クラス転移で勇者召喚かと思ったら子作り奴隷召喚だった 作:稲月
ご注意ください。
傭兵四人組が今日受けた依頼は、窃盗犯の確保、および盗まれた金銭の奪還だった。
被害に遭った八百屋の店主からは、犯人を殺してしまっても構わないとまで聞いている。
昨晩遅くに盗みに入られたところへ奥さんが鉢合わせ、犯人にナイフで切りつけられて腕に深い傷を負ったという。
命に別状はないが、店主の怒りは凄まじかった。
犯人は単独犯で、動きを見るにステータスは低く、特殊なスキルの危険もなさそうという。
だからこそ、鉄級の北寺たちに依頼が来たというわけだ。
肝心の依頼料も、取り返した金銭の半額という太っ腹。どちらかというと犯人への復讐が目的らしい。
その証拠に、死体でもいいから店主の元に犯人を連れていくというのが絶対条件だった。
帝国騎士に通報せず、わざわざ傭兵ギルドに依頼した事からも怒りが伺える。
北寺たちは周辺住民の目撃証言などを頼りに窃盗犯の後どりを追った。
どうやら犯人は犯罪には慣れていないようで、雑な逃走経路や普段潜んでいる場所まですぐに調べがついた。
たどり着いたのは、街の隅にある小さなスラム。
路上生活者を徹底的に排除する帝国の中で、街の影に潜むようにできた集落だった。
生きているのかも分からないような薄汚れた人々が道ばたに寝転がり、そこかしこから腐臭や汚臭が漂ってくる。
北寺たち四人は鼻を抑えながら、目的の人物を探して歩く。
標的は、すぐに見つかった。
かろうじて雨風は防げるかといったボロ屋の中。
八百屋の売上金が入った麻袋を必死に抱えて蹲る、一人の痩せ細った男だ。
その足元には小さなナイフ。先端が折れて錆びついている。
ゆっくりと、北寺が近づく。
男との距離は約二メートル。急に襲われても対処できる最短距離。
「……おい。昨日八百屋から盗みをしたのは、お前だな?」
誰何は形式的なものであって、実際はこの男で間違いないと確信していた。
鉄級とは言え、魔物退治にすら慣れを得てきた四人組の男たちだ。
目の前の貧弱そうな男一人を捕え、金を取り戻すことなど造作もない。
——そのはずだった。
痩せた男が頭を上げ、四人を見上げた。
その顔を見た北寺が、目を大きく見開いて呟く。
「——
その男は、北寺たちと一緒にこの世界にやってきた、クラスメイトの一人であった。
思わぬ正体に、言葉を失って固まる四人。
まさか、クラスメイトが犯罪者に身を堕としているなんて。
凍りついた四人に隙を見つけたのか、菜島は麻袋とナイフを抱えて駆け出した。
ボロ屋の出入り口は一つだけ。そこを塞ぐ四人を押し退けるようにして菜島が突撃する。
ガッ!
——ドシャ!
「ゔッ……!」
最後尾にいた南波留が、菜島の脚を引っ掛けて転ばせた。
上半身を地面に叩きつけられた菜島が、肺から空気を失って苦しそうに喘ぐ。
南波留はその背中に馬乗りになって、逃げられないように確保した。
拘束を抜け出そうと菜島が暴れるが、大柄な南波留にはまるで歯が立っていない。
北寺が驚きを隠せないままに、掠れた声で問いかける。
「……な、菜島。お前、何やってんだよ。
ナイフで人を斬りつけるなんて、犯罪に決まってんだろ」
苦しそうに息をする菜島が、それでも顔を酷く歪めて返した。
その声と表情には、底冷えするほどの怒りと絶望がある。
「う、うるせぇよッ! ゴホッ……!
これ以外、生きる方法が無いんだよ……!
お前らみたいな恵まれた力なんて、俺に無いッ!
ゼェ、ゼェ、……殺すなら、もうさっさと殺してくれよッ!」
「こ、殺すって、そんな事する訳無いだろ!?
俺たちはその金を店主に返して、お前は謝って、それで終わりだ。
犯罪なんかしなくても、別の生き方があるって!
俺たちみたいに、傭兵だって——」
北寺のその言葉を聞いた瞬間、菜島は更に怒りを増して鬼のような形相をとった。
激しく咳き込みながらも、あらゆる恨みをぶつけるように吐き捨てていく。
「できるわけ無いだろッ!」
掠れた怒鳴り声と同時に、激しい咳が漏れる。
続いた言葉で、四人はいよいよ言葉を失った。
「ゴフッ、ガハッ……!
