翌日。
唯は——リトを、呼び出した。
放課後の空き教室。夕日が斜めに差し込んで、無人の机に長い影を落としている。
ドアを閉めて、窓を閉めて、カーテンも引いた。
リトが——壁にもたれて、こっちを見ている。
制服の袖をまくった腕。少しだけ乱れた髪。相変わらず——爽やかで、余裕のある目。
あの目で——昨日、御門先生を……。
(——やめなさい。思い出すな)
唯は——腕章をぎゅっと握った。
「結城くん。——単刀直入に聞くわ」
「なに」
「あなた——ナナさんにも、何かしてるの」
リトの表情が——動かなかった。
眉も、口元も、目の奥も——何一つ。
「何かって?」
「とぼけないで。あの子が最近——おかしいの。前はあなたのことを目の敵にしていたのに、最近は——妙に大人しい。あなたの近くにいる時だけ、目を伏せている」
唯は——声に力を込めた。
「ナナさんは——あなたに流されるような子じゃないわ」
そう言いながら——唯の内心には、別の声があった。
あの子は——小柄で、胸もなくて、まだ子供みたいで。
リトの噂の相手は——モモ、籾岡、御門先生、ティアーユ先生。全員、胸がそれなりにある。
ナナの体型は——Aカップ。身長151センチ。華奢で、幼くて。
(あの身体じゃ——結城くんの好みじゃないでしょう)
口には出さなかった。出すはずもない。
でも——唯の中には、確かにその計算があった。
リトが——ふうん、と鼻で笑った。
「流されないって、古手川がそう思ってるんだ」
「思ってるじゃないわ。事実よ。あの子は真っ直ぐで、正直で——嘘をつけないタイプ。あなたみたいな男の手口は通じないの」
「へえ」
リトが——壁から背中を離して、一歩、近づいた。
唯の心臓が——跳ねた。反射的に——半歩、退がった。
「じゃあさ——古手川」
「なによ」
「確かめてみれば」
「——は?」
リトの目が——真っ直ぐ、唯を捉えた。
あの目。あの——何を考えているのかわからない、爽やかで、でもどこか底が見えない目。
「お前がナナに——ありえないような要求をしてみろよ」
「ありえない要求って——何を言って——」
「俺を——懲らしめるのに協力しろって、ナナに頼め」
唯の眉が——ぴくっと動いた。
「つまり——風紀活動として、あなたを罰するのを手伝えと」
「そう。それも——普通じゃ考えられないくらいの要求を。お前の頭で考えて、好きにしろ」
リトが——さらに半歩、寄った。
唯の背中が——黒板に触れた。退がれない。
「もし俺がナナを——お前の言う通り、嘘で操ってるなら」
リトの声が——低い。
「ナナは、お前のありえない指示に——疑問を抱くはずだ。普通の反応をするはずだ。おかしい、この人何言ってるの、って」
「……当然でしょう。ナナさんは——まともな子よ」
「だろ? だったら試してみろ。——もしナナが、お前のどんな指示にでも従うとしたら」
リトの唇が——ふっと、笑った。
「それは——俺のせいじゃなくて、ナナがそういう子だってことだ」
唯は——黒板に背中を押し付けたまま、リトを見上げていた。
論理は——わかる。
リトが嘘をついているなら——ナナは操られているだけ。操られた人間は、第三者からの矛盾した指示に対して、正常な判断ができるはず。
でも、もし——ナナが自分の意思でリトに従っているなら——唯のどんな要求にも、独立した判断で応じるか拒否するかを——自分で決められる。
筋は——通っている。
通っている——のが、怖い。
「……わかったわ」
唯は——声を絞り出した。
「試してみる。ナナさんに——私の方から話をしてみるわ」
「好きにしろ」
リトが——壁に戻って、また、もたれかかった。
「ただし——結果は全部、お前の目で見ろよ。古手川」
その言葉の意味が——唯には、まだわからなかった。
空き教室を出た。
廊下の窓から——夕日が、長い影を引いている。
