「デンジ、おまえ車の免許取らないの?」
洗車機のスイッチを押して立っていると、バイトの先輩が声をかけてきた。
「クルマ、っスか?」
「ここでずっと働き続けるにしてもどっかに勤めるにしても、免許あったら便利だぜ」
「今んとこ、考えてないッス」
「いい車乗ってたら女にモテるぜ」
「マジッスか…」
「さっき入ってきたスカイライン、カッコイイだろう。あれ見て、どう思った」
「うーん。クルマだなって感じッスね」
「それだけか?」
「ちょっとさわがしい、かな」
うるさいのは頭に響くチェンソーの音だけで十分だ。
「おまえほんとに車に興味ないんだな。まあ、そのうちはまるかもしれん」
「でも、クルマ、高いし」
「そりゃGTRは無理だろうが、ローン組みゃいいし、中古だってある。車があれば、彼女とか送り迎えできるぞ。なにより行動する範囲が広くなるな」
「行動範囲かー…」
それはありかもしんねーな。
オレのさがしている悪魔は東京に現れるかわかんねーし。
…そうだ、休憩になったらあの女の人に電話してみっかな。
とか考えてると先輩が、
「バイト上がったら飲みに行くか?」
「オレ、あしたガッコだし。だいたい、未成年にそうそう酒飲ませていいのかよ」
「今日は何軒も回らねえよ。それにおごるぞ?」
「おごりッスか! いきましょう!」
「ちゃっかりしたやつだな」
ボスンボスンいいながらボロい車が入ってきて停まると
「おーい、ガソリンと洗車たのむ」
どっかで聞いたことがある気がする声だ。
見ると担任だった。
「やべっ」
キャップを目深にかぶった。
学校にはバイトのこと話してねーんだ…。
「おい、聞こえてるのか?」
担任が近づいてきたので、ウォーターガンで水を噴射した。
「うおっ! あぶない! びびしょ濡れになるるだろうが!!」
わめく担任に、顔が見えないよう少し下を向いて、
「サービスッス」
「なんのサービスだ!? …中で、コーヒー飲ませてもらうから、ガソリンと洗車たのむぞ。人じゃなくて車をしっかり洗ってくれ。あ、ガソリンは満タンじゃなくていいから。」
担任は言いながら本日コーティング値引きデーのノボリを見て、
「今日は奮発してワックスがけしてもらおう。おれの愛車ピッカピカにしてくれよ」
「はい」
タイヤのホイールを洗剤でごしごししてから、水を噴射する。
まー、サービスしてエンジンルームも洗っとくか。
ボンネットを開けて、ふだんはやらないところまで水をぶっかけた。
香りビーズどこだっけ…。
ちょうど切れてて、ストックがどこかわからなかったので、トイレに行ってサワデーを取って来ると、液体をクルマの灰皿に流し込んだ。
手洗いすんで、洗車機にいれて乾かすと、ワックスがけだ。
ポリッシャーで窓までびっしり塗っておいた。
「終わったか?」
タダなのをいいことに何杯もコーヒーを飲んでから、担任が戻ってくる。
「終わったッス」
キャップのつばで目とか隠しながら、返事した。
オレのことには気付かずに、
「おー、窓までまるで虹がかかっているようだな、OKOK」
上機嫌で車に乗ると、変なエンジン音立てて発車する。
「ふう」
キャップを元に戻した。
なんとかなった。
さ、電話すっかなと思ってると工廠から先輩が顔を出して、デンジ、オーナーが事務所に呼んでいるぞって声をかけられた。