ドアが——開いた。
結城くんが——先に出てきた。何食わぬ顔で。手を拭きながら。
美柑ちゃんが——その後ろから出てきた。
歩き方が——普通だった。
普通——に見えた。少しだけ歩幅が小さい気もするけれど——気のせいかもしれない程度の。
「お待たせ、古手川さん」
美柑ちゃんが——にこっと笑った。
あの笑顔。さっきと同じ——しっかり者の小学生の、丁寧な笑顔。
「ハンバーグ——もう焼けるよ。もうちょっと待っててね」
「え——え、ええ——ありがとう——美柑ちゃん——」
声が——裏返った。自分でもわかった。
美柑ちゃんが——キッチンに戻った。
エプロンの紐を結び直して——フライパンの前に立つ。
「リト——お皿、出してくれる?」
「はいはい」
結城くんが——食器棚から皿を取り出している。
日常——だ。兄妹の——何の変哲もない、夕食前の光景。
美柑ちゃんが——フライパンを傾けて、ハンバーグを皿に移している。
立って——歩いて——料理して。
(——あの子の——お尻の中に——今——あれが——)
思考が——止まらない。
(——どうすればいいの——どうすれば——)
私は——風紀委員だ。間違ったことを正すのが仕事だ。
でも——ここは学校じゃない。他人の家だ。他人の家の——家族の問題。
(——家族の問題——? こんなものが——?)
違う。これは——犯罪だ。兄が——小学生の妹に——。
でも——美柑ちゃんは嫌がっていなかった。自分から——膝をついて——。
(——嫌がっていなかったから許されるの——? 小学生よ——?)
頭の中で——問いと答えがぐるぐると回って——一つも結論が出ない。
美柑ちゃんが——皿を持って、テーブルに運んだ。
歩くたびに——スカートが揺れる。太腿の上で——ふわりと。
あのスカートの下に。下着の下に。あの小さなお尻の穴の中に——黒いプラグが——今この瞬間も——。
(——やめて——考えないで——)
考えたくないのに——目が、美柑ちゃんの腰から離れない。
美柑ちゃんが——私の前に、皿を置いた。
「はい——古手川さんの分。デミグラスソース、たっぷりかけたよ」
笑顔——だ。何ともない笑顔。
この子の顔を見るたびに——あのドアの隙間から見た光景が——フラッシュバックする。
(——私は今——何を見ているの——料理を出してくれる小学生? それとも——お尻の穴に——栓を——)
テーブルに座る時——美柑ちゃんの動きが、ほんの一瞬だけ——固まった。
椅子に腰を下ろす瞬間。お尻が座面に触れる瞬間。
「——っ」
微かに——唇が、きゅっと結ばれた。眉が——ぴくりと動いた。
(——今——感じた——の——? 座った衝撃で——あれが——奥に——)
でも——すぐに、何事もなかったかのように座り直した。
「いただきます」
美柑ちゃんが——手を合わせた。
結城くんが——隣に座った。
「古手川も——食えよ」
「い——いただきます——」
フォークを——持った。手が——震えている。
ハンバーグを——切った。デミグラスソースが——皿の上に広がる。
口に運んだ。
おいしい——と思った。本当に——おいしかった。
肉汁が溢れて、ソースが絡んで。小学生が作ったとは思えないクオリティ。
(——おいしいのに——なんで——こんなに苦しいの——)
ハンバーグの味が——舌の上で広がるたびに、さっきのフェラの水音が——耳の奥で反響する。
この手で作った料理。あの口で——結城くんを——。同じ口で。
「おいしいでしょ? 美柑の得意料理なんだ」
「ええ——本当に——おいしいわ——美柑ちゃん」
声が——引き攣った。上手く笑えていない。
「えへへ——ありがとうございます」
美柑ちゃんが——照れたように頬を染めた。
その顔が——さっきの「えへへ——♡」と重なった。
プラグを入れられて——「いい子」と言われて——照れた、あの顔と——同じ顔。
(——同じなの——? この子にとって——料理を褒められるのと——お尻に栓を入れられるのが——同じ——?)
