ラ・ピュセル生存記録 ―その後のボクとリップルとスノーホワイトと― 作:神谷萌
マジカルフォンのホーム画面を改めて見る。『マスターのマスコットを呼ぶ』ボタンがある。
選抜試験のマスターをしているぐらいだから、マスコットが一緒にいるのは想定してたけど、今までしっかり確認していなかった。
この時期にマスコットがいるってことは、ファルかな? でも、なんかアイコンのデザインのイメージがファルとちょっと違う……
気になってタップしてみた。
すると、マジカルフォンからポンッ、と音を立てるような感じで、電脳妖精が姿を表した。
「初めての端末からお呼ばれしましたので、ご挨拶に参りましたぽん!」
形状は、私の知っているファルや……私にとってはこの状況になってなお忌々しい存在であるファヴと同じ、FAシリーズと同じだけど、カラーリングが違ってる。
FAシリーズは白黒の塗り分けが左右だったけど、目の前のファル?は上が黒で下が白の上下の塗り分け。それに塗り分けの境に赤い帯がついている。
「えっと、ファル?」
私がそのつもりで呼んだら、
「ファル? 名前からいってFAシリーズぽんね。ネクはNE-Xのネクと申しますぽん。以後よろしくお願いしますぽん」
って、ネク、っていうマスコットはそう名乗ってきた。
「あ、よ、よろしくお願いします……NE-X?」
妙に丁寧に挨拶するネクに、私も妙に畏まった返事をしてしまいながら、気になった単語を反芻してた。
「FAシリーズの改修・性能向上型だぽん。まだ正式リリースされていないのでNE-Xは試作形式ぽん。ネクは試作4号機ですぽん」
「それが……新人マスターのところに?」
よく考えたら、この世界で人造魔法少女の事件があった頃、まだファルはキークのところにいたはずだから、確かにあてがわれるとしたら別のマスコットということになる。
でも……自分自身が選抜試験を終えたばかりの新人をマスターに据えた…………理由は聞いてたけど、そこへ試作の新型電脳妖精?
「そのあたりはいろいろありましたぽん。申し訳ないけどネクから話すわけにはいかないぽん。ラ・ピュセルに直接聞いてほしいぽん」
「そう……なんだ」
その事件のことは大体の流れは聞いてるけど、そうちゃんとリップルのトラウマになってるから、私の方からはさらに深く突っ込んでは聞いてない。
「けれどネクはその後もラ・ピュセルのマスコットだぽん」
ネクは、どこか誇らしげにそう言ってから、
「キミはこの前登録された、 “別世界から来たスノーホワイト” ぽんね。本来ならネクの方から来なければならないところ、選抜試験の期間じゃないしチュートリアルは必要ないからと後回しにしてしまいましたぽん。ご挨拶が遅れた事を深くお詫びしますぽん」
「あ、ううん、それは大丈夫だから……」
なんだかなぁ。
語尾に「ぽん」がつくこと以外は、またファルとも違う性格してるみたいだし、私は変に脱力しつつも、ネクとしばらく会話した。
─☆──☆──☆──☆─
華乃の運転するセルボが停まった。
私の……
先に、助手席のドアを開けて小雪が降りる。
昔のスポーツカーのセルボは、4人乗りだけど後ろの座席のドアがない。小雪が降りた後、助手席のシートを前に倒して、前のドアから乗り降りする。
そうちゃん、ラ・ピュセルは今日は同行してない。助手席に乗ってると本来乗り降りする小雪と私の邪魔だし、セルボの天井の低い後部座席にラ・ピュセルは乗れない。ツノがつっかえるから。
「じゃあ、帰りに迎えが必要だったら呼んで」
「うん」
華乃と小雪が言葉を交わしてから、ドアを閉める。
セルボは走り去っていた。
「…………」
私は、見上げるようにして、姫河家の家を一瞥する。
小雪に誘われた。この世界のこの家がどうなってるか見に来ないかって。私も気になって同意した。
「どこか違うところがある?」
小雪が聞いてくる。
…………解らない。
私も別に家に出入りしていないわけじゃないのに、今目の前にある別世界の姫河家と、私の自宅がどう違っているか、指摘できなかった。
「どうぞ」
「お邪魔……します」
扉を開けてくれた小雪に、私はそう言って玄関をくぐる。
ここは、厳密には私の自宅ではないはずなのに、違和感を覚えないことが強烈な違和感だった。
「あれ?」
玄関を上がったところで、小雪が意外そうに声を出した。
「お母さん、いたんだ」
「小雪」
