※この作品はR-18です。

無限ガチャの主人公に転生する   作:天童真影

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プロローグ

 

「カスミ……オマエをパーティーから追放する」

 

「……えっ?」

 

意味が分からず僕は変な声を漏らしてしまう。

 

現在、僕達は世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』を攻略中だ。僕は荷物持ち兼雑用係として、今回の攻略パーティーに参加していた。パーティーメンバーで『奈落』中層に入るため、洞窟の広間で休憩を取っている最中に追放を言い渡される。背負っていたリュックを地面に下ろし拭った汗が冷や汗に変わる。レギオン『種族の集い』のパーティーリーダー、竜人種ドラゴンニュートのドラゴさんは見た目こそ、二足歩行のドラゴンで強面だが理知的で優しく、頼れる人物だ。僕は気付かぬうちにドラゴさん、またはパーティーに迷惑をかけてしまい彼を怒らせてしまったようだ。なので慌てて謝罪の言葉と共に勢いよく頭を下げる。僕は青い顔で謝罪の声音を叫ぶ。

 

「す、すみません!何か問題があるのならすぐに直すのでパーティーからの追放は許してください!」

 

「ぷっ、クスクス……問題もなにも、もう必要無いから追放するに決まっているだろうが。そんなことも分からないのかね~」

 

「劣等種のヒューマンは本当に頭が悪いから嫌になるわ」

 

「!?」

 

謝罪に同じパーティーメンバーで獣人種のガルーさん、エルフ種のサーシャさんが侮蔑の表情で見下してくる。僕は2人の発言に、ドラゴさんから追放発言を受けた以上の衝撃を受ける。この世界には人種ヒューマン、獣人種、竜人種ドラゴンニュート、エルフ種、ドワーフ種、魔人種という6つの種族が存在する。その中で人種ヒューマンは獣人種より腕力が無く、竜人種ドラゴンニュートやエルフ種のように長命で魔術に長けている訳でもない。ドワーフ種より手先が器用でもなく、魔人種よりも頭の回転が遅い。人種ヒューマンは6種の中で『最も劣った種』だと、この世界では見下され、差別されていた。しかし『種族の集い』は、そういった差別を嫌い、将来的に全種平等な世界を作るという崇高な理念の下に団員達が集まったレギオンで有名だったのだ。狼が二足歩行したような姿のガルーさんも、僕が街中で獣人種に馬鹿にされた際に怒鳴って怒ってくれた。美しい金髪を背中まで伸ばし、尖った耳が特徴的なエルフ種のサーシャさんには、差別を受け涙を流している時、慰めてくれた。そんな2人がまるで人が変わってしまったかのように醜い虫を見るような、哀れな獲物を見下すような視線を向け、吐き捨てられたのだ。突然の豹変に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けてもしかたがない。

 

「お、お2人ともいったい何……」

 

疑問を口にするより早く、残る2名のメンバーが意見を出す。

 

「おい、いつまでくっちゃべっている。こいつはもう必要無いんだろ?だったらさっさと殺せ。他パーティーが来て現場を見られたら面倒だろうが」

 

「ナーノに賛成ですねー。ただでさえミーとしては劣等種(ヒューマン)と同じ空間で息をしているのも苦痛なのにこれ以上時間まで取られるのはごめんですねー」

 

ドワーフ種の髭がもじゃもじゃのナーノさんは、必要無くなった道具を棄てるような声音で僕の殺害をうながす。彼からはレギオン屋敷で剣の磨きかた、鎧の修理、維持の方法を丁寧に教わった。魔人種で悪魔の角を持ち青白いひょろりと背の高いスーツを着た青年のディアブロさんからは、よくテーブルマナーを教わった。普段からちょくちょく嫌味を言われたが、ここまであからさまな殺意の篭もった声は聞いたことがない。再びパーティーリーダーのドラゴさんへと視線を戻す。カチカチと僕自身の歯が恐怖で鳴っているのを自覚しつつ、ドラゴさんに尋ねる。

 

「じょ、冗談ですよね? み、皆さん僕をからかおうと演技をしているんですよね? だ、だって皆さんに殺される理由なんて僕にはありませんもの」

 

「いや、ある」

 

ドラゴさんがすぐさま断言する。

 

「一応、念のために殺しておけと言われているんだ」

 

「い、一応って……一応、念のために殺しておけ?あ、あの意味が分からないのですが……」

 

「カスミ、オマエは他劣等種(ヒューマン)より珍しい恩恵ギフトを授かっているだろう?」

 

「は、はい。えっと『無限ガチャ』という物ですが。皆さんも知っている通りゴミしかでないハズレギフトですよ?」

 

この世界10歳になると、極稀に恩恵ギフトが与えられる。僕は運良く恩恵ギフトを得ることが出来たが、『無限ガチャ』というよく分からないモノだった。『無限ガチャ』を使用する際は、ガチャボタンを開き押すだけ。押すとカードが手に入る。このカードに描かれているモノを現実世界にも顕現させることが出来るのだ。話だけ聞くと非常に有効そうだが……12歳になるまで2年間、『パン(カビ有り)』、『靴下(片方)』、『スプーン(破損)』などゴミしか出てきていない。まったく役立たずな恩恵ギフトだ。

 

「最初は上層部も、『無限ガチャ』なんて奇妙な恩恵ギフトを得たライトを『ますたー』かと疑った。取り込んで恩恵ギフト、人となり、言動をつぶさに観察したが……恩恵ギフトはゴミしか出ず、ステータスもただの劣等種(ヒューマン)レベルだった。オマエは『ますたー』ではないと上は判断したが、念のため殺しておくことにしたんだよ。災禍になる可能性の芽は摘んでおけとな」

 

話が半分も分からない!でも僕はどうやら『ますたー』ではないが、一応念のため殺されるらしい。なんだよ『ますたー』って!?

 

「国は『ますたー』でないことを残念がっていたけど、あたしとしてはありがたいわ。もしライトが『ますたー』なら、国の命令で血を取り込むためにあたしが劣等種(ヒューマン)と結婚しなきゃならなかったもの。うわぁ、考えただけで鳥肌が立っちゃった!」

 

「ぎゃはははは!確かにエルフの国なら残念がるだろうな。『ますたー』達はなぜかエルフ種が大好きって話だからな!」

 

「く、国?」

 

えぇ、ドラゴさんが口にしていた『上層部』って、国のことなの?『ますたー』は国に狙われるような存在なの!?いったいその『ますたー』は何をしたんだ!?ドラゴさんがギロリと、ガルーさん、サーシャさんを睨みつける。さすがにこの中で一番レベルが高いドラゴさんに睨まれた2人は、肩を震わせ真面目な顔を作った。ナーノさん、ディアブロさんが2人に呆れた視線を向ける。

 

「やれやれエルフ種、獣人種は口が軽くていかん」

 

「劣等種(ヒューマン)と比べれば優秀なのですから、そこは欠点というより愛嬌なのでしょうねー」

 

2人の言葉をドラゴさんが聞き流し2人を叱責した。

 

「余計なことを口走るな。情報が漏れたら、どう責任を取るつもりだ」

 

「ご、ごめんなさいリーダー。つ、つい口が滑って……」

 

「す、すまねぇ調子に乗りすぎた。情報が漏れないようこのガキはきっちり俺様達が始末をつけるから。それでケジメにしてくれ」

 

「そうね!ガルーは良いことを言うわね!責任はあたし達がとりましょう!」

 

「ヒィ!」

 

ガルーさんが装備している鋼鉄製の爪を、サーシャさんは弓を取り出し構え出す。本気で僕を殺すつもりだ!思わず悲鳴が漏れ出る。僕は後退ると彼らに背中を向けて駆け出す。

 

「ぎゃははははは!ここは『奈落』だぞ! ヒューマン劣等種が例え俺様達から逃げても魔物に襲われて生き残れるはず無いだろうが!」

 

「まぁ逃がすつもりはない、けど!」

 

サーシャさんが言葉と共に矢を放つ。

 

「ギャァアァッ!」

 

矢は真っ直ぐ僕の左足を射抜く。激痛に悲鳴を上げ、走り続けることが出来ず地面へと転がった。ごつごつとした洞窟型ダンジョンの地面に勢いよく倒れたせいであちこち出血するが、左足に刺さった矢の方が何倍も痛い。

 

「ああ、いいね、その表情、悲鳴!劣等種(ヒューマン)を獲物に見立てて狩る遊びはやっぱり気持ちが良いな。魔物やただの動物だと言葉が通じないから、楽しさ半減するんだよな」

 

「余裕ぶってないでさっさと殺しなさいよ! 『世界最強最悪ダンジョン奈落を攻略していたら、不幸にも仲間の1人が魔物に襲われて死んじゃいました』って筋書きなのに、他パーティーに見られたら説得力無くなるでしょ!」

 

「分かってるって。本当は嬲って殺したいが、俺様達の目的も知らずマヌケに踊って楽しませてくれた礼だ。これ以上苦しまず殺してやるよ」

 

ガルーさんが無防備に近付いてくる。僕を殺すためにだ。矢で貫かれた足の痛みに涙、涎、血を流し目の前の現実を否定する。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ! 『種族の集い』の皆さんは良い人なんだ……オマエ達は偽者だ!絶対に偽者なんだッ!」

 

ドラゴさんの偽者が吐き捨てるように告げる。

 

「くだらん。誇り高き竜人種ドラゴンニュートが、本気で劣等種(ヒューマン)と対等に付き合うはずがないだろう。あくまで上層部からの指示で嫌々やっていたにすぎん」

 

ガルーさんの偽者が心底楽しそうに笑った。

 

「ぎゃははははは!やべぇ、今までで一番楽しませてくれるわ!マジ笑えるんだけど!」

 

サーシャさんの偽者が気持ち悪そうに顔をしかめる。

 

「何が尊敬するよ、ほんと人種って醜くて気持ち悪い!どうして国もさっさとこんな劣等種(ヒューマン)達を滅ぼさないのかしら」

 

ナーノさんの偽者が心底面倒そうに急かす。

 

「いいからさっさと殺せ。『ますたー』でない以上、こいつなどどうでもいいわい。時間の無駄じゃろ」

 

ディアブロさんの偽者が肩をすくめて同意する。

 

「ナーノの言う通り時間の無駄ですなー。何よりヒューマン劣等種は絶望顔も醜いー。さっさと殺してダンジョンを出るのが一番合理的ですぞー」

 

偽者達が本物のような口調、顔、声音で罵倒し、嘲笑し、殺そうと騒ぐ。

 

僕は殺されたくなくて、必死に逃げ出す。足が痛み、走れないため地面を這う。洞窟型フィールドのため、地面がごつごつした石のため這うだけで全身の皮膚が破け血が滲むが、無視して移動する。訳も分からず死にたくないからだ。しかし頭の隅で理解している。

『絶対に助からない』と。僕のレベルは15だ。今年で12歳だが、年齢の割にレベルは高い。理由は彼らがレベル上げを手伝ってくれたからだ。では他の皆はどの程度かというと……。ドラゴのレベルは500前後。ガルーはレベル150前後。サーシャはレベル300前後。ナーノはレベル300前後。ディアブロはレベル400前後。人種は他種に比べて腕力、魔力、寿命などが劣っている。故に最も低く、他種は腕力、魔力、寿命などによってレベルを上げやすい。これが人種差別を助長させる要因である。圧倒的レベル差、種の差、人数差によって彼らから絶対に逃げ切れない。それでも僕は死にたくなくて、地面を這う。……その足掻きが悪運を引き寄せる。右手が這うため伸び、次の地面に触れる。瞬間、地面が煌々と光り出す。

