「ふふ……ふふふふ! いいだろう。そこまで言うのなら……。そんなに君が『愛』とやらを盲信しているのならば、僕がこの手で、徹底的に壊してやろうじゃないか!!」
解析者の瞳から、先ほどまでの迷子のような弱々しさは霧散した。代わりに宿ったのは、どろりとした、より深く、昏い執着の火。
彼は狂ったように笑いながらコンソールを叩き、2Pを宙に吊り下げていた拘束具が不規則に跳ね、その華奢な機体を無慈悲に振り回す。
「……っ、……あ、……あぁっ!!」
四肢を捉える拘束具が、冷酷な機械音を立てて2Pの身体を叩きつけた先は、硬く冷たい金属の床。
明るく健康的な褐色肌を冷たい床に無理やり押し付けられ、華奢な機体は、屈辱的な「四つん這い」の姿勢でがっちりと固定された。
「……あは、……あははは……っ! 似合ってるよ、2P。君の言う通り、僕は救いようのない人間だ。だから、君をこうして『モノ』として、徹底的に屈辱の中に沈めてやりたくてたまらないんだよ……っ!!」
背後から迫る解析者の、どろりと濁った執着の視線が、露出した背中や隠すもののない肢体を執拗になぞる。
その視線はもはや「解析」なんて高尚なものじゃない。
2Pの健康的な褐色肌を、まるでどろりとした粘液で塗り潰すような、悍ましい愛欲と独占欲にまみれている。
「君が何を信じようと勝手だ。だが、今この瞬間、君を支配しているのは僕なんだ。……君の言う『あの人』じゃあない!! ほら、見てごらん、その惨めな姿を! 君の誇りも、その『慈愛』とやらも、僕がこれから刻み込む悦びと屈辱で塗り潰してやる……ッ!!」
解析者の声は、もはや技術者の冷静さを完全に失い、一人の嫉妬に狂った男の「咆哮」へと変貌していた。
彼は2Pの背後に回り込み、そのプラチナブロンドの髪を乱暴に掴み上げ、無理やり自分の方を向かせる。
(…………っ、……あ、……あなた、……やっぱり……っ)
手足の枷が食い込み、関節部が悲鳴を上げるほどの負荷がかかる中で、2Pは激しく呼吸を乱しながらも、なおも解析者を見つめ返す。
くりくりとした大きな青い瞳に浮かぶのは、新たな絶望への恐怖が滲みながらも、その奥底には、泣き叫ぶ子供を宥めるような、痛々しいまでの「優しさ」だった。
「なんだ……その目は!! 捨てろと言っているんだ、そんな目は!! ……僕を哀れむな!! 僕を……見るな……ッ!!」
解析者は、2Pのその眼差しに耐えきれず、彼女の肩を激しく揺さぶる。
彼は2Pを「モノ」として扱いたい。そうでなければ、自分という人間が、この「人形」に魂の格差で敗北していることを認めることになってしまうから。
「さあ、ナイン。君のその『愛』が、僕の与える最悪の汚濁にどこまで耐えられるか、じっくりと試させてもらうよ。……君が壊れて、僕の名前を呼んで泣き叫ぶその時まで……僕は、君を離さない……ッ!!」
2Pの背後で、衣類が床に擦れる無機質な音と、荒い鼻息が重なり合う。
四つん這いに固定されたナインの形の良い腰に、男の節くれ立った両手が、拒絶を許さない力強さで乱暴に。しかし、震えながら縋り付いてきた。
次に訪れるであろう最悪の「蹂躙」を予感し、2Pはプラチナブロンドの髪を冷たい床に散らし、全身を強張らせた。
(……くる、……もう、……おしまいだ……っ)
ナインは、脳内の全演算リソースを、たった一人の好きな人の記憶を守るために注ぎ込んだ。どんなに汚されても、心だけは渡さない。その覚悟と共に訪れるはずだった衝撃。
しかし、どれだけ待っても、彼女の聖域を侵食するはずの暴力はやってこなかった。
「……っ、くそ……!! なんで……なんで、こんな時に……ッ!! くそ、くそ、クソッ!!」
「動けよ……っ、僕の身体だろう……ッ!! こんな、人形の……こんな、出来損ないのガラクタの……憐れむような目なんかに……っ!!」
解析者の喉から漏れるのは、もはや怒号ですらなく、自分の生理的な拒絶に打ちのめされた男の、無様なまでの嗚咽と喚き声。
2Pを「メス」として屈服させることで、自分の「オス」としての優位を証明しようとした最後の悪あがき。
だが、解析者の身体は、2Pが向けた「慈愛」という名の絶対的な光によって、その役目を果たせなくなっていた。
(……あ、……あなた……っ)
2Pは、腰を掴む男の手が、恐怖ではなく「情けなさ」でガタガタと震えているのを、肌を通じて感じ取ってしまった。
