※この作品はR-18です。

ふたりの牢獄人生   作:水瓜

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プロローグ

「囚人番号109番、入れ」

 

「……はい」

 

平民の伍長如きにこんな態度を取られる身分まで堕ちたか、と悲しみと怒りが心中を満たすが不用意に睨みつけるような真似はしない。

囚人に身に落ちぶれた貴族に対し、平民がどれ程残酷になるのかは身をもって理解している。

 

護送を担当する憲兵の命令に従い、俺は囚人護送用の鉄道車両へと搭乗した。

車内は薄暗く窓には鉄格子が嵌められ、車両の壁も鉄板で内張りされている。

俺の他に憲兵八人が同じ車両に乗っており、睨みつけるように俺の挙動に警戒していた。

 

ただでさえ閉塞感を感じる車両で兵士達に囲まれるのは暑苦しいが、貴族である俺を連行する為の態勢と言う訳か。

確かに平時の俺ならば普通人の憲兵八人程度なら一蹴出来るが、吸魔石の手錠で両腕を拘束された今の俺では兵士一人にすら及ばないというのに用心深い事だ。

 

看守から事前に聞いた話では、この列車はこれからグレーモリス迷宮刑務所へと向かうようだ。

貴族専用の絶海の孤島に存在する脱獄不可能の監獄と聞いているが、脱獄する気力すら失った今の俺としては、せめて住環境が拘置所よりマシな物であってほしいと願うばかりだ。

地位も名誉も失い、両親からも勘当された今となっては、自由を得たところで仕方ない。

 

甲高い汽笛を上げて汽車が走り始めた。

これから刑務所への長い旅路が始まる。

車両上部の鉄格子から僅かに見える空を眺めつつ、俺は我が身の不運を大いに嘆いた。

まさか軍に入隊して僅か二年で、軍法会議で迷宮刑を受ける羽目になるとは。

 

俺が軍人になる事は、貴族家の三男として生まれた時から決まっていたようなものだ。

長子相続が原則の王国において、家督を継げない次男以降は家にとっては当主が跡継ぎを産まずに死んだときの為のスペアの役割しか期待されていない。

 

ましてや俺の兄二人はどちらも頑健そのものだし、性格的にも領地を継ぐのに何の問題も無く、俺が家督を継ぐ機会はまずない事は幼い頃から何となく分かっていた。

一般的に家督を継げない貴族の男子に親が遺してくれる物は、その高貴な血に由来する魔力と、貴族として恥ずかしくない学歴だ。

十歳になるまでは家庭教師に数学、歴史、語学の基礎を叩きこまれ、十歳から十六歳までは王立魔術学校で同年代の男子と共同生活を送りながら学業と魔術の研鑽に励んだ。

 

卒業後は軍の士官を志し軍学校で一年間の士官教育課程を経て、花形の魔法騎士隊の少尉に任官されたのだが――、俺の直属の上官を含む軍将校達が計画したクーデターに巻き込まれてしまい、こんな立場にまで落ちぶれる事になった。

 

今の宰相に不満を抱く貴族将校が起こした反乱だったらしいが、俺は直前までそんな大それたことを企てているとは知らなかった。

問題となった宰相の私邸への襲撃も、国王陛下の御下命であると虚偽の情報を信じ込まされて行った事なのだが政府は反乱に参加した将校の内、首謀者達は処刑、それ以外の者も迷宮刑を始めとする厳罰に処せられた。

俺としては国家への反乱の意思は無く、命令に従ってしまったのも自分の意思というより軍の規律に従っただけのつもりなのだが、その事情は斟酌されなかった。

判決には未だに釈然としないが、軍という特殊な組織においては時に原則論や道理よりも、素早い規律の回復が求められる。

政府や軍上層部としては、反乱に参加した者達を一様に厳罰に処すことで再発を防ぎたかったという所だろう。

 

