クラス転移で勇者召喚かと思ったら子作り奴隷召喚だった 作:稲月
竿斗くんが、離れてく。
話しかければ、必ず真っ直ぐ見つめてくれる。
いつでも素直に私を認めて、優しく受け止めてくれる。
でも、そこには私だけの愛情なんてない。
数いる女の子のうちの一人。ただ、他より彼の事が好きなだけ。
最初はあんなに大切そうに抱きしめてくれたのに。
今は駄々っ子をあやすような手付きで頭を撫でるだけ。
どうして? ……悲しい。
竿斗くんが、知られていく。
どんな相手でも中身を見つめて、真っ直ぐ誠意で相手に返す。
素直な心で分け隔てなく、優しさと尊重を惜しまない。
私しか知らなかったはずの彼の魅力。
私にしか分からなかったはずの彼の心。
今では当たり前みたいに誰もが褒めて、彼に心を開いていく。
教室じゃまるで気づいていなかったくせに。
どうして? ……悔しい。
竿斗くんが、奪われていく。
私にだけ向けてくれた、彼の真剣な眼差しと愛情のこもった視線。
私にだけ見せてくれた、彼自身も知らない恥ずかしい表情や声。
必死になって見つけ出したはずのそれを、我が物顔で奪い去る奴ら。
私が最初に手に入れたのに、私だけが持っていればよかったのに。
嬉しそうな顔で抱き合って、幸せそうな声を上げる彼と彼女ら。
私は陰でうずくまって、伝わる感覚に苦しんでいるだけ。
どうして? ……許せない。
安里くるみ。
やむなく共同戦線を張ったけど、この子は嘘つき。
竿斗くんには興味無いって言ったくせに、今じゃ彼のことしか見てない。
——嫌い。
寝白瑠夏。
だらだらと怠けて無害そうだけど、彼の一番好みな身体つきの女。
私じゃできないことばかり彼にしてあげて、ずるくてむかつく。
——嫌い。
星宮瑠美。
さも清楚で真面目なフリをする、カースト最上位の尻軽女。
私しか見れなかったはずの彼の必死な表情をいとも簡単に引き出して見せた。
——嫌い。
加美長優委子。
子供みたいな身体で精一杯頑張る、努力家だけど成果の出ない子。
私よりちんちくりんなくせに、私よりも大事そうに抱かれていた。
——嫌い。
菅沼芽衣子。
私と同じで教室の陰に隠れるだけだった、地味で退屈な暗いオタク。
なのに下品に彼を求めては、誰よりも遠慮なく彼に抱かれている。
——嫌い。
明智黒実。
思わせぶりな言動と傲岸不遜な態度を取る、何かを企んでいる女。
彼のことすら利用しようとしているのに、彼は彼女を抱く時に楽しそうな顔をする。
——嫌い。
春風日向。
とにかく無邪気でものを知らない、明るい性格の同性愛者。
恋人とだけ好きにやっていればいいのに、彼に手を出した浮気者。
——嫌い。
柏葉綾。
バレバレなのにまるで気づいていない、王子様気取りの同性愛者。
恋人と二人がかりで彼を籠絡する、一人じゃ戦えない弱いやつ。
——嫌い。
宇佐美瑠奈。
あれほど彼に無礼な言動を取ったくせに、すっかり彼に惚れ込んだ女。
彼は私にしか向けなかったはずの愛情のこもった視線で、彼女を一番気持ちよさそうに抱く。
——大ッ嫌い。
雪村美果。
初日以来黙り込んだと思ったら、子供に戻ってしまった哀れな先生。
幼い子として彼と遠慮なく触れ合って、夜はちゃっかり抱かれていた。
——嫌い。
朝飛華菜。
いつもこっそり発情しては、彼を見ながら一人で慰めている女。
私もまだ見たことのなかった、彼の自慰を間近で観察した女。
——嫌い。
灰咲怜。
無愛想で冷たい態度の一匹狼を気取る、経験の無さすぎる女。
彼にイチから開発してもらうだなんて、私が経験したかったことを独り占めした。
——嫌い。
水無月詩。
いつも一歩引いた位置から観察している、何を考えているか分からない女。
こともあろうに彼の頬を張り叩いたらしい。彼は何も悪くないのに。
——嫌い。
栗栖愛莉。
彼の親友とずっと付き合っている、驚くほどに顔のいい女。
