけなかった。静かな午前中の結城家。
冷凍庫から出した、ソーダ味のアイスキャンディ。
水色の、棒アイス。包装をぺりっと剥がして、口に入れた。
冷たい。甘い。舌の上に、ソーダの味が広がる。
私は——アイスキャンディを、ゆっくり舐めた。
ぺろっ。先端を、舌でなぞる。
ちゅっ。吸い込むように、口に含む。
アイスの表面が——唾液で濡れて、つるつると光っている。
私は——これを、練習だと思っている。
いつか——リトのを、口でする時のために。
フェラチオ——っていうやつ。
ネットで——調べた。お兄ちゃんに検索履歴を見られないように、シークレットモードで。
上手にしゃぶれないと——ガッカリされるかもしれない。
リトの周りには——御門先生とか、年上の女の人がいるから。きっと——上手な人が、たくさんいる。
私は——小学生だ。経験なんかない。
だから——練習する。
アイスキャンディを——深く咥えた。
んぐっ——と、喉の奥に当たった。
「……ん」
えずきそうになって——ゆっくり引き抜いた。
まだ——奥までは無理。でも——前よりは入るようになった。
毎日やってれば——もっと上手くなるはず。
リトに——ガッカリされたくない。
私だけでいいって——そう思ってもらいたい。
ぺろっ。ぺろっ。
アイスキャンディを舐めながら——私は、天井を見た。
*
最近——嫌な噂を、聞いた。
学校の友達が——「美柑ちゃんのお兄ちゃん、ヤリチンなんでしょ?」と言った。
笑っていた。からかっているつもりだったんだと思う。
でも——私は、笑えなかった。
ヤリチン——って。リトが?
友達は——続けた。
「高校でめちゃくちゃ有名らしいよ。先生にも手出してるとか」
「……そんなわけないじゃん」
私は——否定した。
でも——帰り道、一人になった瞬間——お腹の底が、冷たくなった。
リトの周りには——女の子が、多い。
ララさん。モモさん。ナナさん。御門先生。ティアーユ先生。
私が知らないうちに——リトは、あの人たちと——。
アイスキャンディが——溶けて、指を伝って垂れた。
私は——舐めた。指についた甘い液を。
リトが——ヤリチンだとして。
いろんな女の人と——そういうことをしているのだとして。
私は——リトを、愛せるのかな。
お兄ちゃんとして——じゃなくて。
女の子として——リトを、好きでいられるのかな。
リトの隣には——私よりずっと大人で、ずっと綺麗で、ずっと身体が大きい女の人がいる。
私は——小学生だ。胸も小さい。身体も子供。
でも——リトが最初に教えてくれたのは、私だ。
卵焼きの作り方を。掃除の仕方を。私の頭を撫でてくれたのは——リトだ。
私が——一番、リトの近くにいた。
一番——長く。
それだけで——。
「……リト」
天井に向かって——呟いた。
溶けかけのアイスキャンディを——もう一度、口に含んだ。
冷たくて——甘かった。
リトの味は——きっと、もっと苦いんだろう。
でも——私は、それでも飲み込めると思う。
だって——私は、ずっと練習してるから。