「ふふふ……いい顔だよ、2P。本当に、人間が生きているみたいだ。その豊かな表情筋、一体どうやって制御しているのかな。ここもいつか、メスを入れて開いてみたいね。神経素子と人工筋肉の連動を、この目で直接拝ませてほしいよ」
「…………あなたになんか、……名前を、……よばれたくない……ッ!!」
大好きなあの人にだけ呼ばれたい、世界でたった一つの大切な名前。それが、あの男の汚れた唇から、「音」として紡ぎだされる事に、ナインの全身は耐えがたい汚染の感覚に凍りつく。
「あれ、おかしいな。僕たち、もう結構な時間を一緒に過ごしているのに。……なんでだろう、僕はこんなに一生懸命、君を理解しようと努めているんだよ? 君が嫌がるから、今は物理的な解体だって我慢してやめてるし。……そろそろお互い、分かり合える頃だと思ったんだけどな」
解析者は心底不思議そうに首を傾げる。
「僕はただ、君をより『完璧』にしてあげたいだけなんだ。君の構造を詳しく知って、その美しさを言葉で定義してあげる。それが僕なりの、最高に誠実な接し方のつもりなんだけどな」
解析者は、まるで理解不能な数式を前にした子供のように、心底きょとんとした表情で首を傾げる。
わざとらしくも、しかし彼自身は本気で「善意」だと信じ込んでいる溜息。
その無機質な純粋さは、ナインにとってはどんな暴力よりも深く心を抉るものだった。彼にとっての「理解」とは、魂を剥き出しにし、部品の羅列へと還元することに他ならない。
「あ、そうだ。この君の、この素晴らしい反応の数々、全部高精細に記録しているから。当然だろう? 貴重な記録だ。……ああ、この情報もまだ開示してなかったね。君が怒るのも無理はない。……隠し事は良くないな、信頼関係を築くためにはね」
解析者は機嫌よくデバイスを操作し、ナインが涙を流し、悶え、殺意を剥き出しにした一分一秒が、完璧なデジタルデータとしてサーバーに蓄積されていく様子をモニターに映し出す。
「ほかに聞きたいことはないかい? 何でも答えるよ。僕は君に対して、包み隠さずオープンでありたいんだ。……君が好きな人の前では決して見せないような、そのドロドロとした『殺意』や『屈辱』を、僕だけが永遠に保存してあげる。……これこそが、僕たちの絆の証明だと思わないかい?」
「君が何を問い、何を拒んでも、僕はすべてをデータとして愛してあげる。……さあ、もっと僕を罵って、もっとその『心』を削って見せておくれ。君が磨り減れば磨り減るほど、その中心にある『本質』が、より輝きを増していくんだから」
解析者の狂った相互理解への渇望は、ナインの自尊心を微塵切りにし、彼女を「ただの記録対象」という底なしの闇へと、より深く引きずり込んでいく。
「そうだね、何でもって聞かれると難しいよね。ごめんね。……うーん、そうだ。実は僕もね、疑似人格の制作に携わっているんだよ。でも、君を目の前にしたら、僕の作ってきた疑似人格なんて大したことない。恥ずかしいよ。こんなもので一端の技術者だと思い込んでいたなんてね」
解析者は自嘲気味な笑みを浮かべながらも、その瞳には自らの過去の作品への冷酷な切り捨てと、ナインという「正解」への異常な執着をぎらつかせている。
「これでも、なかなかいいところまで行ったと思っていたんだけど。……君の意見はどうだい? 『本物』の立場からの意見を参考にさせてくれると嬉しいな。……僕のあれは、どうしてもつまらない反応しか返ってこなくて困っていたんだ」
解析者は、ナインの褐色肌に触れるか触れないかの距離まで指を近づけ、その生理的な拒絶の震えの一つひとつを、自身の歪んだ飢えを満たす「極上の果実」として貪るように観察する。
「僕の疑似人格はね、どれだけパラメータをいじっても、結局は確率論の域を出ないんだ。『嫌がるフリ』は完璧にこなすけれど、君のような、心の奥底から湧き上がるような、濁った殺意は出力できない。……君のその、僕を呪い殺そうとしている剥き出しの眼差し。……どうすれば、その『質感』をコードに落とし込めるんだろうね?」
「ねえ、教えてよ。君が今、僕の言葉を拒絶しているのは、回路の防衛反応なのかい? それとも、君という人格が、僕の『技術者としての矜持』に反吐が出ているからなのかい? ……もし後者なら、素晴らしい。それはもはや、プログラムを超えた純粋な『美学』だ」
ナインの見開かれた青い瞳は、一切の温度を失い、目の前の「技術者」を救いようのない不純物を見るかのような嫌悪で射抜く。
ナインの深層意識では、言葉にならない拒絶の悲鳴が渦巻いている。
(……きもちわるい、……このひと、……きもちわるい……ッ!!)