唯は——スマホを握りしめていた。
ナナさんに——何を頼むか。どんな要求をすれば——検証になるのか。
(ありえないことを——ナナさんに頼む、って)
何が「ありえない」のか。
そもそも——私は、ナナさんに何を頼もうとしているのか。
リトを——懲らしめるのを、手伝え。
それ自体は——普通の要求だ。ナナだって前から「リトを見張ってる」と言っていた。
でも——リトは「ありえないくらいの要求を」と言った。
(……ナナさんが普通に従うなら——それは通常の範囲。ナナさんが拒否するなら——それはナナさんの正常な判断。でも——もし——)
もし、どんなことを頼んでも——ナナが従ったら。
唯は——足を止めた。
廊下の窓の外で、夕日が沈みかけている。
風紀委員の腕章が——オレンジ色に染まっていた。
*
あたしは——廊下を歩いていた。
コテ川から——メッセージが来た。
『放課後、空き教室に来てほしい。結城くんのことで話がある』
結城くんのこと——か。
あたしは——スマホをポケットに押し込んで、歩きながら——昨夜のことを、思い出していた。
*
昨夜。リトの部屋。
「——ナナ。ちょっと聞け」
リトが——ベッドの端に座って、あたしを見ていた。
いつもの軽い声じゃなかった。ほんの少しだけ——真面目な目。
あたしは——リトの隣に座った。
まだ服は着ている。まだ——始まっていない時間。
「古手川が——俺のこと、嗅ぎ回ってる」
「コテ川が?」
「ああ。俺とお前の関係を、疑い始めてる」
あたしの心臓が——どくん、と跳ねた。
バレてる? あたしとリトが——毎晩、こんなことしてるのが——コテ川に?
「まだ確証はない。でも——あいつの勘はいいから、時間の問題だ」
リトが——天井を見上げた。
「ナナ。お前、古手川と——風紀の見回り、一緒にやってるだろ」
「……うん。コテ川は——あたしのこと、味方だと思ってるよ。見回りも手伝ってくれるし——」
「そう。古手川にとって、お前は数少ない協力者なんだ。——もし俺とお前の関係がバレたら、どうなると思う」
あたしは——考えた。
コテ川は——風紀委員だ。規律を重んじる。ヤリチンの結城リトを——敵視している。
そのコテ川が——あたしとリトがこんな関係だと知ったら。
「コテ川は——あたしのことも、敵だと思うだろうな」
「そうだ。お前と一緒に風紀活動してたこと自体が——古手川にとっては裏切りになる。最悪、古手川が風紀委員の仕事を続けられなくなるかもしれない」
「……それは——」
あたしは——唇を噛んだ。
コテ川は——うるさくて、真面目で、堅くて。でも——まっすぐな人だ。
あたしに「結城くんに気を許しちゃダメ」って、何度も何度も言ってくれた。
あたしを——守ろうとしてくれていた。
その人が——あたしのせいで、風紀委員の立場を失う。
「だから——古手川の前では、演技しろ」
リトの声が——静かだった。
「俺のことを——嫌いなフリをしろ。前みたいに。『リトなんかスケベなだけのやつ』って態度で」
「嫌いなフリ……」
「古手川が何か聞いてきても——全部否定しろ。俺とは何もない、あいつのことなんか知らない——って」
あたしは——リトの顔を見た。
いつもの——何を考えてるかわからない顔。
でも、今は——ほんの少しだけ、あたしの方を向いている視線に——計算とは違うものが見えた気がした。
「俺も——ナナの前では、嫌いな演技をする。古手川が見てる時は——お前のことをからかったり、わざと嫌な態度をとる」
「……え」
あたしは——一瞬、息が詰まった。
リトが——あたしのことを嫌いなフリをする。
嘘だとわかっている。演技だとわかっている。
昨夜だって——あたしの乳首をあんなに丁寧に弄って、あたしの中で気持ちよさそうに声を漏らしていたくせに。
それなのに——「嫌いなフリ」の言葉が、胸の底に——ちくり、と刺さった。
「……わかった」
