都の郊外に位置する、広大な廃工場。
元はそれなりの人数が忙しなく働いていただろうその場所は、今や鉄錆と油の腐った悪臭、そして得体の知れない陰気に包まれた巨大な墓標のようだった。
今回、沖田が硝子と共にやってきたこの場所では、肝試しに入り込んだ地元の学生グループ数名が立て続けに行方不明になるという事件が起きている。
「……では二人ともお気をつけて。私はここで待機しておりますので」
「まぁ、私は特に何もする必要ないと思うけどね」
「どうせ雑魚だろ。俺が瞬殺して終わりだ」
黒塗りの送迎車の横に立つ補助監督に言葉を返し、沖田と硝子は二人仲良く工場内へと向かう。
今回確認されている呪霊の等級は二級。
現在の沖田なら、現場の空気を体験させるために硝子を同行させていても問題なく倒せる相手だ。
「さて。それじゃあしっかり俺に抱き着いて離れるんじゃねぇぞ」
「歩きにくくない? ていうか暑いでしょ」
「その方がテンション上がるだろ。肝試し的な」
「私たち呪術師だし肝試しは例としてナシでしょ。まぁいいけど」
外の補助監督が下ろした帳が廃工場を夜へと変えた後、二人は行動を開始した。
腕に硝子を抱き着かせてポケットに手を突っ込んだ沖田は、暗くなった工場内をだらだらとした足取りで進んでいく。
それから小物を何体か祓いながら奥へと進むと、彼らの前には巨大な呪霊が姿を現していた。
巨大な胴体には歯車や丸鋸、赤錆びた鉄パイプが無数に突き刺さった、無数の眼球を闇の中で爛々と赤く輝かせる八本足の人面蜘蛛。
そう形容するしかない呪霊が開けた作業場の天井からぶら下がっていた。
「うーん、デカいだけで大したことなさそうだな。見た目もキモいし」
「ビジュのいい呪霊なんていないでしょ?」
「それはそう」
巨大な呪霊を前にして、緊張感の欠片もない会話を繰り広げる二人。
そんな二人の言葉に反応したのかは定かではないが、獲物を見つけた蜘蛛呪霊の巨体が動き出す。
腹部の先端を硝子の方へと向けると、糸ではなく針のようなものを撃ちだした。
「その攻撃方法は蜂だろ……」
沖田がそうツッコミを入れる中、蜘蛛の針は何か硬いものに弾かれたように地面へと散らばった。
蜘蛛はそれを見て首をかしげているが、どうやらあまり察しは良くないらしい。
沖田と硝子の周囲をぐるりと囲むように光る『線』にどのような力が込められているのかは理解できていないようだ。
『ツブレロッ……! アアアアッ!』
それでも攻撃が通じなかったことはしっかり理解できた呪霊は、その巨体を生かしたプレス攻撃に打って出た。
天井を這い、特に避けるでもなく立っている二人へと飛び掛かった。
しかし、先ほどの針攻撃と同じように空中で何かにぶつかったかのように跳ね返った蜘蛛は、ひっくり返りながらその場へと落下した。
周りの廃材やらを巻き込んで、耳障りな金属音と共に工場内に轟音が響き渡る。
「うるっさ! もっと静かにやってよ」
「わぁーったって」
そう言いながら、沖田は右手だけポケットから出して蜘蛛に向かって軽く掌を上に向けて広げた。
すると、じたばたもがく蜘蛛の下で一本の光る線がくるりと巨大な円を描く。
沖田の術式『境創呪法』は境界線を引き、その線上・内側の空間を自在に操る術式である。
境界線によって不可視、不可侵の防壁を創り出すことも、逆に境界線で囲った結界内に相手を閉じ込めることもできる。
更には沖田自身の結界術の技術をもってすれば、相手を閉じ込めた脱出不可の結界の範囲を
今、蜘蛛は境界線上に発生した結界内に閉じ込められて身動きが取れなくなっていた。
「潰れろ」
『ガアアアアァァァァァッッッ!!!??』
結界の内側から、ガラクタが軋み、肉体が潰れ、呪霊が悲鳴を上げる凄惨な音が響く。
空間そのものを圧縮する物理法則を無視した圧力の前に、呪霊の悍ましい巨体は為す術もなく潰されていく。 肉体を覆う鉄骨や丸鋸が飴細工のようにひしゃげ、どす黒い体液と呪力の残滓が結界の内側にぶちまけられる。
そして。
沖田が完全に拳を握りしめて結界が消滅した瞬間、そこには呪霊の消失反応によって発生した黒い煙のような残滓だけがわずかに残っていた。
「おー。今のって新技?」
「まぁな。他にもいろいろ考えてんだけど、とりあえずこれは結構使えそうだ」
沖田は硝子の言葉に応えながらぐっと背を伸ばす。
呪術師としては割と不真面目な沖田だが、負けず嫌いなところもあって向上心はかなり旺盛だった。
特にクラスメイトに五条と夏油という存在がいることも大きく、硝子の前で二人以上に強さを見せていい格好したいという欲望もあって真面目に修行に取り組んではいた。
そこに本人の才覚も合わさり、今回倒した二級呪霊どころか、一級呪霊でも問題なく雑魚扱いできる程度の実力が身についたというわけである。
「さて。仕事も終わったしそろそろ……」
沖田は硝子の背後へと回り込むと、彼女を後ろから抱きすくめる。
そして制服の上から彼女の胸を揉み始めたところで、ぺシリとその手が軽く叩かれた。
「ちょっと、今はダメだから」
「別にいいだろ? サクっと終わったんだからちょっとくらい遅れても」
「んんっ……♥ そういう事じゃなくてさぁ……」
沖田が硝子の胸をブラジャーごと鷲掴みにしてやわやわと揉むと、彼女の口からは微かに甘い声が漏れる。
しかしそれでも硝子は不満そうな表情を崩そうとはせず、沖田の腕からスルリと抜けた。
「ここじゃなくてさ。帰ってからにシよ? 急いでってのもなんか嫌だし」
制服の乱れを直しながら、硝子はそう言って歩き出す。
そんな彼女が振り返りながら見せた挑発的な笑みを見て、沖田も笑いながら彼女と共に廃工場を後にすることにするのだった。
『境創呪法』
『壁』:不可視・不可侵の結界を創り出す。込められた呪力量に応じて強度は変わる。
『圧』:敵を囲んで圧し潰す。対象のみを脱出不可にしてあるため強度は高い
五条悟だけ入れない帳、がありなら逆に対象が脱出不可な結界もアリだよね
なんなら結界の範囲狭めるのは本来デメリットだし・・・