 

「!?転移トラップに触れたのか!?」

 

「逃がすな!確実にころ……」

 

皆の声がそこで途切れる。僕の視界も一瞬そこで途切れた。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

「ッゥ、体中が痛い……」

 

レギオン『種族の集い』メンバー達から運良く逃げ出すことが出来た。しかし左足には矢が刺さり、洞窟地面を這ったため皮膚が裂け血が滲む。その痛みが無事逃げ出せた安堵感の後、問答無用で襲いかかってくる。僕は仰向けになったまま天井を見上げた。あの場からは無事に逃げ出せたが、未だ洞窟型ダンジョン内部に居るようだ。『奈落』中部出入り口の洞窟と異なり、より黒さを増した岩肌の地面に僕は仰向けに倒れる。

 

「父さん、母さん、にぃちゃん、ユメ……やっぱり都会は恐ろしいところだったよ。もう田舎に帰りたい……」

 

全身の痛み、矢傷、信じていた仲間達には罵られ、殺されかけた。その裏切られた悲しみで郷愁に駆られる。元々貧農の次男で、兄が父の跡を継ぐため家を出た。両親、兄達は『カスミ、家を出る必要ねぇ』と引き留められた。しかし僕が家を出れば生活は楽になり、妹のユメにももっとごはんを食べさせることができる。都会で一旗揚げようと欲をかいた結果がこれだ。今更家族に合わせる顔など無い。何よりまずこの世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』から脱出しなければ、家族に再会する所か、二度と日の光を浴びることさえ出来ない。

 

「……なんで僕のような田舎者を騙して、殺そうとしたんだ。『ますたー』ってなんだよ。国がなぜわざわざ手引きしているんだ――何も分からないまま死にたくない。なにより……」

 

尊敬、裏切られた絶望、悲しみが反転する。

 

カスミ「裏切ったアイツらを絶対に許さない!殺してやる!一矢も報いずこのまま死ぬなんて絶対に嫌だ!裏切った奴らに絶対に復讐してやらないと死んでも死にきれない!」

 

心に復讐の炎が灯る。復讐の炎が体中の痛みを凌駕する。

 

「生きて奴らに復讐するためにも、家族とまた再会するためにもまずは止血して、ここから出ないと……ッゥ!?」

 

だが、僕の運の悪さは続く。

 

『グルルルルルッ!』

 

騒ぎ過ぎたせいか、血の匂いに釣られたのか魔物が姿を現す。体長は10mもありそうな巨大な4足獣で、僕の胴体より太い蛇が尻尾になっているのかシュルシュルと伸びてこちらを窺う。本体の4足獣はがっちりと僕を捉えて、涎を垂れ流す。ただの獣ならこのまま襲われてお終いだが、

 

「ッ!?ば、馬鹿なそんな、ありえない……レベル1000!?」

 

ステータス画面は任意で第三者に表示することが出来る。4足獣はこちらを体だけではなく、心までいたぶるかのようにステータス画面を表示。自分と僕の差を見せつけてくる。僕は勘違いをしていた。転移陣が発動し、最初に居た『奈落』中部出入り口付近のどこかに転移したと勘違いしていた。しかし、実際は前人未踏、この世界で誰も未だ到達していない『奈落』の最深部にいるのではないか?でなければレベル1000などという神話に登場するような怪物モンスターが目の前にいる筈がない!

 

「に、逃げないと!逃げないと……ど、どこへ?」

 

『奈落』最深部に居るとしたらレベル15程度の人種が脱出する手段などない。目の前の化け物から逃げ出すことも不可能だ。

 

『グルルルルルッ!』

 

怪物が嗤う。僕の絶望を手に取るように理解し、楽しげに嗤いゆっくりと歩み寄ってくる。完全に近寄られたら『死んだ方がマシ』な目にあって喰い殺されるのだろう。だが僕はまだ死ねない。

 

「真実も知らず、家族に再会できず、僕を騙し裏切ったアイツ等に復讐を果たせず死ぬなんて嫌だ!こんな棄てられたゴミのように死んでたまるかぁぁぁぁぁぁッ!」

 

とはいえリュックを置いて来てしまったため、ナイフ1本、水筒1つ、火打ち石すら無い。唯一あるのは恩恵ギフトだけだ。僕は必死に祈りながら、神から与えられた恩恵ギフト……『無限ガチャ』を連打する。この最低最悪の状況を切り抜けるには、もう『無限ガチャ』に縋るしかないのだ!

 

「!?」

 

『グルッ!?』

 

僕を中心に神々しい巨大な魔法陣が発生する。今まで余裕の態度で歩み寄っていたレベル1000の怪物すら、驚きで足を止めるほど眩しく、神秘的な光を放っていた。

 

『グルガァァァァアァッ!』

 

直感か、本能か、先程まで余裕綽々だった怪物が全力で襲いかかってくる!レベル1000だけあり、まだ数十mはあった距離が一瞬で縮まる。巨大なアギトが僕の視界全部を覆い尽くす。

 

(これが僕の見る最後の光景なのか……)

 

諦めが全身を覆い尽くす刹那、『奈落』最深部全てを覆い尽くすほどの光が産み出される。

 

「……我が主君に牙を向けるなど、例え子犬とて容赦はしません」

 

光の中で踊る黒髪。レベル1000もある怪物モンスターの首が一瞬で刎ねられ、四肢も最初からバラバラだったのかと錯覚するほど鋭利な刃物によって細切れになる。声の主は返り血の一滴も浴びず、化け物と僕との間に最初から居たように佇んでいた。夜の闇を切り取ったような長い黒髪をポニーテールに結び、長いリボンと共に遊ばせる。着ている衣服は御貴族様の使用人がよく身に着けているようなメイド服姿だった。真っ白な手袋、足下の靴一つすら汚れがない。身長は女性にしては高く、顔立ちも大きな瞳に長い睫、赤い薔薇色の唇に筋の通った鼻。全てが完璧に配置され、肌も透き通るほど白くまるで神様が端正込めて作り上げた人形のように美しい女性だ。美貌だけでも人目を引くが、メイド服を下から押し上げる胸が非常に大きい。男性なら絶対に視線を向けてしまうほどだ。なのに腰は折れてしまいそうなほど細く、手足もスラリと長いため背丈も合わさって非常にスタイルが良い。彼女の瞳が僕へと向けられる。瞳は辛そうに揺らし、その場で片膝を突く。まるで王様に傅く騎士のようにだ。

 

「主君の整った顔立ち、珠のような綺麗な肌がこれ以上傷ついているのが我慢できず僭越ながら治癒させて頂きました。勝手な振る舞いをして申し訳ございません」

 

「?えっ?あっ!?本当に痛くない!?」

 

上半身を起こして傷を確認する。足に刺さった矢もいつの間にか抜けて、傷どころか、痛み一つ無かった。

 

「主君、その美しきお声でお名前をお教え頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「えっ、ぼ、僕の名前ですか?カ、カスミと申します」

 

「カスミ様、カスミ様、カスミ様……なんと素晴らしい、いと尊きお名前なのでしょう」

 

彼女は口の中で何度も僕の名前繰り返した後、彼女は胸の前で両手を握り締め祈り出す。

 

「我がメイド道とは主君のために生き、主君のために尽くし、主君のために死ぬことと見つけたり。我がメイド道に誓い主君に絶対の忠誠をどうぞお受け取りくだいませ」

 

「はい?」

 

「ありがとうございます。天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝として幾久しく、死してもなおよろしくお願い申し上げます」

 

今の『はい』は肯定ではなく、疑問としての『はい』だったのだが……。今更訂正できる空気ではなかった。というかまず彼女は一体何者だ?どうして『奈落』最深部に居るんだ?先程の魔法陣は?いつ僕の傷を治したのか?魔物の血が辺りに飛び散り、匂いに引かれて他のが来る前にこの場から離れるべきでは?色々頭を過ぎるが何から口にしていいか分からず混乱してしまう。こちらの混乱を察したのか、まずはメイドの彼女から自己紹介を始める。

 

「ご挨拶が遅れました私わたくしはSURカード『レベル9999探求者メイドのメイ』と申します」

 

「す、すうぱあうるとられあカード?れ、レベル9999?」

 

「はい。カスミ様の恩恵ギフト『無限ガチャ』から排出されたSURカードでございます。私わたくしがお側に居る限り、このダンジョンに居るような有象無象のモンスターにライト様の艶やかな肌に指一本触れさせないとお約束させて頂きます」

 

実際、先程レベル1000の神話に出てきても可笑しくないモンスターを彼女は一瞬で絶命させた。彼女が居る限り僕の安全は保証されたも同然だろう。だが、やはり頭から信じられなかった。

 

「……ありえない。僕の恩恵ギフト『無限ガチャ』はゴミのようなアイテムカードしか出ないハズレだ。メイさんのような凄い人が出てくる訳がない。第一、人がガチャカードから出てくるのかな?」

 

「主君、メイドである私わたくしに敬称は不要です。どうぞメイと呼び捨てにしてくださいませ」

 

「いや、でも……」

 

「どうか」

 

 彼女の強い声音と悲しげな瞳に逆らえず僕は素直に従う。

 

「め、メイ……」

 

メイ「従僕の願いを聞き届けて頂きありがとうございます。器の広さ、流石カスミ様。そんな王器を持つカスミ様の恩恵ギフト『無限ガチャ』がハズレなどあるはずがございません。僭越ながら私わたくしの『鑑定』で確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「か、鑑定!?メイさ……メイは恩恵ギフト『鑑定』を持っているの!?」

 

恩恵ギフト『鑑定』は、本人のレベルに応じて人、物などを判定することが出来る。『鑑定』を得た者は一生仕事に困らないと、人種の中でも上位の人気がある恩恵ギフトだ。

 

「正確には私わたくしの固有スキルの一つでございます。鑑定してもよろしいでしょうか?」

 

「う、うん、お願いします」

 

「では、失礼いたします。鑑定……ッゥ、私わたくしほどのレベルが無いと詳細が分からないほどの隠蔽が掛けられているとは……。さすがカスミ様、どれほどの力があるのか想像もできませんね。恩恵ギフト『無限ガチャ』。使用回数無限のガチャ。魔力濃度によって排出されるカードの確率が変動する。ランクは頭から順番にLR、EX、SUR、UR、SSSRスリーエスレア、SSR、SR、R、Nノーマル、Eエラー……とのことですね」

 

「?つまりどういうこと?」

 

貧農の次男出身の僕にはいまいち要領が掴めない内容だった。メイがフォローしてくる。

 

「魔術師などが魔術を行使する際に使用する魔力は空気中にも漂っております。『無限ガチャ』はその魔力を吸収しカードを排出するようです。なので地上ではその濃度、濃さが薄いため私わたくしのようなSURカードの確率は限りなく0に近く。このような濃い魔力のダンジョン最下層ではその確率が跳ね上がるということです」

 

「……なるほど」

 

フォローしてくれたはいいがやはり半分も分からなかった。とりあえず、『奈落』最下層のような場所だとメイのような凄いカードが出てくるらしい。

 

「しかし流石カスミ様。『鑑定』で『無限ガチャ』の詳細を知らずとも特性に気付きダンジョン最下層まで単身降りて私わたくしを引き当ててくださるとは。我がメイド道を捧げるのに相応しいお方かと。とはいえお1人でダンジョン最下層まで赴くのは少々無謀なステータスでは?今後は私わたくしが常にお側におりますので、あのような傷を受けることは我がメイド道に懸けて二度と無いと断言させて頂きます」

 

「…………」

 

「カスミ様、いかがなさいましたか?」

 