声が——小さかった。
「わかったけど——あたし、演技——うまくないぞ」
「知ってる。だから単純にやれ。リトなんか大嫌いだ、って。——お前は普段からそう言ってたんだから、元に戻るだけだろ」
元に戻る——だけ。
でも——もう、あの頃のあたしじゃない。
あたしの身体は——リトに変えられて、リトなしでは調子が狂って。
乳首がリトの気配を拾うたびに——きゅっと硬くなる、この身体は——もう、前のあたしじゃない。
それでも——コテ川のために。
あの真面目で不器用な人のために——元の、あたしのフリをする。
「……わかったよ。やってやる」
リトが——あたしのツインテールの片方を、くしゃっと掴んだ。
「よし。——じゃあ明日な」
乱暴な手つき。でも——不思議と、嫌じゃなかった。
*
——それが、昨夜の話。
あたしは——空き教室のドアの前に、立っていた。
中から——声が聞こえた。
コテ川の声。はっきりした、強い声。
あたしは——深呼吸をして、ドアを開けた。
「——来たぞ、コテ川」
空き教室の中。夕日が——壁を赤く染めている。
コテ川が——腕章をつけたまま、教壇の横に立っていた。
黒髪ロング。ツリ目。胸がブラウスの下でぱつんと主張している。
そして——リトが。
椅子に——座らされていた。
両手が——背もたれの後ろで縛られている。白い紐。足首も——椅子の脚に括りつけられている。
あたしの目が——リトに吸い寄せられた。
リトの顔。俯いている。髪が額にかかって——目が見えない。
でも——口元が、ほんの微かに——力が入っている。
(——リト)
駆け寄りたかった。
あたしの指が——スカートの端を掴んだ。ぎゅっと。
縛られているリトを見て——胸の奥が、ぎゅうっと締まって——足が一歩、前に出かけた。
あの手に——昨夜、乳首をつままれた。あの手が——あたしの頭を撫でた。
あの手が——白い紐で、後ろに縛られている。
(だめだ——演技——演技しろ——)
あたしは——足を止めた。
奥歯を噛んで、頬の内側に力を入れて——感情を、飲み込んだ。
コテ川が——あたしを見た。
「ナナさん。来てくれてありがとう」
「……おう。それで——なんだよ、これ」
椅子に縛られたリトを——指で差して、聞いた。
できるだけ——興味のない声で。
「見ての通りよ。結城くんを尋問中。風紀委員として——やらなきゃいけないことがあるの」
コテ川の目が——鋭い。あのツリ目が——リトを、見下ろしている。
でも——その目の奥に、何か——揺らぎがある。覚悟と恐怖が入り混じったような——不安定な光。
「ナナさん」
「なんだよ」
「一応——聞いておくけれど」
コテ川が——あたしの方に、真っ直ぐ向き直った。
あたしの心臓が——うるさくなった。
「ナナさんは——結城くんとは、無関係よね」
——来た。
リトが言った通りだ。この質問が——来ると。
あたしは——リトを見なかった。見たら——目で全部、バレる。
コテ川だけを——真っ直ぐ見返した。
「当たり前だろ。あんなスケベなやつ——あたしが関わるわけないだろ」
声が——震えなかったことに、自分で驚いた。
嘘は苦手だ。人間は嘘をつく。動物は嘘をつかない。あたしは——動物の側にいたいと、ずっと思ってきた。
でも——今は。コテ川のために。
「……そう。よかった」
コテ川が——小さく、息を吐いた。肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。
安堵——が見えた。あたしの答えを聞いて——安心している。
あたしが嘘をつかないと——信じている。
(……ごめん、コテ川)
胸が——痛かった。乳首じゃない。もっと奥の——心臓の横あたりが。
「じゃあ——お願いがあるの」
コテ川の声が——少し、低くなった。
「なんだよ」
「結城くんの尋問に——協力してほしいの。風紀活動の一環として。あなたなら——あの男の嘘を見抜けるかもしれないから」
