これはエッチな話なんですけど、継田フジコちゃんには「ママになる才能」もあるよね? 作:a-su
◆◇◆ 1964年 東京 ◆◇◆
……今日の風は、なんだか2月のパリに似てるな。あれから半世紀も経ったのか。まあ、色んなことがあったもんだ。
あの後すぐ、フジコの部屋に千鶴が転がりこんできて……俺にうっかり着替えを見られて、「もうお嫁に行けません」なんて顔を真っ赤にしてたっけ。「行くつもりあんのかよ」って言い返したら、怒りもせずに泣きだすし。フジコの白い目が怖かった。
あと、ルスランのアホと殴り合いのケンカをした。あの野郎、こっちは素手だってのに薙刀で突っ込んできやがって……それにしても「フジコを頼む」だと? ナメやがって、言われなくてもそうしたよ。
そんなパリでの日々も、フジコがあの絵を、「巴里に咲くエトワール」を完成させると終わる。
俺はカウフマンの兄ぃと一緒に、日本に渡ることにした。フジコの叔父貴がフランスの正式な旅券を手配してくれたけど、名前が名前だから日本の入国管理からめちゃ尋問されたっけ。フジコの兄貴が外交官じゃなきゃヤバかったな。
あと……一番大変だったのは、フジコのご両親から「娘と別れろ」って迫られたこと。当時は怒ったが、まあ、今となってはご両親の気持ちも分かるんだ。
フジコは結婚に向いてる。人の苦しみを包み込んで、守り支えていく天性があるからだ。日本の言葉じゃ、「良妻賢母」っていうらしいが……いい家に嫁がせて、その才能を発揮させてやりたかったんだろう。俺みたいな根無し草の毛唐にじゃなくてな。
俺はフジコと話し合って、別れることにした。手切れ金をもらって、それを元手にヴルスト作りの商売を軌道に乗せて……それで改めて、フジコの家に「お嬢さんをください」と申し込みにいったんだ。
は、ははは。いや~、あの二年間は辛かったねぇ、フジコと手もつなげねえんだから──は、ははは!
……ま、そんなの序の口だったか。二人目が生まれたと思ったら大地震であたり一面焼け野原になるし、兵隊にとられた息子は片腕をなくして帰ってくるし、B29の焼夷弾は降ってくるし。
もうじき待ちに待った東京オリンピックだってのに、肺炎でこうして倒れちまったんだから。
「あら貴方、カスパール……笑ってるの? そうね、私たち楽しいことも嬉しいことも、たくさんしてきたもの。パリに行って、貴方に出会えて良かった……」
ああ、そうだなフジコ──いい人生だったんだろう。こうして畳の上でお前に、俺の
俺はここにいた。フジコと生きてきた。いい日も悪い日も一緒に歩いてこれたんだ。それだけで──。
(了)
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どうじゃ? フジコは可愛いじゃろう、ホッホッホ……。