だって、
Eランクの俺たちに戦いなんか出来る訳無いって、お前らが一番分かってるだろうがッ!」
全くもって、その通りだった。
菜島の言う通り、既に一人、クラスメイトが傭兵稼業で命を落としているのだ。
最初は、六人パーティだった。
今のDランク四人に、Eランクの菜島と貝本を前衛に加えた攻撃型の構成。
ステータスが低くとも、異世界への憧れを捨てきれなかった二人が同行を望んだのだ。
そして、あっという間に貝本が死んだ。
二日目の午後の事だった。
街の外での、最下級魔物の討伐依頼。
一般人でも対処可能な雑魚魔物である小ゴブリンの群れが相手だった。
思いのほか簡単に魔物を倒せていたから、全員油断していたのだ。
貝本の頭は、背後から真っ二つにカチ割られた。
その日のうちに菜島はパーティを抜けて、働き口を探しに消えた。
それ以来連絡は取っていなかったが、きっとどこかで上手くやっていると思っていたのだ。
大きな間違いだった。
まともな働き口など、余所者の菜島にはある訳が無かったのだ。
そして犯罪を犯してしまった今、彼に待ち受けるのは恐ろしい私刑か独房の冷たい床だけ。
誰も言葉を発せなかった。
何が正解かも分からない。
菜島はどんどん勢いを失って、拘束から抜け出すのも諦めたようだった。
表情から怒りの感情が抜け落ちて、深い疲労と絶望だけが残る。
「ゼェ、ゼェ、……もう、殺せよ。
謝って終わりなんて、そんなわけ無い……ゴホッゴホッ。
そうだったら、わざわざお前らに依頼なんてするはず無いだろ」
だんだん声は途切れ途切れになり、荒い呼吸に咳が増えていく。
「どうせ死ぬなら、友達に看取られた方がマシだ……。
た、頼むよ、ガフッ……もう、疲れたんだ……」
たった一週間前まで、同じ教室でふざけ合っていたクラスメイト。
その彼は今、友人にこそ殺してほしいと懇願している。
四肢は痩せ細り、髪はボサボサで、頬はガックリとこけ落ちていた。
絶望に染まった瞳はどんどん虚ろになって、焦点が虚空へとズレていく。
西木場が、その異常に気付いたようだった。
「……ま、待て。何か様子が変だ! 南波留、ちょっと退けろ!」
南波留が菜島の背中から降りて、その枯れ木のような身体を西木場がひっくり返す。
「——う、うそだ……!」
菜島の薄い胸には、小さなナイフが突き刺さっていた。
南波留が脚を引っ掛けて転ばせた時に、菜島の持っていたナイフが下敷きになっていたのだ。
意外なほどに出血は少なかった。あるいはもう、流れる血液すら枯れかけだったのか。
菜島の鼓動は急速に弱くなっていく。虚ろな表情のまま何事かを呟いていた。
温度を失っていく壊れかけの身体。
西木場が震える声で必死に呼びかける。
「お、おい……っ! 菜島! 起きろ! 起きろって!」
その身体を抱き起こし、必死に揺さぶる。
「う、うそだ、うそだ、うそだろッ!」
既に、声は聞こえていないようだった。
菜島はぼそぼそと、掠れた声で言葉を漏らし続けている。
「な、なんだ? 聞こえないよ、菜島」
西木場が菜島の口元へ耳を当てる。
そうして聞こえてきた声は、ただただ深く重い、悲しみだけが乗っていた。
(こんな人生は、いやだ……こんな人生は、いや、だ……)
西木場はもう、何も言えなかった。
北寺も、東塚も、南波留も、ただ固まったまま見つめることしかできなかった。
そして、間も無く。
菜島は、その短い人生に幕を降ろしたのだった。
「いやぁ、ご苦労さん! まさか自殺なんてしてやがるとはねぇ」
菜島の死体を南波留が優しく抱えて、麻袋と共に店主に報告しに来ていた。
菜島は自殺していたという事にしようとだけ、北寺が決めた。
それ以降の道中では、誰も一言も話さなかった。
店主は菜島の遺体を見下ろしながら、吐き捨てるように笑った。
「全くもって迷惑で最低なカス野郎だよ。
まあ、苦しんで死んでくれたならそれでいいさ。
女房を刺したんだ。当然の報いだろ」
