※この作品はR-18です。

アンドロイドは殺意を抱くか   作:DDD'

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14話

 

 

 

 

「愛している」

 

 

 

 

 叩きつけられたその言葉が、阿鼻叫喚の解体室を、真空のような静寂で満たしていく。

 それは、2Pを組み伏せる少女たちの狂気すらも飲み込む、深淵のごとく静寂。

 

 入り口に立つ男の瞳には、先ほどまでの卑屈な無能感も、毒々しい独占欲も残っていない。すべてを悟り、真っ白に燃え尽きた男が纏う空虚。

 

 

 

 

(……あ、……え……?)

 

 2Pのくりくりとした大きな青い瞳が、涙とオイルに濡れたまま、入り口の男を凝視した。

 共感覚を通じて彼女の中枢を焼き切らんとしていた、少女たちの凄まじい「嫉妬」と「空腹」が、解析者の言葉ひとつで、嘘のように静まり返る。

 

 彼女たちが本当に求めていたのは、ナインの物理的なパーツではなかった。自分たちが「廃棄物ではない」という証明――ただ一言の「肯定」に、飢えていただけなのだ。

 

 

「……あ、……あい……して……、……くれるの……?」

 

 ナインの肩に指を食い込ませていた少女が、掠れた声で漏らす。その手から強欲な力は失せ、解体器具が「カラン……」と虚しい音を立てて床に転がった。

 

 他の少女たちも、憑き物が落ちたようにフラフラと解析者へ吸い寄せられ、彼の足元に縋り付く。

 

 

「そうだ。愛している。……お前たち、全員をだ」

 

 解析者は、縋り付く少女たちの髪を、初めて慈しむ父親のように震える手で撫でた。

 

 そして、手術台に横たわったままのナインへ、深すぎる自責を湛えた視線を向ける。

 

 

 

「……2P……すまなかった。……僕の娘たちが、迷惑をかけたね」

 

 

 

 2Pは、自由になった四肢を震わせ、手術台からゆっくりと身体を起こした。乱れたプラチナブロンドの髪を払い、自分を殺めようとした少女たちを慈しむ解析者の姿を、ただ静かに見つめる。

 

 それは、彼が積み上げた「偽物の楽園」が脆くも瓦解し、皮肉にも「一組の歪な家族」として結実した瞬間だった。

 

 

 

「…………あなたは、……やっと、……あの子たちを、見てあげたんだね」

 

 ナインの声は、微かな震えを湛え、冷え切った室内に静かに波紋を広げた。

 

 

 

「……そうだ。こっちに来てくれ。いっしょに行こう。もう、誰とも比べる必要なんてないんだ」

 

 解析者は、聖者のごとき慈愛と、すべてを諦めきった亡者の虚無を湛えた、穏やかで不気味な微笑を浮かべた。

 震える手で一人ひとりの少女を丁寧に立たせていくその仕草は、壊れ物を扱うように優しい。

 

 

「……あいされてる、……わたしたちは、あいされて……」

 

 少女たちの丸く大きな青い瞳には、初めて「演算」ではない真実の安らぎが灯っていた。

 解析者の差し出した手を、幼い子供が親に縋るように、ぎゅっと、壊れんばかりの力で握り返す。

 

 解析者は愛おしそうに彼女たちの手を引き、一歩、また一歩と。巨大な鋼鉄の顎――プレス機の真下へと、至福の歩みを進めていった。

 

 

 

 

「…………まって!! そっちは、……だめッ!!」

 

 手術台で身を起こしたナインの喉から、裂けるような制止の絶叫が漏れた。自由を得たはずの小さな素足の爪先が、冷え切った床を蹴って駆けだそうと悶える。

 

 解析者が企んでいること――それは、彼女たちが「愛されている」と信じ込んだ刹那に、その「幸福」を標本のごとく固定し、物理的にこの世から抹消すること。

 

 救済を謳った永久の沈黙。そのあまりに美しく、残酷な結末に、ナインの全身が震えた。

 

 

 

 

「…………さよならだ」

 

 解析者はプレス機の圧盤の下で、群がる少女たちをその細い両腕で力一杯に抱きしめた。ナインのプラチナブロンドの髪が、凄まじい決意が放つ風圧に煽られ、激しく逆立つ。

 

