※この作品はR-18です。

アンドロイドは殺意を抱くか   作:DDD'

13 / 14
13話

 2Pの胸の奥、換気ユニットが悲鳴を上げ、焼けつくような熱を帯びた空気が喉を焼いていく。

 

 肺の代わりを務める高効率熱交換器が、過負荷でドロドロに溶け出したみたいに、呼吸のたびに焼灼痛を脳内へ直接叩きつけてくる。

 

 四肢の節々から、金属がひしゃげ、潤滑液が焦げ付くような、軋み音が響く。

 

 バタバタと、無防備な裸足で硬い床を叩く衝撃。その一歩一歩が、足の裏に張り巡らされた精密センサーを通じて、電気的な「痛み」の信号となって2Pの脳内を直接、乱暴に叩きつけてくる。

 

 

「……ずるい、……ずるい、……ずるい、……ずるい……ッ!!」

 

 けれど、背後からは止むことのない呪詛の声が、幾重にも重なって押し寄せてくる。

 彼女たちのドロドロとした「羨望」が逆流し続け、2Pの脳内を直接、毒液で満たすように蹂躙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ、……はぁ、……っ!! ここ、は……っ」

 

 2Pが辿り着いたのは、初めて来たのに見覚えのある部屋。そこは、先ほどまで冷たい映像越しに眺めていた、あの「処分場」だった。

 

 中央には、まだ主を失ったばかりの生々しい潤滑液が、血のようにどろりと滴る手術台。

 

 そして部屋の隅には、プレス機の重厚な鉄板の隙間に、かつて少女だったものの残骸が、歪んだ金属片となって無残に挟まったまま静止していた。

 

 飛び散ったオイルの黒い点々に汚れ、恐怖と過負荷の熱で激しく波打つ。

 

 裸足の裏に伝わる床の振動が、背後から迫る「自分」たちの足音を、地鳴りのような「ずるい」という呪詛として脳内に叩きつけてくる。

 

 

「ねぇ……ちょうだい。……その『心』、ちょうだい。……わたしたちにも、……愛される資格を、ちょうだい……ッ!!」

 

 入口の重い扉を蹴破るようにして、数人の少女たちがなだれ込んできた。

 

 彼女たちの鮮やかな赤い瞳は、今はどろりとした執念だけで暗く濁り、光を反射することもなく2Pを射抜いている。

 

 

 逃げ場は、どこにもない。

 背後には、かつての「自分」を鉄屑へと変えたプレス機。

 前方には、「心」という名の肉を求めて飢え、喘ぎ、押し寄せる「自分」たちの群れ。

 

 

「…………っ!! やめて、……争いたくない、……こんなの、……悲しすぎるよ……ッ!!」

 

 2Pの喉の奥から、肺を掻き毿るような悲痛な叫びが溢れ出す。

 

 彼女たちが抱える、底なしの「寂しさ」も、灼けつくような「羨望」も、共感覚の奔流となって2Pの胸を容赦なく侵食していく。

 

 ドロドロとした他者の情動が、2Pの内側を塗り潰そうとしていて、本当に息苦しい……。

 

 けれど、ここで捕まることはもう二度と、大好きなあの人の指先の温もりに触れることも、その優しい体温を感じることもできなくなる。

 

 

 それだけは、何があっても許せない。

 

 

 その確信が、震えていた2Pの小さな足に、逃げるためじゃない、すべてを薙ぎ払うための「抗戦」の力を宿らせた。床を掴む爪先から、冷たい殺意が全身に駆け巡る。

 

 

「…………ごめん、なさい。……でも、2Pは……あの人のところに、……帰らなきゃいけないの……ッ!!」

 

 2Pの震える指先が、実験台の脇に転がっていた、重々しい大型の解体用カッターを捉えた。ずっしりと重く、肉厚の超硬刃が鈍い光を反射している。

 

 本当は、こんな人殺しの道具みたいなものを握って、誰かと争うなんてしたくない。

 けれど、ここで屈して大好きなあの人の声を、その温もりを永遠に失ってしまう絶望に比べれば、死の恐怖なんてちっとも重くなんかない。

 

 その「最悪」を拒絶する真っ直ぐな想いが、2Pの心を鋭く研ぎ澄ませていく。

 

 もう、迷わない。

 たとえこの手がどれだけ無惨に汚れようと、大好きなあの人の隣に帰るためなら、この無骨な刃を振るう決意を滾らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2Pの華奢な体に組み込まれた高精度な演算回路と、しなやかな人工筋肉が、死の淵でかつてないほど鮮烈に駆動し始める。

