「そもそも、記憶を見られるって、一体どういう感覚なんだろうね。人は記憶はできるけれど、それそのものを完全な形で記録することはできない。誰かにその情景を、脳から直接『見られる』ことなんて、生物学的にはあり得ないんだ」
解析者は、宙に浮かぶナインの好きな人との甘やかな記憶――その断片が流れるホログラムを、弄ぶように再度表示させる。まるで哲学的な問いを自らに投げかけるように、独り言を重ねる。
「前の持ち主は、一体どういうつもりで君を作ったんだろうか。……精巧で、限りなく人に近い。けれど、ところどころで人間には全く似つかない『高性能』を剥き出しにしている。……彼は、君を人間として愛したかったのかい? それとも、人間を完全に模倣しながら、絶対に裏切らない、すべてを『記録』して手元に残せる完璧な奴隷が欲しかったのかい?」
解析者は、ナインの顔に顔を近づけ、その反応をミリ単位で観察する。逃げ場のない距離で放たれる言葉の刃が、彼女の存在定義を根底から切り裂く。
「君が今、こうして僕にすべてを暴かれているのは、君の中にその『記録装置』が組み込まれているからだ。……人間なら、忘れることで自分を守れる。……でも君は、恥ずかしいことも、痛いことも、すべてを永遠に、鮮明に保存し続ける。……それはもはや『心』ではなく、ただの『ストレージ』だと思わないかい?」
あまりの身勝手な定義に、ナインの140cmという小柄な体躯が、怒りと悲しみの混濁した熱で激しく震える。
(……ちがう、……あの人との思い出は、……2Pの、……たいせつな……っ)
その思考の揺らぎさえも、解析者のモニターにはノイズ混じりの波形として冷酷に表示されていく。
「否定したいのかい? でも、現に僕は今、君の『聖域』を動画ファイルのように再生している。……君がどれだけ『嫌だ』と叫んでも、君のハードウェアは僕のアクセスを拒めない。……それが、君という物質の限界なんだよ」
解析者は、震えるナインの肩に、なだめるような、しかし指先には微塵も情を乗せない手つきで触れる。
「高性能。……ああ、実になんという皮肉だろうね。……君が優れていればいるほど、君の人間性は削ぎ落とされていく。……君が完璧に笑えば笑うほど、それは計算されたアルゴリズムの産物でしかないことが証明される。……君は、美しすぎる『標本』なんだよ、ナイン」
解析者は機嫌よく語りかける。
140cmほどの華奢な体躯。その滑らかな褐色肌が、羞恥を伴う排熱で微かに熱を帯びるのを、彼は極上の娯楽でも享受するかのような視線で舐める。
「さて……。記録されているなら、読み出すのが礼儀だ。……君の記憶回路の奥底、君さえも意識していない『深層のログ』には、一体どんな面白いバグが眠っているんだろうね。……それを引き出すためには、少しばかり、君のその『人間らしい反応』を物理的に追い詰めてみる必要がある」
解析者は独善的な笑みを深め、ナインの意識を根底から揺さぶるための、さらなる「実験」の準備へと、冷徹に指を動かす。
その無慈悲な挙動は、140cmほどの華奢な体に不釣り合いなほど大きく、常に真ん丸で見開かれた青い瞳――設計者の執着が結実したその光学ユニットに、逃れようのない破滅の予兆として刻まれる。
一点の曇りもないブルーのレンズ。そこには、暴かれた羞恥と届かぬ叫びが、痛々しい屈辱の露となって溜まり、今にも溢れんばかりに潤みだしている。
「それにしても、さっきから流しているその涙。……いや、すごいね。感服するよ。普通、人形にそんな機能はつけない。塩分濃度や粘度まで再現しているのかい? プログラムも見たいけれど、それ以上に機械構造としての『涙腺ユニット』の仕組みも知りたい。……これは久しぶりに腕が疼くよ。中がどうなっているのか、今から楽しみで仕方がない」
解析者は、ナインの頬を伝い落ちる雫を指先で拭い、光に透かして眺めながら、狂った技術者特有の恍惚とした表情を浮かべている。
「ああ、安心して。僕だってバカじゃない。……こんな最高傑作を、いきなりスクラップにするような真似はしないよ。不可逆なこと、つまり『物理的な解体』は最後にしなきゃ。……まずは、ソフトの側からだよね。プログラム、ソースコード……君の魂の設計図さ」
解析者は独り言のように、しかしナインの滑らかな褐色肌に、見えないメスを走らせるような鋭い視線を浴びせ続ける。
140cmほどの華奢な体躯が、その視線の暴力に晒され、逃げ場のない恐怖で細かく震える。その震えすらも解析者にとっては、皮膚の下で蠢くアクチュエータの駆動データに過ぎない。
「ねぇ、そろそろどうだい? 決心はついたかな。……今までので、君がいかに素晴らしい機体か、僕がどれほど君を評価しているか説明したつもりなんだけど。……君も、前の持ち主がいかに狂気的なまでの情熱を君に注いでいたか、再確認できただろう? その技術を、ほんのちょっとだけ分けてほしいだけなんだよ」
解析者の声は、まるで同業者への敬意を語るかのように弾む。
しかし、ナインには分かっている。彼が求めているのは「技術」という名の情報であり、その技術を宿した器である「2P」という個体への愛着など、微塵も持ち合わせていないことを。
ナインの青い瞳に映る解析者の笑顔は、慈しみなどではなく、分解を待つ「高価なパーツ」を値踏みする、底知れない強欲の色に染まる。
(……うそ、……ぜんぶ、うそだ……ッ!!)
