※この作品はR-18です。

クラス転移で勇者召喚かと思ったら子作り奴隷召喚だった   作:稲月

35 / 65
33話 動物虐待で通報してやる

 

 通路の入り口に宇佐美と二人で並んで立つ。

 服は訓練用の動きやすいシャツとズボンに着替えている。

 

 目の前に伸びる通路の幅と高さはともに3メートルくらい。

 床も壁も天井もまっさらな灰色で、パッと見た限りでは何ら仕掛けはないように思える。

 通路は一直線だが、足場は中央だけだ。左右の壁側は足場がなく、奈落のような穴が口を開けている。

 

 ……穴の底が見えない。軽く覗くと真っ暗な虚空が広がっている。

 外から通路を見た時はこんな大穴が開くほどの高さじゃなかったはずなんだけど……し、死にはしないと言っていたし、落ちても無事に済む、はず。

 通路の奥には出口も見えるが、通路内の色が均一すぎて距離感があまり掴めない。目測20メートルくらいだろうか?

 

 俺たちの目標は、この通路を無事に渡り切ること。

 ただの道に見えて、魔法の罠が数多く仕掛けられているはずだ。

 先ほど受けた講義の内容を頭の中で反芻する。

 

 

 

『魔法は得てして派手なものだが、その前触れはひどく地味だ。

 音、光、空気の歪み。魔力がなくとも魔法の兆候は必ず捉えることができる』

 

 シンシア教授が手を軽く掲げると、その周りの空気が蜃気楼みたいにぐにゃりと歪んだ。

 あそこに、魔力がぐるぐると流れているんだ。形は見えないけど、不思議な圧は感じ取れる。

 魔力は基本透明だ。人為的な操作などで強く凝縮しない限り目には見えない。

 俺たちは薄い魔力をはっきり感じ取ることができないから、とにかく視覚と聴覚を研ぎ澄ますしかない。

 

『魔法罠の対策は単純明快。"観察"だ。

 壁の色の滲み、宙に浮く空気の揺らぎ、不自然に整った床、そういった違和感を見逃さなければ必ず罠は回避できる。

 そして万が一発動させてしまった場合も、まだ対処する余地はある』

 

 シンシア教授がボードに魔法陣をいくつか描いた。

 召喚された時に見たような複雑怪奇なものではなく、割と単純な図形の組み合わせでできている。

 

『これらは基礎的な魔法の発動陣だ。罠の設置には必ずこれらの陣が必要であり、起動した時にはその形がはっきりと浮かび上がる。

 もし罠を起動してしまった場合でも、浮かんだ陣から発動する魔法を予測して対策を打つことが出来れば、回避も可能だろう』

 

 

 

 テストはボロボロだったが、問題文が読めなかっただけで講義の内容はよく覚えている。

 とにかく慎重に進むこと。時間制限も無いし、石橋を叩きまくってゆっくり行こう。

 

 と、思った矢先だった。

 

 宇佐美が一人でツカツカと歩き出した。

 

 おいっ! 協調性! ……こいつにはそんなモンあるわけないか。

 

 宇佐美の足が通路の一部に触れた瞬間、同時に俺は気付く。

 ……あ、そこ、なんか淡く揺らいで……

 

 ——ビュン!

 

 宇佐美の顔面スレスレを、横から飛んできた青白い弾がすさまじい速度で通り過ぎた。

 

 魔力弾だ。最も基礎的な攻撃魔法。

 あと数cmズレていたら、宇佐美は横っ面を吹っ飛ばされて、通路脇の穴へ真っ逆さまに落ちていた。

 

「おいッ! だ、大丈夫か!」

 

 ピシッと固まっていた宇佐美が、息を吹き返すように喋り出す。

 

「……わ、わかってたし。試しただけ……」

 

「いやいや、反応できてなかったろ。ゆっくり行かないと危ねえって」

 

「う、うるさい! アンタがくっついてくるから早く終わらせたかったの!」

 

 頭が痛くなってきた。失敗してペナルティつくのは自分なんだぞ。

 小さく溜息を吐きつつ、彼女を言い聞かせるように続ける。

 

「じゃあ距離は空けるからさ、ちゃんと観察しながら行こう。今の勢い見たろ? 痛いじゃ済まないぞあんなの」

 

「え……空けんの……。ふ、ふん。次、罠見逃したらぶっ飛ばすから」

 

 なんで不満そうなんだよ。見逃したらぶっ飛ばされんのはお前自身だし。

 俺は内心の呆れも何とか飲み込んで、二人でゆっくりゆっくりと進んだ。

 

 

 

 

 色の滲んだ床を避け、糸のように薄く張られた空気の揺らぎを潜り、天井から放たれる妙な光を躱す。

 どの痕跡もごくわずかにしか感じ取れないが、それでも確かに罠を避けながら進めていた。

 細い通路も残り三分の一を切ったというところだ。

 

「なんだ、意外とヨユーじゃん。どれもこれもワンパターンすぎ」

 

 宇佐美が調子に乗り出す。罠を見つけてるのは大半が俺なんだが?

