※この作品はR-18です。

五車湯屋繁盛記   作:U字

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捕虜尋問ごっこ── (秋山凛子)

 ……また来てしまった。

 

 言い訳が、もう出てこない。

 

 三回目。

 

 事故じゃない。衝動でもない。週末の夜、同じ裏路地に立っている。暖簾の場所を覚えている。雑居ビルの壁のどの位置に紺地が浮かぶか、もう知っている。

 

 階段は十七段。踊り場で右に折れる。壁の青白い紋様は三回目でも不気味だが、足が止まらない。畳の匂いが階段の途中からもう届いている。

 

 驚かなくなっている。

 

 ポケットに手を入れた。名刺の角に触れる。ピリピリしない。小指も温かくない。腕を擦っても、もう桜の匂いはしない。

 

 全部消えた。

 

 消えたのに、名刺を捨てていない。ポケットの中で名刺の角を親指でなぞっている。無意識に。それに気づいて、手を抜いた。

 

 番台のじい。

 

 目が、少し長く開いていた。

 俺の顔を見て──名刺を見せる前に、頷いた。

 

 覚えられている。顔を。

 

「今日はどの子にするかのう?」

 

 指名が前提になっている。三回目で常連扱い。

 

 (……ポイントカードでもあんのか。スタンプ三つで次回割引とか)

 

 指名ボードを見る。筆書きの名前が五つ。前回と同じ配置。同じ文字。

 

 「雷花」。

 

 見慣れた二文字だ。指先が一瞬だけ、ぴりっと反応した。すぐ収まった。

 

 「霞桜」。

 

 小指が動きかけた。──小指を、握り込んだ。

 

 「刃霞」。

 

 知らない字だ。見たことも聞いたこともない。前の二人の記憶が強すぎて、知っている名前を選べない。知らない名前の方が、まだ楽かもしれない。

 

 そんな消去法は、指名として最低だとわかっている。

 

「……刃霞で」

 

「ほほ」

 

 じいが声を出した。──だが、前の二回とは声色が違った。何が違うかは、うまく言えない。

 

「……あれは手強いぞい」

 

 「元気のいい子」でも、「明るくてよい子」でもない。──「手強い」。

 

 その一言に含まれているものが、好意なのか警告なのか、じいの細めた目からは読み取れなかった。底が見えない目が、一瞬だけ少し開いて──また閉じた。

 

 (……「手強い」って、ソープ嬢の紹介文として適切か?)

 

---

 

 地下二階。三回目の階段を降りて、三つ目の個室に通された。

 

 引き戸に手をかけた。

 

 ──開ける前から、違った。

 

 前の二部屋は、扉の向こうに「空気」があった。

 

 一回目はピリッとした緊張。

 

 二回目は桜の甘さ。

 

 

 三回目は──匂いの前に、圧が来た。引き戸の隙間から、何かが押し返してくる。

 

 開けた。

 

 空気が重い。肌に膜が張るような抵抗がある。壁の直角が微妙にズレている。天井が低いようで高い。空間自体が歪んでいる。

 

 (……前の二部屋は「内装こだわってるな」で済んだが、ここは「建築基準法大丈夫か」だな)

 

 白檀の匂い。歪んだ空間に溜まって、逃げ場を失っている。甘くない。辛い。鼻の奥にじりじりと居座る。

 

 座って待った。畳に正座する。体重が微かに左に偏る。床が傾いているのか。判定できない。

 

 (……「手強い」って、こういう意味か)

 

 扉が開いた。

 

 音がしなかった。引き戸が滑った気配も、足音も、衣擦れもない。気づいたら開いていた。

 

 立っていた。扉の向こうに、黒い着流しの女が立っていた。

 

 長身。俺より背が高い。黒髪が腰まで流れている。

 

 歪んだ空間の中で、この女だけが歪んでいない。

 

 壁はズレている。

 天井は狂っている。

 

 だがこの女の姿勢は、一本の線が通ったように真っ直ぐだった。

 

 目が鋭い。素で鋭い。──ただし、冷たくはない。

 凛としている。

 

 目を合わせた瞬間に、空気の重さがもう一段増した。

 

 肌が白い。冷たい白さ。手首の内側に青い筋が透けている。

 

 帯に木刀を差している。

 