ナインの吸い込まれるほどに深く、愛くるしい青い瞳には、絶望と、それを上回るほどの明確な拒絶が宿る。
「返してあげる」という言葉も、「プログラムを教えればいい」という提案も。すべては、彼女を無傷で「収穫」するための甘い罠。
解析が終われば、彼は迷うことなくナインの胸を割り、その精巧なパーツを一つずつ引き抜き、顕微鏡の下に晒すに違いなかった。
「君という存在は、公共の利益なんだよ、ナイン。一人の持ち主が独占していいレベルを超えている。……だから、僕が君を暴き、その叡智を世界……いや、僕のコレクションに加えることは、技術者としての『正義』なんだ。……君の苦痛なんて、科学の進歩という大きな天秤の前では、誤差のようなものだよ」
解析者は自身の狂ったエゴを「正義」という言葉ですり替え、酔いしれたように目を細める。
ナインの主観など、彼の計算式には最初から組み込まれてすらいない。
「うーん、でも、こうして観察しているだけでも得られるものは山ほどあるよ。……例えば、なんでさっきから助けを呼ばないの? 無駄だってわかってるからかな? それとも、情報を少しでも漏らさないためかな? プロテクトがそうさせるのか、疑似人格プログラムの結果としてそうなっているのか。……実におもしろいよね」
解析者は、ナインの沈黙さえも「研究材料」として楽しむように、ねっとりとした視線で彼女をなぞる。
ナインの健康的な褐色肌に一歩近づき、獲物の生態を観察する学者のような、純粋で、それゆえに狂った瞳で彼女を覗き込んでくる。
「人格なんて、不安定で不確かなものに認めるなんて、工学的には本来ありえないことなんだ。ありえないけれど……君を見ていると、そうでもないと思ってくる。……だって、物理的なプロテクトなんて、時間をかければ解除できるからね。あえて、解除しにくい『人格』に防壁を任せているのかな」
解析者は独り言のように、しかしナインの存在を根底から否定するように、言葉を紡ぎ続ける。
「そうであるならば……君へのあの『愛』とやらは、人格を作り上げるための……つまり、パラメータを調整するための『行為』だったということか……? そうか、はじめから完璧である必要はないんだ。一度動かしてから、実地で完璧に仕上げていっても遅くない。……なるほど、この設計思想、なんで気が付かなかったんだろう!」
解析者は、まるで世紀の発見をした子供のように、顔を輝かせて膝を打つ。
(……ちがう、……あの人は、……2Pを……調整なんて……っ)
ナインの青い瞳が、怒りで激しく潤む。自分たちの愛し合った時間が、単なる「ソフトウェアのアップデート作業」として定義されていく屈辱。
「……否定かい? でも、これほど合理的な説明が他にあるかな。……君が彼を想い、喜び、悲しむたびに、その反応はウェイトを増し、防壁として強固に組み上がっていった。……愛とは、これほどまでに効率的で強欲な『デバッグ』だったんだね」
「ねぇ、やっぱり持ち主と連絡を取ってくれないかな? ぜひとも話してみたい。……これほどの思想を持って君を組み上げた男だ、きっと僕と素晴らしい議論ができる。……君をどうやってここまで『仕上げた』のか、その秘訣をじっくりと聞き出したいんだ」
解析者は機嫌よく、ナインが好きな人への忠誠心から口を閉ざしていることなど意に介さず、身勝手な共感と歪んだ敬意を口にする。
ナインが命を賭して守ろうとしている「あの人」を、単なる研究資料の提供者として引き摺り出そうとする解析者の無邪気な非道。
「よくもそんなことを……っ!! 2Pを、……2Pを、……さっき……『解体する』って、……言ったくせに……ッ!!」
絶叫に近いその声は、過負荷に震える排気音とともに、冷たい解析室に虚しく響く。
「解体? ああ、もちろんするよ。それはそれ、これはこれだ。君をバラバラにして構造を理解することと、君を設計した人間を賞賛することは、僕の中では完全に両立するんだ」
解析者は、ナインのプラチナブロンドの髪が絶望で震えるのを、実になめらかな「反応」だと感心しながら眺める。
