種馬の冒険者 作:こざかしい鳥
リッカの逞しく鍛えられた健脚が玄室の扉を蹴破り、息を吐くと共に先陣を切って突入した。
大きな音が響き、長槍を構えながらリッカが藍色の長髪を靡かせると、次にイグニスが杖を構え、クロエが最後尾についてくる。
室内は通路よりも僅かに明るいが、それでも広く薄暗い。
「っ、いた、あれは……」
最前線、リッカが視認したのは、この玄室に蔓延るモノだ。
小さな体躯に曲がった背筋。
しゃくれた顎と不毛な頭皮。
薄緑色の肌と虚ろな黄色い眼光。
歪な手に持つのは、何処から盗んだのか分からない棍棒や、刃こぼれしたナイフのような粗末な得物。
それら全ての要素が、その存在の正体を物語っていた。
「
名称を呼ぶだけで、敵が何かよく理解できた。
そしてそれの数を知るだけで三人は臨戦態勢に入る。
一匹ずつならば対した脅威にはならないが、ボタンの掛け違いや出目の悪さで簡単に
それが小鬼を相手にするということだ。初めて迷宮に挑んだ冒険者の四割五分は、油断と慢心、運の悪さで命を対価としてしまう。
「あれくらいなら、私が!」
立ち向かうリッカが槍を振るう。
石畳をなぞり、火花を散らした穂先が小鬼を一匹捉え、膨れた腹を貫いた。汚い絶叫と困惑の鳴き声が聞こえ、刃が鳴る。
小鬼たちも構えたのだろうが、リッカの動きが速かった。
槍を手足のように手繰り、回転させた柄で小鬼の足元を払う。バランスを崩し、元から不安定だった陣形が瓦解すると、一匹目から引き抜かれた長槍が二匹目の膨れた腹を突き刺し貫いた。
「――っ!」
「喚くなっての!」
槍をひねり、身体を支える下半身に力を込める。
脳天へ向けて槍を振るい小鬼を縦に引き裂くと、血しぶきが玄室の床を汚し、鼻が曲がりそうな臭いを生んだ。
残りは三匹。気を引き締め
「リッカさん、いま支援をかけます!」
立ち回っているリッカが僅かに押され始め、クロエが錫杖を構え祈りを捧げた。
彼女が使える奇跡は三種類あり、そのうちの一つが守護の奇跡だ。
長く、堅苦しく、しかして神を信仰するものにしか使えない祈りが終えた時、その光が発せられた。
「
クロエの放つ光が小鬼たちに囲まれたリッカを包むのと、小鬼から
汚い鳴き声と共に襲いかかった小鬼の短剣は弾かれ、体勢を崩した瞬間に脚甲をつけた蹴りが首をへし折る。
呻き声が上がるよりも先に小さな頭部を踏み潰し、槍で心臓部分を突き刺して念入りに仕留める。
これで、残りはあと一匹だ。
「これで……ッ、んっ♥ な、に、これぇ……っ♥」
玄室に嫌な臭いが立ち込め、リッカの肢体をジリジリ♥とした熱が包んでいく。いや、蝕んでいくと言った方が正しいだろう。この迷宮に入った時から暑く、熱く、圧かった。
それが、小鬼を狩ることで経験値を得る度に濃くなり、臍下の辺りでムラムラ♥と疼き始めていた。
「ふぅ……くっ、んぅ……っ♥これが、この迷宮の……特性ってわけ……くぁっ♥ふぅ……ふぅ……っ♥やばい、これ……んっはぁ♥なんか、ヤバいやつかも……っ♥」
足取りが怪しくなり、熱っぽい吐息と共にリッカが肉感的な身を捩る。
あと一匹貫けば戦闘は終わるというのに、甘い熱に浮かされた身体は上手く言うことを聞いてくれない。
呼吸は荒く、しっかり立つことすらできず、ムッチリ♥とした太腿を擦り合わせ前かがみになるような情けなさに奥歯を噛み締めた。
「
その時だ。
後方より手前、リッカとクロエの間辺りから、低い声が聞こえてきた。
ふと気を取られれば、二つの呪文を連ねていたような気もする。それが誰のものかなど考えることもなく、編み込まれた術が弾けた。
