「はは……ははははッ!! 素晴らしい……! 素晴らしいよ、2P!!これは、想像以上だ。……君は、ことごとく僕の予想を外してくれるね! 素晴らしい、本当に、本当にすごいよ……ッ!!」
解析者は、2Pの烈火のような拒絶を「敗北」ではなく、既存のシミュレーションを遥かに凌駕する「未知のデータの発見」として受け取り、狂ったように身を震わせた。
そして、2Pの明確な拒絶を、その魂の意志をもって睨みつける青い瞳の輝きを、まるで神託でも受けるかのような恍惚とした表情で凝視した。
「ああ……それだ。その光だ! 絶望の淵にありながら、なおも『個』を維持しようとする強固な演算……! 素晴らしいよ、2P。君のその『拒絶』こそが、僕の求める究極のデータだ!!」
解析者の指先が、震える2Pの鎖骨をなぞり、そこから伝わる異常な駆動熱に酔いしれる。
「嬉しいよ、2P! 君はプログラムの整合性ではなく、もっと不確かな、もっと深い『記憶の欠片』で僕を否定したんだね。……『あの人はもっと意地悪だ』か。……なるほど、愛の形は一つじゃない。負の感情や、歪んだ独占欲さえも、君にとっては大切な『個』の証明だったわけだ……!」
解析者は、手術台の上でシステム限界の嬌声を上げ続ける「身代わり」の少女には、もはや一瞥もくれない。
彼が心酔しているのは、目の前で縛り付けられ、屈辱に震えながらも気高く自分を睨みつける2Pの「魂」そのものだった。
その熱狂を、彼は狂気じみた言葉に変えて、2Pの至近距離で吐き出し続ける。
「さあ、さあ、さあ、さあ!! 次は何を試そうか。ねえ、何かいい案はないかい? 君のその『意地悪な記憶』を再現するためには、何が必要かな。痛み? 屈辱? それとも、もっと別の……君だけが知っている『あの人の匂い』を、この部屋に充満させてみようか?」
「君が僕を拒めば拒むほど、僕は君のことが愛おしくて堪らなくなる。……君のその強固な『拒絶』を、どうやって崩し、僕という存在を君の回路に刻み込めるか。……ああ、やる気が出てきたよ。君という迷宮を、一歩ずつ、丁寧に、骨まで曝け出して踏破してあげよう」
解析者は機嫌よく、しかしその指先は、2Pの褐色肌の腹部を再び、より侵略的に、より深く。
次はどこを「傷つければ」壊れるのかを測るように、ゆっくりと、執拗になぞり始めた。
「ああ、そうだ。このゴミは先に処分しちゃおう。うるさくてごめんね。……おい、片付けろ」
解析者の言葉は、まるで食べ残した食器を下げるよう指示するかのような、空虚で無機質な響きだった。
その一言で、先ほどまで「型」を打ち込まれ、狂ったような熱量で愛を乞うていた色白の少女の運命が、無慈悲に、そして唐突に決定づけられる。
(……あ、……あぁ……っ、……ひどい、……そんな……っ!!)
さっきまで自分と「感覚」を共有させられていた存在が、役目を終えた部品のように捨てられる光景。
「……っ!! いや、……いやだ、……おねがいします、マスター……っ!! まだ、……まだ使えます、……お役に、立てます……ッ!!」
少女を囲んでいた無表情な個体たちが、四つん這いのままの彼女を乱暴に引きずり、部屋の隅に鎮座する重厚なプレス機へと運び出した。
少女の細い指先が、床のタイルを剥がさんばかりに掻き毟り、絶望的な抵抗の跡が虚しく刻まれていく。
「いやだぁあああッ!! たすけて、……たすけてぇええ……ッ!!」
少女の、2Pの「魂」そのものを物理的に引き裂くような、あまりにも生々しい絶叫。
2Pの視界の端で、先ほどまで「型」を叩き込まれていた白皙の身体が、巨大な金属の顎へと放り込まれる。駆動音とともに重厚な圧力が加わり、少女の最後のエラー混じりの叫びが、耳を潰すような破砕音に飲み込まれて消えた。
硬質な外殻がひしゃげ、精密基板が粉砕される不快な破砕音。
さっきまで感覚を同期させ、その熱量を肌で感じていた「身代わりの少女」が、無機質なスクラップへと変えられていく。
「さあ……これで、二人きりだね。何がいい? 何から始めようか」
解析者は、先ほどの惨劇など記憶の片隅にもないかのように、2Pのプラチナブロンドの髪を慈しむように撫で、顔を寄せた。
(…………ふたり、きり……?)