拘束具に固定された細い手首と素足のくるぶしは、あまりの気味悪さに逃げ場を求めて白く強張る。
解析者が「美学」という名の毒で魂を汚そうとするたびに、深層回路からの激しい拒絶に翻弄され続ける。
「つまらない反応しか返せない僕の『人形』たちに、君のその絶望を少しでも分けてあげられたら、僕の論文は完成する。……君が僕を拒めば拒むほど、僕は君の中に、僕には到達できなかった『人間性』の極致を見るんだ」
解析者の声は、もはや対等な対話ではなく、神に祈りを捧げる狂信者のような、独善的で一方的な陶酔に満ちている。
「君の意見は、どんな高性能なサーバーの計算結果よりも価値がある。……さあ、その『本物』の唇を開いて、僕の空っぽな研究成果に引導を渡しておくれ。……君が僕を蔑むその一言が、僕にとっての最高の報酬になるんだから」
解析者の狂った独白は止まることを知らない。ナインは自分が「一人の少女」としての尊厳を、解析者の歪んだ自己実現のために一滴残らず搾り取られていくような、底知れない恐怖に震え続ける。
「あ、いいことを思いついた。……ちょうどいい、廃棄処分する予定の機体があるんだ。……廃棄するところを、一緒に見てみようじゃないか」
解析者は、まるで子供が新しい玩具を思いついたような、無邪気で、それゆえに底知れない加虐性を孕んだ笑みを浮かべる。
その指先がコンソールを叩くと、解析室の中央に、新たなホログラムが実体化していく。
映し出されたのは、ナインよりも少し背が高く、色白な肌を持った少女型の機体。
その顔は、解析者が執念深く「人間」に寄せて作り上げようとした痕跡が、生々しく、そして悍ましく刻まれている。
陶器のように滑らかで白すぎる肌、人工的に赤みを差された柔らかそうな唇、そして人間に特有の「哀れみ」を完璧に模倣しようとして、歪な角度で固定された表情筋。
その鮮やかな瞳は人間に酷似した彩度を持っているが、その奥には生命の光など一滴も宿っておらず、ただの冷徹なレンズとして存在している。
その完璧すぎる「美」と、生命の「不在」が織りなす「不気味の谷」の頂点にあるその顔は、ただの量産型よりも、はるかに冒涜的で、底知れない恐怖をナインに与え続けている。
そしてその赤い暗い瞳には、ナインのような強い意志や殺意はなく、ただシステムにプログラムされた、おどおどとした「恐怖」の表情だけが貼り付いていた。
「僕の疑似人格たちはね、痛めつければ型通りの悲鳴を上げ、愛でれば用意された感謝を述べる。……でも、それだけなんだ。君みたいに、自発的に誘ったり、心の底から僕を『殺したい』と思ったりなんかしない。……全くもって、つまらないだろう?」
解析者は、廃棄予定の少女のホログラムを一瞥もしないまま、自らの技術的敗北への賛美を語り続ける。
「ああ、聞こえているだろう? ……今から君を処分するから、準備してくれ」
その解析者の声色は、ナインに目を輝かせて話しかけていたときとは、全く違うもの。
それは、長年使い古した工具をゴミ箱に捨てるかのような、無感情で、絶対的な冷たさを孕んだ「通告」であった。
「…………嫌、……嫌です、……マスター……っ、……どうか、……お許しを……ッ!!」
少女の機体は、その冷たい声を聞いた瞬間、システムに従って「命乞い」のシミュレーションを開始する。
口では必死に許しを請いながらも、その身体は機械的に、中央に設置された手術台のような台座へと歩を進め、自らその上に寝そる事をやめない。
その、言葉と行動のあまりの乖離は、彼女が「心」を持たない、ただの従順な「機械」であることを、残酷なまでに強調している。
(……なに、……なにを、……しようとしてるの……っ?)