同情はするけど私だったらとっくに死んでいる。はやく操を立てて消えてくれればいいのに。
——嫌い。
美澄英理。
彼がずっと片想いしている完璧な美人。それは今も変わらない。
いつ彼を取られるか分からない。だけどあの頭脳と容姿に勝ち目は無い。
——大ッ嫌い。
……秋穂夕凪。
いの一番に彼の愛を受け取って、今でも一番近くにいるのにそれでも満足できない私。
真っ直ぐな彼とは真逆の卑屈な性格で、今も心の中で汚い罵倒を垂れ流し続けている。
こんなに汚い心の持ち主だと、彼が知ったらどう思うだろうか。
あんなに汚い手を使って美澄を排除しようとしたと、彼が知ったら何を言うだろうか。
——大、大、大ッ嫌い! もう、死んでしまえばいいのに。
くだらない自己嫌悪と醜悪な冷嘲熱罵を繰り返しながら、和室の隅で彼を待つ。
昼食は彼が来ないと始まらないらしい。遅刻は初めてのことだ。
何かあったのかな。大丈夫かな。力になれないかな。
でも拒絶されたらどうしよう。"まとわりついてくる邪魔なやつ"にはなりたくない。
そうして心を真っ黒に染めながら一人座る私の目に、絶対に見たくなかった光景が映り込んだ。
——最愛の彼と、並んで歩く美澄英理。
その距離は恋人同士のように近く、二人の表情はひどく明るい。
「——あ……。いや……うそ……うそだ……」
掠れる声が勝手に喉から這い出ていく。
今すぐ自分の両目を潰したいのに、瞼が上がりきったまま動かない。
仲睦まじげに歩く二人の歩幅の一致が、脳をぐちゃぐちゃに破壊していく。
彼が遅刻したのは、彼女と居たから……?
その考えが浮かんだ瞬間、私の脳は壮絶な絶叫をあげた。
考えるな 考えるな 考えるな 考えるな 考えるな 考えるな
考えるな 考えるな 考えるな 考えるな 考えるな 考えるな
カンガエ
——竿斗くんを、寝取られた?
視界が暗転した。
■
「夕凪ッ!?」
ドサッという音に顔を向けた先で、一人の少女が床に倒れ込んでいた。
広い和室の隅の方、気弱な彼女が逃げ込みがちな場所。
俺は慌てて彼女に駆け寄り、優しく身体を抱き起こす。
出血や外傷はない。呼吸もある。額を合わせるが、熱も無い。
意識だけが途切れてしまっている。何故だ? 何があった?
「旦那様。
ノーラさんが侍女を引き連れて現れる。布や水に担架もある。
心配で仕方ないが、俺に医学の知識は無い。素直に任せることしかできなかった。
「医務室へ。エリアンドラとクロージャーも」
テキパキと指示を出すノーラさん。あっという間に夕凪が運ばれる。
俺もついていこうとしたが、ノーラさんに止められた。
「申し訳ございません。詳細が分かるまでは、不用意に接触いただく訳にいかないのです」
思わず反論しそうになるが、彼女の本当に申し訳なさそうな顔を見て何とか思いとどまった。
俺が行ったところで邪魔でしか無いのは間違いない。信じよう。
今朝まで夕凪は元気だったはずだ。少し気分は暗いように見えたが、健康だった。
異世界特有の病気や感染症だったらどうしよう。俺たちには免疫が無いとかもあり得る。
「釣谷くん。落ち着いて。この世界には魔法もあるんだよ、きっと大丈夫」
美澄さんが静かに告げる。少しずつ平静を取り戻す俺は、彼女に礼を言いつつ床にへたり込んだ。
油断していた。ここ二日くらい、夕凪との接触も減っていた。
初日の俺だったら事前に何か気づけたかもしれないのに。
水無月さんも近くにやってきて、俺に優しく声がける。
「君は充分よくやっていると思うよ。一人で背負い混みすぎだ」
ぽんぽん、と水無月さんが俺の頭を軽く撫でた。
そして、感情の読めない声で続ける。俺への目線を離した水無月さんの表情から笑みが消える。
「……美澄。少し話をしないかい」
「いいよ」
端的なやり取り。でもその中には、俺じゃ感じ取れない大きなナニカが込められている気がした。
場を仕切り直したノーラさんが皆へ呼びかける。昼食開始の合図だ。