 (……ソープ嬢が帯刀してくるのは初めてだ)

 

 帯の結びが硬い。

 隙がない。

 

 着流しの合わせも正確で、肌の露出が一切ない。首から上と、手首から先だけが見えている。

 

「あなたは──捕虜よ」

 

 声は落ち着いている。

 低すぎず、芯がある。凛とした女性の声。

 

「これより尋問を開始いたします」

 

 間。

 

 穏やかな微笑みが浮かんだ。

 

「……ご協力、お願いします」

 

 (……丁寧に言えばいいってもんじゃない)

 

「刃霞と申します。以後、よろしく」

 

 刃霞。指名ボードで見た名前だ。読み方は「はがすみ」だったのか。

 

 刃霞が歩いてきた。足音がしない。

 

 畳の上を滑るように移動する。正面に来た。俺の前に正座した。

 

 正座の所作が、尋常じゃなかった。

 

 膝をつく。腰を降ろす。背筋を伸ばす。手を膝の上に置く。一切の無駄がない。型がある。正座に型があるのか。あるらしい。

 

 (……正座で負けた気がする。相手はソープ嬢だぞ)

 

 帯の木刀を外して、畳の上に置いた。

 

 刃を自分に向けて、柄を客に向ける。置くだけの動作なのに、木刀が畳に触れる角度が正確すぎて、逆に怖い。

 

 

 帯の横に掛けてあったタオルを、一閃で引き抜いた。居合抜きの構えから差し出すまでが一拍。完全に武人の所作だった。

 

 ──差し出す最後の瞬間に、「どうぞ」と微笑んだ。

 

 (……タオルを抜刀するなよ)

 

 タオルを受け取る。白檀の匂いが染みていた。布越しでも辛い。

 

 だが、指先が最初に拾ったのは匂いではなかった。冷たさだった。

 

 刃霞の手に触れたはずのタオルなのに、体温が移っていない。

 

 刃霞が茶を点て始めた。

 

 (……え? ここソープだよな?)

 

 茶筅が回る。湯気が立つ。白檀の匂いの中に、抹茶の苦い香りが混ざった。

 

 茶碗を俺の前に置いた。正面を客に向けて。作法が完璧だった。

 

「まず一服、召し上がってください。もてなしは基本です」

 

 (……お茶って、もてなしの方向性が根本的に間違ってないか)

 

 飲んだ。悔しいが美味い。

 

 刃霞が巻物を開いた。

 

 カリキュラムでも手順書でもない。

 

 「尋問計画書」。筆書き。達筆。だが赤ペンで修正が大量に入っている。

 

 「拘束時の空間密度」の横に数値が二重線で消されて書き直されている。

 「身体検分の範囲」の欄に花柄の付箋で「要再考」の三文字。

 

 (……マニュアルの時点で赤ペンだらけ。完璧主義が仕事を増やすタイプだな。あと付箋可愛い)

 

「尋問の目的をお伝えします。あなたの弱点を白状していただきます」

 

 (……弱点?)

 

「身体のどこが最も……」

 

 一瞬、間が空いた。

 

「……その……弱いのか。どのように触れられれば耐えられないのか。それを白状されるまで、解放はいたしません」

 

 「その……」で詰まった。だが顔色は変えずに読み切った。

 

 (……こいつ本気で「尋問」だと思ってやってないか?)

 

「一の段。身体検分──弱点の掃索。二の段。密着拘束施術──弱点への圧迫。三の段。自白強要──最終尋問」

 

 間。

 

「……この流れでよろしいか」

 

 (内容が完全にソープのメニューなのに、確認まで丁寧にするな)

 

---

 

「一の段。身体検分を開始いたします」

 

 刃霞が立ち上がった。正面のまま。背を向けない。

 

 帯に手をかけた。

 

 恥ずかしがらない。見せびらかしもしない。

 当然のこととして解いている。武人が鎧を外すように。帯が解ける音がした。硬い結びが緩む、乾いた音。

 

 着流しが肩から落ちた。黒い布が畳の上に流れる。

 

 白い。

 

 匂いが変わった。

 着流しに焚き染めた白檀が畳の上の黒い布に残っている。

 

