リトの好きなおかずは——鶏の唐揚げだ。
下味をつけた鶏もも肉を、片栗粉にまぶして、百七十度の油でじっくり揚げる。
二度揚げすると——外はカリッと、中はじゅわっと肉汁が溢れる。
私は——揚げ物をしている時の油の音が、好きだ。
じゅわわわ——と、鶏肉が油の中で踊る音。
あと十分で——リトが帰ってくる。
キャベツの千切りを皿に盛って、唐揚げを並べた。レモンを切って添える。
味噌汁は——豆腐とわかめ。リトは具が多い方が好きだから、豆腐は大き目に切った。
白米は炊きたて。炊飯器を開けた瞬間に、ふわっと湯気が立つ。
完璧だ。
「……かんぺき」
自分で呟いて——少し恥ずかしくなった。
玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまー」
リトの声。いつもの、少しだけ間延びした「ただいま」。
「おかえり、リト。ご飯できてるよ」
「マジ? 唐揚げ? やった」
リトが——台所に顔を出した。
制服の上のボタンを二つくらい開けて、ネクタイを緩めて。少し汗をかいている。
私は——リトの顔を、見た。
整った顔だ。
お母さん似の——綺麗な目元と、お父さん似の——少しだけ気の弱そうな口元。でも最近は——口元にも、余裕みたいなものが出てきた気がする。
リトは——かっこいい。
兄だから贔屓目かもしれないけど——客観的に見ても、リトは顔がいいと思う。
学校の女の子たちが騒ぐのも——わかる。
「手洗ってきて。先に座ってていいよ」
「おー、サンキュ美柑」
リトが——洗面所に向かう。
その後ろ姿を——私は、目で追った。
制服のシャツの上から——背中の筋肉のラインが、見える。
広い肩。しまったウエスト。最近——リトの身体つきが、変わった気がする。
前はもっとひょろっとしていたのに——今は、シャツの中に、ちゃんとした筋肉がある。
(……何してるんだろう、学校で)
そんなに身体が変わるほど——何かしてるのかな。
……いや。わかっている。
噂が——本当だとしたら。
いろんな女の人と——そういうことをしていたら。
身体つきも——変わるのかもしれない。
私は——その想像を、振り払った。
*
食卓。二人きり。
今日はララさんたちは夕方から用事で外出していて、帰りは遅いらしい。
リトが——唐揚げを、頬張った。
「んま」
「おいしい?」
「おいしい。美柑の唐揚げ、マジで店レベルだわ」
「大げさだよ」
でも——嬉しかった。口元が緩むのを、味噌汁の椀で隠した。
リトが——二個目の唐揚げを箸で掴んで、口に運ぶ。
大きく口を開けて——がぶっと、噛みつく。
肉汁が——リトの唇の端から、つうっと垂れた。
リトの唇が——てらてらと光っている。
油と、肉汁で。
私は——その唇を、見つめていた。
あの唇が——御門先生に触れたのかもしれない。
モモさんの唇に。ナナさんの身体に。
いろんな女の人の——いろんな場所に。
リトの舌が——唇の端の肉汁を、ぺろっと舐め取った。
「……っ」
お腹の奥が——きゅっとなった。
リトの口の中。舌。歯。喉。
あそこに——私の作った唐揚げが入っていく。溶けていく。リトの身体の一部になっていく。
いつか——私も。唐揚げみたいに——リトの口の中に。
「美柑? どした?」
「な、なんでもない。もう一個食べる?」
「食べる食べる」
私は——唐揚げを二つ、リトの皿に移した。
リトが——「サンキュ」と言って、また大きく口を開けた。
あの口に——私の指を入れたら。
リトは——噛むのかな。舐めてくれるのかな。
また——お腹の奥が、きゅっとなった。
*
夕食後。リビング。
リトが——ソファに横になっていた。
テレビをつけて、クッションを抱えて、だらっと脱力している。
制服はもう脱いでいて——Tシャツとハーフパンツ。
Tシャツの裾が少しめくれて、お腹のあたりが——ちらっと見えている。
私は——食器を片付けてから、リビングに来た。
ソファの反対側に座る。リトの足元側。
リトは頭側で、テレビを見ている。
「リト、足じゃま」
「んー、ごめん」
リトが——少しだけ足を引いた。でも全然足りない。