「違うんですメイさ――メイ。僕は1人で『奈落』の最下層に来たくて来たわけじゃないんです」

 

僕は勘違いをしているメイに、大怪我、世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』最下層に1人で居る理由を全て話した。途中、信じていた仲間達に手ひどく裏切られたことを思い出し堪えきれず涙が流れでてしまう。全てを話し終えると、メイがギュッと抱きしめてきた。彼女とは身長差があり、僕がメイの大きな胸に顔を埋める形になってしまう。先程まで悲しかったが、メイのような美しい女性に抱きしめられ、胸に顔を埋めるとは考えていなかったため顔と言わず全身が赤くなる。花より濃密で、頭をくらくらさせる幸せな匂いが鼻をくすぐる。彼女は僕の顔が赤くなっているのに気付かず、何度も頭を撫で慰めてくれた。

 

「カスミ様のお辛さ、無念さ、お怒り、私わたくしのようなメイドには到底理解できるものではないのでしょう。ですが、畜生の糞ふんにも劣る忘八の輩共に天誅を下すことは可能です。どうぞ私わたくしめにお命じくださいませ。我がメイド道に懸けて1時間で忘八共の首を主の前に並べてみせます!」

 

「ま、まってくれメイ!それは駄目だ!」

 

「カスミ様がお優しいのは分かりますが、忘八共に情けをかける必要は微塵もないかと」

 

僕はメイの胸から離れて、首を横に振る。

 

「違うんだ。別にあいつらに情けをかけるつもりはないんだ。ただ僕が強くなってアイツらを見返してやりたいんだよ。それに国がどうして『ますたー』を探して、取り込んだり、殺そうとしていたのか真実を知りたいんだ。……やっぱりメイも、人種の僕には無理だって反対する?」

 

「いいえ、主君の望みが私わたくしの望み。主君自ら復讐をなさるというのなら、メイド道に懸けて私わたくしは支えさせて頂きます。何よりライト様なら復讐を成し遂げ、真実を得るなど造作もないと私わたくしは信じております」

 

その時、前世の記憶を思い出した。

 

「前世の記憶を思い出したよ……ありがとう、メイ。」

 

「もったいないお言葉です」

 

ついさっき信じていた仲間に裏切られた。しかし、代わりに僕の恩恵ギフト『無限ガチャ』から誕生し、一生の忠誠を尽くすと断言するメイと出会うことが出来た。彼らに裏切られたのは腑が煮えくりかえるほど腹が立ち、死んでしまいたくなるほど悲しくなったが『奈落』最下層に落とされた結果、メイと出会えたことを僕は心底幸福だと実感する。彼女が取り出したハンカチで、僕の涙の後を拭い告げる。

 

「ならばカスミ様、慚愧の念に堪えませんが私わたくし1人では手が足りません。恩恵ギフト『無限ガチャ』で私わたくしのような仲間を増やしてくださいませ」

 

「え? でもメイって凄く強いんでしょ? だってレベル9999もあるんだし……。なのに他に仲間が必要なの?」

 

「はい。確かに私わたくし1人で国の一つや二つ、潰すのはわけないと我がメイド道に懸けて申し上げます。復讐だけなら、それで問題はありません。しかし真実を解明するのなら、私1人だけではリソースが圧倒的に足りず、ライト様が望む真実を得られない可能性が高いのです」

 

「……つまり、僕はとりあえず『無限ガチャ』でメイのような仲間を出せばいいんだね?」

 

彼女の言葉はやはり難しく、半分も理解できなかったが『無限ガチャ』で仲間を増やすのは理解できたため頷いておく。メイは僕の言葉を聞き、花が咲くように微笑みを作る。

 

「はい、その認識で問題ありません。『無限ガチャ』で仲間を増やしこのダンジョンにまずはカスミ様の王国を作り出しましょう」

 

『カスミ様の王国を作り出しましょう』の意味は分かるが、理解できなかったので気付かないふりをする。そしてメイの言葉に従い僕は再び世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』最下層で『無限ガチャ』のボタンを押すのだった。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

信じていた仲間に裏切られ、『奈落』最下層でメイと出会ってから約3年後……。世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』最深部の一角。元々ごつごつとした黒い岩だったが、整備した結果、大理石のようにツルリとした質感の廊下となった。壁には煌々と光る魔術道具の照明器具が並び、暗さを感じさせない。僕こと、カスミが歩いていると、姿に気付いた下級妖精メイド達が壁際に並び一礼する。皆、美しい顔立ちの美少女達で、背丈、スタイルも様々だ。地上に彼女達が1人でも居たら、『嫁にしたい』、『恋人にしたい』、『義娘にしたい』と騒ぎ出す男達で溢れかえるだろう。

 

「ご苦労様」

 

『ありがとうございます、ご主人様』

 

彼女達は僕に声を掛けられると嬉しそうに返答してくる。僕は彼女達に軽く手を上げ、通り過ぎる。大分距離が空いたが、石造りなのと僕自身のレベルがかなり上がったため彼女達の雑談が聞こえてしまう。

 

「カスミ様、お声をかけてもらえるなんて今日は最高にツイてるわ!」

 

「今日でワタシ達運を全部使い切ったかも」

 

「あぁカスミ様、格好いい……カスミ様の足の指、いえ、落ちた髪の毛でいいからペロペロしたい」

 

「変態か!」

 

「でもお許しを頂いたらペロペロするでしょ?」

 

「しないはずないでしょうが!」

 

「アタシはペロペロもいいけど、撫で撫でもされたい」

 

「ウチは蔑んだ瞳でブタれたい」

 

「う~ん、レベル高過ぎ!」

 

僕は思わず苦笑いを零す。今日の側付き兼護衛メイドが、青筋を浮かべて意見をする。

 

「ご主人様、今すぐお喋り妖精共の囀りを止めさせるご許可を」

 

「いいよ、別に気にしてないから。僕がそれだけ慕われているってことなんだから」

 

「……出過ぎたマネ、失礼いたしました」

 

僕が許しを与えたことで、浮かべていた青筋は最初から無かったように消えてしまう。さらに進むと綺麗に加工された廊下が途切れ、元のダンジョンらしいゴツゴツとした場所に出る。ここは訓練場としてあえて手を入れず残した場所だ。訓練場には探していた人物達が集まっていた。3人の輪の中で、背の低い銀髪のヴァンパイアが両手を天に突き出し叫ぶ。

 

「あたいは馬鹿じゃねぇって言ってんだろ!証拠に九九だってちゃんと言えるんだからな。見ていろ。1×1が1。1×2が2で、1×3が4で……」

 

「言えてないじゃありませんの。しかも一の段でミスとか本当にあり得ないほどお馬鹿ですわね」

 

「にゃ~」

 

背の低い銀髪ヴァンパイア少女を、魔術師帽子を被った金髪ロングの少女が呆れたように肩をすくめる。他2人よりさらに背の低い猫パーカー帽子を被った少女が、猫の声音を真似る。『3人寄ればかしましい』というが楽しく、賑やかなことは良いことだ。絶望で暗くなるよりずっとマシである。僕は側付きをその場に待たせて3人に歩み寄る。

 

「皆、ここに居たのか」

 

声を掛けると、騒がしく話をしていた3人がキラキラとした表情で振り返る。

 

「カスミ様!あたいに会いに来てくれたのか!めっちゃ嬉しいよ!」

 

背の低い銀髪ヴァンパイア少女、彼女も僕の恩恵ギフト『無限ガチャ』で引き当てた元カードだ。『真祖ヴァンパイア騎士ナイトナズナ レベル9999』血のように赤い瞳に、銀髪を長く伸ばし、背丈が低いのに胸はとても大きい。見た目は深窓の令嬢のように美しい容姿だが、言動から分かる通り見た目と違って元気がありあまっている美少女である。彼女は重そうな甲冑を纏い、自身より巨大な大剣を手にどんなモンスター相手だろうと立ち向かう強力な騎士でもある。

 

「ナズナのようなエレガントさの欠片もないオチビにカスミ神様が会いに来るわけありませんわ。カスミ神様、エリーはいつでもカスミ神様の神子を孕む準備が出来ていますわ。ささ、エリーの寝室に参りましょう。で、ででできれば、少々汗をかいてしまったので湯浴みをする時間を頂ければと」

 

 魔女帽子を被った金髪ロングの女性は顔を赤くし、瞳を潤ませ告げてくる。彼女も僕の恩恵ギフト『無限ガチャ』で出た元カードだ。『禁忌の魔女エリー レベル9999』魔法、魔術、禁術、精霊術――ありとあらゆる術を極めた魔女である。見た目は魔術帽子に綺麗な金髪を2つに結び流している。身長は160cm前後で、帽子を常に被っているため見た目より背が高く見えてしまう。スタイルもよく胸はしっかりと有り、腰もくびれても、お尻のラインも描いている。当然、顔立ちも整った美少女で、魔女というより魔法少女の方がしっくりとくる。よく僕を閨に誘うが経験は無く、処女だ。口では色々誘ってくるが恥ずかしがり屋なので、すぐ顔を赤くする。気持ちは嬉しいのだが、僕の目的はまだ果たせていないため、子供を作るのはまだ避けたい。なのでいつも断ってしまっている。エリーは美少女でスタイルも良いため、気持ちは非常に嬉しいのだが。

 

「んにゃ~」

 

最後は猫のように声をあげてするりと僕の体に頭を擦りつけてくる娘だ。当然、彼女も僕の恩恵ギフト『無限ガチャ』で出た元カードである。『天才モンスターテイマーアオユキ レベル9999』どんな魔獣、神獣、幻獣、珍獣だろうが従えるモンスターテイマーだ。3人の中で最も背丈が低く猫耳がついたパーカーを羽織っている。胸は小さく、手足も長いが細い。幼い顔立ちで、青い幻想的な髪色も合わさって非常に儚げな美少女だ。よくこうして猫の鳴き真似をして僕の体に頭や体を擦りつけてくる。可愛くてついつい本物の猫のように彼女の顎下を撫でてしまう。アオユキも嬉しそうに、『にゃ~♪』と声をあげた。

 

「ナズナ、君だけじゃなく他2人にも用事があったんだ。エリー、閨はまた機会があったら誘ってくれ。アオユキもそろそろ聞く態勢に……ッ」

 

奥の暗がりからのっそりとモンスターが顔を出す。体長は10mもありそうな巨大な4足獣で、僕の胴体より太い蛇が尻尾になっておりシュルシュルと伸びて巻き付いている。気配には気付いていたが、目にすると初めて遭遇したトラウマから未だに体が固くなる。僕が体を強ばらせたことに気付いた3人が4足獣のモンスター……『スネークヘルハウンド』へ攻撃態勢を取っていた。「あたいの前でカスミ様に不敬を働くとは……素直に死ねると思うなよ」と巨大な大剣を軽々と構えたナズナが眼孔を縦に割って告げる。「慈悲と利用価値として存在を許しましたが、カスミ神様に手を出そうとした罪は拭えませんわね。やはりこの種はダンジョン、地上含めて絶滅させ、文献、記録からも抹消させるべきですわ」とエリーが魔本を手に開き殺気を放つ「……是。主に不快な思いをさせる。それだけで地獄すら生ぬるい存在してはいけない理由。即刻抹消すべき」と普段は猫声マネしかしないアオユキは、パーカーの縁で視線を隠し、手から鎖を巻き付け地面に垂らし臨戦態勢を取る。レベル9999×3名の威圧を受け、レベル1000のスネークヘルハウンドは怯えに怯えきった表情を浮かべていた。ここで僕が悪ふざけでも『許可する』といえばダンジョンで保護したスネークヘルハウンドは地上と、他に居るかもしれないものも含めて絶滅するだろう。僕は咳払いをしてから3人に声をかける。