「
しかし、熟練したものが扱えば、威力や距離、方向なども好きなような設定出来る。絶え間ない努力と経験、そしてセンスが必要な妙技だが、使える者はそう多くはない。
「ッ、うそ……」
彼が、イグニスが行ったのはまさにそれだった。
小鬼の振り上げた棍棒を一筋の閃光が弾き、二、三と放たれた魔力段が軌跡を描いて腕と脚を刈り取る。
悲鳴すら上げさせない追撃の嵐は、片脚で逃げようとした小鬼の脳天を撃ち貫いた。
初歩の初歩に学ぶ魔法が、それそれの意志を持つかのように小鬼を屠ったのだ。
「と、まぁ何もしない訳にはいかはいからね」
軽く笑みを浮かべたイグニスが、黒杖を降るって魔力を払った。
思えばどこか歪にも見える杖だ。
魔術師達が持つ捻れた木製のものではなく、かと言って学院を出たばかりに貰う装飾華美な杖でもない。
長さとしては二尺八寸ほどで、リッカの使う長槍より、さらに言えば普通の杖よりも短いように思えた。
「せ、戦闘終了……でしょうか?」
恐る恐る、錫杖を握りしめたクロエが問いをこぼす。
時間にしては十数分も経っていない。主だって前線にたったのはリッカのみで、クロエとイグニスは後方支援のみだった。
しかし、背負っていた緊張感は誰もが同じで、等しく重かった。
「とりあえず大丈夫そうだね……っ♥ ふっ、んぅ……あぁ、もうっ♥ これ、きっつう……♥」
一安心といった所で、リッカはレオタード状の革鎧に包まれた肢体をビクリ♥と震わせた。
いやな具合の熱は、体調の不良から来るものではない。
むしろその逆で、敏感に過剰なまで迷宮内の不穏さと不可解さを感じ取ってしまっているのだ。
「クロエさんはリッカさんについてくれ。帰りは俺が先導するよ」
周囲への警戒を怠らず、腰の帯革に杖を差し込む。
普通ならば杖を構えやすくするため常に手で持っているだろうが、思い返すとイグニスはそうやって杖を納めている方が多かったとリッカは気を留める。
先程の術から、やはり高位の術使いなのだろうが、行動の端々から、彼は単なるソレではないと伝えてくるのだ。
「リッカさん、あの、大丈夫ですか?」
「へ?あ、う、うん……大丈夫っ! 一撃もくらってないからさ!」
槍を支えとし、じっとイグニスを見つめていることを心配したのか、駆け寄ってきたクロエが声をかけてくる。咄嗟に返事をしたリッカだったが、やはりその意識はここには無いようだった。
負傷はない。疲労はある。身に帯びた熱も確かにある。
しかして最も強く残っているのは、どこか不可解な術使い、イグニスの存在だった。
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行きよりも帰りの方が危険、というのが迷宮でのセオリーだ。術の回数が減り、体力も削られているせいで、当然ながら注意力も散漫となる。
それがもとで迷宮の罠にかかりやすくなれば、
「イグニスさんって、どれくらい冒険してきたの?」
だからこそイグニスが先頭を歩いている中で、中衛を務めているリッカが問いかけてきた。
気持ちが緩んでいるわけではないのだろう。むしろその逆で、イグニスへの疑問が不信感へとなり、不和を生まないように努めたのだと、問われた側ですら察せられた。
「どれくらい……どれくらいかぁ……冒険者を始めたのは大体、四、五年前かな。前の一党とは三年くらい組んでて……まぁ高く見積もっても中の上くらいだよ」
「あんな風に術をつかいこなしておいて……言っとくけど、謙遜ってしすぎると嫌味だからね?」
「いやいや、ほんとに。単独で使える術も中位までだし、回数も多くないし。英雄級なんてとてもじゃないけど」