(——やめなさい——古手川唯——‼ 食事中に——そんなこと——)
ハンバーグを——もう一口。
おいしい。おいしいのに——味が、頭に入ってこない。
(——誰かに相談すべきなの——? 先生に——? でも——どの先生に——?)
御門先生——は、だめだ。あの先生は——もう——。
ティアーユ先生——? あの先生も——結城くんと——。
(——誰にも——言えない——)
私しか——知らない。この異常を知っているのは——私と、結城くんと、美柑ちゃんだけ。
「美柑ちゃん——毎日、こうやってご飯を作ってるの?」
「うん。リトの分と——あたしの分。お父さんは——仕事で遅いから」
「お母さんは——?」
「マンガ家で——ずっと缶詰。ほとんど家にいないの」
美柑ちゃんが——にこにこしながら話している。
(——両親が——いない——この家に——二人きりで——毎晩——)
「だから——あたしがリトのご飯を作って、洗濯して、掃除して。全部——あたしがやるの」
「大変——ね。小学生なのに——」
「大変じゃないよ。だって——リトのためだもん」
美柑ちゃんの目が——きらきらしていた。
リトのため——と言う時の、あの目。
料理を作るのも。洗濯をするのも。掃除をするのも。靴を揃えるのも。着替えを用意するのも。
トイレで——口で——するのも。
お尻に——あれを入れられるのも。
全部——「リトのため」。
全部が——この子にとっては、同じ重さの「お世話」。
(——洗脳——されているの——? それとも——これが——この子にとっての——愛——?)
(——愛なわけないでしょう——こんなの——こんなのは——)
こんなのは——何なの。
名前がつけられない。
虐待? でも——美柑ちゃんは幸せそうだった。
恋愛? でも——兄と妹で——小学生で——。
共依存? でも——美柑ちゃんの目は——澄んでいた。
美柑ちゃんが——ハンバーグを食べながら、足をぷらぷらさせている。椅子が高くて——足が床に届かないのだ。
子供——だ。まだ——子供。
足が届かない椅子に座って。手作りのハンバーグを食べて。お兄ちゃんの隣で、にこにこして。
その小さなお尻の中に——黒いプラグを埋め込まれたまま。
座るたびに——奥を突かれているはずだ。
フォークを口に運ぶたびに——身体が微かに揺れて、プラグの角度が変わっているはずだ。
なのに——美柑ちゃんの顔は、平気だった。
ハンバーグを——おいしそうに食べている。結城くんに「おかわりは?」と聞いている。笑っている。
私にだけ——わかる。
さっき椅子に座った瞬間の——あの、一瞬の硬直。唇が結ばれた、あの一瞬。
あれだけが——唯一の綻び。
それ以外——完璧だった。
この子は——あの異物を体内に抱えたまま、日常を演じている。
兄の客をもてなし、料理を振る舞い、笑顔で会話をしている。
小学五年生が——。
「古手川さん——おかわり、いる?」
「い——いえ——十分よ——ごちそうさま——」
「そっか。じゃあ——お皿、下げるね」
美柑ちゃんが——立ち上がった。
立ち上がる瞬間——また、一瞬だけ。
腰が——ぴくっと揺れた。
プラグが——動いたのだ。座っていた分、奥に押し込まれていたものが——立った衝撃で、角度が変わって——。
美柑ちゃんの耳が——ほんの少しだけ、赤くなっていた。
でも——皿を重ねる手は、震えていなかった。キッチンに運ぶ足取りは、乱れていなかった。
この子は——壊れている。
壊れているのに——壊れていないフリが、完璧すぎて——壊れていることに気づけない。
私以外の誰かが見たら——ただの、しっかり者の妹にしか見えないだろう。
私だけが——知っている。
あのスカートの下の秘密を。あの笑顔の裏側にあるものを。
(——言わなきゃ——)
美柑ちゃんが——皿を重ねて、キッチンに向かって歩き出した。
(——今——言わなきゃ——このまま帰ったら——私は——一生——)
身体が——動いた。
「美柑ちゃん——」
声が——出た。思ったより——大きかった。
美柑ちゃんの背中が——ぴくり、と止まった。
私は——立ち上がって——美柑ちゃんに近づいて——。
手が——伸びた。
美柑ちゃんの肩を——掴んだ。
小さな肩。華奢な骨。制服の生地の下の——子供の身体。
美柑ちゃんが——振り返った。
目が——合った。
あの丸い目が——大きく見開かれていた。
(——バレた——?)