 

「僕はもう大丈夫だから3人とも止めてくれ。彼も怖がっているだろ。ほら、慣れると意外と可愛いし」

 

僕がスネークヘルハウンドに近づき撫でる。スネークヘルハウンドも生き残るため、地面に転がりお腹を見せて撫でられた。尻尾の蛇も媚びを売るようにシュルシュルと伸びて、冷たい鱗を頬に触れさせる。

 

「カスミ様が言うなら」

 

「カスミ神様のお言葉が全てに優先しますわ」

 

「にゃー」

 

僕の指示に3人とも納得し矛を納める。少々話題は逸れてしまったが、ようやく本題に入れる。

 

「メイから連絡が入ったんだ。『獲物が釣れた』と。だから皆に準備を整えて欲しいと思って声を掛けにきたんだよ」

 

『通話』を使わなかったのも、嬉しすぎて僕自身が皆に直接伝えたくてわざわざ彼女達を探したのだ。

 

「おおおぉ!ついにか!カスミ様、おめでとうございます!あたいも頑張って準備するよ!」

 

「獲物を釣る役目がメイというのが気に入りませんわ。このエリーでも完璧に、いえ、完璧以上に任務を達成して見せたのですのに」

 

「んにゃ」

 

「ありがとうエリー。でもエリーだと人種に見え辛いから……。メイは一見すると人種そのものだからね。適材適所だよ」

 

エリーは耳がエルフほどではないが尖っている。なので、人種とは言い辛かった。その点、メイは見た目なら美人なメイドにしか見えない。その気になれば魔術道具で誤魔化せるが、見破る方法が無いわけではない。念には念を入れた結果だ。

 

「分かっていますわ。ですが、メイだけではなくカスミ神様にはエリーが居るのもお忘れなく」

 

「もちろん、エリーだけじゃなくて。皆、頼りにしているよ」

 

「「「!!!!」」」

 

僕の言葉に感極まったのか3人も頬を染めて、体を震わせる。忠誠心が非常に高いのは嬉しいが、たまに大きすぎて微苦笑を漏らしてしまうことがある。今がその時だった。僕は微苦笑を漏らしつつ、約3年越しの復讐、その一つが達成することに喜びを禁じ得なかった。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

獣人種ガルーが、街の中央通りを颯爽と肩で風を切り歩く。道行く人々はすぐさま彼のために道を空け、ガルーを慕う者達が我先にと頭を下げにくる。

 

「ガルーの兄貴、こんちは!どちらへいらっしゃるんですか?よければお供させてくださいッス!」

 

「ガルーの旦那、今度よかったら自分の妹と会ってくださいませんか?妹がガルーの旦那のファンで」

 

「いやいや、こんな素性も知れぬ奴の妹なんぞより、是非我が娘と会って頂ければと」

 

「ガルー様、今度またお店に来て武勇伝をお聞かせくださいね。待ってますから!」

 

「ガルー様はあんな小娘達の店より、わたくし達のお店に是非いらしてくださいな!ガルー様がいらっしゃるなら特別待遇をお約束しますわ」

 

年若い獣人から、青年や初老、若い女性や妙齢な女性獣人種達から代わる代わる声をかけられる。ガルーは足を止めず、尻尾を上機嫌に揺らしながら軽く手を上げ断りを入れていく。

 

「悪いなまだ仕事が残っていてよ。俺様も暇じゃねぇんだ。暇になったら声をかけるなり、遊びに行くから待っていろ」

 

ガルーに断りを入れられた者達は、それ以上何も言わず彼に対して尊敬や敬意、恋慕、一部嫉妬混じりの視線が向けられる。しかし今のガルーにとって嫉妬混じりの視線ですら、優越感を満たす一要素にしか過ぎなかった。

 

(劣等種(ヒューマン)のガキ一匹殺すだけで、獣人ウルフ種の次期トップ最右翼になれるんだから、まったく美味しい仕事だったぜ!)

 

約3年前、『ますたー』の可能性のある少年が見つかったため、レギオン『種族の集い』に勧誘し取り込んだ。その後、3ヶ月間様子を確認したが『ますたー』とは認められなかった。一応念のため殺害することが決定したので人目を気にする必要がなく、死体処理も楽なダンジョンへと彼を連れて行き、殺す予定だった。しかし、少々調子に乗って、彼を取り逃がしてしまう。正確には足に矢が刺さって動けない相手にガルーが止めを刺そうとしたが、少年の伸ばした手が偶然転移魔法陣を起動。その姿が消失してしまったのだ。一応、彼らもその後の姿を可能な限り探したが、結局発見に至らなかった。とはいえあの傷で、劣等種(ヒューマン)の子供が世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』のどこかに転移したのだ。血の匂いに引き寄せられたモンスターに襲われ、喰い殺されるのがオチだろう。結果、メンバー全員『カスミは死亡した』と意見を一致させ、上層部にも通達した。上層部もメンバーの話を聞き、『カスミが生存している可能性は低い』と判断。死亡を認める決断を下す。

 

『ますたー』疑惑があった人種殺害の褒美として、ガルーは現在の『獣人ウルフ種次期トップ最右翼』という地位を手に入れたのである。お陰で街であう獣人ウルフ種達は当然として、他獣人種達からも一目置かれ、国から報酬金もどかっと入ってきた。この報奨金だけで一生遊んで暮らせる額である。

 

(俺様達の他にも、『ますたー』探しのためレギオンを作ったり、商店や職人ギルド、裏組織なんかを作っているって話だが……。結局『ますたー』ってのはよく分からなかったな。各国はどうしてここまで力を入れて『ますたー』を探しているんだ?)

 

ガルーの待遇ですら破格の扱いだった。本来、獣人ウルフ種内部でガルーの立ち位置はそれほど良くない。本来、『獣人ウルフ種次期トップ候補』どころか、まず候補に立つことすら出来ないのだ。人で言うなら村の貧農三男が、翌朝村長候補トップに躍り出たようなモノである。しかもこのまま何もなければ、当選確実レベルだ。ガルーだけではない。風の噂では元『種族の集い』メンバーは、それぞれ地元などでガルー同様に躍進しているらしい。

 

(エルフ種のサーシャは庶子の出で本妻、腹違いの姉妹と仲が悪く、『居ない者』として扱われていたらしいが、今じゃ王族からも婚姻の話が上のぼっているって噂だしな。ドワーフ種のナーノは最高峰鍛冶屋に就職が決定。魔人種のディアブロは廃嫡された貴族位を返還されるどころか、爵位を上げたって話だしな……)

 

最も大躍進を遂げているのが竜人種ドラゴンニュートのドラゴだ。

 

(まさかあのドラゴが継承権を持つ王族だったとはな……。道理で普通の竜人種ドラゴンニュートより気位が高いわけだ。継承権は低かったが劣等種(ヒューマン)を1匹殺しただけでかなり上がったって話だし……。6種最強の竜人種ドラゴンニュートトップに立つ可能性があるとか、大躍進ってレベルじゃないだろ)

 

カスミは『ますたー』ではなかった。にもかかわらず処分するだけでこれほどの好待遇を受けられるのだ。

 

(もしカスミが本物の『ますたー』だったら、もっと待遇が良かったのか? だとしたら『ますたー』ってのは一体なんなんだ?)

 

好奇心と今以上の待遇を望み『ますたー』について『独自に調べよう』とも考えたが……すぐに本能が却下する。考えただけで、鼻孔にこびりつきそうな死の匂いを感じ取る。毛の下で鳥肌がゾワッと広がった。

 

(……俺様の本能が下手に『ますたー』について手を出すのを拒絶していやがる。こういう時は絶対にヤバイんだよな。これで何度命を救われてきたことか……)

 

レギオン『種族の集い』に入団していた際、何度もダンジョンに潜ったし、危険なモンスター相手にも戦ってきた。そのたびに獣的『本能』に救われてきた。元『種族の集い』メンバー達もガルーの『本能的直感』には一目置いていた程である。

 

(命あっての物種だ。下手に欲をかいて今の地位を棄てるなんて勿体なさすぎるわな。孤児の捨て子で、暴力が取り柄の俺様が今じゃ『獣人ウルフ種次期トップ候補』様なんだ。さらに上手くいけば獣人ウルフ種トップの地位もみえてくる……くく、ふふふひぃ! 俺様が! このガルー様が獣人ウルフ種トップなんて! この地位を守るためにも『ますたー』について今後はむしろ積極的に忘れておくべきだな)

 

 各国が『ますたー』ではなかったカスミ殺害の褒美としてガルー達を好待遇しているのも、『関わって結果を出した以上、下手にそれ以上触れないように』という釘さしも兼ねていると推測できる。なのにわざわざ現在の好待遇を棄ててまで好奇心に駆られる意義はない。むしろ『ますたー』については忘れるのが正解だろう。

 

「もし、そこのお方よろしいですか?」

 

「あん?」

 

1人内心で『ますたー』についての結論を出していると、声をかけられる。考え事をしていたのに中断されたため、ガルーは不機嫌な声音を漏らす。しかし、その不機嫌も一発で吹き飛ぶ美女が立っていた。夜空を切り取ったような黒髪をポニーテールに纏め、仕立ての良いマントを羽織り、その下には同様の旅衣装を身に纏っていた。身長は女性にしては高く、顔立ちも大きな瞳に長い睫、赤い薔薇色の唇に筋の通った鼻。全てが完璧に配置され、肌も透き通るほど白くまるで神様が丹精込めて作り上げた人形のように美しい女性だ。美貌だけでも人目を引くが、服を下から押し上げる胸が非常に大きい。男性なら絶対に視線を向けてしまうほどだ。なのに腰は折れてしまいそうなほど細く、手足もスラリと長いため背丈も合わさって非常にスタイルが良い。そんな美しい人種の女性が話しかけてきたのだ。むしろ『人種ヒューマンなのか?』と疑いたくなるほどの美女である。

 

「呼び止めてしまい失礼を。元『種族の集い』レギオンのガルー様でお間違いなさいませんか?」

 

「えっ、おぉ、おおぉ」

 

ガルーは名前を変えていない。なので彼を探そうと思えばそう難しくない。ちなみに表立っての解散理由として元『種族の集い』は、『ダンジョンでカスミを死亡させてしまい、その責任を感じてメンバーが離散した』という設定だ。美女は切なげな表情で尋ねる。

 

「実は私わたくしのお仕えすべき主であるカスミ様の行方を捜しているのですが……。申し訳ございません、まだ名乗っておりませんでした。私わたくしはメイ。ライト様に絶対の忠誠を誓うメイドのメイと申します」

 

「おっ、おおぉ?」

 

一方的に尋ねられ、名乗られたため、またもやガルーは呻き声のような言語しか吐き出せなかったのだった。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

メイドのメイと名乗る美女曰く……カスミは貧農の次男と名乗っていたが実は違って、名前は出せないが高貴な血筋の子供らしい。当時、とある事情で貧農に預けざるを得なかったとか。ようやく大手を振って迎えることが出来るようになるが、肝心のカスミが生死不明。最後の足取りレギオン『種族の集い』を探したが既に解散しているため、時間がかかった。希望は残っていないが、カスミの最期を知り、出来ればその場所まで案内して欲しいという依頼だ。報酬金額は場所まで案内するだけで、ちょっとした家が建つレベルである。ガルーは内心で狂気乱舞した。

 

(本当に劣等種(ヒューマン)はアホだな!ガキの死に場所まで案内するだけでこんだけ金貨を払うとか!さらにこの女、メイを拉致れば十分楽しんだ後、奴隷商人に払い下げればもっと金貨を得られるぞ!)