ソファの半分以上を占領したまま、テレビを見ている。
「もう、まったく……」
私は——リトの脇のスペースに、ぎゅっと座った。
リトの足と、私のお尻が——ソファの上で触れている。
「美柑、狭くない?」
「リトが退けないからでしょ」
「あはは、ごめんごめん」
リトが——笑った。
いつもの——気の抜けた、無警戒な笑い。
私は——自分の足を、ソファの上に伸ばした。
膝を曲げて——リトの腹の上に、そっと足を乗せた。
「重い?」
「いや、別に。軽すぎてわかんない」
「……失礼な」
リトのお腹の上に——私の足裏が、乗っている。
Tシャツ越しに——リトの体温が、足の裏から伝わってくる。
温かい。
私は——つま先で、リトのお腹を、つんつんと突いた。
「……なに、美柑」
「べつに。お腹出てないか確認」
「出てねぇよ。失礼だな」
リトが——笑いながら言った。
私のつま先が——Tシャツの上から、リトの腹筋に触れている。
硬い。
前は——もっと柔らかかったのに。
今のリトのお腹は——つま先で押しても、凹まない。薄い脂肪の下に、硬い筋肉がある。
六つに割れてはいないけど——うっすらと、縦に線が入っている。
私は——つま先で、その線をなぞった。
すーっと、お腹の中心を、上から下に。
「くすぐったいんだけど」
「我慢して。マッサージだと思えば」
「マッサージって、足で腹を突くやつ?」
「そういうのもあるんだよ」
嘘だけど。
私は——足の親指で、リトの腹筋の溝を、ゆっくりなぞり続けた。
硬い筋肉の凹凸が——足の裏に伝わってくる。
こんな身体——前のリトにはなかった。
(……やっぱり、何かしてるんだ)
女の人と——夜中に——体力を使うようなことを。
噂は——もしかしたら、本当なのかもしれない。
私の足が——少しだけ、下に滑った。
リトのお腹から——ハーフパンツのウエストゴムのあたりに。
「おい美柑、くすぐったいって」
「ごめんごめん」
私は——足を引いて、自分の膝を抱えた。
心臓が——少し速くなっていた。
リトは——何も気づいていない。テレビに目を戻して、くすぐったそうに腹を擦っていた。
さっきまで私の足が触れていた場所を——自分の手で。
私は——その手を見ていた。
大きな手。指が長くて、爪が綺麗に切られている。
あたしの——私の頭を撫でてくれる手。
あの手が——他の女の人の身体にも、触れているのかもしれない。
「美柑?」
「……なに」
「なんか変じゃね? 今日」
「変じゃないよ。いつも通りだよ」
「そっか」
リトが——にへっと笑った。
その笑顔が——かっこいい、と思った。
同時に——怖い、と思った。
この笑顔を——他の女の人にも、向けているのかもしれない。
でも——今日、この瞬間は。
この笑顔は——私に向いている。
リトのお腹の温もりが——まだ、足の裏に残っていた。
*
夜。九時過ぎ。
「リト、お風呂入ろ」
「おー」
リトが——テレビを消して、ソファから立ち上がった。
何のためらいもない。いつものことだから。
私とリトは——毎日、一緒にお風呂に入る。
小さい頃からの習慣だ。
お父さんとお母さんがいた頃は、三人で入っていた。両親がいなくなってからは——リトと二人で。リトが中学に上がった頃、一回だけ「もう別々に入ろう」と言われたけど——私が泣いて、撤回させた。
それ以来——ずっと。毎日。一日も欠かさず。
高校生の兄と小学生の妹が毎晩一緒にお風呂——誰かに話したら、通報されるかもしれない。
まともじゃないのは——わかっている。
でも——これは、妹の特権だ。
私だけが——リトの裸を毎日見られる。リトに裸を毎日見せられる。
ララさんにも、モモさんにも、御門先生にもできないこと。「妹」だから——許される。
最近は——少しだけ、やりすぎている自覚がある。
背中を洗う時の手が——前より長く、前より広く、リトの身体を撫で回すようになった。
先月は——太ももまで洗った。先週は——お尻も洗った。
リトは「くすぐったい」と笑うだけで、拒否しない。
妹が兄の身体を清潔にしてあげている——その建前が、まだ通用しているうちに。
今日は——もう少しだけ、踏み込んでみようと思っていた。