 刃霞の肌からは別の匂いがする。硬い。金属的な。鋼を研いだ後に残るような、甘さのない匂い。白檀が「着流しの匂い」なら、これが刃霞自身の匂いだ。

 

 鎖骨が深い。肩甲骨が浮いている。その下にしなやかな筋肉がある。

 

 剣を振る身体の筋肉。

 

 胸。──大きい。

 

 ゆきかぜの引き締まった胸板とは世界が違う。

 

 さくらの柔らかな膨らみより、さらに大きい。

 

 だが垂れていない。

 鍛えた体幹が支えている。形がいいまま大きい。

 

 乳首が薄いピンクで、肌が白いから際立つ。勃起していない。肌と同じで、冷たそうに見える。

 

 腰から下。長い脚。太腿の筋肉が薄く浮いている。

 尻が引き締まっている。

 

 陰毛は黒い。黒髪と同じ色で、整えていない。

 

「捕虜も脱ぎなさい」

 

 間。

 

「……お脱ぎいただけるか」

 

 脱いだ。刃霞は見ていた。目を逸らさない。関節の位置、筋肉のつき方。「弱点の掃索」を文字通りやっている。

 

「ふむ」

 

 一言。体型への感想はない。

 

 (……せめて感想くらい言えよ。ソープだろここ)

 

 浴場に移動した。湯は透明。入浴剤はない。白檀の匂いが湯気に乗って重くなる。

 

 刃霞が自分の身体を洗い始めた。殺陣の所作で泡を塗る。

 

 上段から下段へ、一切の迷いがない。

 

 途中で巻物を開いて赤ペンで「洗体要領」に書き込んでいる。

 

 泡まみれの手で。巻物に泡が落ちる。気にしていない。

 

 (……施術中にマニュアル修正するな)

 

「このように洗いなさい。弱点は触れなければわかりませんもの」

 

 客が泡を手に取ると、手首を掴まれた。

 

「構えが甘い。手首をもう少し返しなさい」

 

 (……洗体に構えがあるのか)

 

 手首の角度を直されて、肩に触れた。泡越し。ひんやりとしている。

 刃霞の肌は、湯に浸かっていたはずなのに温まっていない。

 

 鎖骨を洗う。泡の下に骨の形がわかる。硬い。肋骨。泡を塗る手が肋骨のひとつひとつを数えていく。

 刃霞は何も言わない。教官の目で、俺の手の動きを監視している。

 

「弱点は見つかったかしら?」

 

「……まだ」

 

「ふむ。上半身に弱点がないなら、下半身を探りなさい」

 

 論理的だ。反論できない。

 

 手が腹を過ぎた。下腹部に近づく。

 

 刃霞の呼吸が止まった。

 

 俺の手が下腹部に近づいた瞬間、呼吸が止まった。

 

「……そこは、もういいわ。自分で洗ったもの」

 

 (いや、お前が「このように洗いなさい」って言ったんだが)

 

 声のトーンが変わっていた。今まで一度も間を置かなかった刃霞が、間を置いた。

 

 手を引いた。だが太腿に触れた。肩と同じ温度だ。触れた場所から熱が吸い取られていく感覚。

 

 次は刃霞が俺を洗う番だった。

 

 俺を座らせて、泡を立てる。

 手のひらが俺の胸板に触れた。冷たい。研がれた刃を当てられたような温度だった。肌が粟立つ。

 

 胸板から腹。

 腹から下腹部。手が降りていく。

 

 殺陣の所作が保たれている。一定の速度。一定の圧。

 

 下腹部を過ぎた。

 

 手が、止まった。

 

 泡の中に、冷たい指が五本、動かない。一度深呼吸してから、再開した。

 

 竿に触れた。

 

 冷たい指が五本、竿の根元を包んだ。

 

 湯に浸かっていたはずの手なのに、氷水に浸けたような指だ。竿の表面が一瞬で冷やされる。鳥肌が竿に立つ。

 

 だが冷やされた表面の下で、芯が逆に狂ったように熱くなる。冷たいのに硬くなる。

 

 刃霞の冷たい指の中で、竿が硬くなっていく。

 

 刃霞が目を逸らした。初めて。

 

「べ、別にこれは任務の一環であって……特別な意味は、ないわ」

 

 首筋が赤い。白い肌だから、微かな赤みでもはっきり見える。

 