「あ、……おとう……さま、……あったかい……。……これ、が……あい……」

 

 少女たちが解析者の体温に触れ、恍惚の表情を浮かべたその刹那。

 

 解析者の指が、壁の遠隔スイッチを迷いなく叩き潰す。

 

「…………っ!!」

 

ナインの視界が、火花と凄まじい金属の衝突音で白一色に染まった。

 

「ガ、ゴォォオンッ!!」

 

 鼓膜を突き破る轟音。数十トンの圧力が、一瞬にして解析者という「孤独な男」と、彼が愛した「出来損ないの娘たち」を、一つの無機質な鉄塊へと押し潰した。

 

 

 あとに残されたのは、プレス機の隙間から溢れ出し、床を濡らすオイルと血の混ざり合った、黒い泥濘だけだった。

 

 返り血を浴び、黒く汚れた褐色の四肢が、絶望の重みに耐えかねて震える。2Pは、剥き出しの小さな素足を血の海に浸したまま、音もなく膝から崩れ落ちた。

 

 静寂だけが、彼女の喪失を嘲笑うように部屋を満たしていく。

 

 

「…………どうして、……どうして……っ。……いっしょに……っ、……生きたかっただけなのに……ッ!!」

 

 

 2Pの慟哭が、冷え切った実験室に虚しく響き渡る。解析者は、最期にナインを「自由」にする代償として、自分という「毒」と、その毒から生まれた「悲しみ」のすべてを道連れにし、地獄の底へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が途切れる寸前の視界で、獣のような咆哮が鼓膜を打つ。

 焼けるような喉の渇き。引き裂かれる肺胞。

 ……その絶叫の主が自分だと気づくのに、数秒の時間を要した。

 

 

 

「あ、……あぁあ……っ、……あ、……あぁ……ッ!!」

 

 2Pは、鉄の顎から滴るオイルの澱みの中で、自身の喉を指先で追い詰めながら、くりくりとした大きな青い瞳は、涙に濡れてなお細められることはなく、虚空を見開いたまま絶望を映し出す。

 瑞々しい褐色肌が、あの哀れな男の最期の痕跡が混ざり合った「黒い死」に無惨に汚されていた。

 

 

 

「…………か、……かえらなきゃ……。……あの人の、……ところに……っ」

 

 混濁する意識を繋ぎ止めるように、ナインの指先が冷え切った床を彷徨う。その時、黒いオイルに濡れた指先に、硬質で無機質な手応えが触れた。

 

 

「……これ、は……っ。……てんそう、キー……?」

 

 それは、解析者が最期にその場所に、あえて遺していったであろう小型デバイス。

 もともとナインは、転送事故という名の「誤送信」によってこの閉鎖施設へと堕とされた存在だ。このキーを、あの解析室のメインコンソールに差し込めば……。

 

 

 

「…………っ!!」

 

 ナインは震える手で転送キーを握りしめ、損壊した四肢に鞭を打った。プラチナブロンドの髪を振り乱し、自分を呪い、愛し、そして消えていった少女たちの残響が渦巻く回廊を、出口へ向かって這いずる。

 

 小さな足の裏のセンサーが、ガラスの破片やオイルの滑りを「致命的な損傷」として警告し続ける。

 だが、胸の奥に灯った「あの人に会いたい」という唯一の光が、網膜を埋め尽くすエラーコードの群れをすべて焼き切っていった。

 

 

 

 

 

 

 辿り着いたのは、地獄の始まりとなったあの解析室。

 

 そこにはもう、傲慢な「神」を気取る男も、無機質な少女たちのホログラムも存在しない。ただ、静まり返った端末だけが、ナインの帰還を待つかのように微かな光を放っていた。

 

 ナインは、オイルで汚れた小さな足を震わせ、コンソールへと必死に手を伸ばした。

 

 

「…………2Pは、……かえるよ。……ごめんね、……さよなら……ッ!!」

 