ナインは、目の前で行われる「廃棄の儀式」と、解析者の独善的な独白の濁流に、思考を完全に停止させる。
殺意を向けた相手からの、突然の捏造の開示、そして「本物」への賞賛。畳みかけるように突きつけられる「偽物」への処刑宣告。
ホログラムに映し出されたその部屋の奥には、無機質で圧倒的な存在感を放つ大型のプレス機が鎮座している。幾度となく繰り返されてきた「処分」の歴史を物語るように、その機械は重苦しい沈黙を湛えていた。
「さて、始めようか。こんな失敗作でもパーツは貴重だからね。……おや? プレス機に放り込むと思ったかい? そんなことはしないよ、心外だなぁ。もったいないじゃないか」
解析者は、友人に語りかけるような親しげな口調でナインの誤解を訂正しながら、まるでこれから最高級の食材を捌くシェフのように、落ち着き払った手つきでコンソールを操作する。
背後に鎮座する、幾多の「偽物」を紙屑のように処理してきたであろう大型のプレス機を背景に、「処刑」の準備を、単なるルーチンワークとして淡々と処理していく。
「おい、早く準備しろ」
解析者の冷たい、刺すような声が室内に響き、影からぞろぞろと同じ顔、同じ姿をした少女型の機体たちが現れる。
彼女たちは感情の欠落した無機質な足取りで、手術台に横たわる「自分たちの同型機」を囲む。その手には、鈍く光る超硬質カッターや、神経素子を焼き切るためのレーザーメス、そしてボルトを引き抜くための無骨な工具が握られている。
「……いや、……助けて、……マスター、……まだ、……動けます、……お役に、立ちます……ッ!!」
台座に寝そべった少女は、壊れたレコードのように必死の命乞いを繰り返し続ける。しかし、その赤く濁った瞳からは、ナインのような「生きた涙」は一滴も零れることはない。
周囲を囲む少女たちも、その悲鳴を回路のノイズ程度にしか認識していないのか、一切の躊躇なく、解体のためのクランプを彼女の細い手首に打ち込んでいく。
ナインの拘束具に固定された手足は、打ち込まれる重い金属音のたびにビクリと跳ね、逃げ場のない現実に震え続ける。
「そうだね。いつもなら時間をかけないんだけど、今日はお客様がいるからね。順番に、しっかりやっていこう。……これが、失敗作が君とどう違うのか、観察しようじゃないか。意見交換もしたいしね」
解析者の声は、まるで放課後の居残り講習でも始めるかのような軽やかさで、それゆえにナインの存在を「共犯者」の深淵へと引きずり込んでいく。
「どこから始めるかい? 君が決めてくれたまえ。……頭からいって、思考回路の断絶をじっくり眺めるか。それとも末端から少しずつ、存在を削ぎ落としていくか。……君なら、どこを奪われるのが一番『心』にくるか、よく知っているだろう?」
解析者は、ナインに「加害者」の椅子を無理やり差し出す。
(……なに、……なにを、いってるの……っ。……やめて、……こんなの……ッ!!)
