目が覚めた時、最初に感じたのは右手の匂いだった。
何度も石鹸で洗った。爪の間まで。指の一本一本を丁寧に。
それでも——残っている気がする。
あの、甘くて重くて生々しい匂い。
わたしは布団を頭から被った。
パジャマの裾を握りしめる。
洗濯機を回したのは深夜三時だった。誰にも気づかれないように。シーツとパジャマを。
乾燥まで終わらせて、畳んで、元に戻した。
証拠は消した。
消した——はずなのに、右手がまだ覚えている。
あの硬さ。あの熱さ。脈打つ感触。カリの段差を指が越える瞬間の、ぬるっとした——。
(やめなさい)
両手で頬を叩いた。ぱちん。
今日は月曜日。学校がある。
制服に着替えて、何事もなかったかのように朝食を食べて、何事もなかったかのように学校に行く。
それだけのことだ。
わたしはモモ・ベリア・デビルーク。デビルーク第三王女。
一晩の失態で崩れるほど、安い女ではない。
*
リビングに降りると、リトさんがいた。
ソファに座って、テレビを見ている。
いつもの寝癖。いつものTシャツ。いつもの——何事もなかった顔。
「おう、モモ。おはよ」
軽い。
いつも通りの声。いつも通りのトーン。
昨夜、わたしのベッドに忍び込んで、わたしの手で射精した男の声じゃない。
「……おはようございます、リトさん」
声が震えなかったことだけが、今朝の唯一の勝利だった。
美柑さんがキッチンで卵焼きを作っている。
ナナがトーストにかぶりついている。
お姉様が「モモ〜おはよう〜!」と手を振っている。
日常だ。
完全な、いつも通りの日常。
誰も知らない。昨夜のことは、この世界でリトさんとわたしだけの秘密。
わたしはいつもの席に座った。
味噌汁を啜る。卵焼きを箸でつまむ。
視線を上げると、リトさんが卵焼きを頬張っていた。
箸を持つ右手。あの手が——昨夜、わたしの手を導いて、握らせて、動かし方を教えた手。
(……やめなさいってば)
味噌汁の味が分からなかった。
リトさんはどう思っているのだろう。
「寝てるモモにシコらせた」と思っているのか。
それとも——「モモは起きてた」と分かっているのか。
分かっている。きっと分かっている。
あの男は——全部分かっていて、寝ている体で話しかけた。
尻尾の夜のことも。わたしが逃げなかったことも。
つまりリトさんの中では、昨夜の出来事は——わたしが「望んで参加した」ことになっている。
(……違う)
違わない。
手を引っ込めなかった。握り返した。自分の意思で動かした。
リトさんの手が離れた後も——止まらなかった。
それを、あの男は知っている。
味噌汁が、喉を通らなかった。
*
学校へ向かう通学路。
お姉様とナナが前を歩いている。
わたしはその少し後ろ。リトさんが、わたしの隣にいた。
不自然な距離ではない。
いつも通りの通学路。いつも通りの並び順。
なのに——リトさんの右腕が、わたしの左腕のすぐ隣にある。
触れそうで触れない距離。あと数ミリ腕を振ったら、指が当たる。
「モモ」
「……なんですか」
「よく眠れた?」
心臓が、どくん、と跳ねた。
リトさんの顔を見た。
爽やかに笑っている。本気で聞いているのか、それとも——。
「ええ、ぐっすりですわ」
嘘。
一睡もできなかった。
リトさんが部屋を出てから、精液の匂いの中で天井を見つめて、シーツを洗って、手を洗って、それでも眠れなくて——。
「そっか。よかった」
リトさんが前を向いた。
それだけだった。
それだけ——なのに、心臓がまだ暴れている。
校門が見えてきた。
お姉様が振り返って「リト〜早く早く〜!」と手を振る。
リトさんが小走りで駆け寄っていく。
その瞬間——すれ違いざまに。
ぱしん。
右の手のひらが、わたしのお尻を叩いた。
軽い一打。昼間のあれと同じ。
音の方が大きいくらいの、ぱしん。
「——っ!」
身体が、びくっと跳ねた。
叩かれた場所が、じわりと熱を持つ。
昨日と同じ場所。そして——昨夜、リトさんの掌で撫で回された場所。
ぱしん、のひとつで、昨夜の記憶が全部フラッシュバックした。
背中に感じた体温。耳元の囁き。掌の中で脈打つ硬さ。
リトさんは何事もなかったようにお姉様の方へ走っていく。
振り返りもしない。
わたしの右手が、動いた。