美柑ちゃんの目に——その二文字が浮かんでいた。
唇が——微かに震えている。皿を持つ手が——強張っている。
さっきまでの完璧な笑顔が——一瞬だけ——剥がれかけた。
私は——美柑ちゃんの目を見ている。
美柑ちゃんは——私の目を見ている。
沈黙——が、落ちた。
キッチンの換気扇の音だけが——低く唸っている。
結城くんが——テーブルに座ったまま、こちらを見ている気配がある。
言わなきゃ——。
何を——。
「あなた——」
声が——出た。掠れた、小さな声。
美柑ちゃんの肩が——私の手の中で、びくっと震えた。
「あなたの——その——」
続かなかった。
何を言うの——古手川唯。
「お尻の中に異物が入っているのを見たわ」——と?
「お兄ちゃんにフェラしてるところを見たわ」——と?
「あなたは被害者よ、助けてあげる」——と?
この子は——被害者の顔をしていない。
この子は——「おいしかった」と笑って——結城くんの精液を飲んだのだ。自分から。
でも——。
今——この瞬間も。
あの小さなお尻の穴の中に——黒い栓が——埋まっている。
括約筋が——シリコンのくびれに嵌まって——内側から、ずっと、穴を押し広げている。
この後——結城くんと二人きりになったら。
私が帰ったら——結城くんが、美柑ちゃんのスカートを捲り上げる。
あの手で——プラグの台座を掴む。
ゆっくりと——引き出すのだろうか。
それとも——一気に。
一番太い部分が——穴の入り口を、内側からぐいっと押し広げて——括約筋が限界まで引き伸ばされて——。
ずぼっ——と。
容赦なく——捻り出される。
長時間入っていたプラグが——抜けた瞬間、穴は閉じきれずに——ぽかんと、開いたままになるのだろう。
空気がすう、と入り込んで——空っぽの感触が——。
そして——その開いた穴に。
結城くんが——自分のものを——。
(——やめなさい——‼)
頭の中で——叫んだ。でも——映像が止まらない。
プラグで広げられたまま柔らかくなった穴に——結城くんの陰茎が——ずぶっと——。
美柑ちゃんの声が聞こえる——気がした。あの甘い声。「リト——♡」と。
「——っ」
私の手が——震えていた。美柑ちゃんの肩を掴んだまま——指が、ぶるぶると。
何秒——経ったのか。
五秒。十秒。二十秒——。
私は——何も言えなかった。
口が——開いたまま。声が——喉の奥で詰まったまま。
美柑ちゃんの目が——変わった。
最初の動揺が——薄れていく。代わりに——警戒。そして——計算。
この女は——何を知っているのか。
どこまで——見たのか。
でも——何も言わない。言えない。ならば——。
「古手川さん——?」
美柑ちゃんが——首を傾げた。
声が——少し上擦っていた。でも——笑顔を取り繕って。
「どうしたの——? あたし——何か——」
「——いえ——なんでもない——」
私の手が——美柑ちゃんの肩から、するっと落ちた。
力が——入らなかった。
何も——言えなかった。
「ごめんなさい——急に——」
「ううん——大丈夫だよ——」
美柑ちゃんの声が——明るかった。でも——目が。あの丸い目が——安堵と焦りの間で、ちらちらと揺れている。
「あたし——お皿洗わなきゃ——リト——手伝って——‼」
美柑ちゃんが——声を上げた。
少し——大きすぎる声。自然さを取り繕おうとして——かえって不自然になった声。
皿を抱えたまま——足早にキッチンへ向かった。
