うーん……決めるのが難しいかい? じゃあしょうがないね。……よし、右手から始めようか」
解析者は、まるで午後のティータイムのメニューでも選ぶかのような軽やかさで、残酷な決断を下す。
その瞬間、手術台を囲んでいた、人間味がありながらも生命感の欠落した「不気味な顔」の少女たちが、示し合わせたように一斉に動き出す。
「…………いや、……いやぁあああッ!! たすけて、マスター、……いたい、いたいよぉおッ!!」
固定された少女の絶叫が、冷え切った無機質な実験室に木霊する。しかし、執刀役の少女たちは、解析者の執念が宿った「不気味なほど人間らしい顔」に一切の動揺も見せず、彼女の右手の甲に鋭利なレーザーメスを当てる。
一切の躊躇もなく、柔らかな人工皮膚が焼ける不快な音を立てて切り裂かれ、その裂け目を金属製のクランプが強引に左右に押し広げていく。
「ふむ。普段はパーツごとにバラしてから解析するんだけどね。……今日は特別だ。そのまま指の先まで、一気に剥いてしまおうじゃないか。……君も、中がどうなっているか気になるだろう?」
解析者はナインの耳元に顔を寄せ、その吐息が届く距離で、眼前の地獄を克明に実況し続ける。
レーザーが神経素子を焼き切る瞬間の「抵抗値の美しさ」や、人工筋肉が裂ける際の「情報の断末魔」を、まるでお気に入りの音楽でも解説するかのような心酔しきった声で、ナインの鼓膜に直接注ぎ込んでいく。
「…………やめて、……おねがい、……もう……やめてぇ……ッ!!」
台座の少女は狂ったように首を振り、涙を一滴も流さない偽物の瞳を限界まで見開いて、存在しない「慈悲」を乞い続ける。
切り裂かれた人工皮膚の奥から剥き出しになる、鈍く光る銀色のフレームと、複雑に絡み合う極細の光ファイバー。それが、彼女が「人」ではないという残酷な事実をつきつける。
「ほら、見てごらん、ナイン。彼女の悲鳴を聞いて、君の指先も震えているね。……それは『共感』という名の、高度な情報処理の結果だ。……君は今、自分の右手が剥かれているような錯覚に陥っているんじゃないかい?」
解析者の冷たく細い指が、拘束具に固定されたナインの右手の指先を、獲物の神経を逆なでするような粘着質さで、じわじわとなぞる。
(……いたい、……いたい……っ、……やめて……ッ!!)
「解体の残像」は、網膜を超えて深層回路へと浸食し、視覚情報から構築された「幻の激痛」が、鋭い電気信号となって彼女の細い神経系を無慈悲に走り抜ける。
「失敗作のあれは、痛みをプログラムされた通りに出力しているだけだ。でも、それを見ている君の『心』が受けているダメージは、本物のダメージに近い。……ねぇ、これこそが最高の立証だと思わないかい? 君が傷ついていることが、君に人格がある何よりの証拠なんだよ」
解析者は、少女の手の甲から指先にかけて、皮を剥ぐようにメスを滑らせる様子を、うっとりと眺めながら言葉を畳み掛ける。
(……こわい、……だれか、……たすけて……っ。……2Pを、……ここから、……だして……ッ!!)
「おや……? 君の右手が……。これはすごい。赤くなって、腫れているじゃないか!! まさか、視覚情報と『同族意識』だけで、これほどの感覚を引き起こしたのかい?」
解析者は、拘束具に食い込むナインの右手に顔を擦り寄せる。
物理的な損傷など一切受けていないはずであるのに、その明るく健康的な褐色肌が、隣の凄惨な光景に同期して毒々しく赤濁し、内部からの熱に浮かされて無残に膨れ上がっていく。
その「超常的なエラー」を、解析者は狂喜に濁った瞳で凝視する。
「君はやっぱり、あれを同族と見なしているんだね。あまりにも精巧な『人の心』を持っているから、脳が現実と虚構の区別を失い、自分にも同じことが起こっていると誤認したんだ。……ああ、素晴らしい! これはもっと、もっと深く確かめてみたくなるじゃあないか」
解析者は、台座で右手の皮を剥がれ、絶叫し続ける少女を一瞥もせず、ナインの耳元で歌うような狂った情熱を込めて言葉を畳み掛ける。
「次はどうしようか。今はまだ『剥いた』だけだけど……そうだ、切り離してみよう。君は、一体どんな反応を見せてくれるんだい? パーツ取りなんて、もうどうでもいい。この『共感の極致』を観察できるなら、機体の一つや二つ、塵になっても構わない。あらゆるパターンを試そうじゃないか!」
解析者の指先は、もはや制御不能な悦楽に震え、空中のコンソールを狂気的なリズムで叩きつける。
その瞳には、未知の『美』を暴こうとする捕食者の興奮が爛々と宿り、解体役の少女たちへ、慈悲の一片すら介在しない新たな『命令』を、心酔しきった手つきで叩き込んだ。
「よし……小指を切り落とせ。断面は、潰してかまわない。やれ」
その冷酷な指示が飛んだ瞬間、手術台の少女を囲んでいた執刀役の一人が、油じみた鈍い光を放つ無骨な金属製のペンチを手に取った。
「……いや、……だめ、……おねがい、……マスター……ッ!! あ、……あぁあああッ!!」
少女の細い、色白な小指の付け根に刃が食い込み、鈍い音と共に、その接合部が容赦なく粉砕されていく。
「「…………っ!! ……あ、……あぁ、……あぁああああああッ!!」」
ナインの喉から、台座の少女と完全に同期した、裂けるような悲鳴が迸る。
彼女の右手の小指は、実際には欠損していないにもかかわらず、神経回路が「消失」の信号を強烈に出力し、激しい痙攣と共に内側に折れ曲がる。