その声に、私は動きを凍りつかせた。
「そちらは、お友だ……ち…………」
お母さんの声が、絶句するように止まる。
当然だ。
自分の娘とまるっきり同じ姿をした私がいるんだから。
──── 私は、それだけだと思っていた。
「ちょっ、陽愛花!? 大丈夫!?」
小雪が驚いた声を出してる。
私はその理由がすぐには解らなかった。
「小雪!?」
近付いてくるその声を聞いた時に、解った。
私の目から涙がぼろぼろと零れてくる。
「ごめんなさい……」
私の口からその言葉が出る。
「ごめんなさい! ごめんなさい! お母さん! ごめんなさい! 勝手に家出してごめんなさい! 入れてくれた学校にもちゃんと行かなくてごめんなさい! 勝手に死んじゃってごめんなさい! ごめんなさい! お母さん、ごめんなさい!!」
自分でも何を言ってるのかよく解らなかった。そしてまた、わぁわぁと泣き声を上げて、小さな子供みたいに泣きじゃくった。
「この子、小雪、なんだね?」
「うん……今は、別の名前があるけど」
私の目の前まで近付いてきた、お母さん ── 小雪のお母さんが、小雪に訊ねた。小雪はすぐに答える。涙で2人の表情はよく解らなかったが、小雪の声はいつもより低かった。
「その、信じられないかも知れないけど……この子、その、えっと、だから……」
小雪が困ったように言葉を選んでる。当然だ。
「……並行世界から来た、私、なの」
「荒唐無稽ではあるけど……でも、この子も小雪だっていうのは解るよ」
そう言って、お母さんは私の頭を撫でてくれた。
「……ホント言うとね、私達ももうアニメや特撮で育った世代じゃない」
「小さい頃から、春になったら映画館?」
「声優変わる前だったけどね」
泣いてる私を前にして、お母さんと小雪はなんだか緊張感にかけるやり取りをしてる。でもその方がよかった。私もずっと緊張しないでいられる。
「……だから、自分の身の回りでそう言うことが起こる事もあるんじゃないか、って想像はできないでもないよ」
「そっちの小雪、はね、その、どう説明したらいいのかな……」
小雪は低い声のまま、言葉を選びつつ、うまく魔法少女の部分を隠して、私が前の世界でどう生きてきたか、お母さんに説明していた。
──────── 正直に言う。その内容はただ聞いただけなら、悪意を感じさせると言ってもよかった。しょっちゅう置き手紙を置いて家を出ては、タチの悪い集団と危険なことに首突っ込んでた。 ──── でも、 “魔法少女” “魔法の国” っていう、夢を感じさせる言葉の装飾を取っ払って、ドライに表現したら、そうなるよね、っていうしかない内容だった。
それを聞いて、なお、
「そう、苦労したんだね」
と、お母さんは、そう言って、頭を撫でながら抱きしめてくれた。
小雪は気まずそうな顔してる。同じ後ろめたさは自分達も ──── 小雪も、そうちゃんも持ってる。
でも、何事にも、程度、限度ってものがある。私はそれを越えていたと思う。なにより、こうやってちゃんと迎えてくれる親を、家族を、忘れきってた。
「ごめん、なさい、お母さん……」
ひとしきり泣いてから、私はお母さんの肩を押して自分から少し離れた。
「でも、あなたの娘は、こっちの小雪です」
私はそう言って、手で小雪を示した。
「私は今、鳩田陽愛花って名乗ってます。同じ顔の人間が同じ名前を名乗ったら混乱するから」
少しだけ、心配そうに顔を曇らせるお母さんに、
「でも、私、この名前ちょっと気に入ってるんです」
って、まだ涙が残ってる顔で笑った。うん、これは本心なんだよね。陽愛花、今はちょっと気に入ってる。やっぱり、私って自分に酔いやすいのかな。
小雪の部屋。
華乃の自宅の件があったから、多少元の世界と違うところがあるのかなと思ったけど、この家の間取りとか、部屋の元々の構造とかは、多分変わらないと思う。
でも、この部屋の中は、随分違う。
ちょっと高校生にしては幼い少女の趣味が強い気がする。というか、魔法少女グッズが結構目立つ。
それはそうだろう。恋愛対象としてはともかく、バトルから日常の人助けまでできるラ・ピュセルがそばにいるんだもん。幻想も、現実との閾値を設定するのと、まるごと捨てるのは同じじゃない。
…………
「…………」
学習机の上に、真新しい漫画本が置きっぱなしになってる。
『魔法少女マジカルデイジーReturns』?
