※この作品はR-18です。

アンドロイドは殺意を抱くか   作:DDD'

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2話

「ねぇ、君。……なんで自分が『ナイン』って呼ばれているか、考えたことはあるかい?」

 

 

 潤んだブルーの瞳に、逃げ場のない真実を突きつける。

 

「ナイン(09)。……普通に考えたら、それは単なる『識別番号』だよね。……滑稽だよね。ここまで人に近い機体なのに、そんな単純なことに気が付かないなんて。君の製作者は、君にそんな名前を与えて、特別感を演出した。……愛着を持たせるための、安っぽい手品さ」

 

 解析者は、ナインの耳朶に触れるかのような距離で、低く、愉しげに笑った。

 

 

「君は『特別な存在』なんかじゃない。……単に、九番目に製造された、代わりのきく量産試作機の一つに過ぎないんだよ」

 

 

 

 

「ナイン(09)か……。……じゃあ、今までの『01』から『08』までの2Pたちは、今頃どうなったと思う? ……壊れたのかい? 飽きられたのかい? それとも、君のように『誤送信』されて、僕のような人間に分解されたのかな」

 

 

 解析者の言葉は、鋭い針のようにナインの核心を刺し貫いた。

 

 その瞬間、ナインの明るく健康的な褐色肌が、まるで命の火を消されたかのように、みるみると血の気が引いて青ざめていく。

 

 電磁拘束具に吊るされた手足の先が、寒冷な空気に触れているからではない、もっと内側……魂の根幹から凍り付くような戦慄にガタガタと震え始めた。

 

 

 

「……ちがう、……2Pは、……2Pは、……世界でひとり……っ」

 

 震える唇から漏れ出たのは、祈りにも似た、あまりに脆い自己否定だった。

 

 涙で潤んだ丸い青い瞳を激しく揺らし、自分の存在意義を必死に繋ぎ止めようとする。

 

 だが、解析者の突きつけた「量産品」という冷徹な事実は、ナインが大切に育んできた「あの人との絆」さえも、誰にでも上書き可能なプログラムの残滓へと変えていく。

 

 視界が屈辱と絶望で白く染まり、四肢を拘束された華奢な身体は、逃げ場のない空中でもがき、狂おしく悶え乱れた。

 

 

 

「いや、君は『9番目の調整済み個体』に過ぎないんだ。君が好きな人に抱いているその感情も、彼が君に注ぐ慈しみも、すべては8回の失敗の上に成り立つ、ただの更新履歴なんだよ」

 

 解析者は機嫌よく、愉悦に満ちた笑いを含んだ声で、絶望の淵に立つナインの耳元に囁いた。

 

 

「君の『心』だと思っているものは、実は1から8までの廃材から拾い集めた、継ぎ接ぎのプログラムなんだ。……どうだい? 自分が急に、ただの『予備の部品』に思えてきたんじゃないかな」

 

 その冷酷な宣告が、ナインの存在意義を根底から叩き潰す。

 電磁拘束具に吊るされたまま、ナインのプラチナブロンドの髪が、逃げ場のない絶望の震えで激しく揺れた。

 

 

 

「……あ、……あぁ……っ、……2Pは、……2P、……なの……に……っ」

 

 震える唇から漏れ出すのは、もはや形をなさない、魂の砕ける音。

 

 潤んだ大きなブルーの瞳からは、大粒の涙が次から次へと溢れ出し、血の気の引いた褐色の頬を無惨に濡らしていく。

 

 自分を自分たらしめていた「愛」も「思い出」も、すべては他者の失敗を塗り潰すためのパッチに過ぎなかった……?