歩幅が——さっきより、ほんの少しだけ大きい。急いでいる。私から——離れようとしている。
結城くんの隣に——駆け寄った。
結城くんの腕に——ぴたっと身体を寄せた。皿を流しに置いて——エプロンの裾を結城くんのTシャツの袖に引っ掛けるようにして——。
安全な場所——に逃げたのだ。
結城くんの隣。お兄ちゃんの隣。
この子にとっての——世界で一番安全な場所。
結城くんが——美柑ちゃんの頭を、ぽん、と撫でた。
さっきと——同じ手つき。プラグを入れた後の——「いい子だ」の手つき。
美柑ちゃんの肩から——力が抜けた。
私は——リビングに一人、立ち尽くしていた。
*
窓の外が——オレンジ色に染まっていた。
夕日が——リビングのカーテン越しに差し込んで、テーブルの上の食器跡を——長い影に変えている。
私は——ソファに座ったまま、何もしていなかった。
美柑ちゃんと結城くんは——キッチンの奥に消えていた。
皿を洗う水音と——小さな笑い声が、ときどき聞こえてくる。
二人きりの——世界。私が入り込めない——日常。
(——何も——言えなかった)
あの時——美柑ちゃんの肩を掴んで。目を見て。口を開いて。
何も——言えなかった。
(——最低だわ——私)
風紀委員。正義。秩序。常識。
全部——私の看板だ。私が誇りにしてきたもの。
なのに——小学生が兄に性的なことをされているのを目撃して——何もできなかった。
声を上げることも。止めることも。誰かに伝えることも。
(——伝えて——どうなるの)
美柑ちゃんは——嫌がっていなかった。
結城くんは——美柑ちゃんを傷つけているようには見えなかった。
あの二人の間には——暴力も脅迫もなかった。
あったのは——信頼。歪んだ——でも確かな——信頼。
(——だから何も言えなかった——? 違う——言えなかったのは——)
言えなかった——本当の理由を、私はまだ直視できていない。
時計を——見た。六時半。
帰らなきゃ——。
これ以上——この家にいたら。これ以上——見てしまったら。
私は——立ち上がった。
ソファのクッションを——手で直した。風紀委員の癖。散らかしたものは元に戻す。
リビングから——廊下に出た。
「結城くん——美柑ちゃん——そろそろ——帰るわね」
声が——かすれていた。
廊下の奥から——美柑ちゃんの声が返ってきた。
「あ——はーい。今行くね——」
少し——間があった。
衣擦れの音。ごそごそと——何かを準備する気配。結城くんの低い声が——何か一言、二言。聞き取れなかった。
私は——玄関に向かった。
靴を——履いた。ローファーの踵に指を入れて——つま先を床に打ち付ける。
靴を履きながら——ふと、美柑ちゃんが結城くんの靴を揃えていた光景が浮かんだ。
あの丁寧な手つき。何百回と繰り返した——妻の手つき。
廊下の奥から——足音が近づいてきた。
二つの足音。一つは——結城くんのゆっくりした歩幅。もう一つは——美柑ちゃんの、ぱたぱたとした小さな足音。
でも——何かがおかしかった。
美柑ちゃんの足音が——さっきまでより、もっと小さい。もっと——慎重な歩幅。
二人が——廊下の角を曲がって、姿を現した。
結城くんが——先を歩いている。右手は——ポケットに入っている。
左手——に。
何か——持っている。
細い——紐。白い——紐。
紐の先が——結城くんの左手から垂れて——後ろに伸びて——。
美柑ちゃんの——スカートの裾の中に——消えていた。
「——」
声が——出なかった。
