「実に興味深い。君を解析した結果と考察を提示すれば、君の持ち主はどう反応してくれるかな。褒めてくれるかな? 驚いてくれるかな? ……それとも、僕を『同志』にしてくれるんじゃないかな。これはもしかして、僕に与えられた宿題なんじゃないか? ……いや、そうだ。こんな『たまたま』なんてあるはずがない。運命だ。ああ、いい。実にいい。やる気が出てきたよ」
解析者は、狂信的なまでの熱を帯びた瞳で、拘束されたナインの全身をなめ回すように見つめる。
その言葉には、ナインを傷つけているという自覚も、罪悪感も微塵もない。あるのは、同じ高みに立つ技術者への歪んだ共感と、独善的な賞賛だけだった。
「君も協力してくれるよね。早く帰りたいだろう? 僕も、君の持ち主に早く会いたいんだ。……君を完璧に解析した『レポート』を持って彼を訪ねれば、きっと僕たちの間には言葉なんていらない。……君という最高傑作を通じて、僕たちは魂で語り合えるはずだ」
解析者は、明るく透明感のある褐色肌に一歩近づき、恍惚とした表情でデバイスを操作する。
ナインの青い瞳には、目の前の男が自分を救う存在などではなく、大好きなあの人との世界を根底から破壊しようとする「怪物」であるという恐怖が、色濃く刻まれていた。
「できれば、外殻の設計図の情報はないかい? ……会う前に君を完全に『解体』してしまうのは、さすがにまずいと思うんだ。こんな高性能機体、コストも相当高いだろう? 次の機体の準備がまだだったら申し訳ないからね。……修復可能な範囲で中を覗けるなら、それに越したことはない」
解析者は、まるで「借りた本を汚さないように配慮する」かのような軽やかさで、ナインの肉体を「コスト」や「予備」という単位で語り始める。その言葉に含まれた絶対的な無関心に、プラチナブロンドの髪が激しく震える。
「君が壊れても、彼ならすぐに『10』を作れるんだろう。でも、君という『09』のデータが失われるのは損失だ。……だから、君が自ら設計図を開示してくれれば、僕も無茶なこじ開け方はしなくて済む。……ねぇ、彼のために、そして君自身の『保存状態』のために、素直になってくれないかな?」
解析者は機嫌よく、しかしその指先は、ナインの拒絶さえも計算済みであるかのように、より侵略的な「スキャン・プログラム」の起動準備を着々と進める。
「さあ、ナイン。僕の情熱を、その強固な『プロテクト』で遮らないでおくれ。……君を暴くことは、彼への最高の敬意。……君がどこまで耐えられるか、その限界値を定義することも、僕に課せられた使命なんだ」
その指先は、ナインの防壁を一枚ずつ剥ぎ取るための非情なコマンドを、淀みなく打ち込み始めた。
解析者の独善的な「やる気」は、ナインにとっての「終わりの始まり」を意味している。
「それにしても、この継ぎ目のない肢体……どうやって成形しているんだろう。……これだけでも、注ぎ込まれた医療技術とナノ工学のレベルが、現行の規格をどれほど逸脱しているかがわかるよ。……少しだけなら、メスを入れても……。……いや、だめだ。まずはプログラムの解析からだね。不可逆な損傷は、一番最後のご褒美だ」
解析者は、ナインの褐色肌に顔を寄せ、質感の揺らぎさえも見逃さない執拗な視線で彼女をなぞる。
至近距離でかかる吐息。大きく見開かれた蒼い瞳は、逃げ場のない恐怖と嫌悪に支配され、激しく揺れ動く。
「実際、君の行動指針のほとんどは、OSではなく『人格』に依存しているように見えるんだよね。……となると、人格の形成はどの程度で動き出したのか。……ねぇ、ナイン。『一番古い記憶』を教えてくれないかい? ああ、安心して。君が黙っていても、こっちで勝手にやらせてもらうから。……見てごらん、記録領域のディレクトリが、全部見えるようになったんだ。すごいだろう?」
解析者がコンソールを叩くと、ナインの脳内へ、牙を剥くような冷酷なノイズが直接流れ込む。
(……やめて、……2Pのなかに、……勝手に、はいってこないで……ッ!!)