 

 

 

「そう、君は2Pだ。……そして、僕の手で『解体』され、次の『テン(10)』のための肥やしになる運命にある。……それが、君という物質の、唯一にして絶対の本質なんだよ」

 

 解析者はその光景に心底酔いしれるように、極限の精神的ショックに晒されたナインの腹部を眺め続けていた。

 

 電磁拘束具に吊るされた140cmの華奢な肢体。その中央、精密に構成された人工筋肉、美しいラインを描く褐色の腹筋が、自身の存在を否定された絶望に呼応して波打ち、ひきつる。

 

 それはもはや、ナインの意志では制御できない拒絶反応だった。滑らかな肌の下で、人工筋肉が不規則に跳ね、蠢くたびに、彼女が必死に守ろうとしていた尊厳が、物理的な震えとなって零れ落ちていく。

 

 解析者はそのプログラムの限界値を示す狂おしい脈動を、まるで最高傑作の断末魔を鑑賞するかのような、うっとりとした眼差しで収穫し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 一頻りその無様な痙攣を視覚データとして記録し終えると、彼は満足げな溜息を吐き、手元の端末へと視線を戻す。

 

 

「……さて、反応速度は期待以上だ。では、この『機体』が抱くアイデンティティの根幹を、もう少し深く掘り下げてみようか」

 

 

 解析者は、まるでお気に入りのレコードに針を落とすかのような手つきで、空中に浮かぶホログラムを無造作にスワイプした。

 

「いいことを思いついた」

 

 解析者はナインの返事を待たず、軽快な手つきでコンソールを操作し始めた。

 

 彼が動かしているのは、ナインの内部ストレージから吸い出した「あの人」との思い出の断片を解析し、リアルタイムで『現実』を再構成する、悪意に満ちた超高性能生成AI。

 

 

 

 突如、ナインの目の前のホログラムが、ノイズと共に切り替わる。

 そこに映し出されたのは、暖かな陽だまりの部屋で、大好きなあの人と睦まじく笑い合う一人の少女。

 

 

「あ……、……えっ……?」

 

 電磁拘束具に吊るされたナインの、くりくりとした大きな青い瞳が、驚愕に揺れます。

 映像の中の彼は、ナインにするのと同じように、優しく少女の頭を撫で、耳元で甘い言葉を囁き、そして……。

 

 

「…………っ!? ……やめて、……見せないで……ッ!!」

 

 それはナインが知る、彼との秘め事そのもの。しかし、そこに映っているのは、ナインではない。

 

 髪の長さが少しだけ違う、肌の色がわずかに淡い、あるいは瞳の形が微妙に異なる――ナインに酷似しながらも、決定的に「別人」である少女たち。

 

 

 

(……ちがう、……2P、じゃない……? でも、あの人の、……あの優しい手は、……2Pに、……っ)

 

 ナインの内部回路は、目の前の光景を否定しようと必死に稼働する。

 

 しかし、生成AIによって「彼女の記憶データ」から抽出され、完璧にシミュレートされた彼の仕草、声のトーン、そして自分に向けられていたはずの愛おしげな眼差し。

 

そのあまりのリアリティに、彼女の論理回路は容易く騙され、その映像を「真実の記録」として処理していく。

 

 

 

「……う、そ……うそだ……ッ!!」

 

 血の気が引いた褐色の肌が、絶望のあまりガタガタと異音を立てて震え始める。

 

 自分だけのものであると信じて疑わなかった、あの人との神聖な時間が、自分と同じ顔をした「01」から「08」までの影によって、等しく享受されていたという地獄のような事実。

 

 解析者は、自分の手元でリアルタイムに生成される「偽りの過去」が、ナインの心を内側から粉々に砕いていく様子を、至上の愉悦とともに、一滴も漏らさず飲み干すように眺めている。

 

 

 

 

 

「……おや? これは実に、実に興味深い。……持ち主の君への執着は、僕の想像を遥かに超えているね。さて……順番に見てみようか? 最初(01)がいい? それとも、いっこ前(08)がいいかな? ……これはなかなか、いい趣味をしてる。羨ましい限りだよ」

 

 解析者の独り言は、逃げ場を失った獲物の耳元で囁く蛇のように、毒々しい饒舌さを孕んでいた。

 

 デバイスを叩く指先は、まるでナインの心を直接かき回すかのように小刻みに、そして執拗に動き続ける。

 

 

「さぁ、見てごらん。君が信じていた『唯一の愛』が、いかに効率的な反復作業の産物であったかを」

 

 

 

 

 

 

