種馬の冒険者 作:こざかしい鳥
それは数日前、イグニスが仲間たちと最後の冒険に向かった日と同じ頃だ。
とある
どうやら、先行して罠を調べていた盗賊が宝箱を独り占めしてしまったらしいのだ。
これは冒険者たちが活動を始めた初期に横行していた事件で、厳罰に処されるべき重大な犯罪だった。
事実、今回の件に一党のリーダーを務めていた
「お前が罪を償った時、私たちはお前を仲間として再び迎え入れよう」
善の戒律に従い、罪を濯ぐことで盗賊を許そうとしたのだ。
なんとも上から目線な話だと思わなくもないが、ここまで聞けば一種の美談で終わる。
だがしかし、重大な問題が起きたのはそのあとだ。
盗賊を冒険者ギルドに引き渡す日、当の本人と君主、そして同じ一党にいた魔法使いの女と司教の男がギルドに来なかったのだ。
先に着いていた女戦士と僧侶は不審に思い、君主が寝泊まりしている宿の部屋へと赴いた。
そこに広がっていたのは床を赤く染める血の海。中心にいたのは、胸部を一突きされた君主の姿だけだったという。死後数時間は経過しており、その証拠に装備にまとわりついた血は、乾いて赤黒く変色していた。
悲鳴が響き、宿内は騒然とする。迷宮や依頼先でならいざ知らず、安全地帯であるはずの街中、それも宿屋での殺人事件だ。
残された女戦士と僧侶は、一党の貯金すらも犯人に奪われてしまい、未だ悩み苦しんでいるのだという。
**********
「で、それがお二人さんのことってわけですか」
話を聞き終えたイグニスは、眉間の皺を解しながら小さく呟いた。
ギルド酒場の隅にあるテーブル席で向かい合ったのは三人。一人側に座ってるイグニスを見つめ、二人の美女が気まずそうにしている。
実際、冒険者にとって仲間内の揉め事を相談するなど、恥以外の何物でもないのだろう。
「本当に、本当に何が起きたのか……この一週間で全部おかしくなって……結局、カビルもどこかに消えて……」
「カビル……えっと……?」
狼狽えながら誰かの名前を呟く僧侶の少女を見すえながらイグニスが問う。
しかし返答らしい返答は返って来ず、余計に空気が暗くなるだけだった。欲しいのは依頼内容の説明だったのだが、彼女からの説明はどちらかと言えば心情面に重きを置いていた。
どうしたものかとしていると、彼女の隣から軽い咳払いが聞こえてきた。
「カビルっていうのは、話に出てた盗賊のこと。クロエとは幼馴染らしいんだよね」
助け舟が届いた。落ち込む僧侶の変わりに詳細を説明してくれたのは、長槍をテーブルに立てかけた女戦士だった。暗めな藍色のロングヘアを軽く整えている彼女は、ダウナーな声音や釣りがちな大きい瞳などから、どこか冷淡な印象を覚える。
しかし、どうやら実際は面倒見の良い部類に入るようだ。
「私らが頼みたいのは、その盗賊を探す手伝いなんだけど……えっと、ごめんなさい、名前聞いてませんでしたよね?」
「イグニス・タリオンです。どっちで呼んでも構いませんよ、たしか……リッカさん?」
「そ、リッカ・シックス。で、この子はクロエ・グレーテル。敬語とかいらないですよ、イグニスさん」
槍使いの女戦士、リッカに言われ肩の荷が降りる。
おそらく同年代、僧侶のクロエに関しては年下だろう。ただでさえ馴れない敬語は余計に空気を硬いものにしてしまう。
多少の無礼を許してもらえるならばありがたい話だろう。
沈んだ表情のクロエを見ながら、イグニスは本題へと戻っていく。
「でも、捜索は衛兵とかがやってるだろう?わざわざ自分たちでやるのはどうしてなんだ?」
「それは、その……」
未だ行方は分からないとはいえ、盗賊カビルは最重要容疑者だ。本職の衛兵が探しているのなら、そのうち見つかるだろう。冒険者と衛兵の権力にはそれだけの差がある。
衛兵から手配されているのだとしたら、依頼どころか物資の補充もままならないはずだ。
「もう、居場所は分かってるんです……」
「分かってるって……だったら衛兵とギルドに教えれば」
「それも、伝え済です……」
「……ごめん、クロエさん。本当に意味がわからなくなってきた」
想定外の返答、それも2つ重なり、イグニスは眉間に寄った皺を解しながら状況を整理する。
衛兵達は未だ捜索を続けているというのが公式発表であり、盗賊カビルの行方は知れていない。だがしかし、クロエは既に居場所を突き止め、衛兵どころかギルドにまで連絡済だと言うのだ。
導き出される結論は……
「迷宮……それも高位の、未踏破迷宮に逃げ込んだのか?」
頷いたのは俯くクロエではなく、ため息をつくリッカだった。
最悪の想像が当たり、イグニスも同じように深いため息をつく。