正直食欲なんてどこかへ吹き飛んだが、体力も必要だ。ここは心を落ち着けてちゃんと食事をしておこう。
美澄さんと水無月さんは、個室で話をしながら食べるとかで弁当を持って去ってしまった。
栗栖さんも個室で食べるようなので、今日は夜伽の相手に拘らずその辺にいる子たちと一緒に食べようかな。
夕凪への心配でモヤモヤする心は晴れることが無いが、努めて表情には出さないようにする。
廊下の奥に消える美澄さんたちの背中には、何か言い表せない不吉なものがまとわりついている気がした。
■
与えられた個室で、二人の少女が机を挟んで椅子に腰掛ける。
豪華な弁当が机に置かれているが、昼食と呼ぶにはあまりに剣呑な雰囲気が漂っていた。
「どういうつもりだい」
「何が、かな」
「分かっているはずだ。退屈な探り合いは無しにしよう」
箸に手を付けぬまま、水無月が落ち着いた声で美澄へ詰問する。
水無月の表情は感情を汲み取れない静かなものだったが、その奥には明確な硬さがあった。
対する美澄はまるで平気な顔だ。ほのかな笑みを浮かべて、整った瞳を軽く伏せている。
「秋穂がこうなると分かった上で、彼と一緒に来たんだろう。
君はそういうトラブルは避けているものと思っていたんだけどね」
「…………」
「日本にいる頃から君の所業は何となく察していたけど、悪意も被害も無いから何も言わなかった。
でも、さっきのは違う。秋穂が潰れたのは偶然じゃない」
「…………」
「……だんまりか。正直、僕は少し残念に思っているよ。君は悪人では無いと考えていたからね」
浅く溜息を吐く水無月。美澄から目線を外して、手元の弁当へぼんやりと目を向けた。
優れた知性を誇る者同士、離宮の中の人間関係は概ね理解した上で破壊してしまわないように立ち回っていると思っていた。
だから、突然の裏切りにひどく驚いたのだ。他でもない君がそうしてしまうのかと。
美澄はしばらく黙ったあと、静かに凪いだ、しかし普段より僅かにか細い声で答えた。
美しい顔に自嘲的な笑みを薄っすら浮かべ、目線は低く下げたまま。
「……私にも分からないんだ。分かってたはずなのに、忘れてた」
あまりに珍しい弱気な態度に、水無月が目を少し見開く。
美澄はほんの少しの疲れと呆れを滲ませて、吐き出すように言葉を続ける。
「たぶん、疲れちゃったんだね。この世界では私も無力だから」
「君ともあろう人が、疲労で先を見誤ったと?」
「うん。知ってたはずなのに、考えられなくなってた」
「……そうか。ごめん、君にも人間らしい所があったんだね」
「ふふ、なにそれ、酷い」
「心当たりが無いとは言わせないよ。日本にいた頃の君は完璧すぎて、未来のロボットと言われた方が信じられた」
張り詰めていた空気が僅かに緩む。水無月の声色にも少しだけ温度が戻った。
てっきり釣谷を独占しだす積もりかと警戒したが、ただ単純に彼に絆されて油断しただけだったらしい。
水無月にもその気持ちは分かる。
命の危険すらある中で、毎日毎日激しい快感に襲われながら暮らす別世界だ。
そんな状況下で、あの真っ直ぐで素直な彼と話せば誰だって多少の情は湧くだろう。
美澄だけは例外だと思っていたのが間違いだったに過ぎない。
特に釣谷は昔から美澄にぞっこんだ。秋穂や宇佐美に絆されてはいたが、それでも一番に心の向く先は美澄のまま。
たった一人、自分を守ってくれうる男に求められれば、女が断るのも簡単では無い。
……他にも魅力的な女性に迫られているのに、あまりにも美澄一筋な様子の釣谷には若干の違和感もあるが。
「水無月さんも気をつけた方がいいよ」
「……何に、かな」
「釣谷くんの精液。あれ、催淫作用がある」
「……摂取したんだね」
部屋のベッドは整ったままだから行為はしていないと推測していたが、多少のナニはあったらしい。
