※この作品はR-18です。

ヤリチンリトに寝取られるお話   作:大軍

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古手川唯とヤミの場合(1)

 

月曜日の——朝が来た。

 

昨日の夜から——何も食べていない。

朝にパンと牛乳を飲んだだけ。

 

目を——閉じても。

赤い腸壁が——見える。

「こんな感じ」の笑顔が——見える。

 

夜もあまり寝れなかった。

22時に意識がなくなり8時に目を覚ました。

 

         *

 

学校に——来てしまった。

 

なぜ来たのか——自分でもわからない。

行かなきゃ——と思って、制服を着て、靴を履いて、家を出た。身体が——自動で動いただけだ。

 

校門をくぐった——瞬間。

 

世界が——変わっていた。

 

いいえ——変わっていない。何も変わっていない。変わったのは——私の方だ。

 

廊下を歩く——生徒たちの声が、遠い。

おはようございます——先輩——昨日のテスト——部活——。

いつもの——月曜日の朝。

 

私だけが——違う場所にいた。

 

教室に入れなかった。

 

廊下で——立ち止まって——教室の扉を見つめた。あの向こうに——結城くんがいる。

隣の教室。たった——壁一枚。

 

(——無理——今日は——結城くんの顔を見たら——)

 

何が起こるか——わからなかった。

泣くのか。叫ぶのか。吐くのか。

 

どれも——あり得た。

 

鞄を——握り直して。

教室の前を——通り過ぎた。

 

どこに行くのか——決めていなかった。ただ——歩いた。

 

一階の廊下。二階への階段。三階の渡り廊下。東棟。西棟。

無意味に——学校の中を歩き回った。

 

歩いていないと——止まったら、あの映像が来る。

 

赤い穴。白い液体。「こんな感じ」。

 

(——消えて——お願い——消えて——)

 

美柑ちゃんの——あの安らかな寝顔。

結城くんの腕の中で——世界で一番安全な場所にいるかのような——。

 

あの子は——小学生。

結城くんの——実の、妹。

 

妹まで——。

 

ララさん。モモさん。ナナさん。御門先生。ティアーユ先生。ヤミさん。籾岡さん。

 

そして——美柑ちゃん。

 

全員——。

 

(——誰か——誰かに——話を——)

 

助けを求めている——のだと、気づいた。

私は——誰かに、聞いてほしかった。

 

でも——誰に。

 

友達——? クラスメイト——?

 

「昨日ね、結城くんの家に行ったら、結城くんが妹の肛門に挿入して射精するのを玄関から見ちゃったの」

 

——言えるわけがない。

 

(私は——一人——なんだわ——)

 

それが——一番、怖かった。

見てしまったものの重さを——誰とも分かち合えない。

 

西棟の——三階。人気のない渡り廊下を歩いていた。

 

ぼんやりと——前を見ていなかった。

 

どん——。

 

「——っ」

 

ぶつかった——誰かに。

 

鞄が——手から滑り落ちた。がしゃん、とリノリウムの床にぶつかる音。

 

「…………」

 

目の前に——金色の髪。

 

ワインレッドの——ジト目が、私を見ている。

 

ヤミさん——だった。

 

制服姿の——ヤミさん。以前の、あの変態的なボンテージ——超ミニスカートに身体のラインが出る黒い布——を思い出しかけて、慌てて振り払った。今は——ちゃんと制服を着ている。スカート丈はやや短めだけど——形式的には問題ない。

 

「す——すみません、ヤミさん。前を見てなくて……」

 

声が——掠れていた。水分が足りていないせいだろう。

 

「…………」

 

ヤミさんは——無表情のまま、私を見ていた。

いつもなら——「ええ」とだけ言って、通り過ぎるはず。

 

でも——足が、止まっている。

 

「……古手川唯」

 

フルネームで——呼ばれた。

 

「……顔色が悪いです」

 

「え——」

 

「目の下のクマ。唇の乾燥。瞳孔が散大している。——寝ていないでしょう」

 

暗殺者の——観察眼だった。容赦がない。

 

「だ——大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけ……」

 

「嘘ですね」

 

「嘘じゃ——」

 

「嘘をつく時、古手川唯——あなたは左手の薬指を握り込む癖があります」

 

「——っ」

 

見られていた——。いつの間に。

 

ヤミさんのジト目が——まっすぐに、私を射抜いている。

表情は——ない。でも——そこに、微かな何かがあった。

 

興味——ではない。

心配——とも違う。

 

義務感——に、近いかもしれない。「目の前に異常がある。放置するのは暗殺者の矜持に反する」——そういう、職業的な正確さ。

 

「……何かあったのですか」

 

ヤミさんが——聞いた。

 

驚いた。この子から——質問が来るとは思わなかった。

いつも「ええ」「まあ」で会話を終わらせる子が。

 

(——話して——いいの——?)