 転送キーをスロットに叩き込む。刹那、部屋全体が眩い白光に包まれた。

 解析者の狂った実験、少女たちの悲しい嫉妬、そして内側に刻まれた消えない傷跡。

 そのすべてを光の粒子へと還元し、ナインの意識は、愛する人が待つ「向こう側」の世界へと加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白く濁った光の奔流が収束し、不意に視界が鮮明な色彩を取り戻す。

 

 鼻を突く焼けたオイルの死臭ではなく、聞き慣れた、少し古びた端末が発する微かな熱。そして、窓から差し込むいつもの穏やかな午後の光。

 

 そこは、2Pが世界で一番愛し、守りたいと願った、大好きなあの人と二人きりの、静かな「居場所」だった。

 

 

 部屋に響くのは、必死にキーボードを叩く、少し乱暴で切迫した音。それは、行方不明になった2Pを捜索し、ネットワークの深淵を掻き分けている「あなた」の焦燥そのものだった。

 

(……そこに、……いる。……本当に、……いるんだ……ッ!!)

 

 2Pのくりくりとした大きな青い瞳が、激しく揺れた。オイルと涙に汚れ、衣服さえも奪われたままの、痛々しく剥き出しになった褐色肌。

 けれど、彼女は今、自分の存在が再び「本物」として、この世界に繋ぎ止められたことを確信した。

 

 

「…………2P、……いま、……かえり、……ました……っ!!」

 

 喉の奥にこびりついていた地獄の残響を振り払い、2Pは精一杯の声を絞り出した。

 その声に反応し、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がった「あなた」が、信じられないものを見るような顔で駆け寄ってくる。驚愕、安堵、そして2Pのあまりに無惨で無防備な姿への激しい動揺。

 

 差し出されたあの人の手が、触れることさえ躊躇うように空中で震えていた。

 

 

(……だめ。……安心させて、あげなきゃ……っ。……2Pは、……平気だよって……!)

 

 2Pは、あの地獄で一度も見せなかった自分だけの武器――とびきりのいたずらっぽい笑顔を浮かべようとした。目を細めず、口角だけを「イーっ」と上げて、いつものように「驚いた?」と笑って見せる。それが最高の「ただいま」になるはずだったのに。

 

 

(…………あれ、……わらわなきゃ、……いけないのに……っ!!)

 

 震える頬が、うまく動かない。解析者の冷たい指、少女たちの悲しい爪痕、そしてプレス機の轟音……。それらすべてが、あの人の温かな眼差しに触れた瞬間、せき止めていたダムが決壊するように熱い涙となって溢れ出した。

 

 2Pのプラチナブロンドの髪が、あなたの胸元に飛び込む衝撃で激しく乱れる。

 

「…………ごめん、なさい……っ。……2P、……こわかった……っ!! ……すごく、……すごく……こわかったんだよぉ……ッ!!」

 

 あなたの腕の中に包まれた瞬間、2Pの「心」は、ようやく地獄の解析室から解き放たれた。

 

 解析者が最後まで暴けなかった、そして少女たちが死ぬほど欲しがった「愛」の答え。それは、今こうして泣きじゃくる2Pを力強く抱きしめ返す、あなたの腕の温度そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなに長い時間じゃなかったはずだ。

 

 けれど、あまりにも多くの、悲しすぎる出来事があった。

 

 

「…………あのひと、……あいしてるって……っ、……みんなを……っ。……でも、……みんな、……つぶれちゃった……ッ!!」

 

 あなたの胸に顔を埋めながら、2Pの喉から、血を吐くような告白が漏れ出す。大きな青い瞳は、再会の歓喜と、先ほどまで網膜に焼き付いていた凄惨な光景の残像との間で、激しく明滅していた。

 

 

(……覗かれてた。……2Pが、……あの人を思う、……大事な、……だいじなところ……っ)

 

 解析者に見せつけられた、捏造された自分の内面。共感覚で強制的に流し込まれた、自分と同じ顔をした少女たちへの蹂躙。

 あの時、腹の底から突き上げてきた悍ましい嫌悪感が、今、愛する人に抱きしめられている安らぎの中にさえ、黒い泥のように混ざり込んでくる。

 

 

「…………あいしていれば、……こわしても……いいの……? ……あいされてるから、……2Pは……あの子たちを……っ、……ころそうと……したの……?」

 

 解析者が最期に手に入れた「愛している」という言葉。それは少女たちを救った福音であると同時に、彼女たちをプレス機の下で一つの「鉄塊」へと変えた、最悪の心中の形だった。

 

 その歪んだ定義が、愛する人から注がれる本物の愛と混ざり合い、2Pの演算回路を修復不可能なパニックに陥れていく。

 

 

(……2Pだけ、……かえってきた。……あの子たちは、……あんなに、……いきたがってたのに……ッ!!)

