※この作品はR-18です。

ヤリチンリトに寝取られるお話   作:大軍

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ティアーユ・ルナティークの場合(2)

 三時間目のチャイムが鳴った。

 

ティアーユ・ルナティークは黒板の前で振り返り、「はい、今日はここまで」と穏やかに告げた。

白墨の粉が指先に残っている。黒のスカートスーツの袖口にも少し。

教卓の上には細胞分裂の図解プリントが整然と並んでいて、一枚だけ風で飛びかけたのを手で押さえた。

 

「次の授業までに教科書の百四十二ページを読んでおいてね」

 

生徒たちが席を立つ。椅子を引く音、雑談、笑い声。

ティアーユはそれを聞きながら、教卓の上の出席簿を閉じた。

 

教師になって一年目。

御門——ミカドに誘われて、この学校に来た。

宇宙生物工学の天才と呼ばれていた自分が、地球の高校で生物を教えている。

奇妙な人生だと思う。でも、嫌いじゃない。

 

生徒たちの顔を見ているのが好きだ。

難しい概念を噛み砕いて伝えた時、「あ、分かった」という表情になる瞬間。

あの顔を見ると、自分がここにいる意味を少しだけ感じられる。

 

プリントを揃えてファイルに挟みながら、ティアーユは廊下を歩いた。

ヒールの低いパンプスが、リノリウムの床を規則正しく叩く。

 

         *

 

生物準備室は、校舎の東棟の奥にある。

 

窓際に並んだ標本瓶。ホルマリンの微かな匂い。古い木の机。

ティアーユはここが好きだった。

静かで、誰も来なくて、少しだけ薄暗い。

天才科学者の居場所としては狭いけれど、研究室よりも落ち着く。

 

椅子に腰を下ろし、採点用の赤ペンを手に取った。

小テストの束。四十人分。

 

一枚目を開く。

細胞膜の機能について。「半透性を持ち、物質の出入りを調節する」——正解。丸をつける。

 

二枚目。「細胞膜は細胞を守るバリアである」——不正確だけど、間違いではない。三角にしようか。

迷って、結局小さく丸をつけた。

 

(甘いのかしら、わたし……)

 

赤ペンのキャップを咥える。

甘い。自覚はある。

テストの採点だけじゃない。何に対しても、厳しくなれない。

 

三枚目を開こうとした時、ふと手が止まった。

 

名前欄。金色の闇——ヤミちゃん。

答案用紙の字は小さくて、整っていて、無駄がない。

回答は全問正解。当然だ。あの子の知能は地球の基準では測れない。

 

ティアーユは答案を手に取り、しばらく眺めた。

 

(ヤミちゃん……うまくやれてるかしら)

 

心配の種は、いつもそこにある。

 

ヤミ——金色の闇。

ティアーユの細胞から作られたクローン。

宇宙最強の暗殺者として育てられた少女。

ティアーユが「作った」のではない。ティアーユの遺伝情報が「使われた」のだ。

だが結果は同じ。あの子の存在は、ティアーユの身体から始まっている。

 

殺し屋として生きてきたヤミが、今は地球の高校に通っている。

友達ができた。美柑ちゃんという、結城君の妹。

たい焼きを食べるようになった。

少しずつ、少しずつ、「普通の女の子」に近づいている。

 

それは——良いことだ。良いことのはず。

 

なのに胸の奥が痛む。

あの子が殺し屋になったのは、わたしの遺伝子が世に出たから。

わたしがいなければ、ヤミちゃんは生まれなかった。

生まれなければ、あの子が血で手を汚すこともなかった。

 

——それとも、生まれなかった方が良かったのか?

 

違う。それは違う。

ヤミちゃんは今、ここにいる。生きている。少しずつ笑うようになっている。

その笑顔を見守ることが、わたしにできる唯一のこと。

 

ティアーユは答案に花丸をつけた。

百点の答案に花丸は過剰だと分かっている。分かっているけれど、つけたかった。

 

         *

 

四枚目の答案に目を落とした時、別の名前が視界に入った。

 

結城リト。

 

ティアーユの手が、一瞬だけ止まった。

 

結城リト。一年生。ヤミちゃんと同じクラス。

ララちゃんの婚約者で、モモちゃんとナナちゃんとも同居している。

 

——そして、学園で「ヤリチン」と呼ばれている男の子。

 

ティアーユは赤ペンをくるくると回した。

 

噂は聞いている。職員室でも話題になることがある。

ミカドが眉をひそめて「あの子には気をつけた方がいいわよ」と言っていた。

複数の女子生徒と関係を持っている、と。

 

(そんなわけないわよね……)

 

ティアーユは小さく首を傾げた。

 

高校生の男の子よ?