汽車は出発から三時間ほどで目的地の港へ到着し、そこから船でまた一時間ほど掛けて島へと着いた。

野外の景色さえ見れない乗り物の中で長時間過ごしていたため、身体は兎も角精神に疲労が溜まってしまう。

 

刑務所らしき建物の入り口は、島の港について直ぐの場所にあり、分厚い鉄扉で閉ざされていた。

 

門の前には既に幾人かの看守が待っていて、憲兵はその内の一人に書類の束を手渡す。

紙を受け取った看守はゆっくりとそれを捲っていき、やがて俺を値踏みするような視線で見据えた。

白髪交じりの黒髪を短く刈り揃えた男で、背は低いが体格は良く顎も太い。

筋肉質だし、普段から訓練はしていそうだ。

 

身体から魔力が立ち昇っているが、貴族としては小さいので従騎士の生まれか。

貴族の受刑者が収監される刑務所の看守だけあって、他の男達も貴族では無いものの、それなりに腕に覚えがありそうだった。

 

「ふむ、確かに身柄の受け渡しを確認しました。 マイス・イーゼル受刑者、この刑務所での待遇については事前に聞いたと思うが、それ以外で聞きたい事はあるか?」

「――いえ、特にありません」

「そうか。 ふ……、その顔、刑務所暮らしが余程不服と見えるな。 まあ、ここも住めば都だ。 そのうち女も付くし、しっかり働けば贅沢も出来る。 これが監獄の規則と、購入可能な物資のリストと支給品だ。 装備などの嵩張る物は既に運び込んでいる。 迷宮についての図鑑も地下房にあるから読んでおけ」

 

看守は俺の手錠を解いた後、紙束と大きな麻袋を手渡して、手でついてくるようにと合図した。

そして辿り着いたのは敷地内に並ぶ数十の小型建造物の一つであり、コンクリート製の四角い建屋の中には鎖で繋がれた鉄籠とそれを上下させる為の昇降機が設置されている。

「乗れ」

有無を言わさぬ調子で促され、俺はその鉄籠の中に身を屈めて入る。

鉄籠はおおよそ一・五メイル四方の直方体であり、座って入る分には問題ない広さだ。

最後に看守からランプを渡されると昇降機が動き出し、俺を地下へと通じる縦穴の中へと降ろしていった。

 

縦穴の内部には照明などついておらず、地表から遠ざかるにつれて急速に暗くなっていく。

軍に居た頃に聞いた話だと、この先には地下にある監房……、通称石棺がある筈だ。

 

強力な魔法を使用する事が可能な貴族の受刑者の場合、通常の監獄では脱獄されてしまう危険性が高い。

そこで考案されたのが、この石棺という地下房だ。

 

魔法を使う際には体内に存在する魔力と、空気中に存在する魔素という物質を反応させる必要がある。

例えるなら魔力が燃料、魔素が酸素だ。

魔力と魔素、どちらが欠けても魔法は発動しない。

 

魔力を持った人間に対して魔法の使用を封じる方法は二つあり、一つは吸魔石という魔力を吸収する鉱物を使い魔力を奪う事、そしてもう一つは魔封石という周囲の魔素を希薄にする物質を用いて、対象の周囲の魔素を薄める事だ。

 

俺も拘置所に居る時や輸送時は吸魔石の首枷や手錠で魔力を奪われていたが、迷宮刑を受けるとなれば迷宮の攻略に魔力が必要となる。

そこで迷宮刑務所では後者の方法を採用し、石棺の壁面を覆うコンクリートに粉末化した魔封石を大量に混ぜて室内の魔素を極端に希薄にしているという訳だ。

 

 

 

リフトが降り切った後、乗る前に手渡された灯油ランプを掲げて、籠の外へと這い出た。

籠が降りた場所は小さな部屋になっており、壁際には蛇口付きの流し台と焜炉が設置された台所がある。

台所の横には一袋の木炭が置かれていた。

 