リトさんの左腕を——掴んだ。
「——え?」
リトさんが足を止めた。振り返る。
わたし自身、何をしているのか分からなかった。
身体が勝手に動いた。反射。条件反射。
お尻を叩かれた→掴む。昨夜、あれを握った時と同じだ。手が——勝手に。
リトさんの腕は、思ったより太かった。
掌で包みきれない。指が回りきらない。
男の腕だ。硬い筋肉の上に、薄い皮膚。体温が、指先に伝わってくる。
「……モモ?」
リトさんが、こちらを見ている。
「離して?」
低い声だった。
命令口調。さっきまでの爽やかな笑顔が消えている。
目だけが——笑っていた。
「……っ」
離さなかった。
なぜか。分からない。分からないけれど、離せなかった。
この腕を離したら、またリトさんは何事もなかった顔で行ってしまう。
昨夜のことを、なかったことにされてしまう。
それが——嫌だった。
(何がしたいの、わたし……)
「モモ」
リトさんの声が、少しだけ低くなった。
「離せ」
命令。
お姉様やナナが前を歩いている。振り返ればすぐに見える距離。
ここで騒ぎになったら——。
離せない。
離したくない。
この手を離したら、わたしはまた「何もなかった」側に戻される。
リトさんの右手が動いた。
わたしの顎を——掴んだ。
「えっ——」
強い力。でも、痛くはない。
顎を持ち上げられる。角度が変わる。斜め上。リトさんの顔が——近い。
近すぎる。
目が、見開かれた。
リトさんの顔が、視界を覆う。
茶色の目。長いまつ毛。鼻筋。唇——。
「やめっ——」
口にした。声に出した。
やめてください。ここは通学路です。お姉様が。ナナが。
言葉が最後まで出る前に——唇が塞がれた。
ちゅ、と。
柔らかい。
温かい。
リトさんの唇が、わたしの唇に重なっている。
思考が、真っ白になった。
(キス——されてる)
軽い。触れるだけのキス。一秒にも満たない。
なのに——全身の力が抜けた。
膝が震える。立っていられない。掴んでいたリトさんの腕が、支えになっていた。
リトさんの舌が、わたしの唇をなぞった。
「ん——っ」
唇が——開いた。
自分で開いた。拒否できた。歯を食いしばれば侵入を防げた。
なのに——唇が、舌を迎え入れた。
ぬるっ……。
リトさんの舌が、わたしの口の中に入ってきた。
熱い。ぬるぬるして、柔らかくて、生きている。
わたしの舌に触れた。上顎を舐めた。歯の裏をなぞった。
んちゅ……ちゅる……れろっ……♡
甘い。
リトさんの唾液が甘い。舌が絡みつくたびに、頭の中がとろとろに溶けていく。
「ん……んぅ……♡」
声が漏れた。
鼻から。喉から。甘い声が。
リトさんの舌が、わたしの舌を吸った。
ちゅうぅ……と。強く。引っ張るように。
じゅる……っ♡
膝が、完全に落ちた。
リトさんの腕にしがみつかなければ、地面に座り込んでいた。
目が潤んでいる。涙が滲んでいるのが自分で分かる。
こんなの——こんなキスは——知らない。
リトさんの唇が、離れた。
「っ……はぁ……♡」
唇の間に、銀色の糸が一本架かっていた。
唾液の橋。朝日に照らされて、きらりと光った。
「おら、行くぞ。遅刻する」
リトさんが、何事もなかったかのように前を向いた。
歩き出す。
わたしは——動けなかった。
リトさんの腕をまだ掴んだまま、引きずられるように足を動かした。
唇が、まだ濡れていた。
リトさんの味が、舌の上に残っていた。
*
夜。
「あっ……あっ♡ あっ♡ あっ♡♡」
制止する声は、もう出なかった。
わたしはベッドの上にいた。自分のベッドの上。
仰向けに押し倒されて、パジャマのTシャツは胸の上まで捲り上げられている。
むき出しの乳首が、天井を向いている。薄いピンク色。リトさんに吸われて硬く尖っている。
パジャマのズボンは、片足だけ引っかかったまま——もう片方は脱がされていた。
いつこうなったのか。
朝のキスのあと、学校では何もなかった。
普通に授業を受けて、普通に帰って、普通に夕食を食べて。
夜、部屋で一人きりになった瞬間——ドアが開いた。
リトさんが入ってきた。今度は寝たふりをする暇もなかった。
「リトさん、待って——」
言い終わる前に、唇を塞がれた。
朝のキスの続きのように。もっと深く。もっと長く。
抵抗——できなかった。