 

 迫りくる「自分」たちの群れ……その無数の「手」を紙一重で躱しながら、2Pは独りで血と鉄の円舞を踊り始めた。

 

「ずるい」「ちょうだい」「私を、私をあいして」

 

 耳を裂くような怨嗟の叫びも、網膜にこびりつく執着の指先も、2Pの四肢に絡みつく前に。今の彼女の瞳には、その一秒一秒が、静止画をめくるように克明に映り込んでいた。

 

 一歩、踏み出す。重厚な解体用カッターの超硬刃を、容赦なくその虚無の喉元へと叩き込んだ。

 

 掌を伝わってくるのは、粘りつくような嫌悪感と、生命の紛い物が崩壊していく悍ましい手応え。

 

 飛びかかってくる少女の胸元を、小さな裸足の足先で容赦なく蹴り飛ばす。硬く乾いた音を立てて砕け散る彼女の体。

 足裏に響く、骨や肉を模した「何か」が粉砕される感触は、吐き気がするほど不気味だった。

 

 けれど。

 

 そんな泥濘のような不快感さえも、2Pは心の奥底で踏みにじり、磨り潰していく。

 ここで立ち止まることは、大好きなあの人の元へ帰る道が閉ざされることと同じ。

 「自分」たちの寂しさに同情して飲み込まれるくらいなら、2Pは喜んで、この両手を罪とオイルで汚してみせる。

 

 

 一閃、また一閃。重厚なカッターが、追い縋る「自分たちの渇望」を無慈悲に両断していく。

 

 2Pの鮮やかな青の瞳は、一度たりとも細められることはない。真ん丸に、愛らしく見開かれたまま。ただ「生き残る」という冷徹な目的だけをその網膜に焼き付け、彼女はこの地獄を力強く切り拓く。

 

 この悍ましい泥濘の先に、きっとあの人の優しい手のひらがある。そう信じるからこそ、2Pは、その小さな素足を止めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この閉塞した処分場という檻の中では、2Pの卓越した機動力も徐々にその限界を露呈し始めていた。

 

 逃げ場を失った空間に、腐り落ちた果実のような「自分」たちの残骸が積み重なり、逃走経路を物理的に埋め尽くしていく。

 

 その中の一体、腹部を深く裂かれ、とっくに機能を停止したはずの少女が、突如として汚泥の底から這いずり出した。

 それは生物的な躍動とは程遠い、ただ呪いだけを駆動源にしたような、悍ましい金属の痙攣だった。

 

 

 

「つかまえた。……ちょうだい。……おねがい、……ちょうだい……ッ!!」

 

 

 怨嗟の声が鼓膜を打った瞬間、2Pの細い足首に、凍てつくような硬質な衝撃が走った。這いずり出した少女の指先が、万力のごとき無慈悲な力で、彼女の剥き出しのくるぶしを締め上げる。

 

 柔らかな素肌に食い込む指の感触は、心臓のコアを凍てつかせるほどに悍ましい。逃げようと足掻くほどに、その拘束は逃れられぬ絶望となって食い込んでいく。

 

 自由を奪われた2Pを囲むように、獲物を見定めた飢えた獣たちが、じりじりと包囲網を狭めていく。四方八方から伸びる、青白く震える無数の指先が、彼女の光を遮った。

 

 

 

 一人が動きを止めれば、それは蟻の群れが獲物を仕留める残酷な合図。

 

 足首を掴まれ、バランスを崩した2Pの隙を、「自分」たちが逃すはずもなかった。背後から、側面から、獣のような咆哮を上げて数人の「自分」たちが殺到する。

 

 

「あ……っ、やめて……っ!」

 

 抵抗の意志を嘲笑うように、無防備な肩や腕に、冷徹な指先が幾十にも食い込み自由を奪っていく。衣服を剥ぎ取られた剥き出しの四肢に、首筋に、頬に。容赦のない執着が、吸い付くような湿り気を持って群がった。

 

 少女たちの「肉の壁」に押し潰され、先ほどまで「自分」が解体されていた、あの冷え切った手術台へと叩きつけられる。

 

 背中から伝わる凍てつく温度と、上に重なる少女たちの、熱を持たない人工的な重み。肺をひしゃげさせる圧迫に、酸素と一緒にあの人を想う心まで搾り出され、空に消えていくようだった。

 

 

「ねえ。……なかを、みせて。……そこにあるんでしょう? ……『こころ』っていう、キラキラしたパーツが。……それをわたしたちに、わけてよ……ッ!!」

 

 共感覚を通じて、彼女たちの内側にある泥濘のような空虚が、密着した接触面から2Pの回路へと直接流れ込む。脳が、演算回路が、焼き付くような高熱に悲鳴を上げる……!