紐。結城くんの手から。美柑ちゃんのスカートの中へ。
スカートの中——。
(——あの紐は——どこに——繋がって——)
頭が——回転した。高速で。
スカートの中。下着の中。お尻の——。
プラグ——だ。
あのアナルプラグに——紐がついている。
結城くんが——その紐を、手に持っている。
犬の——リードみたいに。
美柑ちゃんを——紐で——繋いでいる。お尻の穴の中にある栓から——結城くんの手まで。
(——うそ——うそでしょう——)
美柑ちゃんの顔を——見た。
さっきの——しっかり者の笑顔は、なかった。
唇が——半開きで。頬が——赤い。目が——潤んでいる。
呼吸が——微かに荒い。鼻先が——ほんのりと上気している。
発情——している。
あの異物を——入れられたまま——歩くたびに中で動いて——もう何十分も——。
美柑ちゃんの目が——一瞬、結城くんの左手を見た。紐を握る——あの手を。
そして——私には聞こえないくらいの——小さな小さな声で。
「——やめて——リト——」
聞こえた。
私の耳が——拾ってしまった。
「やめて」——と。あの子が。
でも——その「やめて」は、悲痛な懇願ではなかった。
甘く——震える声だった。本気で止めてほしいのではなく——止めてほしいのに止めてほしくない——その境界線で揺れている声。
結城くんは——聞こえないフリをした。
「古手川——もう帰るのか?」
結城くんの声は——普通だった。
あまりにも——普通。妹のお尻から伸びる紐を握りながら——日常会話。
「え——ええ——そろそろ——」
声が——震えた。喉が引き攣って——うまく音にならない。
「美柑の飯——うまかっただろ」
「——っ」
結城くんが——にっ、と笑った。あの爽やかな笑顔。
(——この状況で——料理の話を——?)
「ええ——おいしかった——わ——本当に——美柑ちゃんの——料理——」
言葉が——途切れ途切れになった。
結城くんの左手の紐が——視界の端で、ゆらゆらと揺れている。
美柑ちゃんの顔を——正面から見られない。
「な、美柑——よかったな」
結城くんが——美柑ちゃんに声をかけた。
美柑ちゃんは——俯いていた。
顔が——真っ赤だった。耳の先まで。
「…………うん」
小さな声。蚊の鳴くような。
両手を——スカートの前で握り合わせている。指と指を——もじもじと絡めて。
俯いたまま——顔を上げられない。
さっきまで——しっかり者の妹として、完璧に振る舞っていたこの子が。
今は——ただの、恥ずかしくてたまらない小学生に戻っている。
お尻の中の異物のせいで——顔を上げることすらできない。
(——可哀想——)
(——でも——この子は——嬉しそうにも——見える——)
俯いた美柑ちゃんの口元が——ほんの少しだけ——上がっている。
恥ずかしい。でも——嬉しい。
結城くんに——繋がれている。紐で——お尻の穴で——繋がっている。
それが——この子にとっては——。
「美柑——見送ってやれ」
結城くんが——言った。
美柑ちゃんの肩が——びくっと震えた。
見送る——ということは。玄関まで——歩く。
今——美柑ちゃんは廊下の奥に立っている。玄関まで——数メートル。
その数メートルを——歩くと。
紐が——張る。
結城くんの手は——ここにある。動かない。
美柑ちゃんが——玄関に向かって歩けば——紐が伸びて——限界まで張って——。
その先にあるものが——引っ張られる。
(——まさか——歩かせる気——?)