「あの、比較する対象がすごすぎるのではないでしょうか……」
肩をすくめるイグニスに、苦笑いを零しながらクロエが声をかける。英雄級とは文字通り、歴史書にまで名を残す最上位の冒険者のことだ。
始まりの迷宮を攻略した勇者や、迷宮より這い出た魔竜を討伐した国王など、そもそもが比べることすら不毛な相手である。
「要するに、俺もその程度ってことだよ。だから別に歴戦の冒険者ってわけじゃないから、危ない時は一目散に逃げてくれれば助かるかな」
「えぇ……期待させてほしいんだけど……」
リッカから向けられていた疑いの気配が、どこか失望のようなモノに変わっていくのを感じた。
いや、そこまで悪いものではなく、呆れのようなモノが近いだろうか。
警戒するほどの相手ではなく、危険視する必要もないと認識してくれたようだ。余計なバイアスは上振れも下振れも無い方が良い。
「……あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
気づかれないようイグニスが息を吐くと、クロエが声を上げた。
慌てふためき、そして歓喜した声音に二人が目を向けると、その手には光を帯びたペンダントがにぎられている。
なにかに呼応するように明滅し、左右に揺らすと片方で光を強くしていった。
「これ……この先にガビルがいます!」
「は?いや、ちょっとクロエさん!?」
「クロエ、待ってクロエ!」
二人の静止を聞かずクロエが走り出す。その方向は今しがた通り、地図を作ったのとは別の道だ。
どんな危険があるかも分からない道を、後衛職のクロエが走り抜けている。それも確認や警戒も怠り、注意力も散漫なままである。
それは彼女だけでなく、一党を危険に晒す行為だった。
「っとに、あの子は何やってんだ!」
舌打ちにとどまらず、イグニスは悪態をつきながらクロエを追う。
低位の僧侶たというのいのに足が早く、想定外に距離が縮まらない。術を使ってしまおうかと良くない選択肢が出るほどだ。
その少し先ではリッカがクロエの名を呼びながら駆けている。だが一切聞こえていないようで、息切れが重なり始める。
「おいリッカさん、あの子いったいどうしたってんだ!?」
「分からない、けど……ガビルは、クロエの大事な人だから!」
駆けるリッカに言われ、イグニスは余計に苛立ちを募らせた。
未だ育ちきっていない、不安定な精神で迷宮に挑む不用意さが、どこかの誰かを見ているようで腹が立ったのだ。
角を曲がるクロエを追いかける今も、その子供のような影がイグニスの脳裏を離れない。
「あぁ、クソっ!いい加減に……っ!」
曲がった先、ようやく立ち止まったクロエが、道の途中でペンダントをじっと見つめていた。
どうやら、帯びていた光が消えてしまったのだろう。呆然と立ち尽くし、姿のない大切な相手がどこにいるのか、ペンダントを左右交互にかざして探している。
「ガビル……そんな、また……どうして……」
譫言のように名前を呼ぶ。
当然ながら返答がある訳もなく、その場に座り込み震え始めた。イグニスも怒る気にはなれず、深い溜息を吐いて周囲を警戒する。
迷宮は人の心に不和を齎す。実際、イグニスも平気そうに装ってはいるが、腹の奥から股座にかけて、鬱陶しい熱に脅かされているのだ。
クロエも、恐らくソレにやられたのだろう。
「クロエ……とりあえず戻ろう?ガビルは……」
項垂れ啜り泣くクロエの背を、リッカが優しく擦りながら励ましの声をかけている。