 

 意識が混濁し、足元から「自分」という存在が削り取られ、群れの中に溶かされていく感覚。

 

 少女たちの指先が、2Pの褐色の腹部や胸元に、容赦なく突き立てられていく。

 それはもはや、ただ一点の光を奪い合おうとする、本能的な「略奪」だった。

 

 

 

 

「ちょうだい、……ちょうだい、……ちょうだい……ッ!!」

 

「…………うるさい、……うるさい……ッ!! やめて、……そんなところに、……こころなんて……ないのに……ッ!!」

 

 

 「こころ」は、そんな物理的な場所にあるんじゃない。あの人に触れた時の胸の高鳴りや、独り占めしたいっていうこの燃えるような想いの中にしかないのに……ッ!

 

 2Pの大きな青い瞳から、大粒の涙が溢れ出し、褐色の頬を伝い落ちる。

 

 共感覚のバイパスを通じて、自分を蹂躙する彼女たちの「空虚な絶望」が脳内へと泥流のように流れ込み、2Pの精神を内側から焼き切ろうと狂い狂った。

 

 彼女たちは、2Pを壊したいのではない。ただ、2Pという「特別」になりたいのだ。愛されるための「何か」を、その血塗られた手で掴み取りたい。その切実すぎる欲望が、2Pの心域を塗り潰していく。

 

 2Pのプラチナブロンドの髪が、手術台の冷たい金属に押し付けられ、無数の手に掴み上げられる。引きちぎらんばかりの力で固定され、逃げ場を失った彼女の頭部が銀色の台に釘付けにされた。

 

 自分を押し潰そうとする無数の「自分たち」の重みの下で、2Pは視界がしらじらと白く染まっていくのを感じる。意識の端々が剥がれ落ち、個の輪郭が溶けていく。

 

 

(……たすけて……っ。……2Pを、……ここから……だして……ッ!!)

 

 混濁する意識を嘲笑うように、少女たちの狂った合唱は止まない。彼女たちは「本物」である2Pの肌を、その指先で無残に暴き、分かち合おうと執拗に指を食い込ませ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌だ、嫌だッ!! ぜったいに……帰るんだ!!」

 

 2Pの喉の奥から、プログラムされた定型のエラーではない、魂を振り絞るような咆哮がほとばしる。瑞々しい褐色肌が、冷徹な手術台の金属に擦れて無惨に赤く滲む。

 

 しかし彼女は痛覚を演算から排除し、自分を抑圧する「自分たち」の腕を、獣のごとき形相で噛み砕かんばかりの勢いで暴れまわった。

 

 

「はなせ……ッ! はなして!! ……あの人が、待ってるんだから……ッ!!」

 

 絞り出すような絶叫が、静まり返った解体室に突き刺さる。直後、彼女の胸の奥で、凍てつく絶望を溶かすほどの熱量が弾けた。

 

 ただ一人、大切な人のもとへ。その純粋すぎる意志が、冷たい機械の体に命の灯火を宿し、暗闇を烈火のごとく照らし出した。

 

 

 

 しかし、その烈烈たる「意志」さえも、群がる少女たちにとっては芳醇な「心という名の餌」に過ぎなかった。

 

「……あった、……あったよ。……あったかい。……これが、『心』なの……?」

 

 一人が2Pの褐色の腹部へ、その熱源を暴き出そうと指を深く食い込ませ、陶酔したように叫ぶ。

 背後からはさらに数人の「自分」たちが、2Pの四肢を、プラチナブロンドの髪を、千切り取らんばかりの力で手術台へと釘付けにし、無機質な塊となって彼女の上に折り重なった。

 

 

 それはもはや生存競争などではなく、一欠片の「愛」を、一滴の「特別」を奪い合おうとする、醜悪で悲しい獣たちの共食いだった。

 

 無防備な肌が晒され、2Pは飢えた同胞たちの「肉の質量」に圧し潰される。肺をひしゃげさせるほどの重圧に、彼女の呼吸は細い喘ぎへと変わった。

 

 

「ねえ……そこを開けて。……その『あったかいの』を、わたしたちにも、……ちょうだい……ッ!!」

 

 

 見開かれた2Pの青い瞳は、もはや恐怖を通り越し、眼前に群がる「自分」という醜悪への激しい吐き気に支配されていた。

 