 

ダメだ——話すなんて。何を話すの。結城くんと美柑ちゃんの——あれを——?

 

でも——口が、開いた。

 

「ヤミさん——少し、時間ある——?」

 

「…………」

 

沈黙が——三秒。

 

「……まあ」

 

それが——ヤミさんの、肯定だった。

 

         *

 

東棟の——屋上に続く階段の踊り場。

 

窓から——午前中の日差しが差し込んでいる。埃が——光の中を舞っている。

ここなら——人が来ない。

 

私は——壁にもたれて、座り込んでいた。

ヤミさんは——私の正面に、立ったまま。壁に背中を預けている。

 

金色の髪が——窓からの光で、きらきらと光っていた。

 

「……あの」

 

口を——開いた。

 

どこから——話せばいいのか。

 

「その——最近、知り合いの——男の人が——」

 

結城くんの名前は——出さない。出せない。

 

「複数の——女の子と——その——関係を持っていて」

 

「関係」

 

ヤミさんが——復唱した。抑揚のない声で。

 

「……肉体関係——よ」

 

喉が——焼ける。

 

「しかも——一人じゃなくて。何人も。先生とか——友達の妹とか——その——」

 

言葉を選びながら——選びきれない。

 

「——家族にまで——手を出していて」

 

ヤミさんの表情は——変わらなかった。

ワインレッドの目が——ただ、私を見ている。

 

「しかも——その家族の子は——まだ小さくて——それなのに——」

 

声が——震えた。

 

「私——たまたま——見てしまったの。その——行為を。全部」

 

沈黙。

 

風が——窓の隙間から、ひゅうっと入り込んだ。

ヤミさんの金色の髪が——ふわりと揺れる。

 

「……そうですか」

 

——それだけだった。

 

誰——とも聞かない。どこで見た——とも聞かない。

驚きもしない。眉ひとつ動かさない。

 

ヤミさんは——ただ、壁にもたれたまま——窓の外に視線を向けた。

 

「……え——それだけ——?」

 

「それだけ——とは」

 

「だって——私、すごいこと言ったのよ——? 知り合いの男が——何人もの女の子と——家族にまで——」

 

「ええ。聞きました」

 

淡々——としている。

まるで——天気の話でも聞いたかのように。

 

「驚かないの——?」

 

「驚く理由がありません。——そういう男は、います」

 

ヤミさんの声には——微かに、重みがあった。

「います」という言い方——一般論ではない。具体的な誰かを——知っている口振り。

 

(……ヤミさん——誰のことか——わかっているの——?)

 

わかっている——気がした。

でも——ヤミさんは、聞かない。名前を確認しない。

 

わざと——聞かないのだ。

 

古手川唯が自分から言うまで——踏み込まない。暗殺者の——距離感。

 

「でも——あの子は——小さいのよ——? 自分で判断できる年齢じゃ——」

 

「古手川唯」

 

ヤミさんが——私の言葉を遮った。

 

「あなたは——情報が欲しいのですか。それとも——共感が欲しいのですか」

 

「——え?」

 

「どちらかによって、私の対応は変わります」

 

冷たい——言い方。でも——不思議と、嫌ではなかった。

ヤミさんは——嘘をつかない。余計な優しさで誤魔化さない。

 

「……両方——かもしれない」

 

正直に——言った。

 

ヤミさんが——少しだけ、目を細めた。

 

「……そうですか」

 

それから——ヤミさんは、壁にもたれた姿勢を少しだけ変えた。

腕を組んでいたのを解いて——手を横に下ろした。

 

ほんの微かに——身体が、こちらに向いた。

 

「古手川唯——あなたは、性行為を見たことがなかった。そうですね」

 

「っ——そ、そうよ——当たり前じゃない——」

 

「私は——あります」

 

「——え」

 

「見た——というより——された側ですが」

 

空気が——変わった。

 

ヤミさんの声は——変わらなかった。温度も、速度も。

でも——空気だけが、一段、重くなった。

 

「ヤミさん——あなた——」

 

「聞きたいのでしょう。私の経験を」

 

見透かされていた——また。

 

「——うん」

 

頷いた。小さく。

 

「聞いて——いい——?」

 

「……先に言っておきますが——私は、あなたに同情してほしくてこの話をするわけではありません」

 

「わかってる——」

 

「わかっていないと思いますが——まあいいでしょう」

 

ヤミさんが——一度、ゆっくりと目を閉じた。

金色の睫毛が——頬に影を落とした。

 