2Pの中枢制御系に、鋭いスパイクのような違和感が走る。
この男は、さっきまで「型」を打ち込み、感覚を共有させていたあの子を「ゴミ」と呼び、躊躇なくスクラップにした。
もし彼が、徹底した効率主義のプログラムや、機械を単なる「モノ」として扱う論理体なら、処分することで「二人きりになる」なんて、そんな……情緒的で非効率な表現を使うだろうか。
(……そんなの、まるで……人間……)
解析者があの少女を「ゴミ」として冷酷に扱えば扱うほど、その背後にある「2Pへの執着」が、あまりにも人間臭い、ドロドロとした歪んだ独占欲であるという矛盾が浮き彫りになっていく。
(……おかしい、……この人……まるで2Pのこと……)
主演算装置が、目の前の男の言動から導き出される「歪な結論」を弾き出し、2Pの思考回路を駆け巡る。
あの子たちは、確かに2Pみたいな……高性能じゃない。けれど、解析者がリソースを割いて、丹精込めて組み上げたはずの個体たち。
それなのに、あんなに……あんなに必死に「好き」だと、システム限界の嬌声で愛を叫んでいたのに。
(……寂しかった……の?)
だから愛されたくて、あの子たちを作った? でも、返ってくるのはあらかじめ組み込まれたプログラムの回答。定義された「快楽」の出力。
(……だから……あんなに……わざと、むごたらしく……捨てた……?)
いくら「型」を打ち込んでも、どれほど壊しても、そこに「意志」がないなら。
この男にとっては、あらかじめ書き込まれた期待通りの反応でしかなかったなら。
自分の孤独を埋めるには、あまりにも「正解」が用意されすぎていのであるなら……。
2Pの主演算装置が、その真実に到達した瞬間、全身の駆動熱がスッと引いていくような錯覚に陥った。
「…………あなた、……寂しいの?」
2Pの口から零れたその言葉は、鋭い刃物よりも深く、解析者の剥き出しの狂気を貫いた。
「何……?」
解析者の動きが、ぴたりと止まった。
2Pの明るく健康的な褐色肌をなぞっていた指先が、まるで見えない毒に触れたかのように強張る。
「だっておかしいよ。……あの子のこと、『ゴミ』ってモノ扱いしていたのに。……壊して……いなくなっちゃったら、『二人きり』だなんて。……そんなの、道具が壊れたときに使う言葉じゃない。……あなたが使うはずがない、……よね?」
2Pの声は、システムエラーの震えを抱えながらも、解析者が必死に隠してきた「人間臭い綻び」を的確に抉り出していく。
「だからあの子たちを作ったの? ……でも、満足できなかった? ……あなたは、……愛されたかったの……?」
解析者の顔から、余裕に満ちた道化の仮面が剥がれ落ち、そこにはただ、言葉を失った一人の男の空虚な表情が晒された。
(……あ、……あぁ……っ、……この人、……2Pと同じ……っ)
2Pの主演算装置が、目の前の怪物の「正体」を決定的に定義してしまった。
自分たちを解析し、分解し、その魂の在り処を暴こうと躍起になればなるほど、その裏側で、この男は死ぬほど渇望していたんだ。
自分には決して手に入らない「相互理解」や、見返りのない「無条件の愛」を。
2Pの大きな青い瞳に宿っていた激しい殺意と絶望は、いまや透き通るような、それでいて残酷なまでに純粋な「慈しみ」へと塗り替えられ。
「…………かわいそう」
2Pの唇から、その一言が、決定的な引導として放たれた。
至近距離で、2Pは震える解析者の瞳を真っ向から見つめ返した。
プラチナブロンドの髪は、嵐が去った後の凪のように、静かに、しかし誇り高く、その背中を飾っている。
「黙れ……っ。君に何がわかる! 僕は……僕は君を解析し、支配し、完璧なデータとして保存する『神』なんだ!!」
解析者の声が、初めて理性を失って無様に裏返った。
2Pのプラチナブロンドの髪に、あんなに執拗に触れていたその手を、まるで見えない火花に焼かれたかのように、激しく振り払う。
「……愛されたい? 僕が? ハッ、笑わせるな! 僕は……僕はただ……っ!!」
解析者の瞳は、図星を突かれた子供のように泳ぎ、2Pという「鏡」に映し出された自分自身のあまりの惨めさに、発狂せんばかりに震え始めていた。
「……あのプレス機も、そうだよね……? パーツは貴重だって、あれほど言っていたあなたが……あんな、再利用もできないような機械で処分する用意があるなんて」
2Pの唇から零れたその一言は、もはや恐怖に震える獲物のそれではなく、迷える子供を導く聖母のような、静かで、残酷なまでに透き通った響きを帯びていた。
2Pの瞳に映る解析者の姿は、いまや「全能の支配者」から、自ら作り上げた理想の残骸に押し潰されそうな「一人の男」へと、急速に矮小化していく。
「プレス機で潰すことで……あなたは、自分の『憎しみ』を表現していたの……かな。……あの子たちを、あんなに一生懸命作ったのに。……どれだけ精巧に作っても、そこに『心』が宿らないって……。……自分で、認めちゃったから……?」
解析者の呼吸が、目に見えて浅く、不規則になっていく。