 

『それに……』と彼は内心で目を細める。

 

(カスミの身元は『ますたー』疑惑がかかってから、産まれから何から何まで舐めるようにオレ達だけではなく、国が調べ上げた。なのにこんな極上の女が調査から漏れるなんてありえるか?怪し過ぎるだろ。だが可能性がゼロとは言わねぇし、この女がカスミと他のガキを勘違いしている可能性もあるからな……。何より見逃すには惜しすぎる)

 

疑いつつも彼は懐に忍び込ませている『切り札』を撫でる。レギオン『種族の集い』に入る前から所持している『切り札』だ。これがあれば大抵の事態に陥っても切り抜けられる自信がガルーにはあった。故にメイの申し出を了承する。とはいえガルー単独で『レベルが低い』メイという足手まといを連れて、世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』中層前まで行くのは至難である。金には困っていない。むしろ自分の名声をより高めるため、ガルーを慕う獣人ウルフ種の若者達に声を掛けて集める。またガルー的には金より、メイ自身を性的に弄ぶ方が本命だった。彼女の身柄を攫う、犯す、味わうためには人の目が無いことが好ましい。そういう意味でダンジョンというのは非常に都合がいい場所だ。

 

(そんなことも分からない馬鹿で弱い劣等種(ヒューマン)なんて、国もさっさと滅ぼせばいいのによ。まぁお陰でこうして美味しい思いが出来るわけだが)

 

ガルーは依頼を了承。出発日時、具体的な行程などを決める話を交わす。人手は直ぐに集まった。むしろ『獣人ウルフ種次期トップ候補』のガルーの呼びかけに獣人ウルフ種以外の獣人すら集まってしまう。それだけ『ガルーに覚え目出度くなりたい』という蜜に集まる蟻のような輩が多いのだ。メイとの出発日時、行程決めより、参加者選定に時間と労力がかかったほどだ。最終的に獣人ウルフ種のレベル150前後の若者10人が採用される。ガルーとメイを入れれば12人の大所帯である。『種族の集い』とは違い獣人種のレベルは、人種ヒューマンを除いた他種と比べてあまり高いとはいえない。だから、数でその差を埋めたのである。また獣人種は種族によるが単独より、複数連携の戦闘を得意としている。故に数を揃えた面もあった。鼻が利く獣人種の力もあり、世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』にも関わらずモンスターと一度も戦闘せず目的地『奈落』中層と辿りつく。

 

「ここでカスミ様が……」

 

「ああ、ここでモンスターの不意打ちを受けてカスミは負傷。さらに運悪くランダムに配置された転送陣に引っかかって俺達の前から姿を消したんだ」

 

メイが現場を前に両手で口元を押さえ誰の目から見ても悲しみを堪えているように見える。その際、ポニーテールに結んだ黒髪が、二度と再会できない主人を悼む犬のように揺れた。ガルーは彼女に嘘の説明をしつつ、連れてきた若者達に視線を送る。彼らも事前に説明を受けているため、メイを逃がさないように音も立てず出入口を塞ぐ位置へと移動した元々『奈落』中層に入る前には休憩を取るスペースだけあり、出入口は一つしかない。天井も高く、広さもあるため休憩にはもってこいの場所だ。難を言えば世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』のため利用する冒険者が非常に少ないことだろう。

この出入口を塞げば、メイに逃げ場はなくなる。逆に言えば、出入口を塞がれたら彼ら自身も逃げ道を失うのだが……。

メイは彼らの行動など気にもとめず、悲しみに暮れ続けた。ガルーは内心で『劣等種(ヒューマン)は本当にチョロいな』と馬鹿にしつつも同情的な演技を続ける。

 

「俺達も突然のことで対応できず、あの傷じゃそう長くはなかっただろうな。すまねえ、俺がついていながら守りきれなくて……」

 

「本当にお労しい。こんな暗く、汚れた場所で忘八共達に裏切られ、嬲られるなど……。私わたくしがもっと早くお側に居ることが出来たら、そんな不埒なマネをさせずに済んだというのに。慚愧の念に堪えません」

 

「………あん?」

 

ガルーの慰めなどには一文字も耳を傾けず、メイは約3年前に起きたレギオン『種族の集い』の裏切りに思いを馳せ1人涙する。ガルーはメイの独り言を理解するまで若干の時間を要した。彼はゆっくりと彼女から距離を取る。ガルーの態度の変化に若者達も、きな臭さを感じ取りざわつき始めた。ある程度、距離を取ると彼は問う。

 

「……オマエ、何者だ? どこの回し者だ?」

 

カスミに『ますたー』疑惑が持ち上がり、念のためダンジョンで殺害計画を実行するが、止めを刺す前にトラップ転移陣で取り逃がす。この事実を知る者は少ないし、限られている。メイの見た目は人種だが、彼らが別種族の密偵、スパイをやっていることなどざらにある。『国家に真の友人はいない』だ。だからガルーは獣人種以外から派遣され、自分達を、または何か国家、政治的、与り知らぬ目的で罠にかけようとしているのかと警戒しているのだ。先程まで慰めの言葉などには一切耳を貸さなかったメイが、この問いには反応する。口元を抑えていた手を離し、ゆっくりと彼らへと振り返る。その瞳は暗がりでも分かるほど、怒りの色に染まっていた。

 

「言った筈です。私わたくしが忠誠を尽くすのはカスミ様のみだと。我がメイド道を侮辱するなら、今ここで自身の腑の色が何色か確認させますよ?」

 

『ッ!?』

 

 ガルーだけではない。

 その場に居る獣人種全員の毛が逆立つ。

 メイが放つビリビリとした威圧感に、人種ヒューマンと比較して腕力、感覚器官、戦闘能力が圧倒的に優れているとされている獣人種が圧倒されてしまっているのだ。

 まるで海に漂っていると、自身のすぐ下をどれほどの大きさかも分からない巨大な『ナニカ』がぬらりと通り留まっているような恐怖感をメイから感じ取ってしまう。

 

(あ、相手は劣等種(ヒューマン)の雌で、ダンジョンで押さえつけ散々犯して楽しんだ後、奴隷商に売り払って金貨に換える美味しい獲物だったはずだろ! なのになぜ俺様は恐怖を押し込み、地獄の業火で焼き固めたような怪物を前にした圧迫感を感じているんだよ!)

 

 流石の異常事態に他獣人が悲鳴のような声音で仲間割れを開始する。

 

「が、ガルーさん、こ、これは一体どういうことですか!」

 

「あ、兄貴、美味しい仕事って話だったじゃないですか!?自分達をだ、騙したんですか!?」

 

「まさか他種へ鞍替えするため、自身の生存を隠すために俺達を皆殺しにでもしようって腹じゃ……」

 

「嘘だろ!?ガルーの兄貴が裏切るとかッ!?」

 

メイのあまりにも規格外な威圧に若者達が動揺し、話を持ちかけてきたガルーへ疑いの目を向け出す。獣人は基本仲間を大切にする。でなければレベル上げのためのモンスター退治や狩りは行えないからだ。しかし裏切るなら、見せしめも兼ねて苛烈な制裁が加えられる。それこそ死んだ方がマシだと思うほどの制裁がだ。

 

「ば、馬鹿野郎!俺様は獣人ウルフ種次期トップ候補様だぞ!どうしてこれから美味しい思いが出来る地位を棄ててまで他国に行くんだよ!?ちったぁ頭を使え馬鹿野郎共が!それとも獣人ウルフ種次期トップ候補の俺様に逆らって美味しい思いをするどころか、戻ってから痛い目に――」

 

ガルーは疑いを晴らすため語気を強め脅し出すが、最後まで台詞を言い切ることができなかった。なぜなら死んでいる筈の人物が散歩でもする気軽さで顔を出し、声をあげたからだ。

 

「メイ、彼らにまだ手を出しては駄目だよ。特にガルーは僕の獲物なんだから」

 

『!?』

 

 獣人種達が背後から聞こえてきた声に一斉に振り返る。黒いフードを被り、手には身長を超える刀を握り締めていた。背丈はそれほど高くなく、声音も合わせて推測すると12、3歳の少年といったところだろう。獣人種だけあり鼻が敏感で、相手が人種だとすぐに気付く。だが逆に困惑する。『世界最大最強最悪ダンジョン「奈落」中層で、メイの威圧を受けていたとはいえ自分達に気付かれず背後を取る人種の子供がいるのか』と。少年の登場にさっきまであった威圧感が最初から無かったかのように霧散する。メイは声をかけられ、表情は取り繕うがまるで恋する乙女のようなとろけた甘い雰囲気を醸し出す。彼女の視線に少年は軽く手を上げ答えつつ、フードを下ろす。

 

フードの下から現れたのはやはり人種の子供だった。綺麗に切られて揃えられた髪の毛は艶やかな水色で、瞳は大きく、睫毛も影を作るほど長かった。肌は子供らしく健康的なミルク色で、薔薇色の唇と合わさって『少年』というより『美少女?』と勘違いしてしまうほど容姿が整っている。その筋の人には非常に人気が高くなりそうな少年だ。フードを下ろす前から、ガルーだけが驚愕で動きを止め続けている。

 

「ま、まさか嘘だろう……生きていやがったのか……カスミ」

 

「……ガルー。3年前の復讐を果たしに来たよ」

 

まるで久しぶりに友人と会う気楽さで、少年――カスミは復讐相手に笑顔で声をかけた。

 

 

 

獣人達の背後を取った子供――カスミが声をかけると、ガルーは驚愕の表情を浮かべていた。しかし、ガルーの間抜けな驚き顔は早々長くは続かなかった。

 

「まさか生きていたとは……くっくっくっ、しかも復讐だって?オマエのようなレベル15程度の雑魚劣等種(ヒューマン)が復讐だって!ぎゃははははははは!本当に人種は馬鹿でありがたいぜ!」

 

先程までメイに怯えていたガルーは、まるで金銀財宝と豪華絢爛な食事、選りすぐりの美女達を与えられたかのように笑う。一通り笑い尽くすと、カスミを裏切った直後のような醜い笑顔を作る。

 

「どうやってあの状況から生き延びたかは知らないが、わざわざ俺様の前に顔を出すとは!こいつを殺して死体を持ち帰れば獣人種が竜人種ドラゴンニュートに貸しを作れる!これはデカイぞ!歴史的じゃないか!『獣人ウルフ種次期トップ候補』どころか、『獣人ウルフ種トップ』確実になるぞ!」 

 

ガルーの欲望に濁った瞳と声音を前に、ライトが呆れたように溜息を漏らす。

 

「相変わらず考えが足りないな……。普通、僕がどうして生きているのか。僕とメイはどんな関係なのか、他にも考えることは色々あると思うけど?」

 

「はッ!確かにあの嬢ちゃんは不気味で実力は読めないが、これだけ人数が居るんだ!数の差で押し切っちまえばいいんだよ!それに俺様達、獣人種が、劣等種(ヒューマン)に負けるかよ!」

 

ライトの意見を鼻で笑い、以前同様に人種を見下す。

 

「それにカスミの事はケツの皺の数まで調べ済みだ。結論としてちょっと変わったハズレ恩恵ギフトを得た一般人だ。生きていたのも運良く、そこの不気味な嬢ちゃんに偶然助けられたとかだろ?」

 

「……間違ってはいないかな」

 

わざわざ手の内、恩恵ギフト『無限ガチャ』を詳しく説明してやる義理はない。カスミの同意で『自分の予想通り』とガルーは自信を深めた。

 

