シーツが、持ち上がった。
掛け布団の端を、静かに、音を立てないように捲る気配。
ベッドのスプリングが、わずかに沈む。
もうひとりぶんの体重が、マットレスに乗った。
リトさんが——わたしのベッドの中に入ってきた。
全身に、鳥肌が走った。
背中に、体温が近づいてくる。
まだ触れていない。触れていないのに、空気の温度が変わった。
数センチ。たった数センチの隙間に、リトさんの身体がある。
(起きなきゃ)
思考が叫ぶ。
起き上がって、叫んで、「何してるんですか」と罵声を浴びせるべきだ。
ナナなら「何やってんだ、この変態!」と蹴り飛ばしている。
古手川さんなら「破廉恥な!」と平手打ちだ。
それが正しい反応。それがまともな女の反応。
——なのに。
足が動かない。
声が出ない。
瞼が、開かない。
寝たふりを——続けている自分がいた。
(どうして……)
分からない。分からないふりをしている。
本当は分かっている。
起きたら——この時間が終わる。
リトさんが「悪い、間違えた」と笑って出ていく。それで終わり。
でも寝ていれば——リトさんは、ここにいる。
その理屈を認めたくなくて、わたしはきつく目を閉じた。
すう、すう、と。
眠っている呼吸。完璧な演技。
尻尾だけが、シーツの下でぎゅうぎゅうと自分の太腿に巻きついている。
リトさんの指が、わたしの髪に触れた。
ぞくっ……。
ショートボブのピンク髪。その毛先を、指の腹で撫でるように。
触れているのか触れていないのか分からないほどの圧力。
羽毛のような。空気のような。
なのに——肌が、その感触を過剰に拾い上げる。
指が、耳の後ろに移動した。
産毛を撫でるような動き。
くすぐったい。くすぐったいのに、身体が逃げない。
「……寝てるか、モモ」
囁き声。
低くて、近くて、鼓膜の奥に直接落ちてくるような声。
吐息が耳の縁にかかった。温かい。
(っ……!)
返事をしなかった。
眠っている。眠っているのだから、返事はしない。
リトさんの指が、首筋に降りた。
鎖骨の少し上。Tシャツの丸い襟元から覗く肌を、指先だけでなぞる。
ぞ、くっ……。
「モモのベッドに入るの、初めてだな」
独り言のように、リトさんが言った。
寝ている相手に話しかけている。そういう体裁。
「いつもモモの方が俺のベッドに来てたから」
指が、肩の線をたどっている。
Tシャツの肩口。薄い生地の上から、肩甲骨の丸みをなぞるように。
「あれ、嬉しかったんだけどな」
心臓が、どくん、と跳ねた。
「シャツ一枚で潜り込んできてさ。わざと胸押しつけてくるし」
やめて。
やめてください。
聞きたくない——聞きたくない言葉ばかり、正確に選んでくる。
「でも、ある日から来なくなっただろ」
指が、背中の中心を降りていく。
背骨のラインに沿って。Tシャツの上から。
一椎ずつ、なぞるように。
「あれ——俺が寝相悪いふりして、モモの尻尾いじった日からだよな」
——。
呼吸が、一瞬止まった。
全身の血液が、顔に集まるのが分かった。
耳の先まで。首筋まで。シーツに埋めた頬が、火を灯したように熱い。
知っていた。
リトさんは、知っていた。
あの夜のこと。
寝ぼけたふりをして——わたしの尻尾を指で挟んで、くりくりと弄って——。
声を殺して、シーツを噛んで、何度も何度も身体を痙攣させたあの夜のことを。
寝相が悪かっただけ。偶然だと思っていた。
偶然だと——思い込もうとしていた。
「寝返り打ったら、たまたまモモの尻尾が手に当たってさ」
嘘だ。
嘘だと、今、確信した。
「でもモモ、逃げなかったよな」
ずるい。
ずるい、ずるい、ずるい。
「声我慢してたけど、尻尾はずっと俺の手に巻きついてた」
(やめてっ……!)