 刃霞の指が竿を泡越しに洗う。

 殺陣の所作は崩壊していた。型が消えて、普通の女の手になっている。力の入れ方がわかっていない。均一に弱い。

 

 だが冷たさが、感覚を研いでいる。温かい手で触れられるより、遥かに鮮明に一本一本の指の位置がわかる。親指がどこにあるか。人差し指がどの角度で触れているか。

 

 刃霞の親指が亀頭の裏筋を擦った。

 亀頭の先端だけ温度が抜かれる感覚。腰の奥がギュッと締まった。背骨を伝って、うなじまで一瞬で駆け上がる快感。

 

 もう一度。今度は人差し指と親指で亀頭を挟んで、泡越しに回すように擦った。

 

 冷たい指の間で、亀頭だけが熱い。温度差が快感を研ぐ。鋭い。太い快感ではない。鋭くて、細くて、逃げ場がない。

 

「……くっ」

 

 声が漏れる。

 

 刃霞の指が止まった。俺の声に反応した。一瞬だけこっちを見て──すぐに逸らした。

 

 だが指は止まらない。止まらないまま、目だけ逸らしている。指は触れているのに目を合わせない。

 

 ──自分の指が何をしているか、直視できないんだ。

 

 亀頭の先端を親指が擦るたびに、腰の奥がゾクッとする。

 

 体温がないから、こちらの熱だけが際立つ。

 

 冷たい指が動くたびに、竿の表面を撫でる泡が微かな音を立てる。さっきまでの殺陣の泡音とはリズムが全然違う。

 

 不規則で、ためらいがあって、それが逆に──。

 

 腰が、勝手に跳ねた。

 

 刃霞の手の中で、腰が前に出た。亀頭が刃霞の掌の奥に押しつけられた。

 

「……っ」

 

 刃霞の指が強く握った。反射。──その瞬間だけ、力の入れ方を知っている手になった。すぐに緩んで、また均一に弱い手に戻った。

 

 (……今の反射、覚えてるからな)

 

 指が離れない。冷たい指が竿を包んだまま、泡がゆっくりと流れていく。

 

---

 

「二の段。密着拘束施術でございます」

 

 刃霞がマットの上で構えを取った。印を結んでいる。

 

 空気がミシッと鳴った。

 

 部屋の形が一瞬変わって、戻った。身体が浮きかけた。

 

「空間の調整よ。問題ないわ」

 

 問題しかない。

 

「調整完了。──弱点を白状されるまで、この空間からは出しません」

 

 印を結び直す。

 

 ──身体が押しつけられた。

 

 歩いてきたのではない。空間が縮んだ。距離が消えた。気づいた時にはもう密着していた。

 

 胸板に冷たさが触れた。

 

 刃霞の胸が、俺の胸板に押しつけられている。

 

 ──大きい。

 

 さくらの胸も大きかった。だがさくらは柔らかさで包んできた。

 

 刃霞は違う。鍛えた体幹が胸を支えているから、潰れても形が崩れきらない。

 

 弾力で押し返してくる。潰れた分だけ横に広がって、胸板との接触面積が増えていく。

 

 乳首の硬さが、肌越しに直接伝わる。冷たい。点で、冷たい。

 

 胸板への圧力が、呼吸のたびに変わる。

 

 刃霞が吸うと圧が増える。吐くと減る。

 

 吸って、増えて、冷たい乳首が押しつけられて──吐いて、減って、乳首が離れかけて──また吸う。

 

 俺が揉まれている。刃霞の胸で。

 

 刃霞が動こうとした。

 

 動けなかった。

 

「こ、これは術の副作用で……」

 

 (……こいつ、自分で仕掛けた術から出れなくなってないか)

 

 空間が圧縮されて、数センチの隙間もない。印を組み直す空間がない。

 

「……解除するわ。少し……待って……」

 

 解除できない。手が動かない。手の行き場がない。

 

 触れるつもりがなかった場所に、触れている。

 

 刃霞の呼吸が速くなった。

 

 俺の呼吸も速くなっている。

 

 呼吸するたびに、刃霞の胸が膨らんで、俺の胸板に擦れる。

 

 乳首が押しつけられて、離れて、また押しつけられる。呼吸のリズムで。動かなくていい。呼吸するだけで擦れる。

 