思わず杖を取り、席代を置いて帰りたくなるほどの案件だ。これが嘘偽りない真実だとしたら衛兵が容易に動けないのも納得だ。
「私の位階が3。クロエが2なんだけど、その迷宮が位階5を推奨してるところで……」
「そんなところ簡単に入れない。慣れてない衛兵なら尚更だ……だから、捜索のポーズだけ取って、迷宮で野垂れ死ぬのを待ってるわけか……」
リッカの説明で、散らばっていた要素が繋がる。
よくある話、とまでは言わないまでも、納得はできるような内容だった。カビルが迷宮外での殺人事件容疑者といえども、結局のところは冒険者の一人。迷宮内で消息不明になっても仕方がない話だ。
「だったら、もういいんじゃないか?盗賊の人が宝箱をちょろまかしてたって言うなら、多分蓄えなんてないだろ。どこぞで遺品が見つかるまでほっとけば……」
と、言いかけた時、イグニスは目の前にいる少女が今にも泣き出しそうになっていることに気がついた。
クロエの瞳は潤み、震えながら鼻をすすっている。言い過ぎたと理解した時には遅かった。
「わかって、ます……わかってる、つもりなんです……ッ」
「……すまん、言い過ぎた」
すすり泣く姿に一言謝る。
気まずくなり、視線を合わせられずリッカを見れば、クロエへと果実水を渡しながら彼女の背中を摩っていた。
イグニスと目が合うと、これまた気まずそうに笑みを向けてくる。非難される覚悟だったが、どうやらリッカの方は受けた言葉を冷静に理解しているようだ。
「お金とか、そこら辺はさ、この際もういいんだけど……なんて言うか、他のところは、納得したいじゃん?だから、私たちはカビルを探したいっていうか……まぁ、そんな感じ」
絞り出し、言葉を選ぶリッカは頭と心が噛み合ってないのだろう。
クロエほど納得できない心に真っ直ぐ向き合えた方が幾分かマシというものだ。
酒場の喧騒に冷たい沈黙が飲み込まれる。居心地の悪さに身を正すと、泣いていたクロエが再び口を開いた。
「私は、本当のことが知りたいんです……何があって、どうしてこうなったのか、本当のことが……」
裏切りと言うものは、喪失と合わさって余計に心を蝕んでくる。
拭い去るのに必要なのは、きっと優しい風化ではなく厳しくもハッキリとした真実なのだろう。
幸いなことに、イグニスは冒険者を始めてからその手の悲劇に見舞われたことはない。
「納得は、全てに優先する……なんて、誰か言ってたっけな」
だが、それでも裏切りを受ける恐怖と痛みは、痛いほど理解できてしまった。奥歯をかみしめ、軽く深呼吸をする。割に合わない仕事だと改めて思い、しかしそういった問題でないとも思った。
突き放すべきか否か、その答えはすぐに出た。
「報酬は、迷宮で出た儲けの六割。それ以下は受けないけど、いいかな?」
「お、お願いします!」
「ありがとう、イグニスさん、本当に」
暴利的な値段だったが、二人は頷く。
それだけの覚悟があるのだろう。
イグニスもこれ以上は何かを言うつもりは無い。
いま自分に出来ることをする。それだけを思考に置き、立てかけていた黒杖を取った。
「それじゃ、早速行こうと思うんだけど、逃げ込んだ迷宮ってのは何処なんだ?」
酒場を出よう立ち上がったイグニスが問いかけた。
これから挑む迷宮の話だ。問いかけるのは当たり前なのだが、それぞれ長槍と錫杖をもち移動しようとした二人が動きを止める。クロエは頬を赤らめ、リッカは気まずそうに視線をそらしている。先ほどまでのような重苦しいものではなく、恥じらいのような空気が漂い、イグニスは首を傾げた。
「えっと、その迷宮っていうのが、さぁ……」
リッカが指さした先にあるのは、ギルドボードに張り出された未踏破の迷宮一覧だった。
どれもこれもが危険度が高く、何が起きてもおかしくない魔窟。 そして、リッカの指先が示していたものは、その中でもげんなりしてしまうものだった。
「淫魔の借宿……マジか」
**********
迷宮は、その殆どが下へ下へと階層を伸ばしていく作りをしている。地上から地下へと下り、しかしながら時折出現する昇降機で上に行ったりもするため、全貌は掴めていない。
それが未踏破ならば尚更だ。捻くれた通路や罠が敷き詰められた玄室など、見えない危険は数しれない。
「なので、マッピングをクロエさんに頼みたいんだ。見える道くらいは正確にしたいから」
「は、はい!頑張ります!」
そう説明の最後に、イグニスは低品質な紙と尖筆を渡した。いま三人の一党は、盗賊カビルが逃げ込んたと思しき迷宮『淫魔の借宿』に来ている。