尋問に——協力。
コテ川が何をさせるつもりなのか——わからない。
リトからは——「古手川の前では嫌いなフリをしろ」としか言われていない。それ以上のことは、何も。
でも——ここで断ったら、怪しまれる。
前のあたしなら——「リトをやっつけるのに協力? やってやるよ!」って即答してた。
だから——今も、そうする。コテ川が何を頼んできても——前のあたしなら受けるはずのことは、全部受ける。
あたしは——椅子に縛られたリトを、ちらりと見た。
リトの目が——前髪の隙間から、一瞬だけ——あたしを見た。
何を言う目でもなかった。何を命じる目でもなかった。
ただ——「お前次第だ」と言っている。そんな視線。
あたしは——コテ川に向き直った。
「わかった。——あたしにできることなら」
コテ川が——頷いた。
風紀委員の腕章が——夕日に照らされて、赤く光っていた。
あたしは——覚悟を決めた。
コテ川が何を言い出すか——見当もつかない。
でも——あたしとリトの関係がバレるわけにはいかない。コテ川を守るために——嘘をついたんだ。
なら——最後まで、この嘘を通す。なんでも聞く。コテ川の指示に——全部、従う。
たとえ——あたしの乳首が、今この瞬間も、制服の下できゅっと硬くなっていたとしても。
リトが——同じ部屋にいるだけで。
縛られた手が——あたしの乳首を知っている手が——こんなに近くにあるだけで。
*
コテ川が——教壇の上に両手をついて、あたしに向き直った。
「ナナさん。これから私が説明することを——落ち着いて聞いて」
「……おう」
「結城くんは——何人もの女性に、無理やり手を出しているの」
コテ川の声が——低く、硬い。ツリ目が——リトを、射抜くように見ている。
「先生にも。クラスメイトにも。自分の立場を利用して——断れない状況を作って——卑劣な手口で」
あたしは——黙って聞いていた。
リトの顔を——見ないように。見たら——何かが崩れる気がした。
「だから——今日、ここで。あの男にわからせるの。自分がどれだけ酷いことをしてきたか。自分がされる側になれば——少しは理解するでしょう」
コテ川の目に——光があった。正義の光。信念の光。
この人は——本気でそう信じている。リトが悪で、自分が正義だと。
あたしは——小さく頷いた。
「……わかった。それで、あたしは何をすればいいんだよ」
コテ川が——一瞬、口を噤んだ。
唇が——微かに震えた。言いかけて——飲み込んで——もう一度、口を開いた。
「じゃあ——まず」
声が——少しだけ、揺れた。
「服を——脱がせなさい」
「……は?」
「結城くんの。制服を——脱がせて」
(——それだけか)
あたしは——内心で、少しだけ拍子抜けした。
服を脱がせる——なんて。あたしは毎晩、リトの服を脱がして——リトに脱がされて——。
(いや——そういうことじゃない。演技。演技だ)
あたしは——椅子に縛られたリトの前に、立った。
リトの顔が——あたしを見上げている。前髪の隙間から。
演技しろ。嫌いなフリをしろ。
「——ふん。ざまあみろよ、リト」
声が——思ったより、ちゃんと出た。
前のあたしなら、こう言っていたはずだ。こういう声で。こういう態度で。
あたしは——リトのネクタイに手をかけた。
ぐいっ——と引っ張って、結び目を緩める。
慣れた手つきだった。毎晩——リトの服を脱がせる時と、同じ。
少しだけ力加減を乱暴にして——乱暴に見えるように。
ネクタイが——するっと抜けた。
次に——ブラウスのボタン。上から。ひとつ、ひとつ。
あたしの指が——リトの胸の前で動く。ボタンを外すたびに——リトの肌が、少しずつ露出していく。
鎖骨。胸。腹筋のライン。
……見慣れた身体だった。
この身体に——毎晩、のしかかられて。この腹筋に——あたしの涙が、何度も落ちた。