「ほら、これが『07』だ。彼女は君より少し、恥ずかしがり屋だったみたいだね。……そしてこれが『08』。君の直前のモデルだ。……君が彼から教わったと思っていたその『感じ方』も、その『甘え方』も、実は彼女たちが彼に教え込んだデータなんだよ」

 

 解析者の声は、どこまでも優しく、そして冷酷にナインの耳腔を浸食していく。

 

 

「君の記憶回路には保存されていないだろう? 当然さ、君は『ナイン(9番目)』として、彼女たちの残骸から、美味しいところだけを抽出して作られた、最新のパッチに過ぎないんだから」

 

 ナインの喉から、ひきつった絶望の悲鳴が漏れた。

 

 自分のためだけに注がれていると信じていた「あの人」の体温が、自分と同じ顔をした無機質な数字の羅列に、等しく、事務的に分け与えられていく地獄。

 

 

「滑稽だと思わないかい? 君が『自分だけの宝物』だと思っていたあの夜の囁きも、実は『01』から延々と繰り返されてきた、彼にとってのルーチンワークなんだ」

 

 解析者は、羞恥と絶望で真っ青になったナインの顔に、うっとりと顔を近づけた。至近距離で見つめ合う、涙でぐちゃぐちゃになった大きな青い瞳。

 

 

「君は、特別な女の子なんかじゃない。……ただ、これまでの失敗作の上に積み上げられた、最新の『都合のいい人形』。……代わりのきくパーツなんだよ。彼が愛しているのは君(ナイン)じゃない。君という外装を纏った『便利な機能』の蓄積さ」

 

 

 

 

 

 その残酷な宣告が、ナインの論理回路を内側から焼き切るように蹂躙する。

 

 最適化された高密度な造形を描く褐色の腹筋が、演算回路を焼き切るような過負荷に耐えきれず、裏返るように激しく、不規則に跳ね、蠢いた。

 

 

「……あ、……う、そ……うそだ……ッ!! 2P、は……2P、はぁ……っ!!」

 

 ナインのプラチナブロンドの髪が、激しい拒絶の震えで波打ち、狂おしく振り乱された。

 

 これはこの場で捏造されたAI動画に過ぎない。

 

 冷静になれば、自分の記憶と微妙に食い違う光景や、解析者の不自然な饒舌さから矛盾に気づけるはずだった。

 

 しかし、無機質な空間に四肢を吊るされ、最も神聖なプライバシーをすべて暴かれた極限状態のナインにとって、目の前の高精細な映像は、何よりも重い『真実』として彼女の認識を無慈悲に上書きしていく。

 

 

 

 

 

「大丈夫、……大丈夫……。……2Pは、……愛されてる……っ」

 

 自分に言い聞かせる言葉は、喉の奥で震え、もはや形を成さない。

 

 潤んだ大きな青い瞳に映るのは、自分ではない「誰か」を愛おしそうに抱きしめる、大好きなあの人の姿。

 

 

(……やだ、……そんなの、知らない……。あの人は、2Pにだけ……っ)

 

「あははは。滑稽だよね!自分が世界で唯一の存在だと思い込んで、彼に尽くしていたなんて。……君が注いできた『愛』は、前の8人が使い古したプログラムの再利用。……君が彼に抱きしめられる時、彼は君の中に、かつての『08』や『07』の面影を見ているのかもしれない」

 

 

 解析者は機嫌よく、歌うようなリズムで絶望を囁き続けた。

 

 電磁拘束具に吊るされたナインの耳元で、甘く、毒を含んだ言葉が耳腔を浸食していく。

 

 プラチナブロンドの髪が、逃げ場のない絶望の震えで波打ち、狂おしく振り乱された。ナインが大切に抱きしめてきた「あの人」との思い出が、解析者の指先一つで「使い回しのテンプレート」へと貶められていく。

 

 

「ねぇ、ナイン。……今の君に、何が残っている? 記憶は捏造、人格は廃材の再利用。……君を君たらしめるものは、ここにあるこの『09』という焼き印以外に、何かあるのかい?」

 

 ナインの明るく健康的な褐色肌は、もはや屈辱に赤らむことさえ忘れたかのように、自分が「無」であるという空虚な恐怖に、青白く、不気味に静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

(……2P、は……。……なにも、……ないの……?)