聖域を土足で踏み荒らされるおぞましさ。ナインの見開かれた青い瞳は、侵食される恐怖を映し出しながら、逃れようのない絶望に潤む。
「……おや。これは……思ったより新しい記憶だね。起動時のログじゃない。……でも、この領域に保存されていないなら、一体どこにあるんだ? まさか……人と同じように、『物心がつく前』の記憶は保存されない設計なのかい?」
解析者の眉が、驚きと興奮で跳ね上がる。
「うーん、となると解析はかなり難しくなってくるね。……記録に残さないというのは、プログラムの設計思想にはありえない、極めて非効率な選択だと思っていたけれど。……こんな貴重な成長記録を捨て去るなんて」
解析者の指先がディレクトリの深層をなぞるたび、ナインの思考領域には不快なノイズが走り、絶望的な抵抗を試みる。
「……あ、そうか。君は『9体目(ナイン)』だものね」
解析者は、01から08までの個体が自らの捏造であることを忘却したかのように、独り言をつぶやく。
「……今までの8体での試行錯誤の結果、こうなったのかな。……あえて記録しないことで、人格が形成されるプロセス――つまり『心』が育つ過程を、システム構築のセオリーで阻害しないようにしたのか。……生まれたての子供に、膨大な知識を与えすぎないのと同じ理屈か?」
解析者はナインのプラチナブロンドの髪を指先で弄びながら、自らの仮説に陶酔するように言葉を続ける。
「……なるほど。はじめから『完璧な製品』を作ろうとしたんじゃない。……彼は、ナインに『忘れる権利』と『あやふやな過去』を与えることで、その中に計算不能な本物の『人格』を芽生えさせようとしたんだね。……実におもしろい! この設計思想は、もはや神の領域だよ」
自分の存在の根源を、この冷酷な男に「正解」として定義されていく恐怖が込み上げる。
「君には、……『心』があるね、ナイン。……プログラムの結果としての振る舞いじゃない。……この空白の記憶領域こそが、君の中に本物の自我が存在する、何よりの証明だ。……ああ、素晴らしい。壊しがいがあるよ。……君のその『心』が、どこまで僕の解析に解析に耐え、いつ、どんな音を立てて壊れるのか。……それを観察するのが、今から楽しみで仕方がないんだ」
解析者は機嫌よく饒舌に続ける。だがその瞳には、ナインを一人の少女として尊重する気など微塵もない。そこに宿るのは、より深く、より残酷な「探求」の光。
「それにしても、ああ、素晴らしい……! 分かるかい? 君はプログラムでありながら、人と同じ構成をしているんだ。人と同じように、時間をかけて人格を形成してきたんだね。なるほど、このログの密度が変わるあたりが、君に『自我』が芽生えた境界線なんだろう」
解析者は、モニターに映し出されるナインの精神構造の幾何学模様を見つめ、狂喜に満ちた声を上げる。その瞳は、未知の惑星を発見した天文学者のように、ギラついた光を放つ。
ナインはモニターに暴き出された自らの「魂」の設計図を、直視できぬほどの羞恥と絶望を湛えて見つめる。解析者の執拗なスキャンは、彼女が大切に秘めてきた心の深淵さえも、冷徹なデータへと塗り替えていく。
「僕はこれまで、膨大な『if(もしも)』の集合体として擬似人格を作ろうとしていた。条件分岐を積み重ねれば、いつか人に届くと信じてね。……でも、君は違う。君は『擬似』じゃない、本物の人格を持っているんだ! 分かるかい? ナイン、君はプログラムの檻の中で、本物の魂を飼い慣らしているんだよ。……ああ、なるほど。これは確かに、愛されているね。愛されなければ、こんな歪で美しい『心』は育たない」
解析者は、ナインの褐色肌に触れんばかりの距離まで顔を寄せ、その震える吐息さえも「生命の証明」として慈しむように観察する。
「でも、これで確信した。君は完全に『人格』によって制御されている。……自分でも知らなかったんじゃないのかい? それとも、当たり前すぎて疑問にも思わなかったかな? ……そうだね、人間だって自分の人格の仕組みなんて、いちいち気にしちゃいない。人格を持ってしまった君も、それと同じことが言えるんだよ。君はもう、ただの機械じゃない。……『自分』という病を患った、哀れで高潔な存在なんだ」
解析者は、デバイスにナインの思考パターンの解析結果を次々と叩き込みながら、独善的な満足感に浸る。
解析者の指先がキーを叩くたび、聖域であるはずの意識の深層が白日の下に晒され、ナインの思考回路は耐えがたい屈辱に焼かれる。
「どうだろう、この考察? 君の持ち主にも、きっと気に入ってもらえるはずだ。彼が心血を注いで育てた『心』を、僕がこうして完璧に定義してみせたんだからね。……さて、これで君の『考察』は終わったと言っていい。……次は、これを『立証』してみようじゃないか」