美柑ちゃんが——一歩、踏み出した。
ゆっくりと。足が——震えている。
一歩。二歩。
紐は——まだ緩い。結城くんの手から——弧を描いて——美柑ちゃんのスカートの中に消えている。
三歩。四歩。
紐が——少し、直線に近づいた。弧が——浅くなっている。
美柑ちゃんの歩幅が——さらに小さくなった。すり足——のように。足裏を床から離さずに——滑らせるように。
五歩——。
紐が——ぴんっ、と張った。
「——っ♡」
美柑ちゃんの腰が——ぐっと引かれるように、後ろに傾いた。
紐が——お尻の穴の中のプラグを——引っ張っている。
括約筋が——プラグの一番太い部分を内側に抱え込んでいる。それが——引かれて——入り口を、内側から——押し広げ——。
美柑ちゃんの呼吸が——乱れた。
「は——♡ は——♡♡」
肩が上下している。小さな胸が——ブラウスの下で、荒い呼吸に合わせて動いている。
顔が——さっきまでの赤からさらに深く——紅潮している。
目が——潤んで——焦点がぼやけかけている。
でも——歩く。
六歩——。
もう——玄関の近くだ。私の——目の前。
紐が——ぴんっ、と。限界に近い角度で——張っている。
美柑ちゃんの目が——私を見た。
あの丸い目が——涙で滲んでいた。
唇が——ぷるぷると震えて——何かを堪えている。
快感——か。痛み——か。羞恥——か。全部——か。
私は——靴を履いたまま、玄関に立ち尽くしていた。
目の前の小学生の身体に——何が起きているか、全部わかっている。
プラグが——穴の入り口まで引き出されかけている。一番太い部分が——括約筋を内側から圧迫して——。
あと一歩——踏み出したら。
抜ける——。
美柑ちゃんが——最後の一歩を、踏み出そうとした。
足が——持ち上がった。
「も——だめ——」
美柑ちゃんの唇から——かすれた声が漏れた。
声——ではなかった。息——だった。声にならない——息。
「リト——もう——だめ——♡」
その瞬間——。
結城くんの左腕が——振り抜かれた。
釣り竿を煽るような——一閃。手首のスナップが——白い紐を、ばちんっ、と空気ごと引き裂いた。
紐が——一直線に張り詰めて——美柑ちゃんのスカートの裾が、ぶわっと捲れ上がった。
ずぼぉっ♡♡♡——‼
鈍い——でも、確かな——抜栓の音。
黒い塊が——美柑ちゃんの身体から射出された。
弾丸のように——スカートの裾から飛び出して——紐に引かれて弧を描いて——結城くんの背後の壁に——ごっ、と。
跳ね返って——廊下の床を、ころころと転がった。
黒いシリコンのプラグ。唾液とローションで——てらてらと光っている。
美柑ちゃんの身体が——跳ねた。
床から——両足が浮いた。ほんの一瞬——重力を忘れたみたいに。
「——あっ♡♡♡♡♡♡——————‼」
声にならない——絶叫。喉の奥から——空気だけが搾り出された。
背中が——海老反りになった。
小さな身体が——弓のように反り返って——頭が後ろに仰け反り——つま先が床から浮きかけて——。
「あ♡♡♡♡♡——あ♡♡♡♡♡♡——」
そのまま——私に——抱きついた。
美柑ちゃんの身体が——私の胸に——ぶつかるように倒れ込んできた。
小さな手が——私の制服のブラウスをぐしゃっと掴んだ。
「——っ⁉」
私は——反射的に、美柑ちゃんの身体を受け止めた。
両腕の中に——小学生の身体がある。軽い。華奢な。震えている。
びくっ♡♡——びくっ♡♡——びくっ♡♡♡——
美柑ちゃんの全身が——痙攣していた。
止まらない。私の腕の中で——びくびくと。規則的に——断続的に——全身の筋肉が勝手に収縮を繰り返している。
小さな指が——私のブラウスを、離さない。爪が——布地に食い込んでいる。
「み——美柑ちゃん——⁉ 大丈夫——⁉」
声を——上げた。でも——何が起きているのか、わかっていた。
イッている——のだ。
アナルプラグを——一気に引き抜かれて——穴が限界まで押し広げられた衝撃で——この子は——今——。
私の腕の中で——絶頂している。
びくっ♡♡♡——びくっ♡♡♡♡——