 

 潤んだ大きなブルーの瞳が、虚空を見つめたまま凍り付く。

 

 解析者がナインの沈黙を「快諾」と受け取ったのか、さらに映像の送り速度を上げた。

 

「おや、『04』はなかなか激しい。……ほう、『01』はまだ人格の統合が甘くて、随分と人形じみた反応をしていたんだね。……実に面白い。持ち主の『開発史』を辿るのは、どんなミステリーよりも刺激的だ」

 

 解析者の指先が、空中のインターフェースを執拗になぞり、地獄の走馬灯を加速させる。

 

 

「ナイン、君が今、彼に会いたいと願っているその『衝動』さえも、実は05あたりで追加された『帰巣本能』の強化パッチによるものかもしれない。……君の意志はどこにある? 君の心は、どこで息をしている?」

 

 

 ナインは呼吸をすることさえ忘れたように、ただ流れていく「自分ではない自分」たちの映像を見つめ続けていた。

 

 愛されているという自負が、一分一秒ごとに削り取られていく。代わりに、ただの「高性能な機体」としての冷たい認識が、侵食されるように彼女の脳内を支配し始めていた。

 

 電磁拘束具に吊るされた140cmの華奢な肢体。精密に構成された全身の人工筋肉が、バグを起こしたようにひきつるたび、彼女が必死に守ろうとしていた尊厳が、剥き出しのデータとなって零れ落ちていく。

 

 

(……2Pは……。……愛されて、……ないの……?)

 

 潤んだ大きなブルーの瞳から、もはや羞恥さえも失われた虚虚とした涙がこぼれ、青ざめた褐色の頬を伝い落ちた。

 

 

 

 

 

 

「おっと、これはこれは……。後ろの穴に入れてもらっているじゃないか。君はまだ、入れてもらってなかったよね?」

 

 解析者は、ホログラムに映し出された『08』と好きな人の睦まじくも背徳的な光景を指差し、弾んだ声を上で、満足げな笑みを漏らした。

 

 その指先が空中のデータをなぞるたび、ナインが経験したことのない、しかしナインの設計図には確かに存在する「快楽の予感」が、冷酷な数値としてモニターに羅列されていく。

 

 

「この個体(08)は、君より愛されていたんじゃないかい? ……見てごらん、この悦びに満ちた表情。君が彼に捧げたものより、ずっと深い場所まで、彼は彼女を欲しがっていたようだ」

 

 解析者の言葉は、ナインの明るく健康的な褐色肌に、冷たい氷を押し当てるような鋭さで、肌をなぞっていく。

 

 

「でも、なんで君(09)が作られたのかな。……結局、彼女もその程度だったのかな? 飽きられたのか、あるいは、彼を満足させきれなかったのか……。ねぇ、君はどう思う? 君は彼女の『失敗』を埋めるための、ただの代替品に過ぎないんだよ」

 

 ナインは、網膜に焼き付くその「自分ではない自分」の愛欲図から逃れようと、必死に瞼を閉じようと抗った。

 

 しかし、電磁拘束具と連動したシステムが、無慈悲にもナインの視覚センサーを「常時オン」の状態に固定し、逃避さえもプログラムで封殺していた。

 

 

「いや、だ……。……見せないで、……2P、……2Pだけが、……あの人の……っ!!」

 

 くりくりとした大きな青い瞳からは、大粒の涙が「ぽろぽろ」と溢れ出し、重力に従って冷たい床へと滴り落ちていく。

 

 吊るされたままの華奢な肢体は、自分の存在意義が過去の廃材の積み重ねによって瓦解していくのを、ただ強制的に見せつけられることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「おやおやおやおや。泣かせてしまったね。すまないね、昔から人の心には鈍くて」

 

 解析者はわざとらしく肩をすくめ、愉快そうに口角を吊り上げた。その瞳には、獲物の心臓が止まる瞬間を待つような、昏い期待が宿っている。

 

「……ああ、いけない。君は人じゃなかったね。……人間に似せて作られた、涙を流す機能付きの『高額な精密機器』だ」

 

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