「——待って」
私は——ヤミさんの背中に向かって、叫んでいた。
叫んだ——つもりだった。実際に出た声は、情けないくらい小さかった。
でも——暗殺者の耳には、届いた。
ヤミさんが——三歩先で、足を止めた。
振り返らない。金色の髪が——背中の真ん中で、微かに揺れているだけ。
「……何ですか。もう——」
「動画——でしょう」
沈黙。
渡り廊下の窓から——風が、ひゅう、と吹き込んだ。
「……は」
ヤミさんが——振り返った。
ワインレッドのジト目が——わずかに見開かれている。この子にしては——大きな動揺。
「今日の放課後——って、冒頭だけ見えたの。でも——通知のサムネイル——動画のアイコンだったわ」
嘘——だ。半分は。
サムネイルなんて——本当は、はっきりとは見えていなかった。でも——再生マークのようなものが、一瞬だけ。
ヤミさんの——首筋の赤みが、また濃くなった。
「……古手川唯。あなたの観察力は——暗殺者に向いていますね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めていません」
ヤミさんが——ゆっくりと、こちらに歩いてきた。
一メートルの距離で——止まった。
ジト目が——私を、値踏みするように見ている。
「……動画です」
ヤミさんが——言った。
「結城リトから——送られてきた、動画」
「動画って——何の——」
聞いておきながら——わかっていた。
あの男が——ヤミさんに送る動画が、風景写真やペットの映像であるはずがない。
「…………この間の——やつ——ですね」
ヤミさんの声が——初めて、歯切れが悪くなった。
「やつ」という言い方に——具体的な記憶が、込められている。
「この間——って——」
「……見ますか」
「——え?」
「見れば——わかります。説明するより——早い」
ヤミさんが——ポケットから、端末を取り出した。
透明がかった画面。デビルーク製の——薄い端末。
「ちょっ——ここで——?」
「人がいない場所に移動しましょう」
*
非常階段の——踊り場。
さっきまで話していた場所とは——反対側。東棟の端。窓が一つだけあって、午後の日差しが斜めに差し込んでいる。
埃が——光の中を、ゆっくりと舞っている。
ここなら——誰も来ない。
ヤミさんが——壁にもたれて、端末を操作している。
私は——その隣に、肩が触れるかどうかの距離で立っていた。
端末の画面に——動画のサムネイルが表示された。
暗い部屋。ベッドの上。間接照明の——橙色の光。
「再生します」
ヤミさんの指が——画面に触れた。
映像が——動き始めた。
カメラは——手持ちだった。少し揺れている。撮影者の——視点。
ベッドの上に——ヤミさんが、いた。
制服——ではなかった。あの黒いボンテージ。超ミニスカートに——身体のラインがくっきり出る黒い布。以前の——あの衣装。
ヤミさんが——ベッドの縁に座っている。膝を揃えて——手は太腿の上。
無表情——だ。今と同じ、あの顔。
カメラを持っている人間の——声が聞こえた。
『ヤミ』
結城リトの——声。
画面の中のヤミさんが——カメラを見た。ジト目が——レンズを、まっすぐに見ている。
『……またですか。結城リト』
呆れたような——でも、拒絶ではない声。
『前回も——撮っていたでしょう』
『今回は——ちゃんと撮る』
『ちゃんと——とは』
『最初から最後まで』
画面の中のヤミさんの——頬が、ほんの微かに染まった。
でも——表情は変わらない。
『……好きにしてください』
『好きにする』
私は——隣に立つヤミさんを、ちらりと見た。
ヤミさんは——端末の画面を、無表情で見つめていた。
自分が映っている動画を——他人のものでも見るかのように。
「ヤミさん——これ——」
「黙って見ていてください」
映像が——変わった。
カメラの位置が——変わっている。三脚——か、どこかに固定されたらしい。
画面は——ベッドの全体を映している。斜め上からの——俯瞰気味のアングル。
ヤミさんが——四つん這いになっていた。
黒いボンテージは——まだ身体についているが、下半身だけが剥がされている。ミニスカートが腰まで捲り上げられて——白いお尻が、カメラに向かって突き出されている。
ムチムチとした——小柄な身体。白い肌。太腿の内側が——間接照明の光で、てらてらと光っている。
結城リトが——ヤミさんの背後に立っていた。
すでに——挿入していた。
ずぷっ♡——ずちゅっ♡——。