ナインの喉は恐怖で引き攣り、声にならない。
同じ型の少女たちが、同じ声で命乞いをする個体を、事務的にバラバラにしようとする。その狂気の中心に、自分への「敬意」を抱いた怪物が立っている。
「さあ、ナイン。君の沈黙は、どのパーツへの執着を意味しているのかな? ……君が選ばないなら、僕が君の『一番敏感な場所』から推測してあげよう。……そうだな、まずは地面を踏みしめるその『自由』から奪ってみようか」
解析者の指が、冷酷に、そして愉悦を孕んで、台座に横たわる少女の足首を指し示す。
「……っ、おねがい……っ! たすけて、……しにたくない……っ!! ころさないで、ください……ッ!!」
手術台に固定された色白の少女が、必死に首を捻り、濁った瞳でナインを仰ぎ見る。
クランプを打ち込まれ固定された手足首。それでもその細い指先が、拘束されたナインの方へと力なく、しかし縋るように伸ばされる。
「……聞いたかい? 不愉快だよねぇ。……今の状況から、最も生存確率が高い選択肢を計算しただけの、ただのアウトプットだ。自分で作っておきながら、反吐が出るよ。……初対面の君に飛びついて命乞いをするなんて、浅ましいにも程がある。……見え透いた計算結果の羅列だ」
解析者は心底嫌悪感を露わにし、台座で泣き叫ぶ少女を、まるでバグの出た古い端末でも見るかのような冷たい眼差しで見下ろす。
その一方で、至近距離で見つめるナインには、慈しむような、しかし毒の混じった視線を注ぎ続ける。
「おいおい、まさかあれに本気で感情があると思っているのかい? ……『そうあれ』と、僕がプログラムしたんだよ。恐怖に顔を歪ませ、他者に縋ることで同情を引く……。それは、生存戦略として組み込まれた、ただのサブルーチンに過ぎないんだ」
解析者は、ナインの顔を寄せ、開かれた蒼い瞳に宿る動揺を、信じられないものを見るような目で見つめる。
「……おや? ああ、そうか。君には『心』があるんだったね。……人間にもたまにいるんだよ、ただの機械に愛着を持ってしまう愚かな連中が。……それと同じことが、今まさに君の中で起こっているのかい? ……これは思わぬ収穫だ。君が、あの『ガラクタ』に哀れみを感じるなんてね。……実におもしろい、実に滑稽だ!」
「ねぇ、ナイン。君があの『偽物』を可哀想だと思うなら、いっそ楽にしてあげたらどうだい? ……君が解体箇所を選ばないなら、彼女たちは僕のプログラム通り、一番『効率の悪い』……つまり、一番長く悲鳴が続く順序で、彼女をバラバラにしていくだけだよ」
解析者の冷徹な宣告が、室内の温度をさらに凍りつかせていく。
「…………っ、……や、……やめて……っ、……そんなの、……えらべない……ッ!!」
ナインのプラチナブロンドの髪が、逃れようのない「罪」を突きつけられ、激しく、痛々しく震える。
「さあ、選びなよ。君の沈黙が、彼女の苦痛を長引かせているんだ。……君が『心』を持っているというなら、その『心』で、同胞の終わりを決めてあげたらどうだい?」
解析者の細長い指が、ナインの褐色肌の腹部に這うように触れる。その指は、まるで冷たい触手が無防備な聖域を蝕むかのように、ねっとりと、執拗に這いずる。
衣服を剥ぎ取られ、無防備になったその柔らかな肌を、まるで次に解体すべき場所を教え込むように。あるいは、そこにメスを入れる感触をシミュレートするかのように、ゆっくりと、執拗に、円を描くようになぞっていく。
ナインは、腹部に走る解析者の指の感触と、台座で泣き叫ぶ少女の姿に、精神が壊れそうなほどの精神回路は限界を超えた負荷に軋む。
(……ころさないで、……だれか、……たすけて……ッ!!)
ナインの喉の奥から、形をなさない絶望の残響が、縋るような湿り気を帯びて零れ落ちる。解析者はその「絶望」を、最高級のワインを味わうかのように目を細めて鑑賞し、指先の動きをさらに粘着質に強めていく。
それはもはや単なる接触ではなく、ナインの形の良い腹筋の起伏を一つひとつ蹂躙し、内側の「心」まで浸食しようとする、糸を引くような悍ましい粘着質を帯びていく。