ふたりの牢獄人生 作:水瓜
このままでは回復は難しいと判断せざるを得ない。
俺はベッド脇の椅子を立って、箪笥の中から一つの瓶……、
この薬は副次的な効果として重病人すら完治させる絶大な治癒力を持つが、それと同時に服用者の肉体を不可逆的に変異させてしまうと同時に生活にも大きな制約を生んでしまう。
だからこそ最後の手段として温存していたのだが、もはや猶予は無いだろう。
「ココ……、これから俺の言う事を良く聞いてくれ」
「……ご主人、さま?」
「手持ちの薬は殆ど試してみたが症状は酷くなる一方……、このままではお前の命が危ない。 恐らくお前が助けかる為には、この薬を飲むしかないと思う」
俺は
この薬を服用するのがココである以上全ての情報を伝える必要があると思ったのも理由だが、そもそもこの変異薬は、薬効がどういう物かを知ってから服用しなければ効果を発揮しないらしい。
ココの目は虚ろで、もはや意識すら朦朧としているように見えるがそれでも真剣に俺の話を聞いてくれているのは伝わってきた。
語り終えてから暫く沈黙が流れた後に、ココが押し殺すような声で囁く。
「身体が変異するって……、要するに化物みたいになってしまうって事……、ですよね。 ……やだな、そんなの」
「異形化の程度は個人差が大きくて、どんな姿になるのかは分からない。 ……だけど俺はお前に生きて欲しい。 頼む、飲んでくれないか」
「……私が死んだら新しい奴隷を買ってください。 その薬を飲んで化物になって、それでご主人様に段々と疎まれてしまうよりは今、病で死ぬ方が良いです」
「どんな姿になろうと関係ない! 俺は絶対にお前を手放さないと誓う」
「……そのお言葉は嬉しいです。 でも、うっ……、実際に変わり果てた私を見れば気が変わります、きっと。 ――この間の祝日、もう思い残す事は無いくらい楽しかったんです。 後生ですから……、貴方の奴隷として人生を終わらせてください」
その後も説得を続けたがココの決意は固く、どんなに言葉で訴えかけても一向に翻意する様子は無い。
疲れ果て、本当にこのまま彼女を失うしかないのかと考えた時、不意にこれまで二人で過ごした生活が頭の中を巡っていった。
唐突な出会いに、見せられた凄惨な傷のついた身体、そして主人と奴隷として結んだ誓い。
共にベッドで寄り添いながら語った言葉、料理を失敗してしまい落ち込む彼女を慰めた場面など、些細な日常までも自分でも意外な程に繊細に思い出される。
そうだ、ココは俺が家族以外で初めてずっと共に居たいと願った……、恥ずかしいので口には出した事は無いが、誰よりも愛おしい女だ。
ココがどんなに
だからこそ、俺も命を懸けて説得しようと決意した。
俺は瓶の蓋を開け、内部の薬品に自分の指先を切って流した血液を数滴垂らす。
魔力を持つ人間の血液は、
そしてテーブルに口の空いた瓶を置き――、俺は自分の手首の血管を、指先を切るのに使ったナイフで深々と切り裂いた。
「きゃっ! え、え……? ご主人様、何をしているんですか! は、早く血を止めないと」
床に流れ落ちる血液の筋を前にしたココは、俺の元へ駆け寄ろうとして足を縺れさせて転んでしまう。
右腕の傷口の灼けるような痛みと、指先から少しずつ冷えていくような不気味な感触を感じながらも、左手でココを立ちあがらせてテーブルへと連れて行った。
俺はココの顔から目を逸らさずに、彼女への心情を語った。
「こんな卑怯な真似しか出来なくて済まない。 ……だが、お前を失いたくないんだ。 お前が薬を飲んでくれたら、俺も直ぐに止血をする。 だから、これからも生きていてくれないか?」
知らず知らずの内に俺の頬を涙が濡らしていた。
――貴族の男子として、人前で涙を見せるなど情けない。
そう教えられて生きていた俺は、十代半ばになる頃にはどんなに辛い事があっても涙を流せない人間になっていた筈だが……、どうやらまだ泣けたらしい。
ココも俺の傷口を力の萎えた両手で押さえながら、病で落ちくぼんだ両目から大粒の涙をこぼしていた。
「ご主人様……、私、怖いんです。 こんなに人を好きになった事なんてないから……、裏切られたら耐えられないって分かっちゃうんです。 し、信じたいのに……、駄目なんです、怖いんですよう!!」
蝋燭の最後の灯火のように、残った少ない力を燃やし尽くしながら激情を吐露するココは今まで見た事が無い程に乱れていた。
今までどんな時でも奴隷としての最低限の仮面を崩さなかった彼女の、始めて見る剥き出しの感情の発露だった。
ならば俺も、貴族としての体面も主人としての線引きも超えた本音で応えなければ。
「お前を愛している」
「ご主人……さま……」
呆気に取られたように目を見開くココの目の前に、俺は瓶を差し出した。
「俺を信じろ、ココ」
「――はい」
狂乱に揺れていた眼が俺を焦点に合わせて定まり、彼女は