「……天罰だぞ、このスケベ」
ぼそっと——呟きながら、ブラウスを肩から剥がした。
リトは——無表情だった。何も言わない。ただ——あたしの手を、見ている。
後ろで——コテ川の息を呑む音が聞こえた。
振り返ると——コテ川が、少しだけ目を見開いていた。
あたしが——躊躇なくリトの服を脱がせたことに——驚いている。
当然だ。普通の女の子なら——男子の服を脱がせるなんて、もっと恥ずかしがるはず。もっと手間取るはず。
あたしは——慣れすぎていた。
(しまった——)
でも——コテ川は、それ以上は追及しなかった。
少しの沈黙があった。コテ川が——唇を舐めた。
「次——」
コテ川の声が——さっきより、低い。
「抱きついて——無理やり、キスしなさい」
——キス。
あたしの心臓が——どくんっと跳ねた。
コテ川が——あたしに。リトに——キスしろと。
(やりたい——)
いや。
(やりたくないって——言わないと。演技——)
あたしは——コテ川に向き直って、眉を寄せた。
「こ、こんなの——やりたくないんだぞ⁉」
声が——裏返った。
「こんなスケベ野郎にキスするなんて——反吐が出るぞ! あたしの唇が穢れるだろ!」
リトを——指差して、叫んだ。
演技だ。全部演技だ。あたしの唇は——もう何十回も、こいつの唇と——舌と——ちんぽに触れている。穢れるも何もない。
コテ川が——少したじろいだ。
「そ、そうよね……嫌よね。ごめんなさい、ナナさん。でも——これは、あの男にわからせるために——」
「……っ」
あたしは——唇を噛んだ。
コテ川が——あたしの反応に安堵している。あたしが嫌がることが——コテ川にとっての「正常」なんだ。
あたしが——こんなスケベ野郎にキスなんてしたくない、と思うのが——当然だと。
(コテ川は——あたしを信じてる。あたしがまともな子だって——信じてる)
リトに——近づいた。
椅子に縛られたリトの——目の前に、立った。
リトが——あたしを見上げている。
あたしが顔を近づけた瞬間——リトが、ふっと首を傾けた。
あたしの耳元に——唇が寄って。
「——本当はいつも嫌だったか?」
小さな——囁き。コテ川には聞こえない。
あたしの胸が——ぎゅっと締まった。
違う。違う。嫌じゃない。嫌だったことなんか——一度もない。
リトとキスするのが嫌だなんて——そんなの——。
あたしは——慌てて、リトの耳元に口を寄せた。
「ちっ——違うに決まってるだろ……っ。あんたに言われた通り——演技してるだけだ……っ」
声が——震えていた。バレないように。コテ川に聞こえないように。
「誤解——すんなよ……っ あたしは——」
リトが——ニヤリと笑った。
ほんの一瞬の——あの口元。コテ川からは見えない角度。あたしだけが見える——あの笑い方。
(——こいつ)
わかっていて——聞いたのだ。あたしの本音を。この状況で。
あたしは——リトの顔に向き直った。
「——天罰だ。このスケベ」
そう言いながら——リトの頬を両手で掴んで、唇を——押し当てた。
ちゅっ——。
リトの唇。何度も触れた。何度も吸った。何度も——舐めた。
知っている感触。知っている温度。知っている——味。
「え——」
後ろで——コテ川の声が漏れた。小さな——驚きの声。
気にしない。今は——気にしちゃだめだ。
あたしは——唇を押し付けたまま、リトの反応を待った。
リトが——顔を背けた。
「——やめろ」
冷たい声。拒絶する声。
あたしの——心臓が、ぐにゃっと潰れた。
(——え)
リトが——あたしのキスを、拒否した。
今まで——一度も。
一度も——リトはキスを嫌がったことがない。あたしが咥えても、あたしが舐めても——こいつは受け入れて、もっと奥まで来いと、頭を押さえつけて——。
なのに——「やめろ」と。
目の奥が——じわっと熱くなった。
(嫌なの——? あたしのキスが——嫌なの——?)