 汗が出た。

 

 刃霞の肌にも汗が浮いた。

 冷たかった胸の表面が、汗で滑り始めた。

 

 摩擦が変わる。さっきまで皮膚同士が引っかかっていたのが、汗の膜で滑る。

 

 滑るようになったら、乳首の軌跡が長くなった。

 呼吸一回分の擦れが、三センチから五センチになった。

 

 勃起した乳首が俺の胸板を横切るたびに、背骨がゾクッとする。

 

 左の乳首が俺の乳首の上を通過した。

 

 ──息が止まった。

 

 一瞬だけ。乳首と乳首が触れる感覚は、予想していなかった。

 

 温度が変わり始めた。

 

 刃霞の肌は冷たかった。

 

 だが密閉空間で二人の体温が逃げ場を失っている。汗で蒸された白い肌が、少しずつ温まっていく。

 

 白檀が薄れた。鋼の匂いが残った。だが鋼も、汗で蒸れ始めている。

 

 硬かった匂いの角が丸くなっていく。武人の素肌の匂いが、自分の汗と体温で、別の匂いに変わっていく。

 

「……あの……胸が、当たっているのだけれど……」

 

 (……それ俺のセリフだ)

 

 勃起した竿が刃霞の下腹に当たっている。密着しているから逃げ場がない。

 

 刃霞の肌越しに、竿の熱さが伝わっている。冷たかった肌が、竿が当たっている場所だけ温かくなっている。

 

「な、何を見ているの……っ」

 

 (……目の前にお前しかいないんだが)

 

 どちらかの腰が動いた。

 

 微かに。刃霞なのか。俺なのか。わからない。空間が狭いから、どちらの動きがどちらの振動なのか区別がつかない。

 

 竿が刃霞の太腿の間に入っていた。

 

 鍛えた太腿だ。筋肉で挟まれている。逃げ場がない。

 

 刃霞の割れ目が竿の裏筋に触れている。入っていない。だが太腿の間で竿が割れ目に擦れている。呼吸するたびに。

 

 湿っている。冷たかったはずの場所が、ここだけ温かい。

 

 上からは胸の圧迫。下からは太腿の圧迫。竿が刃霞の割れ目に擦れる。

 

 同時に、胸が胸板を擦る。

 

 上と下で別の快感が同時に来る。どっちに意識を向ければいいかわからない。下に意識を向けた瞬間に乳首が擦れる。胸に気を取られた瞬間に竿が割れ目を滑る。

 

 逃げ場がない。

 

 呼吸のたびに腰が微かに動く。どちらの腰かわからない。竿が割れ目を滑った。

 

 亀頭がどこかに触れた──刃霞の腹筋が痙攣した。一瞬だけ。太腿の圧が跳ね上がって、竿が絞められた。

 

「あっ……♥」

 

 太腿は緩まない。緩まないまま、また呼吸で擦れる。

 

 擦れるたびに割れ目が濡れていく。最初は汗だったものが、もう汗じゃない。

 

 粘度がある。温かい。竿の裏筋が、刃霞の愛液で光っている。

 

 空間が軋んだ。刃霞の呼吸の乱れに連動している。術の制御が限界に近い。

 

 刃霞の腹筋が俺の腹に押しつけられている。

 

 薄い筋肉の凹凸が伝わる。陰毛が下腹に触れている。太腿が太腿に重なっている。密着面のすべてが、呼吸のたびに微かに動く。

 

 目を閉じれば楽かもしれない。密着の感触だけなら、まだ耐えられる。

 

 だが刃霞の目が見えている。

 

 十五センチ先に、鋭い目がある。潤んでいる。

 

 (──こいつの目。恥ずかしがってるんだ。完璧にやりたかったんだ、この「尋問」を。それが全部崩れた)

 

 目を閉じなかった。

 

 

 刃霞がその視線に気づいた。目を逸らそうとして──首が動かない。空間が狭すぎる。

 

 二人の目が合ったまま、動けない。

 

 刃霞の喉から声が漏れた。

 

 竿が割れ目を擦るたびに、刃霞の太腿が締まる。締まるたびに竿が圧迫される。圧迫されるたびに腰の奥が熱くなる。

 

