クラス転移で勇者召喚かと思ったら子作り奴隷召喚だった 作:稲月
午後は講義室での授業から始まった。今日は魔法の勉強らしい。
大きなボードの前に立って講義を進めるのは、妙に視線を引く女性だった。
身長は平均くらい。年は20代前半といったところだろうか。
淡い銀髪が床に触れそうなほど長く背を垂れている。光を受けても鋭く反射しない、つかみどころのない色だ。
整った顔立ちは冷ややかで、半ば閉じたような瞳が俺たちを見回す。
細められた瞼の奥で、眼光だけは鋭い。
「シンシア・クロージャー」と名乗ったその女性は、宮廷魔導士とかであるらしい。
身に纏っているのは、いかにも魔法使い然とした装いだった。
白を基調としたローブは装飾こそ控えめだが、布地は上質で無駄な広がりがない。体の線に沿って落ちるそれは、上品さと厳格さを兼ね備えたような印象を受ける。
その長い銀髪と相まって、立っているだけで白い影のように見えた。
見覚えがあると思ったら、召喚初日に男子達の背中に魔法で番号を振っていた人だ。
低く落ち着いた、それでいてよく通る声が講義室をこだましていた。
端的ではっきりとした説明は非常に分かりやすく、自分の頭にストンと落ちるように理解が進む。
「……さて、ここまで
シンシア教授は、その一言でさっきまで積み上げていた内容をあっさり切り捨てる。
そう、俺も思っていた。俺たちは誰一人として、魔法なんて使えない。
召喚されたその時から、転移によって獲得したあらゆるステータスや才能は遺伝子の中だけに蓄積されている。
当然、魔力だって例外じゃない。この世界の人々は少なからず魔力を持っているらしいが、俺たちは完全にゼロだ。
……せっかく異世界に来たのに、夢なんかあったもんじゃないな。
「とはいえ無駄な知識ではない。この離宮は王族並みの硬い守りがなされているが、万が一が無いとも限らんからな。
特に、魔族どもにとっては最重要攻撃地点だ。今は存在を秘匿できているが、露見するのは時間の問題でもある」
そうか、忘れかけていたけど、そもそも俺たちの存在意義は勇者を生み出すことだった。
勇者が生まれてしまえば魔族は戦争に負ける可能性があるわけで、それを防ぎに襲いに来たってなんら不思議じゃない。
……え、ええ〜。ここにいてもけっこう危ないじゃん。もうやだこの世界。
「そう言う訳だ。不測の事態でも最低限の対応はできるようになってもらう。否とは言わせん」
シュイン——と不思議な音と共に、白い光が一瞬だけ部屋を満たす。
気づけば俺たちの座る席それぞれに、一枚の紙が置いてあった。
「貴様らが生き残るに値するか、テストといこうか」
あれ、もうテストか。今回はけっこう早く終わるのかな。まだ午後のメニューが始まって2時間も経ってないけど。
まあ今回はけっこうちゃんと聞いてたし、そこそこ解けるだろ。
「さ、最悪だ……」
制限時間終了と同時に、手元の紙がポゥンと淡く光った。インクが勝手に書き換わるように数字が浮かび上がる。
50点満点中、11点。……17人中、16位。
試験、日本語じゃねえのかよ! 全然読めねーよ!
一昨日の授業で文字を習った時にほぼ聞いていなかったツケがここで来た。
あの後ソフィアさんにも怒られてちょっとだけ復習はしていたが、全然覚えきれていなかった。
「ほ、ほら、竿斗くんはペナルティないし、大丈夫だよっ!」
隣に座る夕凪のフォローも今は逆に辛い。俺、勉強は割とできる方だったのに……。
シンシア教授が感情の読めない声で皆へ呼びかける。
「さて、結果が出たところで早速実践といこうか。ついて来たまえ」
連れてこられたのは、離宮でも初めて見る広大な空間だった。
これまで過ごしてきた木造の和風建築とは明らかに異なる。壁も床も石造りで、重く冷たい空気が満ちている。
天井は高く、床はいくつものテニスコートが収まりそうなほどの広さがあった。
高い位置に設けられた窓から気だるげな午後の陽射しが斜めに差し込み、石床に白く広がっている。
……体育館、という言葉が一番近いかもしれない。もっと無骨で無機質な感じだけど。
「屋内訓練場だ。強固な魔法結界で覆われている。貴様らには分からんだろうがな」
淡々と言ったシンシア教授。その手が、なんの前触れもなく軽く掲げられた。
シュウン——と空気が静かに鳴る。
気づいた時には、その手に長い杖が握られていた。
白く細い柄の先に、青く透き通った宝玉のようなものが飾られている。
装飾は最低限だが、不思議と目を離せない威圧感がある。
そして教授は無言のまま、その杖の先を床に打ちつけた。
トン、と乾いた音。
瞬間、空気が弾けた。
——ブオッ!