「暗殺者として——ある惑星の密林で、標的を追っていた時のことです」

 

「密林——」

 

「触手生物に——捕獲されました」

 

触手——。

 

「樹木に擬態した生物でした。不意に——四肢を絡め取られた。トランス能力で脱出を試みましたが——触手の表面から分泌される粘液が、私の変形能力を阻害しました」

 

ヤミさんの声は——報告書を読み上げるように、平坦だった。

 

「粘液が——全身を覆いました。ニュルニュルした液体です。催淫効果がありました」

 

「催淫——」

 

「触手が——衣服の隙間から侵入して——身体を、這い回りました」

 

ヤミさんの——左手が、無意識に、自分の右腕を掴んだ。

 

「首筋。脇腹。太腿の内側」

 

声は——変わらない。でも——指先が、白くなるほど腕を握っている。

 

「……胸を——舐め上げられました」

 

「っ——」

 

「触手の先端は——粘膜のように柔らかく、体温よりも少し温かかった。人間の舌に——似ていました」

 

「舌に——」

 

「ただし——太さが違う。人間の舌よりずっと太く——先端が器用に動いて——乳首を——」

 

ヤミさんが——言葉を切った。一瞬だけ。

 

「——巻き取るようにして、吸引しました」

 

私は——息を止めて聞いていた。

恐怖——? 嫌悪——? 同情——?

どれとも——違う。

 

興味——だった。

 

身体の芯が——熱くなっていることに、気づきたくなかった。

 

「……それで——どうなったの」

 

「脚を——開かされました。触手に」

 

「…………」

 

「下着を——横にずらされて。粘液まみれの触手が——直接——」

 

ヤミさんの声が——ほんの僅かに、震えた。

初めて——感情の揺れが、見えた。

 

「入って——きたんですか——」

 

「……ええ」

 

沈黙が——五秒。

 

「ずぷっ——と。膣壁を押し広げながら——奥へ」

 

「っ——」

 

「粘液まみれの触手が——中で——蠢きました」

 

ヤミさんの目は——開いていた。窓の外を見ている。遠い——どこかを見ている。

 

「催淫効果のある粘液が——内壁に直接浸透して——抵抗する意志が——」

 

「意志が——?」

 

「溶けました」

 

その一言が——重かった。

 

宇宙一の暗殺者の——意志が。溶けた。

 

「……何回——」

 

聞いていい質問なのか——わからなかった。でも——口が勝手に動いた。

 

「何回——イッたの——?」

 

自分が今、何を聞いているのか——わかっている。わかっていて——止められない。

 

ヤミさんが——初めて、こちらを向いた。

ジト目が——まっすぐに、私を見た。

 

「数えていません」

 

「数えて——」

 

「覚えていないほど——と言えば、伝わりますか」

 

「…………」

 

「気がついた時には——粘液の水溜まりの中で、意識を失っていました」

 

『——ぁ♡——やめ——もう——ッ♡♡——』

 

ヤミさんの——過去の声が、聞こえた気がした。あの無表情が——崩れて。冷たいジト目が——潤んで。金色の髪が——粘液に塗れて——。

 

「……触手は——硬かったの?」

 

我ながら——何を聞いているんだろう。でも——止まらない。

 

「柔らかいのか——それとも——」

 

「表面は——柔軟でした。粘膜のように。でも——芯がある」

 

「芯——」

 

「中に——筋肉の束のような構造が通っていて。自在に硬さを変えられる生物でした」

 

ヤミさんが——説明している。暗殺者の正確さで——触手の構造を。

 

「入っている時は——柔らかい状態で侵入して——中に入ると——硬くなる」

 

「中で——硬く——」

 

想像——してしまった。

柔らかいまま入ってきて——中で、膨張して——硬くなる。

膣壁を——内側から——。

 

「太さは——どのくらい——」

 

「最初は——指二本分ほど。中で——膨張して——」

 

ヤミさんが——右手を上げて、親指と人差し指で輪を作った。

 

「このくらいに——なりました」

 

ペットボトルの——蓋くらいの太さ。

 

「そ——それが——中に——」

 

「複数本——同時に」

 

「複数——っ⁉」

 

「触手生物ですから。本数に制限がありません」

 

ヤミさんの声は——報告書のままだった。

でも——左手が、また自分の腕を掴んでいる。

 

「上も——下も——同時に。口にも入ってきました」

 

『——ん゛っ♡♡——ぐ——ぷはっ——ぅあっ♡♡♡——ニュルニュルッ♡♡——やだっ——』

 

過去のヤミさんの——声が。壊れた声が。

あの無表情の下に——封じ込められている記憶の声が。

 