四人とも、反論したい気持ちはあった。
しかし菜島が酷い行いをしたのは事実であるし、ここで菜島との関係性を匂わせれば厄介な事になるのも確かだ。
結局、店主の言葉には誰も返さない。
北寺が店主へ問いかけた。
「……あの、差し支えなければ、この遺体は俺たちで埋葬してもいいですか?」
「んん? ああ、好きにしてくれていいぞ。苦しんだ顔を見て気は済んだしな」
浮浪者は、たとえ死体があっても帝国騎士は関与しない。
この国では路上生活そのものが違法で、スラムの住民は人間と見做されないからだ。
せいぜいが教会の人間を呼んで、腐敗する前に処分を命じる程度。
それが菜島の迎えた最期の扱いだった。
報酬と依頼達成のサインを受け取って、教会へと遺体を運ぶ。
その身体は恐ろしいほど軽い。つい先ほどまで命が宿っていたとは思えない程に。
やっと辿り着いた教会の人間も、菜島の遺体には露骨に眉を顰めて対応した。
明らかに浮浪者の遺体。それも刃傷沙汰によって命を落としたいわくつき。
そのまま任せるとどんな扱いをされるか分からなかったので、北寺たちが自分で埋葬すると申し出た。
この世界では、墓にも格差がある。
地位のある人間なら一人用の埋葬場所と立派な墓石で弔われるが、そうでない人間は街外れの粗末な共同墓地に放り込まれるだけだ。
菜島は共同墓地しか与えられなかった。
当然、数日前に死んだ貝本もそこに埋葬されている。
教会から遠いその場所まで、遺体を傷つけないよう慎重に運んでいく。
場所は、貝本の墓の隣が空いていた。
四人で深く穴を掘って、遺体をそっと横たえる。
墓石代わりの小さな木板には日本語で名前を刻んだ。
異世界の文字は知らないが、知っていたとしてもそうしたはずだった。
たった一週間で、二人。
増えてしまった犠牲者に、何を思えばいいのかすら分からない。
異世界なんてものが本当に存在するのだから、せめて天国くらいはあって欲しい。
四人が願えたのは、それだけだった。
夕食前の宿部屋。四人は静かにベッドや床に座り込んでいた。
室内には、ズンと重苦しい空気だけが漂っている。
北寺が、静かに南波留へ声がける。慎重に、優しさを持って。
「……南波留。あれはお前のせいじゃない。やるべき事をやっただけで、ただの事故だ」
「…………」
南波留は俯いたまま何も言わない。
見かねた東塚と西木場も、必死に言葉を探した。
「そうだって。まさか持ってたナイフが刺さるなんて誰も分かんねぇよ。
菜島も刺さってるって言わなかった。すぐ言ってたら処置できたのに」
「多分、菜島もアドレナリンが出てて気付かなかったんだよ。
最初からかなり弱っていたし、感覚もきっと鈍くなっていたはず」
それでも南波留は何も反応しない。
巨大な何かを肩に乗せたように、大きな背中を小さく丸めて黙り込む。
他の三人がついに言葉を見つけられなくなった頃、ようやく南波留は口を開いた。
「……菜島は、俺が殺した」
低く、重い声だった。
部屋の空気が冷たく凍る。
「誰が何と言おうと、その事実は変えられない」
「おい南波留、だからあれはお前のせいじゃ——」
「北寺」
遮るように、南波留は力無く首を横に振った。
「気持ちはありがたいが、俺自身がそんな詭弁に納得なんて出来ない。
俺はこれから一生、あいつの死を抱えて生きるんだ。そうしなきゃいけない」
「…………」
ゆっくりと顔を上げた南波留の顔には、深く重たい決意が滲み出ていた。
周りに座る三人の顔を見回して、一人ずつ、目線を真っ直ぐ合わせる。
「俺は、必ず銀級になる。そしてあいつらの墓を、立派な物に変えてやるんだ。
このまま何でもない名無しの人間なんかじゃあ、絶対に終わらせない。
俺が、俺たちが、この世界に生きた証を刻みつけてやる。
……だから、皆。手伝って欲しい」
固い決意表明に、三人も強い頷きで返した。
このクソッタレな異世界に、確かに生きた証を刻む。
傭兵パーティ、『