種馬の冒険者 作:こざかしい鳥
魔物を生み出し、這い出で、世界を蝕もうとする魔神の気配が濃くなってから、早くも百年が経っていた。
その発生源は迷宮と呼ばれ、脅威を産むと共に数え切れないほどの金銀財宝を訪れたものへ齎し、命を飲み込む。
時の王はやがて、迷宮の魔神を滅ぼすようあらゆるモノへ命じた。
誰でも良いと、聖人君子でも、蕩児愚人でも構わないと。ましてや生きて帰ってこなくても良いとすら言われた混沌の中、しかして迷宮には数え切れない人々が足を運んだ。
行くあての無いものや英雄になりたいもの、そして単純に金を稼ぎたいもの。中には本気で全ての迷宮を攻略し、混沌の時代を終わらせようと思うものもいただろう。
しかし、どんな気概や思惑があったとしても、行動は何も変わらない。ただひたすらに迷宮へと足を運び、魔物を狩り、財宝を探し求め奥へと進む。
とある迷宮の財を漁り、栄光の凱歌に浸りながら賞賛に酔う者が居る。
とある迷宮の罠に嵌り、死体袋を一杯にしながら蘇生を望む者が居る。
とある迷宮の謎を解き、人類史に刻まれるほどの叡智を齎す者が居る。
とある迷宮の主を狩り、混沌渦巻く災の時代の終幕を進めた者が居る。
終わりと始まりを背負い、明日も見えぬ中で迷宮へと挑む愚かな勇士。
人々はやがて彼らを、冒険者と呼んだ。
**********
――――――ッ!!
くす暗く、ジメジメとした空気が漂う玄室。黒の壁に仕切られながらも、床は雪で埋め尽くらされた不可思議な部屋だった。
金属の音と、瓦礫が転がる音、そして何よりも大きく、最奥に響き渡るのは、まるで雪山の奥から雪崩込むような唸り声だ。
放ったのは、高く見えないほどの天井に届くと錯覚するほどの巨躯。どこか薄汚れた白の身は、丸太すら容易くへし折ると予測できる。
その剛腕が、拳を握り一点へと振り下ろされた。
「この、デカブツがぁ!」
襲い来る鉄槌に立ち向かったのは、全身を鎧で包んだ大柄な戦士。顔すらも兜で覆い、身の丈近くある大盾で拳を受け止める。
身が軋み、鎧と鉄槌の重量が地面へ亀裂を走らせた。それでも押しつぶされないのは、この戦士が受け方を知っているからだろう。
大盾に角度を付け拳を跳ね返すと、隠していた長剣が巨人の小指を襲う。のろまな一撃だが、同じくのろまならば問題ない。
「遅いぞノロマ!」
それはつまり、より早ければ尚良いということだ。
そういうかのように駆け抜けたのは、黒の装束で顔を隠した痩躯。戦士を追い抜き追い越し、逆手に持った小太刀で怯む巨人の脚を切りつける。
音すらもしなかった一瞬の奇襲は、倒すほどの威力とはいかないまでも、巨人を怯ませ隙を作った。
「っとと……そう上手くはいかんか」
「どうしたよ、忍者!まだまだ奴さん元気だぜ!」
駆ける痩躯、忍者へと戦士が煽る。いまだ振るわれる拳は衰えを知らず、受け止めた戦士の身体を軽く浮かし、掠めた忍者の身を震わせた。防御を誤れば、回避に失敗すれば、それだけでひとたまりもない。
たった一度の
だと言うのに、戦士と忍者は怯え竦む様子はない。むしろ、見えない口元に笑みを浮かべ、自らの得物に力を込め立ち向かっていく。
「まったく……支援のひとつかけないと見てられないわ!」
死へと自ら向かうような二人、その背後から呆れたような声が聞こえてきた。白い装束に身を包み、清廉な錫杖を携えた僧侶の女性が、しかして手慣れた動作で言葉を紡ぐ。
自らが信じる神へと祈り、念じ、希い、輝きと共に齎されるのは、二人の前衛を包む聖なる加護だ。薄く纏われる防御壁は、動きそ阻害することなく、一撃程度ならば死から免れることが出来る。
「おおっ! これでまだまだイケるぞ!」
「調子になるんじゃないぞ!」
戦士を潰そうと巨人の拳が放たれるが、元来の硬さと僧侶の加護のお陰かビクともしない。
忍者にしても同様だ。先ほどまで、拳の風圧だけで飛びそうだった黒装束は、飛び跳ね、駆けまわり、淀みない奇襲で削りを入れてくる。
巨人の巨顔が、苛立ちで歪む。大きさや形は人間とはかけ離れているが、特徴は同じ。