ギルドに新参二人を連れて迷宮に潜ると言った時は驚かれたが、そこは流石にイグニスの
先頭を戦士であるリッカが進み、最後尾をクロエがマッピングしながら歩く。イグニスはどちらも見れるよう真ん中で警戒していた。
「ねぇ、なんかこの迷宮……いや、なんて言うかその……暑くない?」
前を歩くリッカが呟く。
凛とした美貌に汗が伝い色気が増し、艶やかな藍色の髪が迷宮の灯りで光を帯びた。
どこか甘く「ふぅ……んっ、ふぅ……♥」と吐息を零し、喉を嚥下させえ乾きに耐えている。同年代の女性が持つ自然な色気がイグニスの目を焼き、別の意味で息を飲ませてくる。
「ま、まぁ……階級の高めな迷宮だから。変なプレッシャーも、あるんじゃないかな……」
迷宮の多くは、石造りの出来が悪い建造物だ。
入り口に扉はなく、開けっ放しにされているはずなのに、空気は外とは別種の重さがある。イグニスもリッカと同じように頬を伝う汗を拭った。
今までの一党とは違うせいか、謎の緊張感がある。
ふと視線を動かせば、眼前でムチムチ♥と肉感的に揺れるリッカの巨尻と、鍛えられた太腿に注意がいった。
レオタード状の革鎧がくい込み、脚甲ようのインナーが太腿を締め段差を作っている。尻たぶを伝う汗のせいで、余計に色艶のある光沢を帯びているのだ。
「確かに、かなり
「誰の太腿が分厚いって?」
「なぜわかった……いや、今のは悪い意味じゃなくて……」
「言っとくけど、太って無いから! ちょっと、ちょっとだけ鍛えすぎただけだから!
小さな呟きだったはずだが、リッカの耳にはしっかりと入ったようだ。
頬を赤らめながら捲し立てるリッカからの眼力は、今すぐにでも長槍を突きつけられそうなほど鋭く強い。流石に罪悪感もあったのだろう、イグニスも両手を上げて降参のポーズをとった。
すると、睨みを効かせたままのリッカが歩く速度を緩め、イグニスに並んで声を潜めた。
「その、ありがとね。私もクロエも、二人だけじゃ流石に無理だったからさ」
聞こえてきたのは小さな、しかしハッキリとした感謝の言葉だった。
集中してマッピングをしているクロエに聞こえないようにしているのだろう。それのせいか、熱を帯びた吐息や汗の香りが、どこか淫靡な色気を纏い聞こえてしまった。
「い、や……まぁ、俺も暇だったし……なんな、ほっとけなくて」
「ふふ……お人好しなんだ。でも、本当にイグニスさんみたいな人が受けてくれてよかった。変なのばっかりに絡まれたからさ」
それはそうだろう、と口に出かけた言葉を飲み込む。
リッカもクロエも、そこにいるだけで声をかけられるほどの美女。それが固まって二人でいるのだから頻度は単純計算で二倍だ。
共に迷宮へ行って欲しい、などという依頼まで出していれば更に声もかけやすくなる。
「だから、助かったんだ、本当に。私だけじゃ、クロエを元気づけられなかったと思うし」
「そりゃあ良かった。暇な冒険者の気まぐれが誰かを助けたなら、願ったり叶ったり……っ!」
軽口を叩こうとした時だ。通路の先に扉が見えた。
リッカより先に、当選ながらクロエよりも先に認識したイグニスは、杖の先へと手を添え身構える。
玄室がある、ということは、十中八九そこに何かが在るということだ。
「んぎゅ」
「っと、すまんクロエさん」
急に立ち止まったからか、イグニスの背中から可愛らしい呻きが聞こえてきた。
マッピングに集中していたのだろう。苦笑いを零す彼女の手には、丁寧に記された地図が抱えられている。よくよく見れば、ギルドに売り物として出してもおかしくないほどの出来栄えに見えた。
前にいた一党の女僧侶は細かい作業が苦手だったが、どうやら彼女は器用な方らしい。
「いえいえ、私も集中しすぎて……あ……部屋、ですか……」
「そうだね、部屋だね」
はにかんだクロエが表情を強ばらせる。
リッカもまた、暑さに耐えながら長槍を構え息を整えた。熱気が息苦しさに変わりながらも、気の抜けた様子は一切ない辺り、二人とも素人ではないことが伺え、イグニスも僅かな安心感を覚えた。
迷宮では気負い過ぎたものから命を落とし、気を抜いたものから呑まれていく。
大切なのは、平常心でいることだ。
「じゃあ、最初の約束通りに。今日は最初の玄室までで、宝箱には手を出さない、ということで」
「ええ、分かりました」
「盗賊もいないんだし、危険だもんね」
錫杖を持ったクロエが後ろに控え、前衛にリッカが長槍を構える。
息を吸い、吐いた音がすると、石畳を穂先で叩き、なにも反応しないのを確認したリッカが、ついに玄室の扉を蹴り破った。
次回、初戦闘です。
エネミーは何にしようか……
乞うご期待