叫びたかった。
顔を枕に押しつけて、耳を塞ぎたかった。
でも——起きたら負けだ。
起きたら、この話を「聞いていた」ことになる。
聞いていたのに「起きなかった」ことになる。
それは——わたしが、望んでここにいたという証明になる。
だから動けない。
だから寝たふりを、続けるしかない。
リトさんの指が、背中の下端に到達した。
Tシャツの裾。パジャマとの隙間。
素肌が、ほんの数ミリだけ露出している場所。
そこに——指先が触れた。
「ぅ——」
声が漏れた。
唇の隙間から、空気と一緒に。
極小の、吐息のような声。
慌てて息を止めた。
寝息。寝息に紛れ込ませろ。
すう……すう……。
リトさんの指が止まらない。
腰の窪みを、親指の腹でくるりと撫でる。
くすぐったいのとは違う。もっと深いところに響く刺激。
体温が直接肌に伝わって、内臓がきゅっと縮むような感覚。
ぞくぞくぞくっ……。
鳥肌が、腕まで広がった。
乳首が、Tシャツの内側で硬くなっているのが分かる。
ブラはしていない。寝る時は着けない。その無防備さが、今は致命的だった。
「……ん」
リトさんの鼻が、後頭部に近づいた。
髪の匂いを嗅いでいる。
吐息が、うなじにかかる。
「いい匂い」
ぞわっ、と。
尻尾が、太腿の間でびくっと跳ねた。
指が、腰からお尻の方へ滑っていく。
パジャマの上から。丸い膨らみの頂点を、掌で包むように。
昼間叩かれた場所。あの、ぱしん、の場所。
今度は叩かない。
撫でている。ゆっくり、ゆっくりと。円を描くように。
ぬる……っ。
掌の熱が、薄い生地を通して伝わってくる。
お尻の皮膚が、その手に馴染んでいくのが分かる。
嫌だ。嫌なはずだ。なのに——腰が、ほんの僅かに、手の方に押し戻されそうになる。
歯を食いしばった。
唇を閉じて、声を殺す。
すう、すう、と。眠っている、眠っている、眠っている。
ふっ——と。
手が、離れた。
愛撫が止んだ。
リトさんの指がわたしの身体から消えた。
一瞬、ほっとした。
終わったのだと思った。
もう行ってくれる。もう——。
背中の向こうで、布の擦れる音がした。
リトさんが、何かをしている。衣擦れ。スウェットのゴムを引き下ろすような——。
ことん、と。
何かがお尻に触れた。
硬い。
熱い。
——素肌の感触。
布越しではなかった。
パジャマの薄い生地を隔てて、その向こう側にある硬いものは——剥き出しだった。
思考が、白く弾けた。
(——え)
分かる。
分かってしまう。
あれだけリトさんのベッドに忍び込んでいたのだ。
朝、リトさんの身体に密着して目覚めた時、腰の辺りに感じたことのある——あの硬さ。
あの時は布越しだった。今は——違う。
(うそ……出してる……)
大きい。
パジャマのわたしのお尻に押しつけられた、その硬さ。熱さ。
脈打っているのが、薄い生地一枚を通して直接伝わってくる。
お尻の割れ目に沿って、ぐっ……と押しつけられている。
どくん。どくん。どくん。
心臓が、もう誤魔化せないくらい暴れている。
頬が熱い。耳が熱い。全身が、血液で沸騰しそうだった。
リトさんの手が、わたしの右手に触れた。
指を絡めるように。
力が入っていない手を、ゆっくり持ち上げる。
——後ろに。
身体の後ろに、手を誘導していく。
分かっている。
何をさせようとしているのか。
抵抗すれば止まる。手を引っ込めれば終わる。
でも——手が、力を入れない。
リトさんの指が、わたしの手を包み込んだまま——そこに、導いた。
指先が、硬いものに触れた。
素肌。
直接、触れている。
熱い。指先が火傷しそうなくらい、熱い。
硬い。石のように硬い。なのに表面は滑らかな皮膚で——その下で、どくん、どくん、と脈打っている。
(……おおきい)
手のひらで、包みきれない。
指を伸ばしても、先端に届かない。
カリの段差が、指の腹にはっきりと引っかかる。
血管の浮き出た筋が、指先に凹凸として伝わってくる。
生々しい。生きている。手の中で、熱い血液が脈を打っている。
リトさんの手が、わたしの手の上に重なった。
握らせるように。指の位置を直すように。
親指をここ、残りの四本はこう——と教えるように。
「……っ」
指が、それを握った。
ずくん、と。掌の中で脈打った。
びくっ、と肩が跳ねた。
「いい子」
囁き声が、耳に落ちた。
リトさんの手が、わたしの手を上下に動かした。
ゆっくりと。根元から先端へ。先端から根元へ。
硬い竿を、握ったまま、しごく動き。
ぬるっ……くちゅっ……。
先端の辺りが、湿っていた。
指の腹に、とろりとした液が絡みつく。先走り。熱くて、ぬるぬるしていて——。
その液が指の間に広がるたびに、手の動きが滑らかになる。
掌全体に、リトさんの熱が伝わってくる。