隠す努力もしないのならば、何を思っているのかは容易く予想できた。
「まっずいわね……ちょっと、ブレスが来るわよ!」
僧侶が声を張る。
彼女が警戒しているのは、この玄室を凍えさせた巨人の
だが二度目も上手くいくかは、出目次第と言える。
だからこそ、彼女も馴れない伝達をしながら、回復を齎す奇跡を構えた。前衛の二人のうち、どちらかだけでも生き残れば、もう片方を引きずって逃げ出すことが出来るだろう。最低でもそれくらい出来なければ戦闘継続は困難となる。
「大丈夫、二度目は撃たせないよ……イグニス、合わせてくれ」
「はいはい、よろこんで!」
だが、その不安を掻き消すように一人の青年の声が聞こえた。僧侶の隣に佇む彼は、魔術師として自らの能力を引き上げる杖を構えた。そして声をかけられたフードの青年、イグニスが小さく頷く。魔術師と同じように杖を携えているが、その杖は迷宮の壁のように黒く、薄汚れながらも、どこか異質な存在感を纏っている。
やがて二人が、それぞれ別の真言を紡ぎ始める。
魔術師が呼び寄せるのは、完全なる静寂を求めるモノ。
イグニスが立ち昇らせるのは、炎と雷の閃撃だ。
「「
互いに五つの呪文を紡ぎ、魔力を練り上げる。
僧侶が使った奇跡と同じように、日に仕える回数は限られている。
しかし、だからこそ、熟達した術師が放つ魔法は、成功するだけで戦況に大きな影響を齎す。
見えない魔力が巨人へと向かい、火花を散らす魔力が弾けた。
「
「
魔術師が巨人の喉を潰し、イグニスの炎と雷が巨体を押しのける。術を扱う二人による合わせ技が五人を押しつぶそうとする最悪の未来を掻き消したのだ。
倒れかけた巨人の脚を戦士が叩き、立ち上がろうとする腱を忍者が切り刻む。勝機に乗り、一気に責め立てる気概が全員を包んだ。
「イグニス、詰めは任せた!」
「仰せのままにリーダー!」
魔術師の青年に促されたイグニスが、外套を靡かせながら駆ける。口元に浮かんだ獰猛な笑みは、前衛を担っている二人と同質のモノだ。
忍者よりは遅くとも、瞬きをすれば見失いそうなほど速い。見失わないよう、僧侶が残り少ない奇跡で加護を施せば、決着を齎すための真言を紡いでいった。
一歩、一歩と近づくたび、杖を持たない方の拳に光が宿っていく。
これで最後だと宣告し、この迷宮を終わらせるための拳を握り締め、瓦礫と脚を踏み台にしながら駆けあがった。
「
紡いだ呪文は七つ。魔術師と合わせるために打ったものよりも強く、補助が無ければ放つことすら難しいであろう最上級の呪文は、イグニスが残していた魔力を根こそぎ奪い去ろうとしてくる。普段ならば帰路のことまで考え、回数に余裕を持たせるのだが、今回に限ってはそんなことはしない。
命を削るほどの魔力を乗せ、握り締めた拳を解放する。
「
玄室を埋め尽くすほどの極光が巨人を襲い、白く冷気を纏っていた頭部が少しずつ、しかして確実に削れ、焼き消えていく。刹那、耐えきれなくなったのか抵抗が無くなり、一気に咆哮を放とうとしていた頭部を消し飛ばした。
するとどうだろうか、玄室を支配していた冷気が消え去り、石畳特有の密閉感だけが残る。
迷宮の主が死に、迷宮が持つ本来の脅威が死んだ。
この五人が、迷宮を攻略したのだ。
**********
ギルド酒場には数多くの冒険者が足を運ぶ。冒険に成功したもの、失敗したもの。これから行こうとするものや、そもそも冒険者の話を聞きに来たもの。
それぞれが思いを馳せ、知略を巡らせていく。その中で、少なくとも今日の主役は、真ん中の大席で酒盛りをしている五人組の
「それじゃあ、巨人の洞窟の攻略を祝して……かんぱぁい!」
「ったく、なんでアンタが仕切ってんのよ!」
細かい傷を持ち、使い古された鎧に相応しく、豪胆で彫りの深い、職業通り歴戦の戦士を思わせる顔立ちだ。
そんな彼を僧侶の女性が窘めるが、本気で止める気は無いのだろう。音頭に合わせ、自分もジョッキを傾けていた。
「こういうのは普通リーダだろうに……あれ何回目だ?」