やはりリッカは姉気質なのだろう。優しく、丁寧な介護の仕方だ。もしかしたら経験があるのかもしれない。それを見ていると、イグニスも苛立ちを収めていった。
その時だ。
「――っ、リッカ下がれ!」
「え……ッ!?」
イグニスが声を荒らげた。敬称も忘れた荒々しい声だった。
突然のことにリッカも身体を震わせたが、直後に横薙ぎの衝撃が彼女を捉える。防ぐことも出来ず、反応すらも遅れたせいで構えることも出来ず、砕け散るかと錯覚するほどの一撃が、細いながらも肉感的な体躯を壁へとたたきつけた。
「んぎっ……か、はっ……!」
背中から嫌な音が響き、肺の中にあった息が無理矢理吐き出される。
呼吸もままならず、嫌な痙攣をしながら石畳に横たわったリッカは、視界が赤く染まり意識を朦朧とさせていた。額か頭部を切ってしまったのだろうか、ドロリとした感触が顔の半分を流れていく。
「リッカさんッ、あぁ、クソ!」
イグニスが駆ける。外套を翻し、腰に差していた杖に手を添えながら一つ、二つ、三つと真言を重ねていく。打ち出すのは攻撃用の術ではない。低位の術では、この場に現れたナニカを相手に出来ないと知っているのだ。魔力を込めた指先が向けられるのはリッカの眼前、そこに向かう追撃を防ぐため、イグニスは術を解放する。
「
石畳を押し上げ、せり上がる形で障壁が出現した。
リッカへ向けられた追撃を弾き、壁へと直撃させて僅かな隙を生む。
それをイグニスは見逃さず、呆けたクロエの首根っこを掴み、倒れ伏すリッカを抱きかかえ距離を取った。そのまま帯革に巻いていた雑嚢に手を入れた。
「クロエさん、回復薬をかけたら治癒の術を、そのあとは障壁を貼って、合図するまで動かないでくれ」
「……あ、あの……私、私のせいで……」
「今は良い。原因の追究は後だ。今は、出来ることをしてくれ」
未だ気が動転しているクロエに指示を飛ばす。声を荒げてはいないが、それ以上の質問も何もかもを許さないと言った語気の強さだ。だからこそクロエも、青ざめた表情のままリッカへと回復の奇跡をかける準備を始めているのだ。
頭部の傷は深く、胸当てが拉げていることから、恐らく肋骨が折れているだろう。だが息も意識もあり、咳き込めるだけの機能は果たしているようだ。
「イグ、二、ス……さんっ、ごめん……わたし……ゲホゲホッ!」
「しゃべらなくていい。謝罪もいらない。大丈夫だ」
励ましているのではない。ただ純然たる事実を告げているだけだ。だが、それが瀕死間際のリッカには良く効いたのだろう。回復薬を飲ませ、クロエに任せたイグニスは腰に携えていた杖に手を添えた。
向かう先にいるのは、玄室で薙ぎ払った小鬼とはわけが違う、圧倒的な恐怖の象徴がいる。
上背はリッカの長槍よりもあり、肉体は岩のように筋肉を隆起させ、しかして人間ではありえない四本の腕を持っている。肌は血液よりも鮮やかな真紅で、蓄えた髭も同じく真紅。ギョロリとこちらを見てくる目は人間のモノではなく、捻れた角と面長の顔面が、ソレが何であるかを教えてくる。
「
低位の術を無効にし、四本の腕を振るい、ある時には雄叫びによって仲間を呼ぶ。
下級とはいえ悪魔は悪魔だ。小鬼以上に警戒しなければならず、小鬼以上に気を引き締めなければならない。
ソレと相対しながら、しかしてイグニスは口元に不敵な笑みを浮かべ――
「まぁ、どうにでもなるだろうけどな」
杖の先、八寸五分を捻り、
やはり、最初の敵といえばゴブリン、からのレッサーデーモンです。
クロエさん不用意すぎる……
もうお分かりでしょうがウィザードリィモチーフです。
イグニスくんのメイン戦闘は次回、彼の職業はなんでしょうね?