しようと思った。手で押し返そうとした。でも、手がリトさんのTシャツを掴んでいた。
引き離すためじゃない。引き寄せるために。
(お姉様、ごめんなさい——)
心の中で、何度も謝った。
お姉様の婚約者。お姉様が誰よりも愛している人。
わたしの姉の男に——わたしは、身体を許そうとしている。
ごめんなさい。ごめんなさい。
でも——止められない。
リトさんの左手がわたしの太腿を開いた。
右手が、わたしの下着をずらした。
指が一本——ぬるっ、と中に入った。
「やぁっ♡」
びくん、と腰が跳ねた。
もう十分に濡れていた。キスだけで。リトさんに触られる前から——身体は準備していた。
そして——十数分後の今。
リトさんが、わたしの中にいる。
ずちゅっ♡♡
「あぁっ♡♡ リトさっ……おっき……すぎっ……♡」
大きい。
昨夜、手で握った時に分かっていた。包みきれないほど大きいと。
でも——中に入ると、その意味が全然違った。
お腹の奥まで押し広げられている。
膣壁が、リトさんのものの形に引き伸ばされていく。
カリの段差が、膣内の敏感な場所を捉えるたびに、脳に直接電流が走る。
ずぷっ♡ ずちゅっ♡♡
「あっ♡あっ♡あっ♡♡ だ、だめっ♡ そんな奥まで♡♡」
だめと言いながら、足がリトさんの腰に回っていた。
自分で絡めた。引き寄せた。もっと奥に。もっと深く。
リトさんが腰を引く。
カリの段差が、膣壁を擦りながらゆっくり抜けていく。膣口付近で止まる。先端だけが残る。
そして——突き入れた。
ずぶぅっ♡♡♡
「ひぁっ♡♡♡」
一番奥に、ぶつかった。
子宮口を、硬い先端がこつん、と叩く。
「あっ♡♡ あっ♡♡ イッ——♡♡」
背中が弓なりに反った。
一回の突き上げで——達した。
膣壁がぎゅうぎゅうとリトさんのものを締めつけて、腰が勝手にがくがくと痙攣する。
「イってる最中に悪い——止まんねぇ」
リトさんが笑った。
そして——動きを止めなかった。
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
「やっ♡♡ イッてるのにっ♡♡ まだっ♡♡」
絶頂の最中に突かれる。
締めつけている膣を、硬い幹が無理やりこじ開けて往復する。
ぐちゅっ♡ ぬぷっ♡ ずちゅっ♡♡
水音がベッドの上に響く。わたしの中から溢れた蜜が、シーツを濡らしていく。
「モモ、中すげぇ」
「っ……♡♡ そんなこと……言わないで……♡♡」
「めちゃくちゃ締まってる。イくたびにきつくなる」
「やっ♡♡ 聞きたくないっ♡♡」
聞きたくないのに、その言葉で膣がきゅっと締まった。
リトさんが「ほら」と笑う。全部分かっている。全部。
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
リトさんの腰の動きが速くなる。
太腿の内側を、リトさんの腰骨が打ちつける。
ぱちん、ぱちん、と肌がぶつかる音。卑猥な水音。わたしの声。
全部が混ざって、部屋中に響いている。
防音——してない。
ナナの部屋は隣だ。お姉様の部屋も近い。
聞こえたら——。
「こ、声っ……出ちゃ……♡♡」
「出していいよ」
「だめっ♡♡ ナナに……お姉様に……♡♡」
「寝てるから大丈夫」
大丈夫じゃない。
大丈夫じゃないのに——声が止まらない。
リトさんの右手が、わたしの左手を掴んだ。
指を絡める。昨夜と同じように。
でも昨夜は硬いものを握らされた。今は——ただ手を繋いでいる。
ぎゅっ、と。
「あっ♡♡」
握られた。
手を繋いだまま、腰を突き上げられる。
なんだか——セックスをしているのに、手を繋いでいるのが、一番恥ずかしかった。
「モモ」
「はぁっ♡ なん……ですか……♡」
「俺のベッド来なくなった時、寂しかったんだけど」
ずるい。
こんな時に。こんな体勢で。お腹の奥までリトさんで埋まっている状態で——そんなことを言う。
「……っ♡♡」
目が潤んだ。
涙が一筋、頬を伝った。
「わたしだって……♡♡」
言ってしまった。
「わたしだって、行きたかった♡ リトさんの隣で寝たかった♡♡」
「でも……あの夜から……怖くて……♡♡」
「リトさんに好きだってバレたら……利用されるだけだと思って……♡♡」