 慎重だった彼女の足取りが軽くなる。

 

「おい、油断するなって。こういうのは大概、終わり際に変なのが……」

 

 ——キィィン

 

 薄く甲高い音が耳を鳴らす。

 ……見た目を完全に偽装された、視覚では感じ取れないタイプの罠。

 

「おいッ! 足を退けろッ! そこは……ッ!」

 

「へ? きゃあああッ!?」

 

 無邪気に降ろされた宇佐美の右足。

 その周りからスゥ青白い紐のような魔力が現れたかと思うと、一瞬で足首を絡め取る。

 そしてあっという間に紐は天井へと引かれていき、宇佐美は天井へぶら下がるように逆さ吊りになってしまった。

 

 拘束罠だ。一度捕まれば自力での脱出は相当に困難だと教授が言っていた。

 特徴的な金髪がゆらゆらと揺れて、シャツがべろんと捲り上がっている。

 じたばたと宇佐美がもがくが、足首の拘束は頑丈でびくともしない。

 

 だが、解除方法もある。確か、起動陣と対になる解除用の陣が近くにあるはずだ。そして、それを阻む大量の罠も。

 拘束罠は、捕まえた一人を囮にして他の仲間も罠に嵌めるためのもの。解除は並大抵の難易度ではない。

 

 見捨てる選択肢は……無い。それだけはしないと決めたからな。

 どうせ失敗しても俺はペナルティは無いだろうという楽観的な予想で心を奮い立たせ、宇佐美の下へ突っ込んだ。

 

 ——ウォンッ。ウォンウォンウォンッ!

 

 そこかしこで魔力弾が起動する。壁の魔法陣を見れば軌道は分かるッ!

 何とか身体を捻って回避する。

 

 ——ビュンッ!

 

 青白く、彗星のような光が空を走った。

 

 速ッ!? 弾を見てから避けるのは無理だッ!

 

「うおッ! ……ふッ、くッ……! あぶッ!」

  

 右へ左へ、前へ後ろへ。

 次から次へビュンビュンと飛んでくる容赦のない弾丸。

 足元を見る余裕なんか無い。左右の壁に浮かぶ魔法陣からどうにか軌道を予測して、避ける、避ける、避ける。

 

「いいからッ! もう行けって!」

 

 ぶらぶら吊られる宇佐美が叫ぶが、答える余裕すらない。

 ぐらっと体勢が崩れ、右の壁側に寄る。穴の縁ギリギリでなんとか踏みとどまった。

 

 そして俺のすぐ真横、右壁の表面に、ウォンと陣が浮かんだ。

 

 あ……避けられな

 

 

 ——ドゴォッ……!

 

 

 横っ腹が爆発した。

 頭が真っ白にトんで、激しい衝撃と苦痛で肺の空気が全部出る。

 

「ごッ!? ……ぐぶッ! オェ……ッ!」

 

 吹っ飛ばされて、ごろごろと通路を転がる。

 反対側の穴に落ちるスレスレのところで、ぐったりと止まった。

 

 ……ぐぅぅ……ッ! い、いってぇ……吐きそう……!

 

 土手っ腹に爆撃を食らったような感覚。

 こ、殺す気かよ……! こちとらSSSランクの一般貧弱高校生だぞ……!

 痛みと吐き気で視界がぐるぐる回り、床にぐでんと転がったまま呻く事しかできない。

 

「つ、釣谷ッ! 生きてるッ!? ねえッ! ねええッ!」

 

 宇佐美が柄にもなく必死に叫んでいるが、返す気力はない。

 ま、まずいな……。拘束罠は一定時間で捕まえた獲物も処分するはずだ。

 訓練だから死にはしないだろうが、失格は間違いない。

 

 震える腕と視界で、何とか気を振り絞って身を起こす。

 腹が気持ち悪い、吐きそう、息が苦しい、肺が機能しない。

 

「う……ぐぅぅ……ッ! ぉぇ……ぜぇ、はぁ……くそッ! ゔぅッ」

 

 何がお子様仕様だッ! 貴重な種馬になんて仕打ちしやがる、動物虐待で通報してやる……ッ!