「その助けてもらえた嬢ちゃんなら俺様達に対抗できる、復讐できると考えたのか?甘いんだよ!力の差も分からない無能が!」

 

 ガルーは再びカスミを見下すと、次は状況についていけずぼんやりと佇んでいる若者達に舌打ち、指示を飛ばす。

 

「チィッ!なにぼんやり突っ立ってる! 状況を理解する頭もないのか?そいつの死体で竜人種ドラゴンニュートに貸しを作れるんだぞ。そうすれば俺様は獣人ウルフ種トップ確実!美味しい思いをしたければ、逃げられないようにさっさと出入口を塞げ馬鹿野郎共!」

 

『!?』

 

今回のリーダーを務めるガルーの指示というのもあるが、何より『竜人種ドラゴンニュートに貸しを作れる』というのが彼らにとって何よりも大きかった。6種の中で最も優れた種が竜人種ドラゴンニュートである。その種、国家に貸しを作ることが出来るのだ。

 

 この意味は彼らにとって非常に重い。

 

「わ、分かりましたガルーの兄貴!すぐに押さえます!おい、オマエら、裏に回れ!」

 

「分かりました!おい、行くぞ!」

 

「了解!これで俺達も獣人ウルフ種トップ様の側近だ!ついに運が向いてきたぜ!」

 

2人がカスミを迂回し、その脚力を生かして出入口を塞ごうと高速で移動を開始する……が、『ポロリ』と人形の首が取れてしまったかのように出入口を塞ごうとした2人の首が取れて、地面に転がる。首を切られたニワトリのように、2人の体は頭も無いのに暫く走り続け、壁にぶつかりようやく止まる。血を噴き出しながら、手足がビクビクと動く。ダンジョン内部に濃い血の臭いが充満する。

 

「背後に回り込むなどさせません」

 

『!?』

 

気付けばいつの間にか、カスミの傍にメイが立っていた。彼女の発言から、2人の首を切り落としたのはメイのようだが……ガルー達はどうやって切断したのか皆目見当もつかない。本当に気付いたら、いつのまにか首が『ポロリ』と落ちたようにしか見えなかった。ガルー達獣人が驚愕していると、カスミだけは『出来て当然』という態度でメイを褒める。

 

「ありがとう、メイ。引き続き彼らが逃げ出さないよう出入口の封鎖を頼むよ」

 

「畏まりました。我がメイド道に誓い完璧に完遂してみせます」

 

メイは深々と一礼してから、後方へと下がり出入口を塞ぐ。カスミは改めてガルー達と向き合う。形としてカスミ、メイが出入口を塞ぐ形になる。

 

普段『劣等種(ヒューマン)』と見下す獣人種達も、メイの実力を目にして流石に動揺する。さらに自信に溢れるライトを前に浮き足立ってしまった。唯一、ガルーだけが顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「落ち着け、馬鹿野郎共が!方法は分からないがあんなの不意打ちで殺られたにすぎない!油断しなければ俺様達が劣等種(ヒューマン)に負けるはずないんだ!」

 

「やれやれ……3年前とかわらず見下しが酷いな。自分達が弱いとは考えないのかい?」

 

「巫山戯るな!俺様達が碌にレベルも上げられない劣等種(ヒューマン)より弱い道理などあるはずないだろうが!」

 

ガルーの言葉に他獣人種も同意するように頷く。人種への蔑みの源泉がここにある。ドワーフ種の場合、体は頑丈で手先が器用なため強力な武器、防具を製造するのでレベルが上がりやすい。エルフ種は魔力に秀でて、寿命も長いため高レベルになりやすい。竜人種ドラゴンニュート&魔人種なら、腕力、魔力、耐久力も高く、寿命も長い。故にレベルの高い者達が多いのだ。(比較すると竜人種ドラゴンニュートの方が魔人種より基礎性能が高いためレベルが高い傾向にある)一方で人種は他種よりレベルが上がりにくいうえに、力は弱く、魔力も低く、体も脆く、寿命も短い。だから基本的に他種より圧倒的にレベルが低いのだ。獣人種はというと魔力は低く、寿命も人種ヒューマンと変わらないが、彼らと比べて圧倒的に腕力、耐久力、速力が高い。さらに集団戦に強く、感覚が鋭いため獲物を見つけやすいのもレベルを上げやすい要因である。目に見える物差し『一般的に他種よりレベルが低い』から、人種は他種から見下されてしまうのだ。故にガルー達は今、カスミ、メイを『格下』、『自分達より強いはずがない』と見下しているのである。

 

「調子に乗りやがって劣等種(ヒューマン)が……今すぐその化けの皮を剥がしてやる!全員、俺様に合わせろ!」

 

ガルーが3年前と同じ鋼鉄製の爪を展開、地面を蹴る。彼の掛け声に合わせて一拍遅れたが、他獣人達も攻撃に参加した。連携に関しては全種族で最も優れている獣人種だけあり、即席にもかかわらず熟練の人種パーティー以上の連携を見せる。

 

「死ね!調子に乗ったクソ劣等種(ヒューマン)!」

 

四方八方から爪、蹴り、剣、短槍、ナイフなどが飛び交うが々……カスミは一歩もその場から動かず手にした杖で弾き、襲いかかる彼の体を突き返す。

 

「ぐえッ!?」

 

「ぐごぉ!」

 

「ンギギィ!?」

 

まるで蹴られたブタのような悲鳴を上げて、襲いかかったガルー含めた獣人種があっさりと打ち倒される。地面に這い蹲り、痛みに藻掻き、こみ上げてくる吐き気で悶える獣人種達をライトが見下ろしながら、つまらなそうに告げる。

 

「どうしたの?もう終わりなの?」

 

この一言がガルーのプライドを著しく傷つけた。彼は地面に這い蹲り、突かれた腹を手で押さえつつ、目を血ばしらせる。

 

「ひゅ、人種のくせに見下しやがって! 人種のくせに見下しやがって! 人種のくせに見下してるんじゃねぇぇぇ!俺様は『獣人ウルフ種次期トップ候補』様なんだぞ!劣等種(ヒューマン)が見下していい存在じゃないんだよ!クソが! けどな、止めを刺さなかった。その油断が命取りになるんだよ!」

 

彼は痛みで押さえていた腹から手を離し、懐をまさぐる。手にピンポン球サイズの光る球を取り出す。

 ガルーは迷わず『切り札』を切る。

 

「どんなトリックかは分からないが、ちょっと強くなったからって調子に乗るなよ!すぐにその顔を絶望に塗り替えてやる!出でよ『魔獣フェンリル』!」

 

ガルーは躊躇いなく『切り札』の球……獣魔球を割る。獣魔球とは、遺跡やダンジョンで稀に発見されるマジックアイテムで高レベルの魔獣が封じられている球だ。球を割ることで一時的に高レベルのモンスターを召喚し、支配下に置くことが出来るのである。しかしあくまで一時的、1時間程度で消えてしまう。ガルーのように窮地に陥った場合、切り抜けるために所持する一流冒険者も多い。当然、値段も高く日本円で最低でも1億からスタートする代物だ。獣魔球を割ったことで封じられていたモンスターが姿を現す。体長約7m前後、青白い毛並みの巨大な狼が姿を現す。

 

『グルルルルッ!』と威嚇するようにカスミ達に対して唸る。ガルーは勝利を確信した表情で高笑いした。

 

「ぎゃははははははは!いざという時のために取っておいた俺様の『切り札』レベル500の魔獣フェンリルだ!さっき調子に乗って俺様を殺さなかったのが運の尽きだったな!」

 

レベル500魔獣フェンリルの登場に、あっさりカスミに打ち払われた獣人達も活気づく。

 

「なんて美しく、力強い魔獣なんだ……」

 

「さすが元トップレギオンに所属していたガルーの兄貴。まさかこんな奥の手を持っていたとは」

 

「これが一流冒険者、獣人ウルフ種次期トップ候補の実力!」

 

「さすがガルー様だ!」

 

若者達はガルーとレベル500魔獣フェンリルへ尊敬の眼差しを向ける。まるでプロサッカー選手を前にした少年達のような態度だった。逆にカスミは、彼らのマヌケさに呆れて溜息を漏らしてしまう。

 

「レベル500って……。それが本当に『切り札』なの? いくらなんでも弱すぎるだろ」

 

「ぎゃはははは!レベル500が弱いとか。フェンリルを前に恐怖で狂ったようだな!さっき俺様達が打ち払われたのも何かのトリック、マジックアイテムか何かの力に決まっている!だがこいつはレベル500の本物だ。ちんけな誤魔化しごと吹き飛ばしてやる!地面に這い蹲って命乞いしたらどうだ?腹を抱えて笑える命乞いが見せられたら、俺様の気が変わって殺さないかもしれないぞ?うん、ほら早くしろよ」

 

当然、命乞いをしても助ける気などさらさらない。ガルー以外の若者達も理解し、ニタニタとカスミに対して見下した視線を向ける。一方、カスミはというと、呆れ切った溜息を漏らし命乞いをするどころか、攻撃をうながしてくる。

 

「本当にレベル500程度の魔獣が切り札とか……。はいはい僕はここから一歩も動かないから好きにするといいよ」

 

カスミは挑発するように両手を広げる。誰が見ても宣言通り一歩も動かない姿勢だった。当然、見下しているライトの挑発的態度にガルーが顔を真っ赤にして、激昂する。

 

「だったら望み通り骨も残さず殺してやるよ!やれ魔獣フェンリル!魔獣咆哮砲!」

 

『オオオオオオオォ!』

 

獣魔球を割った人物は一時的に魔獣の主に認定され、レベルや特性、特技、弱点、能力を把握することが出来る。ガルーはその力で、魔獣フェンリルの最も攻撃能力の高い『魔獣咆哮砲まじゅうほうこうほう』を使うよう命令を下す。全魔力を攻撃転換し放つ魔獣フェンリル必殺の一撃だ。雄叫びと共に限界まで開いたアギトから、青白い魔力が集束……発射される!レベル500の全魔力を攻撃に転換しただけあり、同レベルどころか格上すら当たれば致命傷は免れないまさに必殺の一撃だったが、

 

「……埃を舞い上げる程度の攻撃に獣はいちいち大げさ過ぎる。まったく困ったものだ」

「あ、ありえん……む、無傷だと……」

 

魔獣咆哮砲を真正面から受けたにもかかわらず、カスミは傷どころか、髪や服に焦げ一つ付いていなかった。魔獣咆哮砲はレベル500のフェンリル必殺の一撃だ。生半可な防御、マジックアイテムで防げる代物ではない。もしそれがありえるとするなら……隔絶した力の差、レベル差があって初めて可能だろう。ガルーだけではなく、魔獣フェンリルを称賛していた獣人達全員が呆然とライトを見つめる。カスミは気にせず軽い調子で笑みを浮かべ告げた。

 

「次は僕の番だね」

 

彼はガルーと同じく懐を漁り、1枚のカードを取り出す。

 

「そんな見窄らしい野犬がフェンリルなんて誤解されたら可哀相だ。だから特別に見せてあげるよ『本物』ってヤツを。URカード『神獣・始祖フェンリルレベル9000』解放(リリース)」

 

カスミの声に合わせて取り出したカードが発光。光はすぐに収まり、代わりに1匹の獣が姿を現した。全長15mはある巨体。全身新雪のように真っ白な毛皮を身に纏い、強大な力を感じる牙を覗かせている。説明など不要だった。誰もが一目で理解する。カスミが出現させた、目の前の存在こそ本物の『フェンリル』だと。確かに『神獣・始祖フェンリル レベル9000』を知っていたら、『魔獣フェンリルレベル500』など見窄らしい野犬だと言うのも頷ける。カスミは子供らしい高い声音で告げる。