確かに結城君は顔が整っていて、爽やかで、女の子に人気がある。

でも、複数の女性と同時に関係を持つなんて——それは大人でも難しいことだ。

噂は尾ひれがつくものだし、高校生の恋愛事情なんて外からは分からない。

 

結城君の答案を見る。

七十二点。悪くはないが、良くもない。

細胞分裂の順序がひとつ逆になっている。ありがちなミス。

 

赤ペンで正しい順序を書き添えて、三角をつけた。

 

普通の男の子だ。

成績は中の上で、授業中は真面目に聞いているし、ノートも取っている。

時々ぼんやりしているのを見かけるけれど、それは高校生なら普通のこと。

 

ヤリチンなんて——そんなわけない。

 

そう結論づけて、ティアーユは次の答案に進もうとした。

 

——けれど。

 

結城君の名前を見た瞬間、別の記憶が呼び起こされていた。

 

ティアーユは赤ペンを置いて、両手で頬を押さえた。

 

(あぁ……また思い出してしまった……)

 

         *

 

あれは先週の実験の時だった。

 

五時間目の生物。顕微鏡を使ったプレパラートの観察。

ティアーユは各班を回って指導していた。

 

結城君の班に差しかかった時だった。

 

顕微鏡のステージクリップが外れて、プレパラートがすべり落ちた。

ティアーユは「あっ」と手を伸ばした。

身体が前に倒れた。実験台に腰がぶつかった。

 

——そこまでは、よくあることだ。ティアーユは昔からドジだ。

問題は、その時結城君が椅子に座っていたこと。

 

倒れ込んだティアーユの胸が——結城君の顔に、もろにぶつかった。

 

「ひゃっ——!」

 

Iカップの胸が、結城君の顔を包み込んだ。

スーツのジャケット越し。だがジャケットの前ボタンは開いていて、インナーのブラウスは薄い。

結城君の鼻と口が、柔らかい胸の谷間に完全に埋まった。

 

「ご、ごめんなさいっ……! 大丈夫っ……?」

 

慌てて身体を起こした。

結城君は顔を赤くして、「い、いえ、大丈夫です」と目を逸らした。

周囲の生徒がくすくす笑っている。

 

恥ずかしかった。

顔が熱くて、耳の先まで赤くなっているのが自分でも分かった。

 

——それだけなら、まだ良かった。

 

一昨日のことだ。

 

放課後の生物準備室で、実験器具の片付けをしていた。

棚の高い位置にある試薬瓶を戻そうとして、踏み台に乗った。

その時、ドアが開いた。

 

「先生、プリント忘れました」

 

結城君だった。

 

「あ、結城君、ちょっと待ってね——」

 

振り返ろうとした瞬間、踏み台の端に足を引っかけた。

身体が後ろに傾く。試薬瓶を棚に戻す動作の途中で——倒れた。

 

「あぶなっ——」

 

結城君が受け止めてくれた。

背中から、結城君の胸に倒れ込む形になった。

男の子の身体は思ったより硬くて、温かかった。

 

——問題は、その時のティアーユの姿勢だった。

 

踏み台から落ちた勢いで、スカートが捲れ上がっていた。

結城君に背中を支えられた状態で、ティアーユの脚がだらりと開いている。

黒いスカートスーツの中の——白いショーツが、結城君の目の前に。

 

ティアーユは三秒後にそれに気づいた。

 

「きゃあっ——! ご、ごめんなさいっ!」

 

スカートを押さえて、慌てて立ち上がった。

結城君は「いえ、見てないです」と爽やかに笑った。

 

見てたと思う。距離的に、見えないはずがない。

 

そしてつい三日前。

 

これが一番ひどかった。

 

実験台の下に転がっていったビーカーを拾おうとしゃがみ込んだ。

実験台の天板は低い。身体を深く折り曲げて、腕を伸ばす必要があった。

 

その時——結城君が同じビーカーを拾おうと、反対側からしゃがみ込んだ。

 

実験台の下。暗くて狭い空間。

ティアーユは膝をついて、脚を開いた姿勢でビーカーに手を伸ばしていた。

スカートが太腿の上まで引き上がっている。

M字に開いた脚の間に——白いショーツが、まるで見せつけるように。

 

結城君と目が合った。

 

実験台の下で。暗がりの中で。

結城君の顔が——ティアーユの開いた脚の、すぐ向こう側にあった。

 

「…………」

 

「…………」

 

三秒間の沈黙。

 

「あっ——ごめんなさいっ! わたし、えっと、その——!」

 

這い出す時に実験台の天板に頭をぶつけた。ごん、と鈍い音がした。

結城君が「先生、大丈夫ですか」と心配してくれた。

 

大丈夫じゃない。

何も大丈夫じゃない。

 