 ふらふらになりつつも何とか立ち上がる。吐き気を堪えて背は丸めたままだ。

 

「つ、釣谷……もうイイって! ゴール行って! ウチは諦めたッ!」

 

「う、うるせぇ……助けっから、黙って待ってろ……ッ!」

 

 幸い、付近の罠はほとんど起動し切ったらしい。

 床に残った数少ない揺らぎだけを避け、目を凝らして目的のものを探す。

 

「な、なんで……? そんな必死になる意味、ないじゃんッ! イミわかんない……ッ!」

 

 答える元気はない。だが絶対に見捨てない。

 もはや意地だけで動いていた。何が俺をここまでさせるのかなんて、俺にだって分からない。

 必死になって足を動かす。

 

 ……あった。小さく青白い四角が、床の隅っこに浮かんでいる。

 迷わず足で踏みつけると、プシュゥンという気の抜けた音と共に宇佐美がゆっくり降ろされてきた。

 

 逆さ吊りのまま降りてくる彼女を、何とか両手で受け止める。

 

「……ッ、ぐ……!」

 

 腹の激痛でまた呻きが漏れるが、奥歯を食いしばって耐える。

 

 宇佐美を両腕に抱えたまま、支えきれずにドサリと床の上にゆっくり倒れた。

 俺の身体の上で宇佐美が解放される。

 

「ハァ……ハァ……だから、言ったろ、油断すんなって……ごほっ」

 

「あ……ご、ごめん……釣谷、し、死なない?」

 

「死なねーよ、こんくらいで……ちょっと、深呼吸を手伝ってもらっただけ」

 

「な、何それ。カッコつけてるつもり? ……全然、ダサいし」

 

 滝のように冷や汗を流しながら強がるが、けんもほろろに一蹴された。

 全く、お前のために身体張ったんだから、こんな時くらい素直に褒めてくれよ。

 

 しばらく俺の上に彼女が乗ったまま至近距離で見つめあって、やがて恋人みたいに抱き合っていることに気づいたのか宇佐美が慌てて身を起こした。

 俺も息を整えてから、何とか身体をぐいいと起こす。ああ〜……吐きそう。

 

「ゔぅ……よし、ふ、復活。ゴールもすぐそこだから、ゆっくりいくぞ」

 

「……う、うん」

 

 右の横っ腹を手で押さえてやや猫背になりつつも、油断せず足を進める。

 仕掛けられている罠の密度が高い。避けるために無理な姿勢を取っては痛みに呻く。

 

「ね、ねえ……大丈夫? 一回とまった方が」

 

「いや、今止まったら二度と動けない気がする……アドレナリンが効いてるうちに進もう」

 

 チラチラと俺を心配そうに見る宇佐美。その心配顔は今まで見たことがない不安げな表情だった。

 いつもの強気な態度が完全に消え失せて、すっかり普通の女の子って感じだ。

 

「宇佐美……お前、普通にしてるとやっぱ可愛いな……」

 

 痛みに朦朧とする、視界と頭。

 つい思ったままのことが口をついて出てしまう。

 

「はっ、ハァ!? こんなッ、こんな時に、な、何言ってんのッ! まさか頭も撃たれたワケ!?」

 

 途端に顔を真っ赤に染めて怒鳴る宇佐美。もうその顔もすっかり可愛く見えてくる。

 こちらを向いてムキーっと怒る宇佐美が、碌に前も見ないで歩を進めた。

 

  

 ——その足元に、大きな揺らぎ。

 

 

「——宇佐美……ッ!」

 

 残った全ての気力を足に込めて、思いっきり前に飛び込む。

 固まる宇佐美をガシッと抱きしめて、前方へ倒れ込んだ。

 

 ブヴォォォォンッ!!

 

 揃って地に伏せた俺たちの、頭上スレスレ。

 とんでもない太さと勢いの青白い奔流が、恐ろしい勢いで通り過ぎた。

 ……ご、極太ビーム……? いや、死ぬだろ、あんなの!

 

 間一髪だった……。安堵でホッと息を吐くと、再び至近距離にある宇佐美の瞳。

 今度は横向きに並んで床に寝転び、ひしっと抱き合っている。デジャヴだ。

 

「ま、まったく……油断するなってば……ゼェ、俺が先にくたばっちまうよ……」

 

「あ、アンタがイミわかんないこと言うからじゃん!」

 

「いや、意味は分かるだろ……ごほっ。可愛いと思ったから、可愛いって言っただけ……ゼェ……ああ〜、死にそう」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 首から上を全部真っ赤に染めて、宇佐美がジタバタ小さく暴れる。

 痛い痛い! 腹に響くから大人しくしててくれ……!