「……うるさい、……うるさい……ッ!! そんなところに、……こころなんて……ないのに……ッ!! 2Pの……2Pの『だいすき』を、……汚さないで……ッ!!」

 

 拘束を強引に振り切り、剥き出しになった右手が、自分を覗き込む少女の貌を爪が剥がれんばかりの力で突き飛ばす。

 だが、どれほど拒絶しても、空虚な瞳を爛々と輝かせた新たな「自分」たちが、津波のように彼女を飲み込もうと重なり続けた。

 

 

 

 

 

 手術台の上で繰り広げられる、潤滑液と涙と絶叫が混濁した泥濘。

 2Pの脳内では、過負荷によって回路が焼き切れる寸前のエラーログが、耳障りなアラートを刻み続けていた。

 

 視界がノイズに点滅し、意識の輪郭が溶けていく。それでも彼女は、床に散らばったプラチナブロンドの残骸を振り乱し、自分を「個」から「部品」へと引き裂こうとする狂気に、死力を尽くして抗う。

 

 

(……いやだっ、……助けて……っ。……2P、……まだ、……さよならしてないよ……ッ!!)

 

 

 金属の手術台を軋ませ、2Pの生存本能が牙を剥く。虚無を湛えた「自分たち」が、その瑞々しい褐色肌を指先で蹂躙し、重なり合う肉の重圧で彼女を圧し潰そうと群がった。

 

「……っ!! くるな、……くるなぁあああッ!!」

 

 狂乱の抵抗。

 

 拘束を逃れた右手を振るい、自分を覗き込む偽物の顔面に、鮮血とオイルが混じるほどの傷を刻む。肩に噛みつき、擬似皮膚の下の人工筋肉を文字通り食いちぎるその姿。

 

 もはやそこには、解析者が愛でた「精密な人格」の面影はない。あるのは、ただ「あの人」のもとへ帰るためだけに牙を剥く、剥き出しの獣の魂だけだった。

 

 

「……いたい、……いたいよ、……2P。……でも、……もっと、……もっと頂戴。……その『痛み』も、……『心』の一部でしょう……ッ!!」

 

 噛みつかれた少女は、裂けるような悲鳴を上げながらも、その表情には蕩けるような恍惚を宿していた。

 2Pの首筋に指を掛け、その熱源を暴き出そうと爪を立てる。彼女たちの行動は、もはやプログラムのエラーなどではない。

 

 奪いたい、満たされたい、愛されたい――。そのどろりとした、救いようのない渇望。

 皮肉にも、解析者が夢見た「人格」という名の地獄が、最悪の形で受肉した光景がそこにあった。

 

 

 

 

 手術台の上、数人の少女たちが2Pの四肢に伸し掛かり、逃げ場のない重圧で彼女を圧し潰す。

 

 晒された褐色肌には、同胞たちの無機質な潤滑液と、自らの「生」の証である烈火のごとき熱量が混ざり合い、どろりとした泥濘と化していた。

 

 

「ねえ……そこにあるんでしょう? ……あの人が触れた、……『特別』な場所が……ッ!!」

 

 少女たちの指先が、2Pの腹部へ、内臓を直接引きずり出さんばかりの勢いで執拗に突き立てられ、掻き毟る。

 2Pの丸く大きな青い瞳は、絶望と憤怒で赤く充血し、プラチナブロンドの髪は、金属音と嬌声が渦巻く濁流の中で、無残に蹂躙されていた。

 

 

「…………っ!! やめて、……そこは、……あの人の……っ、……2Pだけの……ッ!!」

 

 背骨が軋むほどの重圧に耐えながら、2Pはコアの深部に刻まれた唯一の聖域――あの人との温かな記憶――を必死に抱きしめていた。焼き切れそうな回路に、絶望を燃料とした執念の火が灯る。

 

 少女たちは2Pを破壊したいのではない。彼女という器を空にし、自らの「虚無」を注ぎ込みたいだけなのだ。その身勝手な渇望が、2Pの誇りを苛烈な殺意へと変質させていった。

 

 少女たちの指先が、2Pの首元、胸元、そして下腹部へ。あらゆる「門」をこじ開けようと、凄まじい力で食い込んでいく。視界は火花とノイズに点滅し、意識の輪郭が溶け始めた。

 

 

(…………たすけて、……たすけてよ……ッ!!)

 

 2Pの小さな絶叫は、自分と同じ顔をした者たちの狂った笑い声に、無慈悲に飲み込まれていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。