         *

 

ティアーユは採点用の赤ペンを握りしめたまま、机に突っ伏した。

 

(わたし……結城君に迷惑をかけすぎている……)

 

胸を顔に押し付けた。ショーツを至近距離で見せた。M字開脚まで。

普通なら——セクハラで訴えられるのはティアーユの方だ。

 

いや、違う。ティアーユがセクハラしているわけではない。ドジなのだ。ただのドジ。

だが結果として、結城君に対して性的な状況を繰り返し作ってしまっている。

 

しかも——ティアーユは自分の身体がどういうものか、あまり自覚がない。

 

身長百六十七センチ。スリーサイズは九十六の五十六の九十。

Iカップの胸は、黒いスカートスーツの上からでも明確にその存在を主張している。

ジャケットの前ボタンを閉めると胸が潰れて苦しいから、いつも開けている。

インナーのブラウスは薄手の白で、下着の線がうっすら透ける日もある。

 

ヒップラインはスカートの生地を押し上げて、歩くたびに左右に揺れる。

本人はそのことに気づいていない。

気づいていないから、対策もしない。

 

男子生徒たちの視線が胸やお尻に集まっていることを、ティアーユは知らない。

「ティアーユ先生エロすぎ」というネットの書き込みも知らない。

知っていたら——多分、スーツの上からコートを着て授業をすると思う。真夏でも。

 

若くて、美人で、スタイルが良くて、そしてドジ。

他の教師なら問題になるレベルの失態が、ティアーユだと「またか」で済んでしまう。

 

「先生って天然だよね〜」

 

生徒たちは笑う。悪意はない。むしろ好意的だ。

ティアーユ先生は面白い。ティアーユ先生はかわいい。ティアーユ先生はエロい。

 

——エロいから、許されている。

 

その構造に、ティアーユ本人だけが気づいていない。

 

         *

 

ティアーユは顔を上げて、大きく息を吐いた。

 

「……しっかりしなきゃ」

 

自分に言い聞かせる。

教師なのだ。大人なのだ。天才科学者なのだ。

ドジで生徒に迷惑をかけている場合じゃない。

 

結城君には特に申し訳ないと思っている。

あの子は毎回「大丈夫です」と爽やかに笑ってくれる。

怒らない。嫌な顔もしない。

本当に良い子だと思う。

 

(やっぱり、ヤリチンさんだなんて噂は嘘よね……)

 

あんなに爽やかで優しい男の子が、複数の女性と関係を持っているなんて。

ティアーユにはどうしても信じられなかった。

 

採点の続きに戻る。

五枚目、六枚目、七枚目。

赤ペンが答案の上を走る。丸、丸、三角、丸。

 

窓の外で、体育の授業をしている生徒たちの声が聞こえる。

グラウンドを走る足音。ホイッスルの音。笑い声。

 

平和だ。

この学校は平和だ。

ティアーユは、この平和が好きだった。

 

——ふと、視界の端に何かが映った。

 

窓際に立てかけてあった試験管立てが、微かに振動している。

廊下を誰かが歩いている足音がドアの向こうから近づいてきた。

 

こんこん。

 

ノックの音。

 

「先生、いますか」

 

ティアーユの背筋が、ぴくりと伸びた。

 

聞き覚えのある声。爽やかで、少し低くて——。

 

「あ……結城君?」

 

ドアが開いた。

 

制服のシャツを少しだけ着崩した結城リトが、生物準備室の入口に立っていた。

逆光で輪郭が金色に縁取られている。

 

「プリントの件で聞きたいことがあるんですけど」

 

「え、ええ、どうぞ……」

 

ティアーユは椅子に座り直した。

採点していた答案の束を、慌てて裏返す。結城君の答案が一番上にあったから。

 

結城君が近づいてくる。

椅子の横に立った。

近い。

男の子の匂いがする。汗と、制汗剤と、それから——若さの匂い。

 

「この図なんですけど」

 

結城君がプリントを広げた。

身体を傾けて、机の上のプリントを指さす。

 

その時——結城君の腕が、ティアーユの肩に触れた。

 

ほんの少し。肩と腕が軽く接触しただけ。

 

ティアーユは、何も言わなかった。

 

言えなかった、のではない。

言う必要を感じなかった。

 

生徒が質問に来て、距離が近くなるのは自然なことだ。

教師として、過剰に反応する方がおかしい。

 

「ここの矢印の意味が分からなくて」

 

「あ、ここはね——」

 

ティアーユは説明を始めた。

いつも通りの穏やかな声で。

結城君の肩が自分の肩に触れていることを、意識の隅に置いたまま。

 

——置いたまま、忘れようとした。

 

忘れられるはずだった。

 

いつもなら。

 




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