「おまたせ」
両手にマグカップを持った小雪が入ってくる。
「ベッドに座っていいよ」
小雪に言われて、私はベッドサイドに腰掛ける。それから、小雪が差し出してきたマグカップを受け取った。
「少しお砂糖入れてある。落ち着くよ」
小雪がそう言ってきたマグカップの中身は、ホットミルクだった。
一口つけて、少し飲む。柔らかくて甘い味がする。
「あの、それって……」
私が、机の上の漫画本を指して、小さく声に出した。
「ああ、これ?」
小雪が苦笑する。
「去年出たマジカルデイジーの新作OVAのコミック版」
「マジカルデイジーの新作OVA……」
それが、そんなものがあるってことは……────
「その表紙のデイジーの隣にいる剣士、モデルがそうちゃんなんだよね」
「え」
「デイジー絡みのちょっとした事件というか騒動があってね、ラ・ピュセルとリップルが行きがかりで巻き込まれたんだって。それが元ネタ。華乃が言うには随分、
小雪は、そこまで説明してから、そのまま続けて、
「私、その時一緒じゃなかったんだよね。悔しいなぁ」
と、ボヤいた。
「…………陽愛花?」
私が半ば凍りついてしまっていたら、小雪が声をかけてきた。
「もしかして……」
私は、コクンと頷いた。
私の世界には、 “マジカルデイジーの新作OVA” はない。あるわけない。デイジーはキークの “魔法少女育成計画” で死んだんだから。
「……ごめん、片付けておけばよかった」
「小雪が悪いわけじゃないから……」
小雪は慌てた動きで、それを本棚の、それも直接見えないような位置にしまう。
「…………」
「…………」
小雪が私の隣に座るけど、なんとなく気まずそうにしてる。
「あのさ」
「うん?」
小雪が声をかけてきた。なんか気まずいっていうか、ソワソワしてる。
「ほっとけない、から、1人の人のそばにいたいって、どう思う?」
「…………」
どうして私にそんな話をするんだろう、と思いつつ、
「危うい、かな」
と、まずはそう答えた。
「やっぱ、そっか」
小雪はそう言って、ハハハと苦笑する。
「でも」
私は言う。
「ん?」
「その人が大切な人だったら、離しちゃいけないとも思う」
私と、 ……前の世界のリップルがそうだったから。
「誰か、大切な人でもできた?」
私は小雪に聞く。どうしても自嘲気味に笑ってしまう。
でも、それなら喜ばしいことだとも思う。 “この世界の小雪” は私のようにならない方がいい。その結果、スノーホワイトを引退するならそれでもいいし、あの2人も小雪の意志を尊重すると思う。
「…………陽愛花」
「うん?」
小雪がボソッとした声で私の名前を呼んだ。どういう意味だろうと聞き返す。
「だから、私は陽愛花がほっとけない」
「え…………」
私は、小雪の顔を凝視してしまう。
小雪の顔は真剣だった。
「だって私なんだもん! 私がそうなるかも知れなかった姿なんだもん! ほっとけないよ!」
「だけど、私は……」
「それに!」
私が言い返そうとしたのを、小雪は遮って、更に続ける。
「私なら、スノーホワイトなら、陽愛花の “
「小雪」
「この前えっちした時に解った。私が一番、陽愛花のことを感じてあげられる。陽愛花のそばに私がいてあげなきゃならないし、私がそうしたい!」
その時のことを、私も思い出す。
小雪はふわふわで、すべすべで、そして私の “声” を聞いて対処してくれて、セックスまで行かなくても、スキンシップしてくれると嬉しいのは確か。
でも、これって私と、つまり、 “姫河小雪” の悪い点だ。私が何もかも背負おうとしたのと同じで、小雪は私を背負おうとしてる。
だから、一線引かなきゃならない。どれだけ私にとって魅力的でも、受け入れちゃいけない、そう、解っている、はず、なのに……────
「小雪……………………その、ありがとう、お願いします」
私の口は、逆のことを言っていた。
小雪は満面の笑みを浮かべる。
「うん、ずっと、陽愛花のそばにいてあげる」
小雪は満面の笑みで、私を抱きしめてきた。私はその抱擁の心地よさに、無責任にうっとりすることしかできなかった。
私は自分の心に言い訳していた。私は誰も彼も背負おうとして失敗した。小雪は私一人を背負うだけだ。それに、小雪1人で支えられなかったら、この世界では、そうちゃんも華乃も近くにいる。だから、だから大丈夫 ────
本編もよろしくお願いします
『ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers―』
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