透明な奔流が空気を揺らがせながら部屋中を走り抜ける。
風じゃない。だが確かに何かが吹き荒れている。肌を撫でる圧に息が詰まる。
声も出せない俺たちの目の前。何もなかったはずの空間に、影が差した。
——ゴゴゴゴゴゴ……
分厚く、半透明な、灰色の壁。
真っ平な面が床からせり上がるように立ち、左右に形を得てどんどん奥へと形成されていく。
続いて灰色の足場も現れ、その上を覆うように天井が閉じられる。
あっという間に、幅も高さも3メートルくらいの細長い通路が一本、奥へと伸びていた。
「
これから貴様らに課す試験はただ一つ。この通路の最奥に辿り着け。失敗すればペナルティだ。
心配せずとも、魔法は使う必要がないように設計しているし、怪我もせん。
……ふん、業腹だが仕方ない。お子様向け仕様だ」
通路の地面は俺たちが立つ床より2メートルほど高い位置にある。ここからじゃ中は覗けない。
かろうじて見える入り口付近の壁や天井はまっさらな灰色で、何か仕掛けがあるようには見えなかった。
「試験は三人一組で行う。先ほどの筆記試験の上位から順に振り分けよう。さあ、はやく固まれ」
点数や順位はさっき全て公開された。女子達が互いの順位を確認しながら三人チームを組んでいく。
……あれ、俺含めて17人だから、最後のチームは二人だけになるな。
「ツリヤとウサミは二人だ。碌な点数も取れておらんのだ、異論は認めん」
17位は宇佐美だったらしい。なんとなく察してました。
俺はいいけど、問題は向こうだな……。俺と組まされた彼女がやる気を出すとは思えない。
文句を言っても仕方ないので、宇佐美の元へ歩いていく。
片手で反対の腕を掴みやや俯く宇佐美は、どうみても不機嫌そうだ。
「あー、宇佐美さん? よろしく」
「……きも。まじ最悪」
俺の顔すら見ずに小声で呟かれる。う、うーん、大丈夫かこれ。
気まずい雰囲気にお互い沈黙を流すだけ。なんでこんなに嫌われてるんだ?
いや、初日からパコパコ盛りまくってるのを見せつけてるしな……。理不尽な嫌悪とは言えないか。
とはいえ、全部が俺のせいでもないだろ。
軽く息を吐く。考えても仕方ないし、開き直って普通に接しちゃおう。
「振り分けは済んだな。上位の組から順に進め。ワタシの講義をまともに聞いていれば苦労はしないはずだ」
1位チームは美澄さん、栗栖さん、水無月さんだ。全員満点だったはず。
ごつい階段を登って、三人が通路へ進んでいった。
俺と宇佐美は微妙に距離を空けて並んだまま、ただそれを見送ったのだった。
5組めのチームが通路へ進んだ頃。
沈黙に耐えきれなかった俺は、思い切って正面から問いかけた。
「なあ、宇佐美さん。この際だからはっきり聞くんだけどさ。俺と、夜伽をするつもりはある?」
「はっ、はぁ!? あるワケないだろッ! きも! 調子のってんじゃねーよ!」
即答だった。顔を真っ赤にして激昂する宇佐美。わかりやすすぎる拒絶にむしろ安心すら覚える。
「でも、きっとそのうち命令がくるよ。この国はそれが目的で俺たちを呼んだんだから、間違いない」
「……そんなん、分かってるし。いちいち言わなくていいっつーの」
彼女の視線が落ちる。言葉は強いがさっきの勢いはない。
苛立ちと不安を隠せない、暗い表情。
彼女は母胎評価Aランクだから、離宮から出ていく選択肢すらない。文字通り、貞操を守るためなら死ぬしか無いんだ。
……俺の知る裏道を、彼女が知らない限り。
俺は内心で葛藤する。ステータスを下げる裏道が存在することを、彼女に伝えるかどうか。
伝えればきっと、彼女はその道を選ぶだろう。誰かに自分のステータスを渡して、ここから出て行くその修羅の道を。
そして出ていったが最後、命の保証なんてどこにも無くなる。誰も守ってやくれないし、文字も文化も常識も何も知らない土地にたった一人だ。
宇佐美は美人だ。良くも悪くも、すごく目立つ。後ろ暗い悪人どもが彼女に目をつけるのもあっという間だろう。
あまりに分の悪いギャンブルだ。チップは自分の命。冗談じゃない。
俺が伝えれば、彼女は自由を得る。
だがその代償に、苦痛と後悔に塗れた死を迎えるかもしれない。
「……宇佐美さんは、俺が嫌い?」
「……ったりめーだろ。あんな毎日馬鹿みたいに腰振ってるだけのヤリチン男なんて、好きなワケ」
ついこぼれた俺の言葉。
いつも通り、毒に満ちた台詞が返ってくる。
「俺に抱かれるくらいなら、死んでもいいってくらい?」