美柑ちゃんの顔が——私の胸に押し付けられている。
小さな額が——私のブラウスの上から、胸の谷間に。
熱い。子供の体温——よりも、もっと熱い。全身が——火照っている。
吐息が——私の胸元に、ふう♡、ふう♡、と。
温かい息が——ブラウスの薄い生地を通して——肌に触れる。
太腿が——私の太腿に挟まれるようにして——ぶるぶると震えている。
「は♡——は♡♡——は♡♡♡——」
二十秒——。三十秒——。
痙攣が——少しずつ、間隔を広げていく。
びく♡——。
——びく♡。
——————びく——。
弱くなっていく。でも——止まりきらない。
美柑ちゃんの指が——私のブラウスをぐしゃぐしゃに握ったまま——ゆっくりと、力が抜けていった。
「は——♡♡……はぁ——♡♡……」
息が——荒い。でも——戻ってきている。
美柑ちゃんが——私の胸から、顔を離した。
ゆっくりと——見上げた。
あの丸い目が——涙で濡れていた。
頬が——べしゃべしゃに濡れている。涙なのか汗なのか——わからない。
唇が——震えている。まだ——余韻が残っている。
「ご——ごめん——なさい——古手川さん——」
声が——息絶え絶えだった。
「ころ——転んじゃって——」
「——」
転んだ——と。
今のが——「転んだ」——と。
「足が——もつれちゃって——ごめんね——」
美柑ちゃんが——笑った。泣きながら——笑った。
ぐちゃぐちゃの顔で——涙と汗で——頬を光らせながら——必死に——笑顔を作って。
「大丈夫——あたし——ドジだから——えへへ——」
「えへへ」——が。
さっきの「えへへ」と——同じ音。
でも——全然違う。声が裏返って——震えて——壊れかけた「えへへ」。
「……ええ——大丈夫——? 美柑ちゃん——」
私の声も——壊れていた。
「うん——大丈夫——」
美柑ちゃんが——私から離れた。
私のブラウスが——ぐしゃぐしゃにされている。美柑ちゃんの爪の跡が——布地にくっきりと残っていた。
結城くんが——後ろに立っていた。
左手の紐は——もう見えなかった。ポケットにしまったのか。
「古手川——気をつけて帰れよ」
結城くんの声は——いつも通りだった。涼やかで。穏やかで。何事もなかったように。
妹がアナルプラグを引き抜かれて絶頂したことなど——最初からなかったかのように。
「美柑——ドアの外まで見送ってやれ」
「うん——」
美柑ちゃんが——よろよろと、玄関のドアに手をかけた。
ドアを——開けた。
夕暮れの——オレンジ色の光が、玄関に差し込んだ。
美柑ちゃんが——ドアの外に、一歩。
私も——導かれるように、一歩。
玄関の外。住宅街の——静かな夕暮れ。
美柑ちゃんの横顔が——夕日に染まっていた。
まだ——頬が赤い。まだ——目が潤んでいる。
「古手川さん——今日は——来てくれて——ありがとう——」
声が——まだ震えている。でも——笑顔は、戻りかけていた。
「また——来てね——」
私は——何も答えられなかった。
ただ——頷いた。
美柑ちゃんが——一歩、後ろに下がった。
玄関の中に——戻っていく。
ドアが——閉まった。
かちゃ——と、鍵の音。
私は——結城家の玄関の前に、一人で立っていた。
夕日が——長い影を作っている。私の影が——アスファルトの上を、ずっと遠くまで伸びている。
ブラウスが——ぐしゃぐしゃだった。
美柑ちゃんが掴んだ跡。爪の跡。
胸元に——まだ、あの子の体温が残っていた。
あの子の吐息の——温度が。
(——何だったの——今の——何だったの——)
足が——動かない。
ドアの向こうで——今——何が起きているのか。
プラグを抜かれた穴が——まだ閉じきれずに——ぽかんと開いたまま——。
結城くんが——あの穴に——。
(——やめ——やめなさい——私——‼)
私は——一歩、踏み出した。
帰る——帰らなきゃ。
でも——足が重い。鉛を引きずっているように——重い。
いや、でも。
気になる。
私は振り返って結城くんの家を見る。
あの後どうなってるのか。
二人は何をしてるのか。
少しだけでいい。
見にいこう。