「……動き——は」

 

私の声が——掠れていた。

 

「動きは——どういう——」

 

「うねるように——でした。人間の指や——男性器とは全く異なる動きです。三次元的に——中を這い回る。壁面を——一枚ずつ——剥がすように」

 

「剥がす——」

 

「膣壁の襞を——一枚ずつ、舐め上げるように——触手の先端が動くのです」

 

ヤミさんが——少しだけ、間を置いた。

 

「人間には——再現できない刺激でした」

 

その言い方が——引っかかった。

 

人間には再現できない——。

比較対象が——あるような言い方。

 

「ヤミさん——あなた——人間の——それも——知っている——の?」

 

ヤミさんが——私を見た。

 

ジト目が——一瞬だけ、揺れた。

 

「……触手とは——別の話です」

 

はぐらかした——ように聞こえた。

でも——否定は、しなかった。

 

「とにかく——」

 

ヤミさんが——話を戻した。

 

「古手川唯。あなたが見たものが——あなたにとって衝撃だったことは理解しました」

 

「…………」

 

「ですが——性行為は、外から見るのと中にいるのとでは、まったく別の体験です」

 

ヤミさんの——声が、少しだけ変わった。

報告書の声から——ほんの僅かに、体温のある声に。

 

「外から見れば——暴力に見えることが。中にいる側にとっては——」

 

「——何なの」

 

「……私に聞かないでください。それは——当事者が、自分で見つけるものです」

 

ヤミさんの声に——ほんの微かに、優越があった。

経験者の——余裕。語ることのできる立場にいる者の——静かな自負。

 

触手に犯された——という話。悲惨なはずなのに。

ヤミさんは——被害者でありながら、どこか「私にはそういう体験がある」という先輩ヅラを——にじませていた。

 

それが——妙に、腹が立った。

 

「——私だって」

 

口が——勝手に動いた。

 

「……何ですか」

 

ヤミさんが——足を止めた。振り返ってはいない。でも——耳は、こちらに向いている。

 

「私だって——知ってるわよ。もっと——すごいの」

 

何を言っているの——私は。

知っているのは——見た、だけ。体験したわけじゃない。

 

でも——ヤミさんの得意げな空気に、風紀委員のプライドが許さなかった。

 

「ある女性が——目隠しをされたの」

 

ヤミさんが——ゆっくりと、こちらを振り返った。

ワインレッドのジト目が——わずかに、細くなった。

 

「目隠し」

 

「ええ——布で、目を塞がれて。何も見えない状態で——男に、叩かれるの。お尻を」

 

ティアーユ先生の——あの時の話。

唯の前では語られなかったはずの——でも、唯が扉の向こうへ呼び寄せられたあの出来事。

 

もちろん——ヤミさんの母とも姉とも言えるティアーユ先生の名前は、出せない。

 

「叩かれながら——後ろから——犯されるの」

 

声が——震えていなかった。

不思議だった。こんな話をしているのに——声が、安定している。

 

「その女性は——嫌がっていたわ。最初は。でも——叩かれるたびに——中が、締まるの。本人も——自分の身体の反応に、驚いていて——」

 

ヤミさんの——表情が、変わった。

 

微かに——本当に微かに——眉が寄った。

 

ムッ——としている。

 

ヤミさんが——ムッとしている。

 

あの無表情のヤミさんが——不快を隠しきれていない。

 

(——何よ——その顔——)

 

「叩かれるたびに——『やめて』って言うのに——身体が全部肯定しているの。声が——甘くなって——腰が——自分から押し返して——」

 

「……古手川唯」

 

ヤミさんの声が——平坦ではなかった。

わずかに——棘がある。

 

「それは——あなたの体験ではないですよね」

 

「——っ」

 

刺された——正確に。

 

「見ただけ——でしょう」

 

「…………」

 

返せなかった。

 

ヤミさんのジト目が——私を見ている。

「私は体験した。あなたは見ただけ」——その差を、無言で突きつけている。

 

沈黙——が、落ちた。

 

長い——沈黙。

 

窓の外から——昼休みの喧騒が、遠く聞こえている。

グラウンドで誰かが叫んでいる声。ボールが弾む音。

 

日常が——すぐそこにある。

 

私たちだけが——階段の踊り場で、触手レイプと目隠しスパンキングの話をしていた。

 

(……何をしてるんだろう——私たち——)

 

同時に——ヤミさんも、気づいたようだった。

 

ヤミさんの——腕が、だらんと下がった。

さっきまで自分の右腕を掴んでいた左手が——力を失っている。

 

私たちは——顔を見合わせた。

 