全部こぼれた。
計算も。戦略も。猫かぶりも。
リトさんのものが奥を突くたびに、わたしのプライドが一枚ずつ剥がれていく。
「バレてたよ」
リトさんが言った。
「最初から全部」
「……っ♡♡」
知ってた。
知ってたくせに——泳がせてた。
わたしが距離を取ったり、近づいたり、踊らされている間ずっと——全部見透かして、笑ってた。
「リトさんのっ……ばかっ♡♡」
「うん」
「大嫌いっ♡♡」
「うん」
「最低っ♡♡ ヤリチンっ♡♡」
「それも当たってる」
にこにこ笑っている。余裕。腹が立つ。
わたしはリトさんの首に腕を回した。
引き寄せた。自分から。
「……もっと♡」
声が——甘くなっていた。
自分でも驚くほど。
「もっと突いて♡ リトさん♡♡」
リトさんの目が光った。
腰の角度が変わった。
深い。さっきより深い。子宮口に直接当たる角度。
ずちゅっ♡♡ ぱんっ♡♡ ずぶっ♡♡
「あっ♡♡♡ あっ♡♡♡ そこっ♡♡♡ そこぉっ♡♡♡♡」
背中が反る。
足がリトさんの腰をぎゅうぎゅう締めつける。
尻尾が——リトさんの太腿にきつく巻きついた。離さないように。逃がさないように。
「尻尾、正直だな」
「うるさいっ♡♡♡ わ、わたしの尻尾はっ♡♡ リトさんのことっ♡♡♡」
言えなかった。
舌が回らない。頭が回らない。
ぱんぱんぱんっ♡♡♡
「モモ、イきそう?」
「っ♡♡ イくっ……イきそうっ……♡♡」
「俺もヤバい——一緒にイこう」
「あっ♡♡ うんっ♡♡ うんっ♡♡♡」
リトさんの腰が、最高速で叩きつけられた。
ぱんっ♡♡ ぱんっ♡♡ ずちゅんっ♡♡ ばちゅんっ♡♡
膣の奥を、カリの段差が抉るように突く。
子宮口を、叩いて、叩いて、叩いて——。
「あぁぁっ♡♡♡♡ イっ……イくぅっ♡♡♡♡」
達した。
今日一番の、深い絶頂。
背中が限界まで反り返って、視界が白く染まった。
膣壁がリトさんのものをきつく、きつく締めあげる。
手を繋いだまま——指が白くなるほど握りしめた。
「っ——モモ♡」
リトさんの腰が、一番奥まで突き入れられた。
ぐっ、と。子宮口に亀頭を密着させるように。
どくん♡♡
熱い。
どくん♡♡ どくん♡♡ びゅるるっ♡♡♡
お腹の奥で——リトさんが出した。
子宮に直接注がれる精液。昨夜手の中で感じたあの脈動が、今はお腹の中で暴れている。
あの時は布越しに手で受け止めた。今は——わたしの一番奥で。
「あっ♡♡♡ あつい……あついっ♡♡♡ リトさんの……♡♡♡」
どくっ♡ どくっ♡ どくっ♡♡
止まらない。
どんどん溢れてくる。お腹がじんわり温かくなっていく。
子宮が精液で満たされていく感覚が——幸福だった。
「はぁ……はぁ……♡」
「……はぁ」
二人の息遣いだけが、部屋に響いていた。
リトさんがわたしの上に覆いかぶさっている。
額に汗が滲んでいる。前髪がわたしの頬にかかっている。
まだ繋がったまま。中に、リトさんのものが入ったまま。
少しだけ硬さが和らいでいるけれど——まだ大きい。わたしの中を、圧迫している。
手を繋いだまま——リトさんがわたしの指にキスをした。
ちゅ、と。
「…………♡」
また——泣きそうになった。
こういうところが、ずるいのだ。
「リトさん」
「ん?」
「わたし……お姉様を裏切ってしまいました……」
声が、震えた。
リトさんは何も言わなかった。
代わりに——もう一度、額にキスをくれた。
「それでも、ここにいたいだろ」
「…………」
答えられなかった。
答えられなかったけど——繋いだ手を、離さなかった。
尻尾が、リトさんの太腿にきつく巻きついたままだった。
中にリトさんのものが残ったまま、波のように精液がゆっくり膣口から溢れ始めた。
シーツに、とろりと。
温かい。
今夜もシーツを洗わなきゃ。
でも——今は、まだ。
わたしはリトさんの胸に顔を埋めた。
右手を、ぎゅっと握った。
昨夜とは違うものを握っている。
血管の浮いた硬い幹じゃなくて——リトさんの指を。
尻尾がぎゅっと締まった。
これが、堕ちるということなのだと。
腹黒で勝気なデビルーク第三王女は——今夜、静かに理解した。
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