脱衣所で——並んで服を脱いだ。
リトがTシャツを脱ぐ。
頭の上から引き抜いて——裸の上半身が、露わになる。
私は——バスタオルを手に取りながら、横目でリトの身体を見た。
広い肩。厚みのある胸板。腹筋のうっすらとした縦線。
さっきソファの上で足で触れた——あの硬い筋肉が、今は目の前にある。
(……きれい)
リトの身体は——きれいだった。
男の人の身体を「きれい」と思うのは変かもしれないけど——私には、そう見えた。
リトがハーフパンツを下ろした。
下着も——一緒に。
リトの——ものが、目に入った。
毎日見ている。見慣れている——はずだ。
でも——毎日見ているからこそ、変化がわかる。
半年前と比べて——明らかに大きくなっている。色も濃くなった。
今は——ぶら下がっている状態でも、存在感がある。
これを毎日見ている小学生は——たぶん、私だけだ。
私は——自分のキャミソールを脱いで、スカートと下着を下ろした。
「美柑も——大きくなったな」
「……どこが」
「背」
「ああ——うん。ちょっとだけね」
胸は——まだ、ほとんどない。
ナナさんに共感するくらい、ない。
でも——私は、そのことをあまり気にしていなかった。
リトは——胸の大きさで女の人を選んでいるわけじゃない。
ナナさんの話を聞いて——そう思うようになっていた。
*
浴室。湯気の中。
シャワーのお湯が——タイルを叩く音。
リトが——小さな椅子に座っている。
私は——その後ろに立った。
「背中、洗うね」
「おー、頼む」
ボディソープは——使わない。
小さい頃から——リトの身体は、手で洗っている。泡立てた手のひらで、直接。
リトは——それを、普通だと思っている。小さい妹のスキンシップだと。
最初はそうだった。今は——スキンシップの域を、少しずつ越えている。
リトがそれに気づいているのかいないのか——私には、わからない。
私は——両手にボディソープを出して、泡立てた。
たっぷりした白い泡が——手のひらを覆う。
リトの背中に——手を当てた。
ぬるっ。
「ん——」
リトが——小さく声を漏らした。くすぐったいのかもしれない。
私の手が——リトの背中を、滑っていく。
広い。大きい。私の両手じゃ——背中の半分も覆えない。
肩甲骨の凹凸を——指先でなぞる。盛り上がった筋肉の輪郭を、掌で包む。
「……リト、背中の筋肉ついたね」
「そう? 別に筋トレとかしてないけど」
嘘。何かしている。この筋肉は——自然にはつかない。
手が——背中から脇腹に回った。
くびれたウエストを——両手で挟むように。
肋骨の下から腰骨の上まで——指で、すうっと撫で下ろす。
「くすぐったい、美柑」
「我慢して」
手が——前に回った。
お腹。腹筋。さっき足で触れた——あの硬い筋肉。
今は——手のひらで、直接。泡越しに——筋肉の形が、はっきりわかる。
「……っ」
硬い。温かい。生きている筋肉の——弾力。
手が——上に登っていった。
胸筋。リトの胸板の、平たくて分厚い筋肉に——手を当てた。
掌の下で——リトの心臓が、どくどくと鳴っているのが、わかった。
首筋まで——指先を滑らせた。
喉仏。鎖骨。肩の付け根。
リトの身体を——私は、知り尽くしているつもりだった。
でも——こんなに魅力的に見えたことは、なかった。
触れるたびに——お腹の奥が、きゅっとなる。
「……リト」
「ん?」
「前も——洗うね」
リトが——ほんの一瞬、間を置いた。
先週まで——「前」は洗っていなかった。背中、脇腹、お腹、胸、太もも、お尻——全部洗っていたけど、ここだけは手を出していなかった。
今日——初めて、その一線を越えようとしている。
世間的には——完全にアウトだ。
小学生の妹が高校生の兄のちんちんを洗うなんて——どう言い繕っても、異常だ。
でも——妹特権は、ここまで含む。私がそう決めた。
「いいから。ちゃんと隅々まで洗わないと」
私は——リトの横に回り込んだ。
リトが——椅子に座ったまま、少し困った顔をしている。
でも——拒否はしなかった。リトは——私のことを、いつも拒否しない。
私は——泡のついた手を、リトの下腹部に降ろした。