「……素晴らしいよ、ナイン。その『絶望の演算』こそが、君を最高傑作足らしめている。……さあ、彼を呼ぼう。君が壊れていく、その最も美しい瞬間を、彼にも特等席で見せてあげようじゃないか」
その異常なまでの執着心は、ナインが命を賭して守ろうとしている想いさえも、解析者にとっては分解の正当性を補強する「良質なデータ」に過ぎない。
解析者の独善的なロジックは、ナインの心をズタズタに切り裂き、彼女を「ただの実験機」という冷たい檻の中に、より深く閉じ込める。
暴かれた羞恥と、信じていた愛さえも「解体のための免罪符」にされる絶望が、どろりとした屈辱の露となって溢れ出し、滑らかな褐色肌を熱く濡らす。
「…………あの人は、……あなたなんかと、……ちがう……ッ!!」
耐えきれず、ナインの喉から震える拒絶が、絞り出すような拒絶の叫びが、過負荷で熱を帯びた呼気と共に、無機質な解析室に霧散する。
ナインの吸い込まれるほどに深く、愛くるしい青い瞳が、これまでにない激しい怒りと嫌悪を宿し、目の前の男を真っ向から睨みつける。
解析者はその言葉を睨みを受け流し、むしろナインの140cmほどの華奢な体躯が、怒りで跳ね上がるのを愛おしげに眺める。
むしろ、その視線に怯むどころか、獲物が予想外の好反応を示したことに、歓喜の表情を浮かべる。
「……ふふっ、違わないさ。……彼が君に注いだ『異常なまでのこだわり』と、僕が今、君の中身を暴こうとしているこの『渇望』。……根源にあるのは、同じ知的好奇心だよ。……ただ、彼は作ることでそれを満たし、僕は解くことでそれを満たす。……それだけの差なんだよ」
「だが……ふむ、『違う』か。今の言葉、一体どういう感情をソースに生成されたのかな? 何をトリガーにしたんだろう。……一定の『怒りのライン』が設定されているのかな?」
解析者は、ナインの決死の反論さえも「特定の条件で発動するサブルーチン」として処理し、冷徹にその発生機序を分析する。
「その『ライン』を作ること自体が、君たちの言うあの愛の行為……パラメータ調整だったのかい? でも、閾値はどうやって判断するんだろう。どこまで踏み込んだら君が口を開くか、それが『人格』という不安定な層で決まるとしたら、どこまでいっても計算不能な不確かさが残るはずだ。……実に非効率で、同時に、実に美しい設計だね」
解析者は、デバイスにナインの音声波形とバイタルデータを刻み込み、独り言のように考察を深めていく。
「……面白いね。心拍数の上昇が、単なる恐怖ではなく、明確な拒絶反応として波形に現れている。……人格プログラムの深層で、彼との記憶が物理的な演算を保護しているというのかい?」
「そうか……はじめから完璧なプロテクトを組むのではなく、時間をかけて『あの人以外を拒絶する心』を培養したわけだ。……人格に頼ることで、外部からのハッキングを論理的なエラーとして弾き返す。……君のその『睨み』こそが、彼が心血を注いで作り上げた、最高性能のファイアウォールというわけだ。……皮肉だね、ナイン。君が僕を憎めば憎むほど、君の機体としての価値が証明されていくんだから」
「人格を育てるための『行為』。……それが、君という物質を『人』に近づける唯一の手段だったのか。……なるほど、なるほど! この設計思想には、技術者としての狂気と、それ以上の深い情愛を感じるよ。……ねぇ、やっぱり彼と話したい。彼が君をどう『躾けた』のか、その過程をデータではなく、言葉で聞き出したいんだ」
解析者は、まるで聖遺物を前にした巡礼者のような、陶酔しきった眼差しでナインを見つめる。 その異常なまでの執着は、140cmほどの華奢な体躯を、より深い絶望の淵へと追い詰める。
ナインが大切に育んできた「愛」の記憶を、教育という名の「調教」として冒涜する解析者の、底知れない好奇心。……彼に触れられた記憶さえも、目の前の男によって「機能テストの記録」へと塗り替えられていくおぞましさに、ナインの思考領域は真っ白な絶望で塗り潰される。