もし許されるのなら、このままずっとキスしていたかった。いつまでも彼女の体温を感じていたかった。自分の腕の中にいるこの小さな生き物を、気のすむまで征服しつくしたかった。
しかし、行為が終わってしばらくすると、途端に寒気を感じ始めた。この部屋自体が寒く、また、窓からは相変わらずの雨が見えるためだ。
僕は名残惜しいように彼女を手放し、服を着るよう促した。結月ゆかりは未だに呆けた表情をしていて、夢の中にいるように見えた。それでも周囲に散らばっていた制服を持たせてやると、途端に羞恥心を思いだしたのか、隠れるように下着を身に着け始めた。
ソファや床は二人の汗や体液で濡れていて、近場のトイレからトイレットペーパーを拝借する羽目になった。彼女は行為を思いだしてか赤くなり、手早く終わらせようとした。
やっとあたりが片付いた頃、二人でソファに並んで座った。日はとっくに落ちていて、窓の外はもう薄暗かった。校内からも運動場からも、誰の声も聞こえない。生徒たちは皆、帰路に就いたようだ。電灯に照らされた部屋の中には、ガラスを叩くひたひたという雨音だけが響いている。深い闇の中に二人だけで取り残されているようだった。
僕は一言も話す気になれなかった。ついさっきまでこの部屋で彼女と行っていたことが、まるで幻のようにおぼろげだったから。少しでも刺激すると、その幸福が壊れてしまいそうな気がしたのだ。
「……先生」
沈黙を気にしたように、彼女は口を開いた。
「先生。膝の上に乗っても、よろしいでしょうか」
こくりと頷く。彼女は緩慢な動作で立ち上がり、そして私の膝の上へすとんと腰を落とした。足の上にぎゅっと重みがかかる。幸せの重さだと思った。
彼女はそこへ坐ると、そっと上体を僕にもたれさせた。ボタンの留められていない、ただ袖を通しただけのシャツや、彼女の髪が肌に擦れてこそばゆかった。
彼女の体温など、この部屋で気のすむまで感じたはずだ。だが、今この瞬間、足や腹に触れるこのぬくもりは、一体何だろうか。僕にはその正体がわからなかった。
「──です」
「うん?」
彼女は小さく呟いた。
「淫雨って言うんです。こんな風に、しとしと降る陰気な雨のことを」
彼女は僕の胸板にもたれかかったまま、無防備に目を閉じていた。何も心配事は無く、ただ甘えればいいとでも言うように。
僕は彼女の体温と柔軟剤の香りを感じながら、ただ静かに、窓の外を眺めた。
雨はいつまでも降り続いた。
淫雨……いつまでも降り続く雨。長雨。(『精選版 日本国語大辞典』)
以上になります。読んでいただいてありがとうございました。
この作品は私がpixivに投稿している『淫雨前線』をハーメルンに投稿したものです。もともと三つのパートに分かれていたのですが、各話の最低文字数が1000文字のため、三パート目だけ多少加筆しました。この部分はハーメルンで読んでくださった方のみが味わえる文章です。
一パート目「出会い」には『雨』という小説が登場しますが、こちらは実在する小説です。『月と六ペンス』などの作者、サマセット・モームによる作品です。私はよくわからなかったのですが、『世界文学史上に残る名作短篇』と言われるほどには有名らしいです。空気感が好きだったので、この感じを目指して書きました。