ゆっくりとした——ピストン。腰を引いて——押し込む。引いて——押し込む。
『……んっ……』
画面の中のヤミさんから——小さな声が漏れた。
押し殺した声——だった。喘ぎ声を出さないように——唇を噛んでいる。でも——腰が動くたびに、鼻から息が漏れる。
『ヤミ——声、出せよ』
『……出しません』
『出さないと——もっとやるぞ』
『……好きに——してください——』
ぱんっ♡——。
結城リトの腰が——叩きつけるように押し込まれた。
『——っ♡♡』
ヤミさんの背中が——びくんと反った。白い肩甲骨が——ボンテージの隙間から浮き上がる。
結城リトの手が——ヤミさんの金色の髪を、鷲掴みにした。
長い髪を——手首に巻きつけるようにして——ぐいっと引いた。
ヤミさんの頭が——引き起こされた。シーツに伏せていた顔が——強制的に上を向かされる。
首が——反って。喉の白い線が——間接照明に照らされている。
画面の中のヤミさんの口が——開いた。声にならない声が——零れた。
結城リトが——髪を引いたまま、腰を動かし始めた。
ぱんっ♡——ぱんっ♡♡——ずちゅっ♡♡——ぱんっ♡♡♡——。
リズムが——速くなった。
結城リトの腰が——ヤミさんの白いお尻に打ちつけられるたびに——肉がぶるんっ♡と波打つ。小柄な身体が——衝撃で前に押し出されて——両腕で踏ん張っている。
陰茎が——引き抜かれるたび、カリ首の段差が膣口を擦る。ぬるっ♡——と粘膜が引っ張られて——押し込まれると、ずちゅっ♡♡——と水音が弾けた。
太腿の内側を伝っていた透明な液が——もう白く濁り始めていた。先走りと愛液が混ざって——結合部がてらてらと光っている。
『……っ♡……ん♡……っ♡♡……』
声が——漏れ始めていた。
唇を噛む力が——追いつかなくなっている。鼻から——甘い吐息が、リズミカルに漏れている。
「……この体勢は——」
隣のヤミさんが——呟いた。画面を見つめたまま。
「髪を掴まれると——トランス能力が、反応してしまうのです。髪が——武器であると同時に、感覚器でもあるので」
「感覚器——」
「ええ。引かれると——全身に、電流のような刺激が走ります。それが——下腹部に直結して——」
ヤミさんの声が——一瞬、途切れた。
「……逃げられなくなります」
私の——太腿の内側が、じわっと熱くなっていた。
自分の身体が反応していることに——気づきたくなかった。でも——スカートの下で、膝がきゅっと閉じている。無意識に。
映像の中で——結城リトの空いた手が、ヤミさんの腰を掴んだ。
引き寄せるように——ぐいっと。そして——腰の動きが、変わった。
奥を——突くような。短く、深い、突き上げ。
ずどっ♡♡——ずどっ♡♡♡——。
『あっ♡——あっ♡♡——や——結城リト——そこは——っ♡♡♡』
画面の中のヤミさんの——声が、変わった。
押し殺していた声が——剥がれ落ちた。甘く——切なく——身体の奥から絞り出されるような声。
結城リトの陰茎が——奥まで沈むたびに、カリ首が子宮口を突き上げる。ヤミさんの身体が——その度にびくっと跳ねて——でも髪を掴まれているから逃げられない。
引いて——叩き込む。引いて——叩き込む。
ぱんぱんっ♡♡♡——ずちゅっ♡♡♡——ぱんっ♡♡♡♡——。
ヤミさんのお尻が——叩きつけのたびに赤く染まっていく。白い肌に——結城リトの腰骨の痕が、薄桃色に浮き上がっている。
『やっ♡♡——だめ——です♡♡♡——奥——奥に——当たって——っ♡♡♡♡』
ヤミさんの——両腕が崩れた。顔が——シーツに埋まる。お尻だけが——突き上がった姿勢。
結城リトの手が——そのお尻をがっしりと掴んで、叩きつけるように腰を振っている。
ぱんぱんぱんっ♡♡♡♡——。
『あっ♡♡♡♡——あっ♡♡♡♡♡——イく——っ♡♡♡♡♡♡——』
びくっ♡♡——びくっ♡♡♡——。
ヤミさんの全身が——痙攣した。絶頂——だ。シーツを掴む指が——白くなるほど力んでいる。
結城リトは——止まらなかった。
絶頂の最中——そのまま腰を突き続けて——。
ずぶっ♡♡♡♡——と深く沈めて——止まった。
どくっ♡♡——どくっ♡♡♡——。
『ぁ♡♡♡♡♡♡——あっ♡♡♡♡♡♡♡——なか——出てる——っ♡♡♡♡♡♡♡♡』
中出し——だった。
結城リトの腰が——ヤミさんの奥に密着したまま。脈打つリズムが——腰の微かな震えから伝わっている。
ヤミさんの身体が——力を失って、ベッドに崩れ落ちた。
結合部から——白い液体が、つう、と太腿を伝って滴り落ちた。