一瞬、間が空いた。
「…………ウチは」
ゆっくりと、彼女が顔をあげる。
「……ウチは、自分の生き方くらい、自分で決めんの」
真っ直ぐな目。強い意志のこもったその目が、俺の瞳を真っ直ぐに貫く。
「アンタに心配される筋合いなんて、ねーから」
その言葉が、俺の胸にストンと落ちた。
——『自分の生き方くらい自分で選べた方が、きっと幸せだとは思う』
俺が自分で放った言葉が蘇る。
入学当初から、宇佐美はずっと変わらない。口は悪いし、態度はデカい。
だけど、俺は別に彼女のことが嫌いなわけではなかった。
自分勝手そうに見えて、他人の領分には決して踏み込まない。
口は悪いくせに、根拠のない悪口や根も葉もない噂には一切乗らない。
粗雑に思われがちだが、所作は意外なほど綺麗だし、最低限の礼儀は守る。
傲慢な態度だけど、弱い相手をいたぶるような真似は絶対にしない。
彼女はただ、自分に正直に、ひたすら自由に生きているだけだ。
俺の目にはそれが、いつも眩しく映っていた。
そうだよな。お前は絶対、そう言うよな。
俺は彼女に拒絶されたにも関わらずなんだか嬉しくなって口元が緩む。
そして俺は、彼女に秘密を明かすことにした。
「宇佐美さん。実は、母胎評価を下げる方法を見つけたんだ」
「……は?」
「信じてもらえないかもしれないけど、本当だ。この方法を使えば、宇佐美さんは離宮を出て行くことだってできる」
「…………なんで、わざわざそれをウチに言うワケ? 黙ってたらウチを抱けるじゃん。なに? 情けのつもり?」
「違う。宇佐美さんの生き方は宇佐美さんが選ぶべきだって、俺も思ったんだよ。それだけだ」
俺が勝手に悩むことじゃなかった。口に出した瞬間、やけにすっきりした。
彼女は自分らしく生きることを一番大切にしている。それは昔から知っていたことだ。
たとえ彼女が修羅の道を歩むと決めたとしても、俺はそれを応援したい。
その結果がどうなるのかは分からないけど、伝える事が一番正しい選択だと、素直に思った。
宇佐美は感情の読み取れない表情で黙り込んだ。
ちょうど近くに人もいなくて二人きりだし、小声で話せば漏れることもない。
俺は裏道の詳細を伝えようと、開きっぱなしだった距離を縮める。
「アンタは」
先に口を開いたのは彼女だった。
「ウチを抱くのが、イヤって言いたいの?」
恐ろしい目で睨まれる。
まるで責めるような、鋭い目つき。
「エッ!? いやっ、そんな事は全然っ! むしろほんとは抱きまくりたいっていうかっ……あ、いや、ええっと」
言ってから、しまったと思った。素直に言いすぎた。
お、終わった……。
"キモッ! 死ねッ!"
次に来るのはそんな罵倒かと思いきや、何も返ってこない。
おっかなびっくりで彼女の表情を窺えば。
「ふ、ふーん。抱きまくるって、どんくらい……?」
頬を赤く染めてほんの少しだけ口元を緩める、とにかく可愛いギャルがいた。
あ、あれ?
「え、ええっと……時間さえあれば、一晩中?」
「は? 一晩だけ?」
「ああいや! ま、毎日! 夜だけと言わず、朝も昼も!」
「あ、朝から? え、なっ……そんなに……」
宇佐美の顔はもう耳まで真っ赤に染まっていた。口元を横一文字に引き結ぼうとしているが、口角がニヤニヤと抑えきれていない。
……もしかして、めちゃくちゃチョロい? ウブ丸出しなんだが!
試しに、もう一歩だけ踏み込んでみる。
「ええと、もしよければ……今日の夜伽とか……ど、どうかな」
「は、えっ、今日!? い、いきなりすぎだろッ! 調子のんなッ!」
「ああご、ごめん……。でも俺は、本気で宇佐美さんを抱きたいと思ってる」
なんだ、この流れ?
言いながら自分でも少し笑いそうになる。
「気が向いたらで、いいからさ」
「そ、そんなナヨナヨしたなっさけない誘いにウチが靡くワケねーし! まじ図に乗んなってハナシ!」
彼女は口調の割にあんまり怒ってなさそうだ。
男らしく誘えばいいのか? ううむ、男らしくってどうやればいいんだ。
真っ赤にプンスカ怒る宇佐美とたじたじに恐縮する俺へ、シンシア教授から声がかかった。
「次、貴様らで最後だ。進め。……なんだ? こんなところで発情しているのか?」
「ハァッ!? ちげーし! まじぶっ飛ばすぞ!」
仮にも教授に向けて遠慮なく噛み付く宇佐美をなんとか宥めすかしつつ、俺たちは階段を登っていく。
自然と、二人の並ぶ距離は近くなっていた。
メモ「32話:午後イベ終えて夜伽入る」
あれ?