 

 目線を上げればすぐ目の前に出口がある。罠も今ので最後だったらしい。

 もう動く気力なんて皆無だが、執念だけで身を動かした。

 

「……はやく。……ほら」

 

 先に立ち上がった宇佐美が俺へ手を差し伸べる。

 呻きながらその手を取って、なんとか足を前に進めた。

 その指先はすべすべで柔らかい……いつもの態度からは想像のつかない、傷一つない優しげな指だった。

 

 

 

 

 宇佐美に支えられながら階段を降りて、ゴールへたどり着いた。

 ぐでん、と地に転がる。あ〜……もう指一つ動かん。

 

 先に試験を終えた女子たちも周りにいた。ほぼ死人みたいな俺へ皆の視線が注がれているのを感じる。

 

「竿斗くんっ!? 大丈夫ッ!?」

 

 夕凪が駆け寄ってくる。涙声だ。返事をしてやりたいがもう声を出すのもツライ。

 

「あちゃ〜……ゾンビみたいになっちゃったね。あは」

 

「つ、釣谷氏……ヤムチャしやがって……」

 

 明智や菅沼が好き放題言っている。マジで、今日の夜伽覚えとけよ。

 

「ウサミ〜ン、おつかれ〜。なんか竿っちが死にかけだけど、よくゴールできたねぇ」

 

「よく辿りつけたね。私たちも三人で協力してギリギリだったし、半分のチームは失敗だったよ?」

 

 霞む視界の端で集うギャルズたち。宇佐美は俺の側に立ったまま離れない。

 

「別に、ヨユーだったし。……釣谷が、居たから……」

 

「……わあ、ウサミンがデレた。これは、キテル?」

 

「うるさいッ! なんもキテないッ!」

 

 やいのやいのと周りが騒がしい。頭がガンガンするから静かにしてくれないかな……。

 夕凪は言葉も発せない俺を見兼ねて、泣きながら身体を揺すってくる。……や、ヤメテ! ゲロっちゃうから!

 

「くく、まるで死にかけの虫だな。だが良くやった。正直突破は難しいと思っていたが、思いのほか優秀だったらしい」

 

 面白がる様子を何ら隠そうともせずに、シンシア教授が俺の元へ寄ってくる。

 この鬼! 悪魔! 何がお子様仕様で心配無用だよ! 二回も死にかけたぞッ!

 

 怒りを全力で目に込めて、教授をムキーっと睨みつける。

 それを受けた教授は、自分には何ら非が無いとでも言うように肩をすくめた。 

 

「通路全体で致死判定の瞬間に転送される魔法をかけてある。不可避な攻撃すら無理に避けようとするから判定が入らずに食らったワケだ」

 

 あの土手っ腹の一撃、避けんの諦めてたら喰らわなかったのかよ。欠陥すぎる!

 内心の苦情が止まらぬ俺の腹へ、教授が杖の先をポンと軽く当てた。

 

 ——ホワァァァ……

 

 暖かい光が俺の全身を包み、痛みや吐き気がスゥと消えていく。

 たった今までの苦痛が嘘みたいに上半身をすっくり起こした俺は、シャツをめくって腹の状態を確認した。跡も何にも無い。

 ……ま、魔法ってすごい! あんなに辛かったのにもうすっかり動ける!

 

「安全装置にも引っかからん程度の軽傷だ。この程度なら治癒師もいらん」

 

「竿斗ぐん゛ッ! よがっだ〜!」

 

 むぎゅううっと抱きついてくる夕凪の頭をよしよし撫でる。

 これで軽傷って、勇者として戦うのも大変なんだな。名も知らぬ前代勇者たちにちょっとだけ尊敬の念。

 

 ぐうぅ、と腹の音がなった。なんか、急に腹減ってきたな……。

 

「治癒魔法は体力を消耗するからな。もう間も無く夕食の時間だ。今日の試験はこれで終わりとする。

 ペナルティは考えるのも面倒だし、無くていい。面白いものも見れたしな」

 

 口の端を上げて、くく、と笑うシンシア教授。その目線の先には俺。

 こ、この人、嫌いだ! ペナルティ無しって、じゃあ俺が頑張った意味は!?

 

 淡い銀髪を靡かせた背中が、悠々と去っていく。

 俺はそれにありったけの呪詛を込めて、舌をべっと出したのだった。

 

 ……こら、夕凪は真似しなくてよろしい。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。