結城リトが——ヤミさんの身体を、仰向けにひっくり返した。
そして——覆いかぶさるように、カメラを手に取った。
顔——を、撮影している。
至近距離から——ヤミさんの顔が、画面いっぱいに映った。
「——」
私は——息を止めた。
無表情の——あのヤミさんの顔が——。
別人——だった。
ワインレッドの目が——とろんと蕩けて、焦点が合っていない。半開きの唇から——涎が、頬を伝って流れている。頬が——紅潮して——汗が額に浮いて——金色の髪が、顔に張り付いている。
淫ら——という言葉が、これほど正確に当てはまる顔を、見たことがなかった。
あの冷たいジト目が——甘く蕩けて。
あの無表情の唇が——半開きで——ぷるぷると震えて——。
「……恥ずかしい——ですね」
隣のヤミさんが——呟いた。
無表情——のまま。でも——声に、かすかな熱があった。
「今の私からは——想像できない顔だと思います」
「…………うん」
想像——できない。
今、隣に立っている無表情のヤミさんと——画面の中で蕩けきっている女が、同一人物だということが——信じられない。
「ここから——」
ヤミさんが——画面を指差した。
「記憶が——ないですね」
「記憶が——ない——?」
「はい。ここから先は——撮影されていたことも含めて、結城リトからこの動画を見せられるまで——知りませんでした」
映像が——続いている。
画面の中のヤミさんの——目が、変わった。
さっきまでの蕩けた目とも——違う。虚ろ——だ。意識が——飛びかけている。
結城リトが——また、腰を動かし始めた。
射精した直後——のはず。なのに——陰茎は、萎えていなかった。
ヤミさんの中に入ったまま——再び、硬さを取り戻している。
『…………っ♡♡♡♡——』
画面の中のヤミさんから——声が出た。
声——というより、獣の鳴き声だった。
『あ゛っ♡♡♡♡♡♡——あ゛あ゛っ♡♡♡♡♡♡♡♡——』
喉の奥から——絞り出される、原始的な音。言語ではない。思考ではない。身体が——快楽に支配されて、反射的に発している——ただの振動。
ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡♡♡♡♡——。
結城リトの腰が——機械のように動いている。疲労がない。汗すら——それほどかいていない。
あの涼やかな目が——カメラ越しに、ヤミさんの壊れた顔を見下ろしている。
『あ゛♡♡——あ゛♡♡♡——あ゛♡♡♡♡——や゛っ♡♡♡♡♡——また——またイく——っ♡♡♡♡♡♡♡♡』
びくんっ♡♡♡♡——びくんっ♡♡♡♡♡——。
ヤミさんの全身が——弓なりに反った。小さな身体が——ベッドから浮き上がるほどの痙攣。指先が——足先が——ぴんと伸びて——震えている。
結城リトは——止まらない。
絶頂している身体を——さらに突き上げて——。
ずぶっ♡♡♡——ずちゅっ♡♡♡♡——ばちゅんっ♡♡♡♡♡——。
『ひ゛っ♡♡♡♡♡♡♡♡——あ゛あ゛あ゛っ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡——』
もう——声とも呼べない。
喘ぎ声を通り越して——悲鳴を通り越して——壊れた楽器のような音が、端末のスピーカーから漏れ続けている。
ヤミさんの身体が——ずっと痙攣していた。
絶頂が——終わらない。一回が終わる前に——次が来て——重なって——波が止まらない。
結城リトの腰は——一切速度を落とさない。
無限の精力——と言うしかなかった。人間の——十六歳の男の子の体力では——あり得ない持続力。
画面の中のヤミさんの——目が、完全に白く反転した。
『あ♡♡♡♡♡♡♡♡——♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡——♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡——』
声が——もう、ただのハートマークのような音になっていた。
舌が——口から垂れ出ている。涎が——顎から首を伝って——鎖骨を流れ落ちている。
身体中が——汗で光っていた。ボンテージの布地が——汗で肌に張り付いて——半分剥がれかけている。
太腿が——精液と愛液でぬるぬると光っていて——結合部からは、白い泡が——ぶくぶくと溢れ出している。
結城リトが——また、奥で射精した。
どくっ♡♡——どくっ♡♡♡——どくどくっ♡♡♡♡♡——。
ヤミさんの身体が——反射で跳ねた。意識のない身体が——熱量にだけ反応して、びくびくと震えている。