 冷たかった太腿が、今は温かい。汗で滑る。摩擦と滑りが交互に来て、どちらが快感なのかわからない。

 

「……解除するわ。少し……待って……」

 

 素の口調だ。だが震えている。

 

 印を組もうとして、指が俺の腰に触れた。冷たかった指が、温かくなっている。

 

---

 

 刃霞の呼吸が崩れた。

 

 空間が保てなくなった。

 

 ミシッ──パン。

 

 空間が弾けた。壁が元の位置に戻る。天井が高くなる。

 

 ──冷気が流れ込んだ。

 

 密閉されていた空間に、外の空気が一気に流入する。汗で蒸された肌に、冷たい空気が触れた。全身の毛穴が閉じる。

 

 肌が覚醒した。蒸されてぼやけていた感覚が、冷気で一度リセットされる。

 

 密着していた箇所の輪郭が、離れた瞬間にくっきりと浮かぶ。

 

 胸板に刃霞の乳首が当たっていた場所。腹に腹筋が押しつけられていた場所。太腿の間に竿が挟まれていた場所。

 

 全部が、離れたことで逆に鮮明になった。

 

 背中に畳の感触が戻った。広い。

 

 反動で、二人とも動いた。

 

 腕が広がった。脚が伸びた。拘束中に固まっていた筋肉が、一気に弛緩した。

 

 刃霞が仰向けになった。

 

 黒髪が扇状に畳の上に広がっている。

 

 着流しは腰にかかっているだけで、上半身は完全に露出していた。白い肌に汗が光っている。

 

 胸が上下に揺れている。

 呼吸が荒い。

 大きな胸が、仰向けの重力で左右にわずかに流れている。

 

 それでも形が崩れきらない。鍛えた体幹が支えている。汗で光る胸の谷間に、白檀の残り香と刃霞の汗の匂いが溜まる。

 

 乳首が汗の中で硬く立っている。

 蒸された肌が冷気に触れて、温度差で勃起している。

 

 肌の匂いが変わっていた。鋼の硬さが汗に溶けて、角が取れている。白檀の残骸と混ざって、どちらとも違う甘さになっている。武人の匂いでも、着流しの匂いでもない。刃霞の身体だけが出す、蒸された匂い。

 

「……わたし、は……」

 

 素の女性語。

 

「……こんな、つもりでは……」

 

 声が震えている。

 

 呼吸が一つ、深くなった。

 

 目を開けた。──鋭い目。芯が戻っている。

 

「……意のままに、するがよい」

 

 刃霞の脚が開いている。太腿の内側が汗で濡れている。黒い陰毛が汗で光っている。割れ目が見える。

 

 愛液が太腿の内側を伝っていた。拘束中に、密着の摩擦で出ていたもの。太腿の間で竿を挟んでいた場所が、一番濡れている。

 

 竿を刃霞の割れ目に当てた。

 

 刃霞の目が開いた。鋭い目が俺を見ている。丸くなっていない。鋭いまま。だが濡れている。

 

 挿入した。

 

 膣壁は──冷たかった。

 

 入口が冷たい。竿の先端だけが冷やされる。洗体の時の指と同じだ。──だが内壁は指より狭い。冷たい壁が竿を全方向から締めている。

 

 さらに奥へ。

 

 温度が変わった。冷たさの奥に、熱い層がある。表面だけ冷たくて、奥へ進むほど熱い。温度の勾配が、竿の表面を伝って感覚を研ぐ。

 

 亀頭が冷たい壁を押し分けて、最も熱い場所に届いた瞬間──刃霞の腹筋が締まった。

 

 膣壁が竿を絞った。

 

 ──きつい。

 

 さくらの膣壁は柔らかく包んだ。ゆきかぜの膣壁は電流で痺れさせた。刃霞の膣壁は──絞る。筋肉で。剣士の体幹が膣壁と繋がっている。腹筋が締まるたびに、膣壁の圧が変わる。呼吸で腹筋が動くから、呼吸のたびに竿が絞られる。

 

「……くっ」

 

 刃霞の声。短い。──だが脚が俺の腰に絡んだ。

 

 空間操作ではない。刃霞自身が、絡めた。引き寄せた。奥まで入った。亀頭が最も熱い壁に押し当てられた。

 

 刃霞の背中が反った。

 