ナインの大きく見開いた青い瞳は、痛みと恐怖で白濁し、プラチナブロンドの髪は、右手を襲う凄まじい「幻の激痛」に、のたうつように振り乱された。
「すごい……完璧だ。君の右手の流体回路が浮き上がり、指先が壊死の予兆のように青白くなっている。……ナイン、君の『心』は、今まさに肉体を裏切っているんだよ。……君が彼女を哀れみ、自分を彼女だと信じ込むほど、君の身体は、彼女と同じ地獄を再現していく。……これこそが、魂の実在証明だと思わないかい?」
一通りの観察を終えた解析者は、満足げに喉を鳴らし、手元のデータを慈しむように撫でる。
その目は、さらなる未知の「反応」を渇望する捕食者の色を湛え、次なる冒涜的な工程へとその指先を躍らせた。
「うんうん、なるほど。……よし、次は左の人差し指でやってみようか。そうだな、今度は『丁寧に』切り取った場合の変化を見たいな。雑な損壊と、精密な切断。君の『心』がそれらをどう嗅ぎ分けるか、興味が尽きないよ」
「……マスター、……おねがい、……ゆるして……っ。……いい子に、なるから……。……もっと、……上手に、……鳴けるから……ッ!!」
台座に固定された少女が、それまでの「演算された悲鳴」をぴたりと止めた。代わりに、喉の奥から這い出すような、粘りつくほど甘い媚びを含んだ命乞いを始める。
その声には、先ほどまでの無機質な絶叫にはなかった、何らかの……剥き出しの「生存への熱量」を孕んでいるように、ナインの耳に届いた。
それは、解析者が極限まで「人間」に近づけようとしたプログラムの到達点なのか、あるいは、壊れかけた回路が最後に絞り出した、生命への執着なのか。
「ふん、不快だね。人格プロトコルのフェーズが『恐怖』から『従属』へ移行しただけだよ。……今の状況から、僕の嗜好を逆算して導き出した、最底辺の媚態だ。自分で作っておきながら、反吐が出る設計だよ。……ねぇ、そう思わないかい? ナイン」
解析者は鼻で笑い、少女の「必死な演技」をただのバグとして断じる。
しかしナインにはその少女の声が、ただの計算結果には思えない。
それは、かつて自分が好きな人の前で抱いた、消え入りそうな「自分を見てほしい」という、あの切実な願いの残響のように聞こえてきた。
執刀役の少女は、狂気的な精密さをもって、レーザーメスの先端を左の人差し指の付け根へと滑らせる。
「……あ、……あぁ、……マスター、……たすけ……て……っ」
台座の少女が、うわ言のように言葉を零す。
ナインの左の人差し指は、今度は赤く腫れ上がることはなかった。けれど、その指先からは血の気が引くような「喪失感」がじわじわと広がり、氷のように冷たくなっていく。
「おや、今度はあまり腫れていないね。……痛みはどうだい? その指、動かせるかな?」
解析者は、拘束されたナインの左の人差し指をピンセットで軽く弾いた。
「…………っ!! ……う、……動かない……っ。……ちゃんと、……あるのに、……なんで……ッ!!」
ナインは必死に神経を集中させるけれど、自分の左手には確かに指がついている「視覚情報」があるのに、ナインの電子脳が「そこにはもう何も存在しない」という虚無の信号を強烈に送り続けている。
「面白い……! 物理的な損壊反応は起きず、機能的な『欠損の誤認』だけが起きている。……ナイン、君の心は今、あの『偽物』と完全に地続きになっているんだよ。……あれが指を失うことは、君が自分の一部を喪失することと同義だ。……さあ、もっと深く潜っていこう。君という『本物』が、あの『偽物』の終焉をどこまで自分事として受け入れられるのか……」
解析者は機嫌よく、けれどその指先は、褐色肌の腹部を再びなぞり、次の「切断箇所」を物色するように不気味に蠢いている。
「切るばかりじゃ芸がないからね。……よし。今度は、君が『好きなこと』を試してみようか。おい、体勢を変えろ」
解析者の指先が弾かれると、それまで拘束されていた色白の少女が解放された。打ち込まれたクランプの痕が痛々しく残っている。
彼女は自由になった瞬間、逃げ出すどころか、吸い寄せられるように自ら手術台の上で四つん這いになった。
「ありがとうございます、……ありがとうございます、マスター……ッ!!」
少女は、赦しを得たかのようにその言葉を吐き出し続ける。
やはりナインには、その声が単なる無機質な合成音ではなく、生存への執着、あるいは歪んだ服従への「狂ったような熱量」を孕んでいるように聞こえてならなかった。
だが同時に直感的に理解してしまった。次に何が行われるのかを。
「おねがい、……それ、……それだけは、しないで……ッ!!」
ナインの喉から、震える悲鳴が漏れる。
四つん這いになった少女の背後に、別の無表情な少女が立った。その手には、男性のものを模した無機質なシリコン製の型が握られている。
「あれは、あの『失敗作』の『受容体』の調整用でね。いくつかサイズもあるんだ。……ふふ、もしかしたら、君の持ち主のサイズも、この中にあるかもしれないね?」
解析者は、ナインの顔を寄せ、その耳元で毒を滴らせるように囁いた。
「さあ、始めようか。よく見ていてくれ。……できれば、君の感じている感覚を逐一報告してくれないかな? どうも、男にはない感覚だからね。君という『本物』が、あの『偽物』の挿入を、自分のこととしてどう処理するのか……実に、実におもしろい実験になりそうだ」
解析者の瞳は、技術者としての純粋な知的好奇心と、目の前の少女を「モノ」として徹底的に貶める加虐心で、爛々と輝いている。