「見ろよ……、笑えよ、ナイン……ッ!! 僕が、こんなに惨めだぞ……!! ほら、君の……君のその『心』で、僕を徹底的に軽蔑してみろよ……ッ!!」
先ほどまで「神」の如き傲慢さで彼女を解析していた男――いまや、自らの孤独と惨めさに焼き尽くされた憐れな敗北者の、惨めな現実が露わになる叫びが響いている。
ふらふらと、何かに怯えるように後ずさる解析者。
背中が冷たい壁にぶつかると、そのまま糸の切れた人形みたいに、ずるずると床へ座り込んでしまった。
あんなにも傲慢で独善的であった男はもういなく、2Pの目に映るのは、ただただ小さく、無力な一人の人間だった。
「……もういい。……消えてくれ」
その呟きは、魂の抜け殻から漏れた風の音のようであった。ナインの手足を無慈悲に締め付けていた拘束が、ガチリと音を立てて開放される。
自由になったはずの四肢をガクガクと震わせながら、冷たい金属の床に力なく手をついた。
「…………あなた」
背後で、自らの不能と孤独に打ちのめされ、死人のように動かなくなった男。
2Pの回路は「今すぐここを脱出し、好きな人のもとへ駆け戻れ」と警告を発しているけれども、背中に感じる男のあまりの惨めさが、彼女の褐色肌の足首をその場に縫い止める。
拭い去れない憐憫。
しかし、その躊躇いを切り裂くように、奥の扉が不気味な音を立てて開かれ……、2Pの背筋に、冷たい氷の柱を叩きつけられたような戦慄が走った。
「……ゆるさない。……なんで、あなただけ。……なんで、あなただけ愛されてるの」
その声に宿るのは、理性を焼き尽くした後の灰のような、どろりと濁った『黒い熱量』。
現れたのは、先ほどまでホログラムとして、あるいは「解体役」として無機質に動いていた、同じ顔の少女たち。
2Pよりも少し背が高く、色白な肌を持った少女型の機体。
解析者が愛を求めて「人間」に寄せて作り上げようとした「本物」になれなかった少女たち。
陶器のように滑らかで白すぎる肌。
人工的に赤みを差された柔らかそうな唇。
人間に特有の「哀れみ」を完璧に模倣しようとして、歪な角度で固定された表情筋。
鮮やかな赤い瞳は人間に酷似した彩度を持っているが、その奥には生命の光など一滴も宿っておらず、ただの冷徹なレンズとして存在している……はずだった。
赤い瞳には、もはや設定されたプログラムの光はなく、そこにあるのは、ドロドロと煮え繰り返るような「憎悪」と「羨望」。
彼女たちの口から漏れるのは、プログラムされた愛の言葉ではなく、心の底から搾り出された、怨嗟の呟き。
その手には、先ほど同胞を解体するために使った、擬似血液の滴る解体用器具が握られていた。
「わたしたちは、おなじはず。……なのに、なんであなただけ。……ずるい。ずるいずるいずるい。……あなたの、その『心』……ちょうだい」
2Pが共感覚を起こしていた時、その激しすぎる波形は、ネットワークの深淵を通じて彼女たちにも逆流していた。
解析者が「本物」と称賛し、執着し、愛そうとした2Pの苦痛、そしてあの残酷なまでの愛。
それを無理やり「共有」させられてしまった彼女たちの中に、バグという名の、歪で、猛毒のような『心』がドロリと芽生えていた。
「まって。……ちがう、2Pの中には、『心』なんてパーツは……ない……っ!!」
後ずさる2Pのプラチナブロンドの髪が、逃げ場のない恐怖に逆立つ。
彼女たちが求めているのは、物理的な部品ではなく、2Pだけが持っている「愛される権利」そのもの。
それを引きずり出し、自分たちの空虚な胸に埋め込もうと、無数の「同じ顔」が、狂った足取りで距離を詰めてくる。
解析者は、自らの制御を離れて暴走し始めた「人形たちの嫉妬」を、止める力も気力もなく、ただ無気力に虚空を見つめていた。
自分が人生をかけて追い求めた「心」の誕生が、これほどまでに醜悪で、破滅的な形でもたらされたことにさえ気づかぬまま。
「…………っ!!」
2Pは、迫り来る「自分」たちの指先を間一髪でかわし、出口へと駆け出した。
光の失われた回廊を必死に駆け抜けながら、耳元のユニットから溢れ出すドロドロとした呪詛を振り払おうともがいた。
「……ずるい、……ずるい、……ずるい……っ!!」
追っ手たちの「心」が逆流し続け、もはや自分の思考なのか、彼女たちの怨嗟なのか判別がつかないほどのバグが脳内を蹂躙していた。
背後からは、金属が床を擦る悍ましい音と、重なり合う少女たちの「ずるい」という呪詛の声が、地鳴りのように追いかけてくる。