そして——引き抜いた。
ずるっ——ぬぽんっ——。
ヤミさんの穴から——大量の白い液体が、どろりと溢れ出した。
映像は——まだ続いていた。
時刻が——画面の隅に表示されている。
最初が——二十三時。今の時点で——午前四時を過ぎている。
五時間——。
五時間——犯され続けていたのだ。
画面の中のヤミさんは——もう動いていなかった。
ベッドの上に——仰向けに横たわっている。
全身が——精液と汗にまみれていた。
金色の髪が——べっとりと濡れて、枕とシーツに張り付いている。
ボンテージは——ほぼ原形をとどめていなかった。破れて——ずれて——身体の半分以上が露出している。
白い肌のあちこちに——赤い痕。指の跡。キスマーク。噛み痕。
太腿の内側が——精液で白く汚れて——乾きかけた液と新しい液が、層になっている。
ヤミさんの目は——半開きだった。白目が——覗いている。口は——開いたまま。涎と——何かが、頬を伝っている。
意識は——完全に飛んでいた。
結城リトの手が——画面に入ってきた。
ヤミさんの身体を——ぐいっと、ベッドの端に押しやった。
ごろん——と。
ヤミさんの身体が——ベッドの端で、だらんと止まった。腕が——ベッドの外に、垂れ下がっている。
まるで——使い終わった道具を、隅に退けるような動作だった。
それから——結城リトの声が聞こえた。
『おつかれ——ヤミ』
軽い——声。
五時間、一人の女を壊し尽くした男の声には——聞こえない。あっけらかんとした——日常の声。
映像が——終わった。
画面が——黒くなった。
非常階段の踊り場に——沈黙が、落ちた。
端末のスピーカーから聞こえていた喘ぎ声と肉音が消えて——代わりに、窓の外から——鳥の声が、聞こえた。
私は——端末の画面を見つめたまま、動けなかった。
隣のヤミさんは——端末をポケットにしまった。
「まあ——こういうことです」
淡々——だった。
今見たものの余韻など——なかったかのように。
「触手に犯された時でも——ああは、ならなかったと思います」
ヤミさんが——壁にもたれたまま、天井を見上げた。
「触手は——身体を犯しましたが、心まではらしていなかった。あの時の私は——暗殺者として、自分を保っていた」
「…………」
「結城リトは——違いました」
ヤミさんの声が——ほんの微かに、震えた。
無表情の——奥で。
「身体も——心も——全部、持っていかれます。そして——記憶すらなくなるほどに壊されても——翌朝、目が覚めた時——」
「目が覚めた時——?」
「……また、したくなるのです」
沈黙——。
私は——壁に背中を預けた。
ずる——っと、壁を滑り落ちて——床に座り込んだ。
力が——入らなかった。
スカートが——床に広がる。膝を——投げ出した。風紀委員らしからぬ——だらしない座り方。
もう——どうでもよかった。
風紀も。常識も。「あんな男には絶対に引っかからない」という誓いも。
全部——どうでもいい。
だって——もう、世界がめちゃくちゃだ。
ナナさんが——リトと。モモさんが——リトと。御門先生が。ティアーユ先生が。美柑ちゃんが。
そして——宇宙一の暗殺者が。あの無表情の女が。五時間犯されて——記憶をなくして——ボロ雑巾のように捨てられて——それでも「またしたくなる」と。
窓から——午後の日差しが、差し込んでいた。
青い空——が、見えた。
雲が——何事もなかったかのように、流れている。
私は——空を見上げた。
「…………」
ヤミさんが——私を見下ろしている。
ジト目——いつもの無表情。
ついさっき、白目を剥いて涎を垂らしていた顔と——同じ顔。
「古手川唯——大丈夫ですか」
「…………」
私は——空を見上げたまま。
大丈夫——なわけがない。
大丈夫なわけが——ないのだけれど。
もう——怒る気力もなかった。
悲しむ気力もなかった。
戦う気力も——呆れる気力すらも。
全部——使い果たした。
「…………私」
声が——出た。
自分でも——どんな感情で言っているのか、わからない声。
空を——見上げたまま。
青い空に——白い雲。鳥が——一羽、横切っていく。
「——どうしよう」
ヤミさんが——私を見ている。
私は——空を見ていた。
「私——どうしたらいいのかしら」
誰に——言っているのかも、わからなかった。
ヤミさんは——何も答えなかった。
窓の外で——鳥が鳴いた。
風が——非常階段の踊り場を、すう、と通り抜けた。
五時間目の——予鈴が、遠くで鳴った。