 体勢が変わった。俺が上。刃霞が下。

 

 腰を動かし始めた。拘束中に溜まった分だけ、二人とも最初から限界に近い。

 

 引き抜くたびに膣壁が吸いつく。

 

 根元まで入れると奥の壁に亀頭が当たる。当たるたびに刃霞の腹筋が反射的に締まって、膣壁が竿を絞る。

こっちが動くと向こうが締まる。

締まるからもっと奥まで入れたくなる。入れるともっと締まる。

 

「はぁ……くっ♥」

 

 膣壁は絞り続けている。声が壊れても身体は正直だ。

 

 腰を引いて、根元まで突き入れた。亀頭が奥の壁に当たった。

 

「……そこ……いいわ……っ♥」

 

 奥の壁に亀頭を押し当てた。刃霞の太腿が震えた。脚が俺の腰を強く引いた。自分から奥まで入れさせている。──さっき「もういいわ」と手を引かせた女が、脚で奥まで引き込んでいる。

 

「べっ……別に、感じてなんか……っ」

 

 膣壁がぎゅっと締まった。

 

 胸が揺れている。大きな胸が、突き上げるたびに波打つ。

 

 仰向けでも形が崩れきらない胸が、重力と腰の衝撃で上下に揺れる。その揺れが腹筋に伝わって、腹筋の振動が膣壁に伝わる。突くたびに揺れる。揺れるたびに締まる。

 

 揺れる胸の頂点に、薄いピンクの乳首が立っている。汗で光っている。──さっき胸板に擦りつけられた、あの冷たい点。

 

 身を屈めた。

 

 腰を繋げたまま、口を落とした。右の乳首を唇で挟んだ。

 

 ──冷たい。

 

 舌先に触れた乳首は、まだ冷たかった。刃霞の肌の中で、一番最後まで温まらない場所。硬い。勃起した乳首の先端が、舌の上で小さな粒として転がる。

 

 吸った。

 

 唇で根元を塞いで、舌で押し上げながら吸い込んだ。冷たい乳首が、口腔の温度に晒される。舌の裏が乳輪の凹凸を拾う。細かい粒状の突起がある。舌で潰すと、乳首の根元がぴくっと動いた。

 

 ──膣壁が締まった。

 

 吸った瞬間に、竿を包む壁が絞られた。乳首と膣壁が繋がっている。上から信号を送ると、下が反応する。

 

「──っ、そこ……吸うな……っ」

 

 声が裏返った。だが胸を引こうとしない。引けない。仰向けで俺が覆い被さっているから、逃げ場がない。

 

 舌で乳首を弾いた。先端を舌先で軽く押して、離す。弾かれた乳首が戻るまでの振動が、胸全体に伝わる。

 

 膣壁がびくっと痙攣した。乳首を弾くたびに、膣壁が不規則に収縮する。呼吸連動の規則的な締まりではない。不随意の、制御できない収縮。

 

 冷たかった乳首が、唾液の中で温まり始めていた。

 

 舌先が拾う温度が変わっていく。冷たい→ぬるい→温かい。温まるにつれて、乳首が柔らかくなる。硬い粒だったものが、ほんの少しだけ弾力を持つ。

 

 左の乳首にも触れた。指で。親指と人差し指で挟んで、軽く転がした。左が指、右が舌。左右で別の刺激を同時に入れた。

 

 刃霞の背中が跳ねた。

 

「くっ──やめ──っ♥」

 

 言葉が全部途切れた。膣壁が不規則に痙攣して、竿の全長を断続的に絞っている。乳首への刺激が直接膣壁に変換されている。

 

 右の乳首を歯で軽く挟んだ。噛んでいない。歯の硬さを当てただけ。

 

 刃霞の腹筋が弾けた。全身が一瞬硬直して、すぐに弛緩した。

 

 硬直の瞬間に膣壁が最大に締まって、弛緩で緩んだ。──その落差が、竿の全長に走った。腰の奥がゾクッと鳴った。

 

 乳首から口を離した。

 唾液の糸が一瞬だけ繋がって、切れた。

 

 右の乳首が唾液で濡れて光っている。

 