蛇口を捻って見ると獣の唸り声のような音がした後、少しずつ水が流れ始め、排水口へと吸い込まれていく。

始めの内は錆で赤く濁っていた水も次第に透き通り始めたので、手で掬って口に含んでみたが、まだ若干鉄臭い。

しかし腐っている風でもないので、一応飲用水としては使えるようだ。

 

この島に浄水施設があるとも思えないし、どこかから湧き水を引いているか、雨水を貯水槽に溜めていのだろう。

――一応、飲むときは火を通した方がいいか。

 

リフトのある部屋に台所を置くのは、地上までの昇降路を排気口代わりに使う為だろう。

都市部の住宅では煙対策に、熱魔石を炊事や暖房に使用するのが一般的となっているが、あれは空気中の魔素を消費するので石棺では使用出来ない筈だ。

 

リフト兼台所部屋は木製のドアを隔てて別の部屋に繋がっており、そこは居室のようだった。

 

部屋の形は長方形で、投獄前に俺が住んでいた宿舎の部屋より少し広いくらいの面積だ。

天井は俺が手を伸ばしてもまだ半メイル程の余裕があり、上方向の閉塞感は感じない。

 

しかし置かれている家具は少なくテーブルと椅子、箪笥、ベッド、掃除用具だけのようだ。

 

部屋の隅には排水溝が備え付けられた他より二十サント程深く掘られた四角形の床もあり、ここは洗濯や洗体用の水場だと思われる。

水場の近くの壁には洗濯物を干す為のロープも渡してあった。

 

壁際には金網のついた小さな排気口が設けられているが、それでも地下室の中には埃の匂いが籠っている。

 

壁には今通ってきた扉とは別に、もう一つの扉があり、そこを開けると迷宮刑用の監獄特有の設備があった。

壁に埋め込まれた金属製の長方形の枠の上に、緑色に燐光を放つ小さな宝玉が取り付けられている。

その枠の内側には、夜の水面のように微かに光を反射する透明な膜が張られており膜の向こう側には漆黒の闇しか見て取る事は出来ない。

このゲートの向こうには、これから日々の糧を得る為に挑まなければならない場所が存在する。

 

また、この部屋の隅にも排気口があり、その下にバケツを置いて大小便を貯める便器も置いてあった。

迷宮の入り口を見ながら用を足すのは少し奇妙な気もするが、居室や台所に便所を置く訳にもいかないので、ここしかないという事か。

便器に汚物が溜まれば迷宮内に捨てられるし、考えてみれば最適な場所だ。

 

 

部屋の確認を終えた俺はリフトに乗る前に看守から渡された麻袋を開いて、中に入っていた品物をテーブルの上に並べた。

俺用の衣服であるオレンジ色のズボンとシャツが二対と、シャツとパンツ、靴下も二足ずつ。

その他にライターと水筒、蝋燭、灯油缶、白いチョーク一箱、石鹸、裁縫道具、手ぬぐい、皿やコップなどの食器がテーブルに並んだ。

食料は紙袋に入ったビスケットが二袋に、ホウレン草の缶詰三つ。

ホウレン草の缶詰は軍の訓練中に偶に食べた事がある、栄養だけを考えたかのような恐ろしく不味い逸品だ。

まともな食い物が欲しければ働けという事だろう。

 

箪笥の中には迷宮に出現する物資や怪物を載せた図鑑や、鉄製の胸当てや脛当て、籠手、ヘルメットといった防具、そして鉄製の鋲で強化された棍棒とナイフが入っている。

 

ベッドは木製の枠の中に藁を敷いて、そこに掛け布と藁を束ねた枕を置いただけの簡素な物だが、野外訓練で野宿した時の事を思えば、寝床があるだけ上出来か。

今日は長距離を移動して疲れたし、手錠を外されたばかりで魔力も枯渇しているので早い所寝てしまおう。

上着を脱いでシャツだけになると、ベッドの中に潜り込んで布を被った。

 

自分が思っていたより疲れが溜まっていたのか、直ぐに意識は夢の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

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