水無月も今日の夜伽で嫌でも一度は胎内に摂取することになる。対策しようもない。
あまりに俗っぽいファンタジーな能力に、ほとほと嫌気が差したとばかりに水無月が溢す。
「つくづく、漫画の中の世界だね。それも成人向けの。
君も何か使えたりするんじゃないかい? 魅了の魔眼、なんて陳腐なやつとか」
「ほんと、水無月さんは私に対する印象が酷いね。私は魔族じゃないよ」
「……悪かったね。でも心当たりはあるだろう? 僕は恐ろしくて仕方がなかったよ」
部屋に入った瞬間、何かの力で自分も美澄に魅了されてしまうんじゃないか。
そんな恐怖も水無月の心にあったのは確かだ。どうやら杞憂だったらしいが。
聞きたい事は全て聞き終えたというように、水無月は弁当を持って立ち上がる。
結局一口も食べないまま出口へ向かう水無月が、最後に美澄へ声がけた。
「もう引っ掻き回すのは勘弁しておくれよ。悪巧みをする女子は明智くらいで充分だ」
「やっぱり気付いてたんだ。止めなくていいの?」
「栗栖の自由意志で乗った話だろう。その選択は尊重するつもりだよ」
栗栖も彼女たちに並ぶ才女だ。己に待ち受ける運命なんてよくよく理解しているだろう。
釣谷はまだ気付いていないようだが、果たして彼女の目論見は成功するのだろうか。
「じゃ、夜伽で会おう。僕が先に抱いてもらう積もりだから、悪いね」
返事も待たずに水無月は出ていった。まるで何かから逃げるように。
剣呑な雰囲気で始まった会談は、何事もなく平和に終わった。
一人残された美澄が呟く。
「……失言しちゃった。勘のいい子は困っちゃうなぁ」
これは、仮初の平和だ。薄氷の上に乗っただけの危うい平穏。
今はまだ大丈夫。でも、何がきっかけで氷が割れてしまうかは分からない。
じわじわと温度は上がっている。彼女はきっと、いつか足下の真実に気付く。
今の美澄に抵抗する術はない。
まるで、死刑執行をただ待つだけの罪人のような気分だった。
コッコッコッコッ。
水無月は先ほどの会話を反芻しながら、早足で廊下を歩く。
——『この世界では』、『魔族じゃないよ』。
強い違和感。明らかに何かを隠している。確実に何かを知っている。
まるで、二つの世界をあらかじめ知っていたかのような言葉。
もちろん確証はない。文脈的にもおかしく無いし、ありふれた単語だ。
たまたまそういう言葉を選んだだけともとれる。
しかし、水無月はどうしてもその言葉を頭から拭い去ることが出来なかった。
美澄のまとう仮面は一切の隙がない完璧なものだ。今の会話だって、致命的な綻びなどどこにも無い。
おそらく、疲れているのは事実なのだろう。水無月が見逃さなかった言葉も、普段の彼女なら漏らすことは無かったはず。
水無月には、召喚されたあの日から、ずっと考えていることがある。
——なぜ、僕たちだったのか。
日本を狙い撃ちした事までは確実。だがそれ以上は分かっていない。
たまたま水無月たちの高校に魔法が当たったのか、あるいは能力の平均値が高かったから狙われたのか。
釣谷の持つSSSランクなんていう訳のわからないものに、魔法が引き寄せられた可能性もある。
今の水無月には答えを知る術がない。
だが、どうしてか。その答えを握っているのは美澄である気がしてならなかった。
この世界に召喚されたあの瞬間、驚愕と困惑に皆が表情を染める中で、たった一人だけ別の感情を浮かべていた美澄。
今まで一度も見たことのない、激しい恐怖に染まりきった表情。
まるで、説明される前から己の運命を悟ったかのようなあの顔は、彼女の類稀な賢さが導き出したものだったのか。
あるいは、最初からこの世界のことを知っていたのか。
彼女は一体、何者だ?
湧き上がる疑問と恐怖を宥め込みながら、水無月は長い廊下を早足で歩き続けた。
記念すべき50話。いつも応援ありがとうございます。
まさか第1章だけでこんなに長く書いてしまうとは。引き続き楽しく頑張ります!