 左の乳首は指の圧で赤くなっている。左右で色が違う。右が濡れたピンク。左が圧迫のなな

 白い肌に紅潮が広がっていく。首から胸。胸から腹。透明感のある白い肌だから、紅潮の境界線がはっきりわかる。赤が白の上を塗り潰していく。乳首の周囲だけ紅潮が濃い。吸われた場所と、指で触られた場所。

 

「……奥まで──っ♥♥」

 

 もう否定すらできなくなっている。声と身体が同じことを言っている。

 

 腰を止められない。刃霞の膣壁が竿を手放さない。引き抜こうとすると吸いつく。押し込むと絞る。

 

 温度が完全に変わっていた。最初は冷たかった内壁が、俺の竿の熱で──熱い。全部熱い。冷たさが消えている。刃霞の身体の一番奥が、一番最後に、温まった。

 

「──くっ……!」

 

 限界が来た。

 

 二人同時に。

 

 刃霞の膣壁が最大に締まった。全身の筋肉が一度に収縮した。剣士の身体が、絶頂で痙攣している。脚が俺の腰を引き寄せた。

 

 ──同じ瞬間に、射精した。刃霞の奥に全部出した。膣壁が精液を絞り出すように収縮して、一滴も逃がさない締め方をしている。竿の根元まで搾り取られる。

 

 刃霞の目が見開かれた。鋭い目が初めて丸くなった。

 

「──くぅっ……!」

 

 目が合ったまま、堕ちた。

 

 同時に、空間が歪んだ。

 

 周囲の空気がレンズのように揺れた。壁の影が波打った。刃霞の空間操作が、絶頂の瞬間に暴走した。

 

 歪みは一瞬で戻った。だがその一瞬で、二人の身体の境界が曖昧になった。触れている箇所の輪郭が歪んだ。

 

 どこまでが自分の肌でどこからが刃霞の肌かわからなくなった。

 

 どちらが先に堕ちたか。わからない。空間が歪んだ瞬間に、先も後もなくなった。

 

 射精の後も、膣壁が収縮を繰り返している。細かく、断続的に。竿を解放しない。敏感になった亀頭に、その収縮の一つ一つが伝わる。残った精液を最後まで絞り出すように。射精が終わってもまだ、刃霞の身体が俺を離さない。

 

「……何を……したの。今の──」

 

 自分の暴走に気づいていない。俺に聞いている。──素の女性語のまま。丁寧語に戻ろうともしていない。

 

 (……お前がやったんだが。全部)

 

---

 

 刃霞が正座に戻った。

 

 息を整えている。着流しの襟を正した。

 

 帯を結び直す。結び目が歪む。もう一度解いて、結び直す。手が震えている。

 

 木刀を帯に差し直した。差す手が、まだ震えている。

 

 畳に赤い染みが広がっていた。赤ペンのインクが──いつの間にか、畳に染みていた。巻物は丸まったまま、足元に放置されている。「尋問計画書」の文字が伏せられて、もう読めない。刃霞は巻物の存在に気づいていない。

 

「……粗相を。空間操作の精度を見誤ったわ──見誤りまし──」

 

 言い訳を続けようとして、俺と目が合った。

 

 止まった。

 

 あの目だ。

 

 鋭い目。表面の表情は正座に戻っているのに、目の奥だけが戻っていない。

 

 (……「弱点を白状しろ」。──弱点を白状したのは、どっちだ)

 

 言わなかった。目が合ったまま、黙っている。刃霞も黙っている。この沈黙が、言葉より重い。「精度を見誤った」が嘘だと、二人とも知っている。そのことを互いに知っている。だから言葉が要らない。

 

 正座の太腿が濡れている。精液と愛液が太腿を伝っているのを、着流しで隠し切れていない。

 

「……次は、もう少し上手くやって見せるわ♡」

 

 声が普段より低い。柔らかい。

 

---

 

 階段を上がる。ポケットの名刺に触れた。ピリピリしない。温かくもない。

 

「刃霞はどうじゃった?」

 

「……わかりません」

 

 じいが目を細めた。声を出さない。「ほほ」もない。一瞬だけ、目が完全に開いた。底が見えない目が俺を見て、また閉じた。

 

 暖簾をくぐる。外の空気が冷たい。白檀の匂いはしない。鋼の匂いもしない。

 

 だが、指先が冷たい。

 

 刃霞の冷たさだけが、まだ残っている。

 

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