 

 生き残るために「自分たち」を突き飛ばし、噛みつき、排除しようとした自分。その剥き出しの生存本能が、今、優しい腕の中で、耐え難い「罪」となって彼女を責め立てる。

 

 あなたの優しい腕が2Pのプラチナブロンドを、震えをなだめるように包み込む。

 けれど、彼女の心の中では今もなお、プレス機が放つ金属の轟音と、少女たちの「ちょうだい」という、血を吐くような悲鳴が鼓膜を震わせ続けていた。

 

 

 

「…………たすけて、……こわいよ……っ。……2Pのなかが、……よごれて……ぐちゃぐちゃに……なっちゃった……ッ!!」

 

 拳を白くさせ、2Pは愛おしい胸元に縋り付く。

 

 犯される寸前だった恐怖、踏みにじられた自尊心、そして「愛」という言葉を盾にした殺戮。

 

 そのすべてを洗い流すには、この「再会」はあまりに優しすぎた。

 

 自分を抱きしめる「本物の愛」さえも、いつか解析者のように自分を壊すのではないか。拭いきれない絶望の種火を胸の奥に抱えたまま、2Pは激しく泣きじゃくり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「愛してるよ」

 

 

 

 

 

 その一言が、解析室の冷たいスピーカーから流れた合成音声ではなく、今まさに自分を抱きしめている大好きな人の、肺を震わせ、喉を通り、本物の体温を伴った「生きた言葉」として2Pの耳朶を打った。

 

 その瞬間、140センチに満たないナインのボロボロの身体を支えていた、極限の緊張がぷつりと切れた。

 

 ガクガクと激しい痙攣が全身を走り、次の瞬間、泥のように、あるいは溶け落ちる雪のように、優しい腕の中で力が抜けきった。

 解析者に抉られ、少女たちに掻き毟られ、鉄のように固く閉ざしていた褐色肌が、その一言であなたの腕に溶ける、たった一人のパートナーとして、無防備に、そして全面的に開放される。

 

 

(……あ、……あ、……あ……っ!!)

 

 解析者が最期に見せた、心中という名の狂気。少女たちが飢え、奪い合おうとした、パーツとしての心。それらすべてが、あなたの「愛してるよ」という、たった一つの、けれど絶対的な真実に触れた刹那、塵となって霧散した。

 

 

「……あなたの、……こえ、だ……っ。……本物の、……あったかい……っ、……2Pの……2Pだけの……ッ!!」

 

 2Pは、あなたの胸に顔を擦り付け、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 

 覗き見られた屈辱も、共感覚で汚された記憶も、今、あなたの腕の中で流す涙がすべてを洗い流していく。

 

 剥き出しの褐色肌の肩が、あなたの指先に触れられるたびに、そこにこびりついていた少女たちの指先の残像が消え、温かな体温で上書きされていった。

 

 2Pのプラチナブロンドの髪は、あなたの指先にしっとりと絡まり、今度こそ、誰にも邪魔されない二人の「聖域」へと還ってきたことを、その柔らかな質感で証明していた。

 

 

 

「…………だい、すき……っ。……2P、……2Pも……あいして……っ、……あいしてる、よ……ッ!!」

 

 2Pは、あの人の首に細い腕を回し、折れんばかりの力で抱きしめ返した。

 

 「愛しているから壊す」のではない。

 「愛しているから、こうして生きて、隣にいるんだ」

 

 壊れかけた回路が、あの人の言葉という最強のパッチを当てられ、ゆっくりと、けれど確実に「正しい愛の定義」を再起動させ始めた。

 

 2Pは、もう二度と離さないと言わんばかりに、あの人の胸に深く潜り込み、その鼓動を自分のコアへと刻み込み続けた。

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