声が——出なかった。喉の奥が詰まって——鼻の奥が、つーんと痛い。
涙が——込み上げてきた。こんなところで泣いたら——全部バレる。コテ川に——全部——。
リトの顔が——また、あたしの耳元に近づいた。
「——演技だ。バカ」
囁き。唇が——耳たぶに触れた。ほんの——かすかに。
あたしの身体が——びくっと震えた。
(演技——そうだ——演技——)
リトも——嫌がるフリをしているんだ。コテ川の前だから。
あたしが無理やりキスして——リトが嫌がる。それが——「懲らしめ」の構図だから。
ハッ——として。
涙が——引いた。完全には引かなかったけど——溢れる前に、止まった。
あたしは——リトの耳元に唇を寄せた。
「わ——わかってる……っ」
声が——まだ少し、震えている。
「わかってる——から——」
わかってなかった。一瞬——本気で傷ついた。あたしのキスが嫌なんだと——本気で、思った。
でも——演技だ。全部。あたしも、リトも。
あたしは——もう一度、リトの唇に——自分の唇を押し当てた。
ちゅ——♡
今度は——少しだけ、深く。唇を開いて——リトの下唇を、吸った。
「天罰——だぞ——このスケベ——」
唇を離す瞬間に——呟いた。唾液の糸が——あたしとリトの唇の間に、細く一本だけ——光って——ぷつん、と切れた。
コテ川が——見ていた。
あたしは——コテ川を振り返った。
コテ川の目が——揺れていた。
唇が——少し開いて。何か言いかけて——何も言わない。
「——もっと」
コテ川の声が——微かだった。
「もっと……激しく。下品にやりなさい」
あたしは——コテ川の目を見た。
あのツリ目の奥に——正義じゃないものが——ちらついている気がした。
でも——今のあたしには、それを考える余裕がない。
「……そうだな」
あたしは——リトに向き直った。
「リトには——もっと必要だよな。こんなもんじゃ——足りないよな」
演技だ。同調する演技。コテ川の命令に従っているフリ。
でも——身体は、嘘をつけなかった。
あたしは——リトの髪を掴んだ。ツインテールが揺れる。ぐいっと引っ張って——リトの顔を上に向けさせた。
「天罰だ——クソリト——」
唇を——叩きつけた。
んちゅっ♡——
今度は——舌を入れた。
リトの口の中に——あたしの舌が、滑り込む。
リトの舌が——あたしの舌に絡んだ。
ちゅぷ♡——じゅる♡——んちゅ♡♡——
水音が——静かな空き教室に響いた。
あたしの唾液と、リトの唾液が混ざって——唇の隙間から、ちゅり、と音がする。
(あ——やばい——)
身体が——熱くなってきた。
キスしてるだけなのに——乳首が、きゅっと硬くなっている。
制服の下で——布に擦れるたびに、ちりちりと——。
リトの舌が——あたしの上顎を、ぺろっと舐めた。
「んっ——♡」
甘い声が——漏れた。小さく。でも——漏れた。
(だめ——声——出しちゃ——)
コテ川が——後ろにいる。
あたしは——唇を離さなかった。離せなかった。
リトの舌を——吸って。噛んで。舐めて。
れろっ♡——ちゅぱ♡——じゅるるっ♡♡——
頭の中が——ぼんやりとしてきた。酸素が足りない。鼻から息を吸っているのに——リトの匂いばかりが入ってきて——頭が、ふわふわする。
リトの匂い。知ってる匂い。あたしの乳首を弄る手の匂いと、同じ——。
「——ストップ」
コテ川の声が——遠くから聞こえた。
あたしは——はっ、と我に返った。
唇が——べちゃっと音を立てて、リトの唇から離れた。
唾液が——あたしの顎を伝って、顎先から——ぽたり、と制服のリボンの上に落ちた。
「は——❤ はぁ——❤ は……っ❤」
息が——戻ってこない。肩で呼吸している。
唇が——てらてらと光っている。自分の唾液と、リトの唾液で。
舌が——口の中で、まだリトの味を探している。
リトの唇も——濡れていた。あたしの唾液で。光っている。
あたしは——ふらつく足で、コテ川の方を向いた。
「コテ——川……」
呂律が——回らなかった。
舌が——まだリトの舌の感触を覚えていて、うまく動かない。
「つ、次は——なにすれば——いいんだよ……」