 

「始祖フェンリル、あの野犬を殺せ」

 

『オォン!』

 

主の命令に『神獣・始祖フェンリル』は軽く吼え動く。片手を上げて軽い動作で振るっただけで『魔獣フェンリル』……フェンリルもどきは縦に裂かれて氷漬けになり、ヒビが広がり、塵となって消えてしまう。まるで最初から『魔獣フェンリル レベル500』など居なかったかのようにこの世から毛一つ残らず消失してしまったのだ。

 

「偉いぞ、よくやった」

 

『ワン!オォン!』

 

カスミは命令通り『魔獣フェンリル』を片づけたのを褒めて、褒美として撫でる。『神獣・始祖フェンリル』は飼い犬のごとく主に褒められ、撫でられるのが嬉しいのか尻尾を振ってライトへと甘えた。

 

「…………」

 

カスミに撫でられ、褒められる『神獣・始祖フェンリル』を背後に控えるメイが羨ましそうな目で眺めていた。一方、ガルー達獣人種側はというと……。

 

「あっ、あぁぁ……」

 

「ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 

「…………」

 

皆、声にならない声を漏らしその場にヘナヘナと座り込んでしまう。当然、ガルーも怯え、驚愕、自身の頭では理解不能な事態への恐怖心から、腰が抜け尻餅をつく。

 

「なん、おま、ぇ、れ、レベル500のフェンリルを、い、一瞬で消し去る怪物を従えるなんて……」

 

「別に『神獣・始祖フェンリル』を召喚しなくても、僕なら余裕であの程度の魔獣、瞬殺できたけどね。だって今の僕はレベル9999だから」

 

「……は?」

 

「僕のレベルは9999だから」

 

先程のガルー同様にカスミもステータスを開示する。ステータスには確かに『レベル9999』と表示されていた。獣人種達の顔色が一層悪くなる。彼らに視線を向けつつ、カスミはさらなる絶望を告げる。

 

「僕だけじゃない。メイも同じレベルだよ。メイ」

 

カスミの声がけに彼女は無言でステータスを開示する。カスミ同様にステータスには『レベル9999』と表示されていた。獣人種達が絶望の表情を作り、声音を漏らす。

 

「れ、レベル9999って……」

 

「う、嘘だろ……」

 

「ひゅ、人種の限界レベルは100ぐらいじゃなかったのかよ」

 

「こんなの絶対にか、勝てるわけないじゃないか……」

 

『レベル9999』などという規格外なレベルを前に獣人種の若者達は誰も否定しなかった。レベル500のフェンリルを容易く屠る『神獣・始祖フェンリル』を召喚、戯れている姿を目の前にしているのだ。ガルーも『神獣・始祖フェンリル』の一撃を前に、腰を抜かしてその場に座り込んでしまっていた。そんな彼の言葉を否定できる者などこの場に誰1人としていなかった。ガルーは脂汗が滝のように流す青い顔でライトを見つめる。

 

(どうして……どうして気付かなかったんだ。ライトが3年前からまったく成長していないことに。なぜ気付かなかったんだ)

 

カスミは農村から出てきた12歳の子供だった。あれから約3年経ち、15歳になっているはず。12歳から15歳など人種の成長期で、背丈は伸び、のど仏も出て、顔立ちも大人びる。変化しなければおかしい。なのにライトにはその変化が一切ないのだ。3年前、裏切り殺害しようとした時のまま一切姿形が変わっていない。ではなぜそんな『ありえない現象』が起きているのか?

 

(レベル9999なんて馬鹿な子供が考えたはったりではなく……もし真実なら老化が停止しているのも、あんな『神獣・始祖フェンリル化け物』を従えているのも筋が通る。つまり本当にカスミはレベル9999なんていう怪物になったってことじゃないか……ッ)

 

正確にはレベルではなく、恩恵ギフト『無限ガチャ』で引き当てた『不老の腕輪』という神話級アーティファクトのアイテムによる力で不老となっている。裏切られた絶望、悲しみ、怒りを忘れないためライトは、『不老の腕輪』を使用し12歳の姿を維持し続けているのだ。ガルーが内心でようやくライトの言葉を信じ、おののいていると他獣人達が尻尾を丸め、縋るような視線と声を漏らす。

 

「が、ガルーの兄貴……」

 

「が、ガルー様、どうします」

 

「どうすればいいです、ガルーの兄貴……」

 

『美味い話がある』と募集をかけ『奈落』に連れてきた若者達が、リーダーであるガルーの指示を請う。どうすればいいのか、どうすれば命を助けてもらえるのか指示を待つ。彼らの視線を一身に集めるガルーはというと……。彼は原色のペンキを塗ったような青い顔で地面に這い蹲る。

 

「今までのご無礼本当に申し訳ありませんでした! 俺……自分は国の命令でカスミ様を騙していたんです!自分の意思じゃないんです!なのでどうかお許しを! こいつらはどうなってもかまわないので、どうか自分だけはお助けください! お願いします!」

 

「が、ガルーの兄貴!?裏切るのか!?」

 

「ひ、卑怯者!今更手のひらを返して恥ずかしくないのかよ!?」

 

「黙れ!俺はオマエ達とは違うんだよ!俺は確かに一度カスミ様を裏切りました。しかし、カスミ様が街に出てきた際、色々面倒を見たりしましたよね!? そうでしょ、カスミ様?」

 

ガルーは今までの態度が嘘だったように媚びて、笑顔を浮かべ揉み手すらした。

 

「屋台で串焼きを奢ったし、果実汁水だって飲ませた。差別でカスミ様を貶めてきた輩に喧嘩を売って追い払ったことだってありますよね!?ねぇッ!?俺にはカスミ様との思い出、貸しや借りがあるはずです!だから俺だけは助かってもいいはずなんだ!」

 

「…………」

 

土下座して媚びへつらうガルーをカスミは黙って見下ろす。その間にもガルーへ他獣人達が非難の声をあげ続けた。暫くするとカスミが軽く手を上げる。それだけで先程まで耳が痛くなるほど騒がしく、醜い罵り合いがピタリと止まった。まるで深夜の墓地に居るかのようにダンジョンに静寂が訪れる。カスミはガルーを見下ろしたまま問う。

 

「助ける云々の前に、知っていることを話してもらおうか。まず『ますたー』とはいったいなんなんだい?」

 

「わ、分かりません。じ、自分も『ますたーを探せ』としか上から言われていなくて……」

 

「国はなぜ『ますたー』を探している?」

 

「分かりません」

 

「なぜ国は僕が『ますたー』じゃないと知ったら殺そうとしたんだ?」

 

「わ、わ、分かりません」

 

「…………」

 

カスミの瞳の温度が一段下がる。ガルーは慌てて弁明した。

 

「ほ、本当に知らないんです!自分も『ますたーを探せ』としか言われていなくて!これはあくまで自分の予想ですが、獣人種を纏める長達も詳しくは知らないんじゃないかと。所詮自分達は人種よりは、こ、これは一般的な認識ですが、身体能力が高いお陰でレベルが上げやすいです。けど、他種からすれば寿命も、レベルも、能力も低い。せいぜい『人種より若干使える手駒』程度にしか思われていないんですよ。だから、たいした情報を与えられず、長達も知らないのかと」

 

「……他の獣人達は『ますたー』について知っていることはあるかい?」

 

この質問にガルー以外の獣人達は生存の光明を見つけた顔をして、今までの人生で一番頭を回転させる。しかし、『ますたー』に関する情報を誰も所持はしていなかった。

 

「…………」

 

カスミは背後を振り返り、メイに視線を向ける。彼女は意図を理解しており、ひとつ頷く。彼女は嘘探知の魔術を使用し、彼らの反応を調べていたのだ。どうやら本当にこれ以上『ますたー』について、カスミが命を狙われていた理由を知らないらしい。この結果にカスミは落胆の溜息を漏らす。

 

「予想はしていたが思った以上に情報が少ないな……」

 

「如何致しましょう?」

 

メイの問いかけに、カスミは軽い声音で返事をする。

 

「僕達の姿を見られた以上、彼らを生かしておく理由はないよ。ガルーを残して処分してくれ」

 

「かしこまりました」

 

「!?」

 

メイが一礼すると同時にガルー以外が細切れのバラバラに切り刻まれる。悲鳴一つあげる暇などなかった。メイは手袋から極細の糸を作り出しいつのまにか獣人達に絡みつかせていたのだ。この糸は極細だが、彼女が魔力を注げば鋼鉄だろうが、オリハルコンだろうが、細切れにするほどの鋭利さを持つ。

 

「ひぃぃッ……」

 

目の前の惨劇にガルーのズボンが濡れる。幸い濡れ流れ出ても、噎せ返る血の臭いが混じり合いどれがどれだか分からなくなった。カスミは一切動揺せず、自身の懐を漁る。

 

「さて邪魔者達も処分したし、欲しい者も手に入ったから移動しようか……っと、忘れるところだった。ガルー」

 

「ひぃはいぃ!」

 

完全に怯えきったガルーが、カスミの声にびっくんと跳ねるように体を動かし返事をする。一緒に血溜まりが波紋を広げ、にちゃねちゃと肉片が揺れた。カスミは彼の滑稽な姿に微苦笑を漏らしつつ問いかける。

 

「移動する前に聞きたいんだけど、今の僕達で地上の国々を相手に戦争をしかけたら勝てると思う?」

 

「そ、それは……」

 

「…………」

 

機嫌を損ねないようにおべっかを使う場面だが……嘘を判別する魔術をメイはかけているだろう。おべっかとはいえ嘘は通じない。ガルーは勇気を振り絞り、喉から自身の考えを伝える。

 

「た、確かにカスミ様達はお強く、ふぇ、フェンリル様も居らっしゃるので世界各国の国々を相手取っても一時は有利に運ぶと思います。で、ですがいくらレベルが高くてもあくまで個人は個人。国家に勝利することはほぼ不可能かと……」

 

所詮、いくら個人が強くても力を及ぼす範囲は狭い。『国家』という巨大な生物を相手取るにはどう考えても個人だけでは厳しい。これはカスミも予想していた。さらにガルーは続ける。

 

「他にも各国には数千年かけて抱え込んだ伝説級の武器や防具、アイテムが眠っている可能性があります。それらを持ち出されたらカスミ様達がいくら強くても、世界の半分、いえ、3分の1も壊さず滅ぼされるかと……」

 

「うん、なるほど……やっぱり僕達の想定通りか。所詮いくら強くても個人で出来る範囲は限られているものね」

 

一通りの答えを聞くと、カスミは満足そうに何度か頷く。改めてガルーへと向き直り、注文をつける。

 

「次はさっきの質問と似ているけど『この戦力で地上への国々を相手に戦争をしかけたら勝利できるか』確認してほしいんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「それじゃ早速移動しようか。転移、解放(リリース)」

 

「!?」

 

カスミの言葉と同時に3人と1匹は光に包まれる。ガルーだけが驚き目を白黒させた。メイと『神獣・始祖フェンリル』は特に反応を示さず身を任せる。一瞬、視界が暗転するがすぐに明るさを取り戻す。

 

「!!!!????」

 