ヤミさんのジト目と——私のツリ目が——まっすぐにぶつかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

どちらからともなく——目を逸らした。

 

「……帰りましょう」

 

ヤミさんが——小さく言った。

 

「……そうね」

 

立ち上がった。スカートの裾についた埃を——手で払った。

膝が——少しだけ、痺れていた。

 

ヤミさんが——階段を降り始めた。

私も——後を追って、踊り場を離れた。

 

二人で——並んで歩いた。一メートルの距離を保ったまま。

 

何も——話さなかった。

 

三階の渡り廊下。東棟のエレベーターホール前。

 

ヤミさんの歩調に——合わせていた。足音がしない歩き方。暗殺者の——歩み。

 

ぶう——。

 

ヤミさんの——スカートのポケットから、振動音がした。

 

携帯端末——だ。

 

ヤミさんが——ポケットから、薄い端末を取り出した。

デビルーク製だろうか——地球のスマートフォンとは少し形状が違う。透明がかった画面に——通知が表示されている。

 

ヤミさんの——目が、画面を見た。

 

その瞬間——ヤミさんの歩調が、乱れた。

 

ほんの一瞬——半歩分だけ、足が止まった。

 

暗殺者の——足が。

 

「…………」

 

ヤミさんの表情は——変わらない。変わらないように——している。

でも——首筋が、わずかに赤くなっていた。

耳の下あたりが——ほんのりと、薄桃色に染まっている。

 

端末を——すぐにポケットに戻した。

 

早い——あまりにも早い。画面を見た時間は——二秒もなかった。

 

(——何——?)

 

私は——ヤミさんの一歩後ろを歩いていた。

端末を取り出した時——画面が、一瞬だけ見えた。

 

透明がかった画面に表示された通知。

送信者の名前が——上部に、大きく。

 

「結城リト」

 

——見えてしまった。

 

メッセージの中身までは——読めなかった。一行目の冒頭だけ——「今日の放課後——」という文字列が、一瞬だけ。

 

ヤミさんが——歩調を戻した。

何事もなかったかのように——前を向いて歩き続ける。

 

でも——首筋の赤みは、消えていなかった。

 

「ヤミさん」

 

声をかけた。

 

ヤミさんが——足を止めた。振り返らない。

 

「……何ですか」

 

「今の——通知」

 

「…………」

 

「送信者——見えたわ」

 

ヤミさんの背中が——微かに、強張った。

金色の髪が——ふわりと揺れて、止まった。

 

「……盗み見る行為は——感心しません。古手川唯」

 

「盗み見たんじゃないわ。見えたの。——結城リト、って」

 

ヤミさんが——ゆっくりと、振り返った。

 

ワインレッドのジト目が——いつもの無表情。

でも——瞳の奥に、警戒の色がある。暗殺者が——脅威を認識した時の、あの光。

 

「……ええ。結城リトからです」

 

否定は——しなかった。

 

「何て——書いてあったの」

 

「プライバシーです」

 

「ヤミさん——さっき、私は全部話したわ。知り合いの男のこと。見てしまったこと。全部」

 

「…………」

 

「だから——教えて。結城くんが——あなたに何を——」

 

「古手川唯」

 

ヤミさんが——私の言葉を遮った。

 

「あなたは——先ほど、知り合いの男の名前を最後まで言わなかった」

 

「——え」

 

「私も——メッセージの内容を言う義務はありません。対等——でしょう」

 

返す言葉が——なかった。

正論——だ。また——ヤミさんの正論に、封じ込められた。

 

でも——見てしまった。

 

結城リトからのメッセージを受け取った瞬間の——ヤミさんの首筋の赤み。

あの反応は——嫌悪ではない。

 

「……ヤミさん」

 

「これ以上は——答えません」

 

ヤミさんが——踵を返した。

 

「私も——授業があります。失礼します」

 

金色の髪が——ふわっと翻った。

足音のない歩みが——廊下の奥に消えていく。

 

私は——渡り廊下の真ん中で、一人残された。

 

窓から差し込む光が——リノリウムの床を、白く照らしている。

 

(結城リト——ヤミさんに——何を送ったの——)

 

「今日の放課後——」

 

その先に——何が続くのか。

 

わからない。でも——。

 

ヤミさんの首筋の赤みが——目に焼きついていた。

 

あの——宇宙一の暗殺者の、無表情の鎧を透かして見えた——薄桃色。

 

(ヤミさん——あなたも——)

 

風が——渡り廊下を吹き抜けた。

髪が——ぐしゃぐしゃに乱れる。直す気力が——ない。

 

昼休みの——チャイムが、鳴った。

 

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