指先が——リトのものに、触れた。
ぬるっ。
柔らかい——はずだった。
でも——私の指が触れた瞬間——少しだけ、硬さがあった。
半分くらい——起きている。
「……リト。お風呂で興奮しないでよ」
「してねぇよ。——生理現象」
「ふうん」
私は——リトの陰茎を、手のひらで包んだ。
温かい。泡で滑りがよくて——指が、するすると表面を滑る。
根元から先端まで——掌を滑らせた。
にゅるっ。
「……っ」
リトが——小さく息を吐いた。
硬くなっていく。私の手の中で——リトのものが、硬さを増していく。
血管が浮き上がって、カリの部分が膨らんで——手のひらを押し返してくる。
大きい。両手で包んでも——先端がはみ出る。
私は——手を動かした。
にゅるにゅる——と、泡の中で、リトの陰茎を撫で洗いする。
上下に。ゆっくり。丁寧に。
「綺麗にしないとね。——汚いよ、ここ」
「美柑——」
「ちゃんと洗わないと、バイ菌とかつくよ」
私の声は——冷静だった。
世話をしている——ていで。妹がお兄ちゃんの身体を清潔にしている——ていで。
背中を洗うのと同じ。太ももを洗うのと同じ。順番に全身を洗っているだけ——そう思わせるように。
これが——妹特権のやり方だ。日常の延長線上で、少しずつ。
友達に話したら「それセクハラだよ」と言われるだろう。知ってる。自覚はある。
でも——リトは嫌がっていない。それでいい。
手の中のリトの硬さが、脈打っていた。
どくん、どくん、と。心臓の鼓動が——直接、手のひらに伝わってくる。
手が——カリの段差をなぞった。
くりっ。
「……っ」
リトの腰が——びくっと動いた。
そこが——気持ちいいんだ。
私は——そこを重点的に、指先でくるくると擦った。
泡がぬるぬると滑って——カリの裏側を、指の腹で、何度も何度も。
にゅるにゅる——にゅるにゅる——。
「美柑——それ——」
「動かないで。洗ってるんだから」
リトの呼吸が——速くなっていた。
椅子に座ったまま——腿に力が入っているのが、見えた。
私は——両手を使った。
片手で竿の部分を握って上下に動かしながら、もう片方の手で先端を——掌で包み込むように回す。
にゅるっ——くるくる——にゅるっ——くるくる——。
アイスキャンディで練習した——あの、「先端を舌でなぞる」動きを、手で再現した。
「美柑——やば——」
リトの声が——少し上擦った。
私は——手の動きを速くした。
しゅっしゅっしゅっ——。
泡が弾ける音。リトの陰茎を握った手が——速く、強く、上下する。
リトの腹筋が——ぎゅっと硬くなった。
呼吸が止まって——全身が、強張って——。
どくんっ。
手の中で——リトの陰茎が、大きく脈打った。
どくっ——どくっ——どくっ——。
白い液が——先端から噴き出した。
私の手の上に——ぬるっと、熱い液が広がった。泡と混ざって——白く濁った液が、指の間を伝って垂れていく。
「は——はぁ——」
リトが——椅子の上で、肩で息をしていた。
私は——リトの精液がかかった手を、シャワーの下に差し出した。
温かいお湯が——白い液を、洗い流していく。
冷静だった。
不思議と——冷静だった。
さっきまで鳴っていた心臓が——静かになっている。
お腹の奥のきゅっとした感覚も——消えている。
リトを射精させた——という事実が、頭の中にある。
でも——それが、思ったほど大きなことに感じなかった。
当たり前のことをした——みたいな。
お兄ちゃんの身体を、綺麗にした——みたいな。
「……ちゃんと洗えたよ」
私は——そう言って、シャワーヘッドを取った。
リトの下半身に——お湯をかけて、泡と残りの精液を洗い流す。
丁寧に。隅々まで。世話をするように。
リトは——しばらく、黙っていた。
椅子に座ったまま——少し上を向いて、シャワーの水を浴びている。
私は——リトの横顔を見ていた。
濡れた髪が額に張り付いて、目を細めている。
湯気の中の——リトの横顔。
何を考えているんだろう。
次に——何を、言うんだろう。
怒るのかな。
笑うのかな。
何も言わないのかな。
私は——シャワーヘッドを持ったまま、リトの言葉を、待った。