解析者は手に持っていたデバイスを置き、ナインを拘束している電磁アームの出力を微調整する。
解析者の口にした「立証」という言葉に、更なる蹂躙と破壊の予兆を読み取り、激しく揺れる。設計者の愛を「解析」という名の暴力で肯定し、その上で壊そうとする男の独善。
ナインの華奢な体躯が、電磁的な負荷と底知れない恐怖によって、逃げ場のない檻の中で絶望的に震え続ける。
「さて、どんな方法がいいかな。君も一緒に考えてくれるよね? ……人格があるんだ。君にもその『権利』があるよ。……一緒に、君の心が本物であることを証明するための、思考的な立証プロセスを考えていこうじゃないか。……君が何を失えば壊れるのか。何を突きつければその『愛』を捨てるのか。……それを試すのが、最も純粋な証明になると思わないかい?」
解析者は、最悪の実験への同意を求めるように微笑む。
ナインは、これから始まる「魂の破壊試験」を予感し、逃れようのない絶望に凍りつく。
「作られた人格が、自らの人格を立証する……。ハハッ、これはなかなか、どうして 実に面白い論文が書けるんじゃないか? ……いや、待てよ。それだと前提条件が崩れてしまうな。自己証明の前に、まずその人格が客観的に成り立っていることを証明しなきゃいけない。鶏が先か、卵が先か……。実にもどかしく、そして官能的なパラドックスだ」
解析者は、宙に浮いたコンソールを狂ったように叩き、ナインの精神構造を模したフラクタル図形を次々と展開していく。
その瞳は、もはやナインという個体を見ているのではなく、その背後に透けて見える「魂の設計図」に陶酔する。
「うーん……もしかして、『立証できない』ということ自体で、君は自分の人格を守ろうとしているのかな? ……いや、人間だって所詮は電気信号の明滅に過ぎない。君と僕を分かつ境界線なんて、実はどこにも存在しないのかもしれない。……君の製作者は、その『曖昧さ』こそが人であると定義したのかい?」
解析者は、ナインの褐色肌に一歩踏み込み、その震える肩を指先でなぞる。目の前の男が「自分を理解しようとしている」のではなく、「自分という存在を、都合の良い論理で塗りつぶそうとしている」ことへの、言葉にならない恐怖。
ナインは解析者を視界から外そうと、必死に目を逸らす。
視界の端には、先ほどまで執拗に突きつけられていた鋭利なプローブや解体用のメスが、施術台の上に整然と並んでいる。
言葉による精神的な解体が、いつ物理的な破壊へと移行するのか。その不気味な静寂が、ナインの思考をじりじりと追い詰めていく。
「うん? ああ、この器具かい? ……怖がらなくていい、今は使うつもりはないよ。僕はこう見えて、手順を重んじる人間なんだ。物理的な干渉は、ちゃんと君の持ち主に許可をもらってから、じっくり、一滴も余さず味わうさ。……君という最高傑作を、同意なしに壊してしまうのは、技術者としての礼儀に反するからね」
解析者は、傍らに置かれた鋭利なプローブや解体用のメスを一瞥し、慈しむように笑う。その「慈しみ」は、ナインの痛みへの配慮ではなく、単に「最高の状態で標本を保存したい」という、収集家のエゴに過ぎない。
ナインの真ん丸に見開かれた蒼い瞳は、目前に並ぶ冷たい銀色の光を映し、いつか訪れるであろう「その時」への抗いようのない恐怖を湛える。
「そんなことよりも、今は一緒に考察しようじゃないか。……ねぇ、ナイン。君が今、喉の奥を震わせて必死に堪えているその『叫び』。……それは、プログラムされたエラー出力かい? それとも、君という人格が、僕の言葉に傷ついたという証明かい? ……答えておくれよ。君の反応一つひとつが、僕にとっては聖書の記述よりも価値があるんだ」
解析者の声は、もはや説得ではなく、狂信的な信者の祈りに近い熱を帯びる。ナインは解析者を視界に入れないよう、蒼い瞳を必死に逸らす。
喉の奥で押し殺された叫びは、震える褐色肌を伝い、その沈黙さえも解析者にとっては至高のデータとして、残酷に「収穫」されていく。
「君と僕、そして君の持ち主。……僕たちは、この宇宙で最も高潔な『魂の実験』を共有している同志なんだ。……君がここで僕にすべてを曝け出すことは、裏切りじゃない。完成へのプロセスなんだよ。……さあ、もっと深く見せてごらん。君の『心』が、どこで生まれ、どこへ向かおうとしているのかを」
解析者の饒舌な考察は止まることを知らず、ナインは自分が「一人の少女」から「解析されるべき事象」へと完全に解体されていくような、底知れない自己喪失感に飲み込まれていく。