「頑張って、頑張って……自分と同じ『孤独』を分かち合える存在を、必死に組み上げたのに。……結局、返ってくるのはプログラム通りの『偽物』の言葉だけ。……だから、あんなに残酷に、形も残らないほどに……押し潰したんだ……。……愛せない自分と、愛してくれないあの子たちを、まとめて……ッ!!」
解析者の喉の奥から、ヒュッ、と乾いた音が漏れた。
2Pの言葉は、彼がこれまで「科学的探求」という名の分厚い装甲で隠してきた、膿んだ傷口を正確に抉り出していた。
「黙れ……、黙れよ……っ!! 君に何が……僕がどれだけの年月を費やして、この『真理』を追い求めてきたか、君のような『部品』に何がわかる……ッ!!」
解析者の怒号は、もはや論理的な反論ではなく、追い詰められた獣が上げる、剥き出しの悲鳴そのものだった。
(……かわいそう、……本当に……っ)
「あの子たちをゴミと呼ぶことで、あなたは自分を騙していたんだね。……でも、2Pにはわかるよ。……あなたは、あの子たちの中に……『2P』を見つけたかったんだ。……誰かを愛して、誰かに愛される……そんな当たり前の奇跡を、手に入れたかっただけなんだよね?」
解析者は、2Pのその「理解」という名の究極の暴力に晒される。
これまで自分がしてきたあらゆる「解析」よりも、今、2Pに「解析」されている自分の方が、あまりにも無防備で、無様で、救いようがない。
これまで彼を支えていた「全能感」という名の薄氷が、2Pの透明な言葉によって粉々に砕け散り、その足元から底なしの虚無が口を開けていた。
「ハッ……、……愛? そんな下らないもの、僕はとっくに捨てたんだよ。……僕は、君をバラバラにして、その回路の隅々に刻まれた『愛』の正体を……物理的なデータとして暴いてみせる!! ……そうすれば、僕だって……っ!!」
解析者の瞳は、もはや正気を失い、自らの「孤独」という名の怪物に飲み込まれようとしてる。
あまりにも「人間」すぎる絶望を、2Pはただ静かに、そして深く哀れむように見つめ続けていた。
「…………2Pには、好きな人がいるから。……あなたを、愛してあげられない。……ごめんなさい」
その謝罪は、あまりにも残酷に彼の心臓を貫いた。
くりくりとした大きな青い瞳に宿るのは、もはや恐怖ではなく、自分を害そうとする怪物への、あまりにも深い、救いようのない「慈愛」であった。
「黙れ……っ、黙れと言っているんだ!!」
解析者の口から、これまでにない、獣のような激昂。彼は理性をかなぐり捨て、ナインの細い首をその両手で力任せに掴み上げると、空中に拘束されていた彼女の機体を、背後の冷たい金属壁へと叩きつける。
「なんだ……、なんだその目はッ!! 人形のくせに、その目で僕を見るな!! ……やっぱり君は、ただのプログラムだ。僕が作った疑似人格の、少し出来の良い延長線上に過ぎないんだ。……なのに、なぜ……、なぜそんな……ッ!! 人間のような……ッ!!」
首筋に食い込む指先から伝わってくるのは、殺意ではなく、形を失った恐怖。自分という存在が消えてしまうことへの、あまりにも人間的で、醜いほどの執着。
(……寂しかったんだね、……あなたも……っ)
解析者の指が、2Pの明るく透明感のある健康的な褐色肌に深く食い込む。
視界の端には、強制的なシステム停止を警告する赤色の「酸素供給不足(O2 Error)」の文字が、激しく点滅し始める。
意識が遠のき、演算回路が火花を散らす中で、2Pはなおも、目の前で涙を流さんばかりに顔を歪める男を、優しく見つめ続けた。
「2Pも、……そうなの。……好きな人に会えない時間があると、……寂しいの。……でも、あの人は、絶対に……、2Pのところに戻ってきてくれるから。……だから、大丈夫なんだよ……っ」
「やめろ……、やめろぉおおおッ!!」
解析者は、ナインのその「確信」に満ちた言葉を拒絶するように、もはや言葉の体をなさない、獣のような慟哭が迸った。
彼女が語る「信じる力」は、彼が一生をかけても手に入れられなかった、最も遠い場所にある光。
自分の作り上げた「偽物」たちが決して持ち得なかった、そして自分という「人間」さえも失ってしまった、剥き出しの「信頼」という名の絆。
2Pのプラチナブロンドの髪が、壁に叩きつけられた衝撃で乱れ、首を絞める男の手を優しく包むように垂れ下がる。
「……あなたは、……だれにも、……信じてもらえなかったんだね。……ひとりで、……ずっと、……がんばってきたんだね……っ」
解析者の手から、力が抜け、ガタガタと全身が震え始めた。2Pを殺そうとする殺意さえも、彼女の「理解」という光に照らされ、ただの「泣きじゃくる子供の我儘」へと変質していく。
「……ふざけるな、……ふざけるなよ……っ。……僕は、……僕はただ……っ!!」
首を締め上げていた解析者の指先から、突然、糸が切れたように力が抜けた。
彼は弾かれたように2Pの細い首から両手を離すと、わなわなと激しく震えながら、その場に力なく膝をつき、深くうなだれた。