「まぁまぁ。前衛の功労者に譲ってやろうよ。五回でも、十回でもさ」
その二人を見ながら溜息を着く忍者に、魔法使いの彼は笑顔で語りかける。喚きながら酒を煽る男女とは違い、この二人は穏やかに、大人の余裕を感じさせる酒盛りをしている。
元来、僧侶と戦士は善や中庸、悪と様々な戒律を持ち、技術を学ぶ。しかして忍者は悪の戒律のみによって技術を学び行動する。あくまでも指針程度のものだが、傍から見ればまるで真逆だ。
物腰や口調がそうさせるのだろうが、戒律など所詮はその程度の影響しか及ぼさない。
結局のところ戒律など、迷宮にある死体を持って帰るか否か、程度の差異しか生み出さないと言う話だ。
「だが、一番の功労者といえば……イグニスだけどね」
「そうだそうだ! 我らが英雄殿には感謝しないとなぁ!」
ジョッキを傾けた魔術師の呟きに、僧侶と騒いでいた戦士が反応する。
掲げたジョッキの先にいるのは一人の青年。いや、もしかすれば少年とまで呼べるかもしれない。
フードの着いた外套と黒の杖を脇によけ、運ばれてくる料理をありったけ詰め込んでいる彼は、自分へ向けられた仲間達からの視線に気が付き、首を傾げた。
少し長めの黒髪を結び、額をバンダナで隠しながらも、男性的な魅力の顔立ちだった。
「なにさ、改まって。役職的に、
「今日のは特別よ、イグニス! アンタの昇級と、未踏破ダンジョンの攻略! それに、それにね……」
未だ食べる手を止めないイグニスに、僧侶が何杯目かも分からない酒を飲み干す。ついでにすれ違ったウェイトレスにお代わりを頼む。最初は明るく、気さくで快活な声音だったが、次第に暗く、寂しいものへと変わっていく。
それは僧侶だけではない。穏やかに談笑していた忍者と魔術師、はては騒いでいた戦士までもが、寂しそうに酒を飲んでいるのだ。
やがて、イグニスも気づく。いや、再認識したと言う方が正しいだろうか。食べる手を止め、小さく、仕方なくといった具合に呟く。
「そうだな……今日は、俺たちが、俺たちとしてする、最後の冒険だったもんな」
何も特別なことではなく、よくある話だ。
特段、問題やらが一党であったわけではない。
だがしかし、何かしらの切っ掛けが重なり、冒険者を引退してしまうなど、おかしな話ではないのだ。
むしろ、誰一人として、蘇生も叶わず、灰にならなかっただけ運が良かったと言える。
ふと視線を上げれば、落ちこむ僧侶の肩に戦士が手を添えている。美女と野獣のような二人だが、その間にはしっとりとした空気が流れていた。
「改めてだけど、結婚おめでとう。式はいつだっけ?」
「ああ、来月だ。こいつの生まれ故郷でな。衛兵の仕事を覚えるがてら、明日には出立だよ」
「ほんっと、アンタに務まるのか心配だわ」
冒険者を止める理由として挙げられるのは、一つが結婚。
戦士と僧侶は、喧嘩するほどといった具合の親愛度で、気が付けば結婚にまでこぎつけていた。貯えも溜まり、村を守る衛兵として、僧侶の生まれ故郷で余生を過ごすのだそうだ。
「衛兵なら、まだマシだろう。俺など訓練所の教官だぞ? 今から憂鬱だ」
「それを言うなら僕だってそうさ。母校の先生なんて気恥ずかしいやら」
忍者と魔術師がそれに続く。彼らの場合は、蘇生や転職によってかかった借金の返済が終わったことと、新しい安定した仕事の紹介があったためだ。最初はスリルや未知を求めていたとしても、いずれ炎のように消えてしまうものだろう。
忍者は冒険者の訓練所で、魔術師は術の学び舎で、それぞれ後進を育成するのだと言う。
「みんな、今までありがとう……なんて、変な感じだけどさ。これからも、手紙とか送ってくれよ?」
そんな中、先が決まっていないイグニスが笑顔を浮かべる。無理をしていると良く分かる、寂しげな笑顔だ。だが仲間達は指摘などしない。当たり前だと、いつかまた会おうと、それぞれの別れを惜しみながらも、冒険者として最後の夜を過ごしていくのだ。
来るぞ来るぞ……って感じの説明から、冒険者と呼んだ、のやつ好き
イグニスくんの職業が分かった人はコメント欄にでも