「上手い」
褒められた。
寝ている人間を褒めている。おかしい。おかしいのに。
その言葉が、胸の奥で熱い何かになって弾ける。
リトさんの手が、わたしの手から離れた。
——動きが止まらなかった。
わたしの右手は、リトさんの手がなくなっても——自分の意思で動いていた。
上下に。ゆっくりと。硬い幹を、握って、しごいて。
掌に吸いつくような肌の感触。カリの段差を越えるたびに、指の間でぬるっと先走りが溢れる。
くちゅ……くちゅ……くちゅ……。
先走りが手のひらを伝って、指の間がぬるぬるになっていく。
手が止められない。
眠っている演技をしながら——手だけが、起きている。
(わたし……何して……)
考えたくない。
考えたら終わりだ。
これは——寝ているから。寝ているから、無意識だから。
意識はない。意志はない。だから悪くない。
リトさんの呼吸が変わった。
深くなった。少し荒くなった。
吐息がうなじにかかるたびに、背中がぞくぞくする。
「モモ……」
名前を呼ばれた。
低い声で。切なそうに。甘い声で。
手の中のものが、ぴくん、と跳ねた。
硬さが増した。カリの部分が、指の隙間で主張するように膨張する。
掌の中で、それが一回り太くなるのが分かった。
「やば……っ、モモ、上手すぎ……」
ずるい。
そんな声出さないで。
そんな風に褒めないで。
寝てるんです。わたしは寝てるんです。
くちゅっ♡ くちゅっ♡ くちゅっ♡
手が速くなっていた。
いつの間にか。リトさんに教えられたリズムより、少し早く。
先端に指が触れるたび、ぬるっとした液が溢れて、手のひら全体がてらてらに光っているのが——見なくても分かる。
「っ——」
リトさんの身体が、強張った。
腰がぐっと前に出た。
お尻に押しつけられていた硬いものが、更に強く圧迫される。
剥き出しの熱が、パジャマ越しにお尻の肉に食い込むように。
「出る——」
ぴくっ♡
びゅるっ♡♡
掌の中で、それが脈打った。
どくん、どくんと、大きく。
熱い液体が、勢いよく吹き出した。
指の間を、手首を、白い精液が溢れていく。
びゅるるっ♡♡ どくっ♡ びゅっ♡
一度では終わらなかった。
二度、三度と、波のように。
手のひらを、指の間を、とろりとした精液がどろどろと溢れていく。
量が——多い。
手の中に収まりきらない。
掌から溢れた白い液が、わたしの手首を伝ってシーツにこぼれ落ちた。
ぬるっ……とろっ……。
更に——お尻の方にまで流れた。
リトさんのものから零れた精液が、パジャマの生地にべっとりと染みていく。
丸いお尻の膨らみを伝って、生地の上をゆっくりと。温かくて、重くて、ぬるぬるしている。
「……はぁ」
リトさんが、深く息を吐いた。
掌が、じんじんしている。
精液の匂いが、シーツの中に充満していた。甘くて、重くて、生々しい匂い。
わたしの手は、まだそれを握ったままだった。
力が入らない。離せない。
指の隙間から、とろりと精液が垂れている。
リトさんの唇が、わたしの耳に触れた。
触れたか触れないかの距離。
「ありがとな、モモ」
ちゅ、と。
耳たぶに。
羽のように軽いキスがひとつ。
ベッドが、軽くなった。
体重が消えていく。シーツが整えられる。
足音が——遠ざかっていく。
ドアが閉まった。
かちゃ、と。ドアノブが元の位置に戻る音。
廊下の足音が消える。
沈黙が、部屋を満たした。
わたしは——目を開けた。
暗い天井。
カーテンの隙間から、月明かりが細く差し込んでいる。
右手を、顔の前に持ってきた。
月光に照らされた指が、白い液体でてらてらと光っている。
指の間から、とろりと糸を引いて——シーツに垂れた。
お尻が、ぬるぬるしていた。
パジャマに染み込んだ精液が、肌に張り付いている。
生温かくて、ぬめっとしていて——。
枕に顔を押しつけた。
「——っっっ!!」
声にならない悲鳴を、羽毛の中に叩き込んだ。
顔が熱い。身体が熱い。全身が熱い。
心臓が壊れそうなほど暴れている。
右手が、まだ震えている。
あの硬さの残像が、掌にこびりついている。
脈打つ感触が。膨張する感触が。溢れ出す熱さが。
素肌の——あの生々しい温度が。
(わたし——しごいてた)
認めたくない事実が、額の裏で点滅している。
寝たふりをしながら。
自分の意志で、手を動かして。
リトさんのものを——直接握って——。
シーツが、精液で濡れている。
明日、洗わなきゃ。自分で。誰にも見られないように。
(リトさんの、匂いが……)
枕に顔を押しつけたまま、わたしは身動きが取れなかった。
右手が、まだ閉じたままだった。
握った感触を——手放せないでいた。
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