取り戻しはしたが……そこにはタールより黒くベッタリとした絶望的光景が広がっていた。ガルーはカード『転移』で世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』最下層へと一瞬で移動したのだ。そこで待ち受けていたのは神話に登場する怪物達の軍勢だった。霞んで見えないほど高い天井、サッカーグラウンド並の広間に整然と怪物達が待機している。真っ赤な絨毯が続き、最奥には黄金と宝石、貴金属で彩られた玉座が鎮座し、突き当たりの壁には巨大な軍旗が飾られている。玉座の手前、階段前には3人の美少女達が並ぶ。さらに巨大なドラゴン、巨人、三つ頭のある『神獣・始祖フェンリル』並の巨体の犬。恐ろしげな怪物だけではない。顔立ちが整った美少女達が透明な羽根を背中から生やしてメイド服を着込んでいる。目が眩むような豪華絢爛な黄金の甲冑を着込んだ騎士。巨大なバトルアックスを苦もなく手にする美女。ガルーには理解できないが長い槍のような筒、マスケット銃を手にした少女なども居た。数は大凡3000といったところだろう。多種多様で一見すると統一性の無さを感じるが、なぜか一つの強固な意志……狂気的忠誠心で纏まっている雰囲気をガルーは感じ取る。こんな神話的怪物の軍勢を前にしているにもかかわらず、カスミは大して気にもせず指示を飛ばす。

 

「皆、ステータスを表示しろ」

 

彼の声は奥まで絶対に届いていない。なのに皆、誰1人遅れることなく指示通りステータスを第三者に見えるようにオープンする。

 

「ぁあぁぁ……あぁあぁあぁ……ぁあぁ」

 

ガルーがか細い悲鳴を漏らす。視界には『レベル500』の妖精メイド達が並び、異形の怪物達も『レベル1000~9000』、黄金色の甲冑に身を包む一角が『レベル5000』。王座前に立つ美少女3人が飛び抜けて高くカスミ、メイと同じ『レベル9999』に到達していた。カスミは、ステータスが表示された軍勢のど真ん中に敷かれた赤絨毯の上を歩き出す。メイは後に続き、『神獣・始祖フェンリル』は巨人達が集まる一角へと移動する。その場にガルーだけが取り残された。カスミが絨毯を歩き、軍勢の前を通り過ぎるたび高レベルの怪物達が膝を突き、頭を垂れる。それが当然、当たり前、いや……カスミに傅くことこそがこの世で最も尊く、愛しい行為だと言いたげに自ら傅いていく。カスミ自身、『傅かれるのは当然』という態度で赤絨毯を進む。玉座の前に待機していた美少女3人も愛おしげに膝を突く。その列にメイも混じり、彼女も喜々として傅いた。カスミは止まらず階段を上がる。昇り切り、この世に存在するのを疑いたくなるほど豪華な玉座に慣れた様子で腰掛けた。

 

「面を上げろ」

 

神話の怪物達は忠実にカスミの指示に従う。皆、一糸乱れず頭を上げる。カスミは未だ赤絨毯の上で腰を抜かし座り続けるガルーへと問う。

 

「これが3年間、僕が揃えた力だ。ガルー、再度確認だ……『この戦力で地上への国々を相手に戦争をしかけたら勝利できるか』」

 

「あぁ、あぁぁぁ……」

 

ガルーは答えない。否、彼の絶望し切った表情こそが答えだった。

 

(なんだこれは、神話の世界に迷い込んだのか?数えるのも馬鹿らしい数の怪物達が、奈落の底で虎視眈々とここまで戦力を揃えていたなんて……。数千年掛けて抱え込んだ武器、防具、アイテムなどが本当にこんな怪物達に通用するのか?)

 

しかも準備した張本人は約3年前まで貧農出の子供だ。ガルーを含めたレギオン『種族の集い』が内心で見下し、最後は裏切り嘲笑し殺そうとしたか弱い子供だ。3年前から少しも変わっていない。玉座に座る破滅の主は、なんと無垢に、幼子のように笑っているのだろう。なのに少年はまるで玩具の積み木を崩す気楽さで世界を終わらせる力を所持しているのだ。

 

(……ああ、そうか。俺達がカスミを殺そうとしたから、こんな事になっちまったのか)

 

ガルーは悟る。裏切る前のカスミは良く言えば純朴、悪く言えば世間知らずな子供だった。どこにでもいる極々普通の倫理観を持つ子供だ。しかし、各国の指示でガルー達がカスミを裏切り、始末しようとしたせいで彼本人は変わってしまった。いや、知ってしまったと言った方がいいだろうか。彼は利用され、捨てられる運命だったということに。そして各国の指示で、レギオン『種族の集い』達が寄って集ってカスミを殺そうとしたせいで、彼は気づいてしまった。殺さなければ殺される、というシンプルな事実に。仮にカスミがそのことに気づかなければ、例え目の前に広がる絶望的戦力を得たとしても振るうことは絶対になかった。しかし、自分達が先に牙を剥いたことで、彼は躊躇いなくこの強大な力を振るう。自分を殺そうとしたのは、国。牙を剥くのならば、自らも刺される覚悟を持つべきだ。故に必要ならば、何千、何万、何十万、何億の屍が積み上がろうと一顧だにしない。自分達が支配するこの世界を滅ぼすことが出来る、最悪の存在を自分達の手で作り出したのである。ガルーは絶望し、自慢の毛が白くなり、抜けていくのも気にせず淡々と涙を流し続けた。その姿を前にカスミはようやく満足そうに笑顔を作る。

 

「『沈黙は金、雄弁は銀』。やはりガルーを最初に選んで正解だったよ。レギオン時代から考えるのは苦手だったけど、動物のように勘は鋭かったからね。彼の反応から、どうやら僕達は各国と渡り合える、滅ぼせる力が十分にあるようだ」

 

一通りカスミが笑うと、ガルーへ冷たい視線を向けた。

 

「褒美を与えよう。僕が真実を知り、人種以外に終末を与えるか否かの判断を下すまでは生かしておいてあげるよ。絶対に死ねない。死にたくても死ねないようにして、ね」

 

「あああぁぁ、あぁぁあぁぁあぁぁぁぁ、あぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁあぁ!」

 

ガルーがここに来て初めて大声をあげる。これから先、カスミが決断を下すまで想像を絶する拷問に絶望の声音をあげたわけでもない。自分達の手で最強最悪の魔王を産み出し、人種以外の種がカスミの気分次第で絶滅することを理解し、発狂してしまったのだ。狂い、雄叫びを上げ続けるガルーを牢へ繋ぐため両脇から怪物達が歩み寄ってくる。ガルーは逃げ出す素振りも見せず、白髪になって抜けていく毛をも気にせず、カスミへと問いかけた。

 

「オマエはなんだ、なんだよ……世界を終わらせるお伽噺の怪物だとでもいうのか!」

 

「…………」

 

この問いに彼は軽く手を上げる。牢へ放り込もうとしていた怪物達を止めた。主の指示に怪物達は一時停止ボタンを押したかのように停止する。カスミは気楽な態度でガルーの問いに答える。

 

「僕は『お伽噺の怪物』なんて大げさな存在じゃないよ。ただ君達に復讐し、僕を虫けらのように殺そうとした理由、真実を知りたいだけだ。君達への復讐を終え、真実を知ったら僕は元の生活に戻るつもりだ。むしろ、この恩恵ギフト『無限ガチャ』の力で人々の力に、世界の役に立つつもりでさえいるよ」

 

「あははははははははははっっは!いひひいっひひいひ!キヒヒヒヒヒ!」

 

この返答にガルーが笑う。壊れたようにただ笑う。

 

「何が『人々の力に、世界の役に立つ』だ!オマエのような壊れた存在が人に、世界に恩恵を与えることなど出来るはずがないだろうが!貴様のような存在が出来ることなど死と破壊、殺戮だけだ! オマエは神にでもなったつもりかッ!」

 

怪物達が殺気立つ。絶対的主君に対してガルーは悪意を持って罵ったのだ。普通なら心臓が、命が停止するが狂ってしまったガルーには届かない。彼はひたすら狂ったように笑い続けていた。

 

「……連れて行け」

 

カスミは彼の反応を一通り眺めると改めて指示を出す。ガルーは両脇を怪物達に抑え、引きずられながら牢へと連れて行かれる。その間中ずっと彼は1人笑い続けていた。

 

正面の扉が開き、閉まる。ガルーの笑い声が途絶えて暫し、カスミは考え込む。

 

「……神、か。そうか、そういう考え方もあるな」

 

1人カスミは呟き、無垢に笑う。

 

「ならば僕は神になろう。ああ、そう望むならそうなってやろうじゃないか。3年前虫けらのように殺されそうになった理由、世界の真実を知ることが出来るなら神にでもなろう。あぁ、なろうじゃないか」

 

彼は改め眼前の配下達へと向き直った。

 

「ガルーの反応から僕達の戦力は世界に通じると確信できた。しかし、また彼の指摘通り世界は甘くない。用心はすべきだろう」

 

こうしている間にもカスミの恩恵ギフト『無限ガチャ』は押され、カードを吐き出し続けている。ちょっとした裏技で24時間、延々とガチャし続けられるのだ。

 

「戦力は時間と共に増えているが、確実性を増すためにも各国、強者の情報を知りたい。特に『ますたー』についてだ」

 

『ますたー』の詳細は得られなかったが、強大な力を持った存在だとこの場に居る誰もが予想していた。

 

「仮に僕のような規格外の恩恵を所持した者が居たら――1人なところを狙われ返り討ちにあう可能性が高い。だから、真実を得るためにも、まずは各国の情報収集に専念するつもりだ。異論はあるかい?」

 

奈落を制覇して地上へ上がる道順、カスミ自身のレベルアップ、彼自身の学力向上のための勉学、戦力拡充などのため約3年間を費やした。異論が無いことを確認すると、彼は一つ頷き告げる。

 

「最悪、即戦争も考えられる。その場合の編成は事前に決めた通りだ。先陣はナズナに任せる」

 

「任せてくれ!ご主人様を阻む障害はあたいが殺して殺して殺しまくって!三千世界の彼方まで、屍山血河を築いてみせるぜ!」

 

ナズナは興奮から瞳孔を縦に伸ばし宣言した。

 

「副官、作戦指揮、立案はエリーに任せる」

 

「カスミ神様のお望みのまま、わたくしの全知全能を捧げることを誓いますわ」

 

エリーは帽子を押さえ、ゴシックロリータ服のスカートを摘み優雅に一礼する。

 

「アオユキはモンスター部隊の指揮を頼む。できるか?」

 

アオユキ「……是。全ては主のため、この身、血の一滴までお役に立ってみせます」

 

猫耳パーカーで視線を遮り、普段見せない冷たい声で返答した。それだけやる気が溢れているということだ。最後にメイへと声をかける。

 

「メイは上がってくる情報の統括、兵站の管理、支援、僕が気付かない問題の指摘、解決案提示……出来るかい?」

 

「我がメイド道に誓い最善最高完璧をお約束致します」

 

メイの気合が入った声音に、カスミは深く満足そうに頷く。

 

「世界よ……もし隠した真実が正しければ僕は『恩恵を与える者ギフト・ギバー』として善神ぜんしんとなろう。世界よ………もし真実が歪で悲惨な悪ならば僕は躊躇わず死と破壊と殺戮、絶望の『猛毒を与える者ギフト・ギバー』として悪神あくしんを名乗ろう。その時は『魔神邪悪』を以て『国々悪』を滅ぼしてあげようじゃないか」

 

カスミは無邪気に笑う。幼子のように笑いながら世界の破滅を謳う。実際に世界を滅ぼす力を持ちながら……。

 

「さぁ奈落から地上へ。闇から光へ。真実を知るための進軍を開始する」

 

カスミの一言で動き出す。世界を滅ぼしえるだけの力を持った軍勢が、世界最大最強最悪ダンジョン『奈落』から地上へと溢れ出したのだった

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